2025/01/08 (水) 18:00 34
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが立川競輪場で開催された「鳳凰賞典レース」を振り返ります。
2025年1月7日(火)立川12R 鳳凰賞典レース(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①平原康多(87期=埼玉・42歳)
②山口拳矢(117期=岐阜・28歳)
③郡司浩平(99期=神奈川・34歳)
④岡村潤(86期=静岡・43歳)
⑤取鳥雄吾(107期=岡山・29歳)
⑥清水一幸(109期=大阪・38歳)
⑦園田匠(87期=福岡・43歳)
⑧高橋築(109期=東京・32歳)
⑨藤井侑吾(115期=愛知・29歳)
【初手・並び】
←⑨②⑥(中近)③④(南関東)①(単騎)⑧(単騎)⑤⑦(混成)
【結果】
1着 ②山口拳矢
2着 ③郡司浩平
3着 ①平原康多
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。気が滅入る出来事の連続だった昨年とは違って、今年は穏やかに新年を過ごされた方が多かったのではないでしょうか。しかし、東京都の立川競輪場では、まだお正月の空気が漂う1月4日から早々と記念開催がスタート。平塚・KEIRINグランプリ2025を巡る戦いが、ここから本格的に始まります。1月7日には、鳳凰賞典レース(GIII)の決勝戦が行われました。
例年のように豪華メンバーが揃う立川記念ですが、今年は平原康多選手(87期=埼玉・42歳)、郡司浩平選手(99期=神奈川・34歳)、清水裕友選手(105期=山口・30歳)、北井佑季選手(119期=神奈川・34歳)と、4名のS級S班が出場。昨年末のKEIRINグランプリから前検日まで、中3日というタイトな出走間隔です。グランプリで最高潮までもっていったデキが、しっかり維持できているかどうか注目ですね。
まだお正月休み期間というのもあって、初日から多くのファンが詰めかけた立川バンク。大きな歓声が飛ぶ初日特選を制したのは、北井選手の番手を回った郡司選手でした。捲った吉田拓矢選手(107期=茨城・29歳)がいったんは抜けるも、番手から出た郡司選手がその後ろに入り込み、直線で吉田選手を差して1着。郡司選手マークの永澤剛選手(91期=青森・39歳)が3着という結果でした。
北井選手が9着で清水裕友選手が8着と、明暗分かれたS級S班。清水裕友選手は、二次予選で後方から捲るも、度重なるブロックで失速して8着に終わり勝ち上がりを逃しています。北井選手は二次予選を1着で勝ち上がるも、準決勝で外にきた荒井崇博選手(82期=長崎・46歳)を大きく押し上げてしまい、反則で失格となりました。それとは対照的に、郡司選手は無傷の3連勝で完全優勝に王手をかけ、決勝戦に駒を進めています。
もう一人のS級S班である平原選手は、グランプリ後に腰痛が出たとのことで、それを気遣いながらのレースに。初日特選では吉田選手から離れて5着に終わるも、その後は2着、3着という結果で勝ち上がりました。とはいえ、番手を回った二次予選でライン3番手の河村雅章選手(92期=東京・41歳)に差されていたように、やはり本調子ではない様子。それでも、関東地区の記念決勝で弱音を吐くわけにはいきません。
郡司選手以外でデキのよさが感じられたのは、取鳥雄吾選手(107期=岡山・29歳)と藤井侑吾選手(115期=愛知・29歳)など。いずれも決勝戦でラインの先頭を任された選手で、ハイレベルな機動力勝負が期待できそうです。あとは山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)も、デキをかなり戻してきている様子。S級S班として、そして自分自身としても不本意な結果に終わったであろう昨年の分まで、奮起してほしいものです。
関東勢は2名が勝ち上がりましたが、平原選手と高橋築選手(109期=東京・32歳)は連係せず、単騎での勝負を選択しました。地元で唯一の優出となった高橋選手には、道中うまく立ち回っての一発を期待したいですね。藤井選手が先頭の中部近畿ラインは、番手が山口選手で、3番手を清水一幸選手(109期=大阪・38歳)が固めるという布陣。他のラインは、ここの二段駆けをかなり警戒することでしょう。
郡司選手が先頭の南関東勢は、岡村潤選手(86期=静岡・43歳)が番手を回ります。取鳥選手の番手には、ふだんから仲がいいという園田匠選手(87期=福岡・43歳)がついて、混成ラインを形成しました。決勝戦での注目点は、取鳥選手と藤井選手のどちらが主導権を奪うのか。いずれも先行にこだわりを持つ選手ですから、どういった展開になるか、初手から注目したいですね。
それでは、決勝戦のレース回顧です。レース開始の号砲が鳴って、まずは内の3車が前に出ていきますが、そこからは互いの動向を探って牽制する流れに。1センター過ぎで2番車の山口選手が前に出て、その後には3番車の郡司選手が続きました。中部近畿ラインの前受けが決まって、藤井選手が先頭に立ちます。直後4番手に郡司選手、6番手に単騎の平原選手、7番手が単騎の高橋選手。取鳥選手は後方8番手となりました。
レースが動いたのは、青板(残り3周)のバックから。後ろ攻めの取鳥選手がポジションを上げていって、4コーナーではバンクを駆け上がり、前を斬りにいく態勢を整えます。先頭の藤井選手は誘導員との車間をきって、突っ張り先行に持ち込む姿勢をみせます。それをみて取鳥選手は迷ったのか、ゆっくりとバンクを降りながら前に接近。藤井選手は赤板(残り2周)掲示の直前から一気に加速して、取鳥選手を出させません。
