2025/07/07 (月) 18:00 37
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小松島競輪場で開催された「阿波おどり杯争覇戦」を振り返ります。
2025年7月6日(日)小松島12R 開設75周年記念 阿波おどり杯争覇戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①犬伏湧也(119期=徳島・29歳)
②菅田壱道(91期=宮城・39歳)
③小倉竜二(77期=徳島・49歳)
④小川真太郎(107期=徳島・33歳)
⑤佐藤慎太郎(78期=福島・48歳)
⑥島川将貴(109期=徳島・30歳)
⑦杉森輝大(103期=茨城・42歳)
⑧西田優大(123期=広島・27歳)
⑨久米良(96期=徳島・37歳)
【初手・並び】
←②⑤(混成)⑦(単騎)①⑥④③⑨(四国)⑧(単騎)
【結果】
1着 ⑧西田優大
2着 ⑥島川将貴
3着 ⑤佐藤慎太郎
激闘が続く今年の輪界は、今週から下半期に突入。その最初を飾るのが、徳島県の小松島競輪場で開催された阿波おどり杯争覇戦(GIII)です。7月6日には、その決勝戦が行われました。松浦悠士選手(98期=広島・34歳)は、このシリーズからS級S班に復帰ですね。そのほか、岩本俊介選手(94期=千葉・41歳)、古性優作選手(100期=大阪・34歳)、犬伏湧也選手(119期=徳島・29歳)と、合計4名ものS級S班が出場しています。
そのほかにも、松井宏佑選手(113期=神奈川・32歳)や嘉永泰斗選手(113期=熊本・27歳)など、ここは強力な機動型が揃いました。メンバーレベルの高さは文句なしで、いかにも面白いシリーズになりそうでしたね。そんな強豪たちが激突した初日特選は、松井選手と犬伏選手が主導権を争ってもがき合う、激しい展開となりました。単騎で勝負の古性選手も中四国勢に続こうとします。
しかし、これをブロックして中団から捲りにいったのが、関東勢の先頭である森田優弥選手(113期=埼玉・26歳)。最終1センターからの仕掛けで見事に捲りきって、連係する杉森輝大選手(103期=茨城・42歳)とのワンツーを決めました。3着は松浦選手で、3連単は120,090円の大波乱です。古性選手は最後よく差を詰めるも4着で、犬伏選手と松井選手は8着と9着に終わっています。
その後、4名のS級S班は二次予選をクリアして準決勝に駒を進めますが、決勝戦へと駒を進められたのは、犬伏選手だけでした。西田優大選手(123期=広島・27歳)と連係していた松浦選手は、早めに番手から降りてインを突くも、内で詰まらされて7着に敗退。同じレースに出走した岩本選手と古性選手も、7着と4着で勝ち上がりを逃しています。古性選手の準決勝敗退は、さすがに意外でしたね。
そんなS級S班とは対照的に気を吐いたのが、地元・徳島勢とベテラン勢。地元記念らしい番組面の有利さもあって、徳島勢はなんと5名が決勝戦に勝ち上がりました。小倉竜二選手(77期=徳島・49歳)はオール1着で勝ち進み、完全優勝に王手をかけています。また、佐藤慎太郎選手(78期=福島・48歳)が初日から1着、1着、2着という好内容で勝ち上がったのも、ファンにとっては大きな喜びだったでしょうね。
二分戦となった決勝戦で、徳島5車は1つのラインにまとまっての勝負を選択。先頭を任されたのは犬伏選手で、番手を島川将貴選手(109期=徳島・30歳)が回ります。3番手は小川真太郎選手(107期=徳島・33歳)で、小倉選手は4番手。最後尾を固めるのが、久米良選手(96期=徳島・37歳)という布陣です。当然ながら“数の利”は非常に大きく、しかも事実上の先行1車。負けられない戦いといっても過言ではありません。
北日本勢は、菅田壱道選手(91期=宮城・39歳)が先頭で、番手が佐藤選手という組み合わせ。菅田選手が主導権を奪いにくるケースも考えられますが、ここは捲りで勝負してくる可能性のほうがはるかに高いでしょう。菅田選手のレーススタイルから考えるに、地元・徳島勢を捌いて分断するような走りも考えづらい。犬伏選手が楽に主導権を奪える可能性は、かなり高いはずですよ。
そして、単騎勝負を選択したのが杉森選手と西田選手の2名です。西田選手はこれがGIII初優出ですが、勝ち上がりの過程でかなり強い走りをしているんですよね。それだけに、中四国の“仲間”である徳島勢が相手の単騎勝負で、かなり選択肢が少ないのは惜しいところ。杉森選手も自力があるとはいえ、厳しい戦いとなりそうです。
それでは、決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始を告げる号砲が鳴り、2番車の菅田選手と6番車の島川選手が、まずは飛び出していきます。ここは内の菅田選手がスタートを取って、北日本勢の前受けが決まりました。その後ろ、切れ目の3番手には単騎の杉森選手が入って、徳島勢の先頭である犬伏選手は4番手から。最後方に単騎の西田選手というのが、初手の並びです。