取鳥選手はそれ以上は無理せず、崩れてしまった園田選手との連係を立て直しつつ、後方に下げます。初手とまったく同じ隊列に戻って、レースは打鐘を迎えました。一列棒状で打鐘後の2センターを回ったところから、主導権を手中に収めた藤井選手は全力モードに移行。隊列が変わらないままで、最終ホームを通過して最終1センターを回ります。藤井選手の逃げ、かかっていましたねえ。
そして最終1センター過ぎから、4番手の郡司選手が捲り始動します。最終バック手前で清水一幸選手の外に並びますが、ここで山口選手が前に踏んで番手捲り。郡司選手としてはその前にもっと差を詰めたかったでしょうが、山口選手は本当にうまく仕掛けましたね。中団では、郡司選手に連動しなかった単騎の平原選手が前との差を詰めて、それに乗った高橋選手もポジションを上げていきます。
最終3コーナーでは、平原選手は岡村選手の後ろまで進出。後方にいた取鳥選手も差を詰めてきましたが、それでも前とはまだかなり離れています。藤井選手の番手から捲った山口選手は、郡司選手に差を詰めさせないまま先頭をキープ。清水一幸選手も、内をキッチリ締めながら最終2センターを回りますが、マークする山口選手とは少し口があいてしまっています。
平原選手は、空いていた岡村選手の内に突っ込んで、コースを探しつつ併走。岡村選手の後ろには高橋選手がつけて、さらにその後ろからは取鳥選手が必死に前を追いますが、もはや絶望的な位置です。山口選手が単独先頭で、その直後から清水一幸選手と郡司選手が追いかけるという隊列で、最終4コーナーを回って立川の長い最終直線へ。ここで清水一幸選手の脚が鈍って、郡司選手が単独2番手に浮上しました。
内を綺麗に抜けてきた平原選手が清水一幸選手を捉えて3番手に上がりますが、前をいく山口選手と郡司選手の脚色はまったく鈍らないまま。マッチレースの様相となって、郡司選手が山口選手との差を少しずつ詰めながら、30m線を通過します。外からは高橋選手も伸びてきますが、あって平原選手との3着争いまで。先頭で粘る山口選手、それににじり寄る郡司選手の戦いが、最後の最後まで続きます。
そして…ゴールラインで勝利の凱歌をあげたのは、番手捲りから押し切った山口選手のほうでした。4番手から捲った郡司選手は、3/4車輪差で2着。中団から単騎で捲った平原選手が3着という結果で、終わってみれば「現S級S班と昨年のS級S班」が確定板を独占しています。4着が高橋選手で、5着には清水一幸選手。後方に置かれる展開となった取鳥選手は、6着に終わっています。
昨年はS級S班に格付けされるも、なかなかいい頃のデキに戻せず、精彩を欠くレースが続いていた山口選手。じつに1年3か月ぶりとなる優勝で、しかもそれが今年最初の記念なのですから、本当にうれしかったでしょうね。持ち前のスピードを生かす番手捲りで、郡司選手を最後まで抑えきった走りに、改めて“復調”が感じられました。おそらく山口選手自身も、その手応えを感じていると思います。
この優勝の立役者はなんといっても藤井選手で、非常にかかりのいい逃げで山口選手を力強くアシスト。この件については、郡司選手がレース後コメントで触れていましたね。
「藤井君は獲りに行くと思っていたし、一周を目掛けてカマシかなって思っていた。あんなやる気だと思わなくて…。いや〜参りました」
郡司選手と同様、これには私も驚かされました。カマシ先行を得意とするイメージの藤井選手が、前受けからの全ツッパですからね。まだGIII優勝のない藤井選手にとって、デキがよく唯一の3車ラインにもなった今回は大きなチャンス。郡司選手がいうように、自分が優勝するための組み立てで勝負してくる可能性が高かったはずなんですよ。
しかし、藤井選手はそれを選ばなかった。それが、「藤井は自分が獲る走りをしてくる」と考えていた他の選手に、戸惑いや判断の難しさを生んだ。取鳥選手が中途半端なレースをしてしまった背景にも、コレがあったのではないかと私は思っています。前受けからの突っ張り先行という、現在の競輪における「王道」をいく走りながら、そこには敵の裏をかくような戦略性があったのです。
中部地区の仲間とはいえ、同県ではない藤井選手が、これほど自分を引き出す走りをしてくれたこと。山口選手はこれに優勝というカタチでまずは報いましたが、この気持ちや男気に対して今後どう応えていくのか。この件をどのように捉えて、自分のなかで消化していくのか。山口拳矢という競輪選手が、もうひとつ上のステージにいけるかどうかの“カギ”が、ここにあるように感じています。
惜しくも2着に敗れ、完全優勝を逃した郡司選手ですが、初手から中団を意識した走りで、内容もよかったと思います。コメントどおり「藤井選手にしてやられた」という気持ちでしょう。出場が危ぶまれたほどの腰痛を抱えていた平原選手も、単騎で3着と意地をみせてくれました。S級S班に復帰した者としてのプライド、責務など、背負うものは大きいですからね。関東の“盟主”として、今後も活躍を期待します。
見せ場なく終わった取鳥選手については、終始あんな中途半端な走りをするならば、思いきって前受けを選んでもよかったかもしれません。牽制が入っていたのですから、そういう手もあったはずなんですよ。そういった「もっと思いきったレース」ができるようになれば、取鳥選手はまだまだ伸びるはず。藤井選手の意表をついた戦略に、この決勝戦でもっとも翻弄されたのは、取鳥選手でしょうね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。