並びが決まってからは動きがないまま、赤板(残り2周)掲示を通過。しかし、その直後の1センターで、4番手の犬伏選手が動きました。それを待っていた先頭の菅田選手は、突っ張り気味に粘る姿勢をみせます。打鐘前のバックストレッチで、犬伏選手と番手の島川選手が外から北日本勢に迫りますが、犬伏選手の急加速についていけずに、徳島勢3番手の小川選手が離れてしまいました。
離れた小川選手は必死に挽回を期しますが、犬伏選手と島川選手の2車が前に出て、その後ろに菅田選手がハマったところで、レースは打鐘を迎えます。この攻防のなかで、単騎の杉森選手は内から自転車を下げて最後方に。西田選手が8番手に上がって、打鐘後の2センター過ぎに久米選手の後ろにつけます。ここで小倉選手は佐藤選手の後ろに切り替え、小川選手だけ外で浮いた隊列で最終ホームに帰ってきます。
外で浮く小川選手以外は一列棒状となって、最終ホームを通過。小川選手は脚をなくして、ここで後退します。それと入れ替わるように最終1コーナーで仕掛けたのが、後方の西田選手。バックストレッチでは素晴らしい加速で前との差を一気に詰めて、最終バックで島川選手の外まで進出します。最後方の杉森選手も仕掛けますが、離れていたのもあって、西田選手の捲りには乗れませんでしたね。
西田選手が外を通過するのに合わせて、4番手となった菅田選手も仕掛けますが、こちらはジリジリとしか差が詰まらない。そして、ここまで先頭で踏ん張ってきた犬伏選手の脚が鈍りだしました。しかし、それを察して島川選手が番手から出るよりも先に、外から飛んできた西田選手が最終3コーナーで、犬伏選手まで捲りきってしまいます。慌てて島川選手も前に踏み込みますが、スピードの差は歴然です。
捲りきった西田選手が後続を突き放し、それを島川選手、菅田選手、佐藤選手が追うという隊列で、最終2センターへ。その後ろには小倉選手、久米選手、杉森選手がいますが、一気に伸びてくるような気配はありません。先頭の西田選手がセイフティリードを保ったままで、最後の直線を向きます。島川選手が必死に追いすがり、外に出した菅田選手と、菅田選手の内を突いた佐藤選手が伸びてきます。
しかし…西田選手のスピードは、最後まで衰えないままでしたね。島川選手の外に佐藤選手と菅田選手が並んだ2着争いこそ激しくなりましたが、西田選手は後続につけたリードを保ったまま、先頭でゴールラインを駆け抜けました。GIII初優出にして初優勝という快挙の達成で、123期で最初のGIII優勝者でもあります。後方から一気に前を飲み込んだ加速とスピードは、文句なしに素晴らしいものでした。
僅差となった2着争いは内の島川選手がギリギリ残して、最後いい伸びをみせた佐藤選手が3着。スタートの速い菅田選手が前受けから粘り、結果的に徳島勢を分断するようなカタチとなったことで、徳島勢は“数の利”を生かせなくなりましたね。それで与し易くなったとはいえ、優勝した西田選手は展開に恵まれたわけではまったくない。これで自信をつけて、さらなる成長と飛躍を期待したいものです。
それにしても…徳島勢はいったい“何”がしたかったのか? レース後コメントが出て、どういう作戦だったかをある程度は把握できた今でも、私の頭には大量の疑問符が残っています。これは選手目線の話になりますが、「誰の優勝を後押しするか」といったイメージの共有なしに、作戦は立てられないのですよ。それをラインの選手間で共有して、そのための戦略を練るというのが、私の「作戦」に対する認識です。
(小倉選手・レース後コメント)
「犬伏君の判断に任せていたけど、プランとしては、赤板のバック線を目掛けて。そこの呼吸が合わなかったから真太郎も苦しかったと思う」
(犬伏選手・レース後コメント)
「僕の力不足です。バック線を取れれば、自分を含めて、誰か地元から優勝者を出せると思いましたが…」
これらのコメントから推測するに、「前受けからの突っ張り先行」はプランになく、後ろ攻めから打鐘で仕掛けて主導権を奪い、あとはバトンをつないでラインから優勝者を出す」ような作戦だったのでしょうか。しかし、犬伏選手の師匠であり、連係して何度も離されている小倉選手ならば、犬伏選手が全力ダッシュした場合に後続が離れる危険性があるのは、百も承知だったはずなのです。
だからといって、犬伏選手にすべて任せるという、シンプルな作戦だったとも思えませんよね。犬伏選手が「自分が優勝できるレース」をすれば、番手を回る島川選手にも、自然とチャンスが巡ってくる。個人的にはコレでよかったように思うのですが、その選択肢を取らなかったのは、8着という犬伏選手の着順からもわかります。う〜ん…考えれば考えるほど、余計に「わからない」が強まっていきます。
残ったのは、徳島5車がライン戦で失敗して、残念ながら好結果を残せなかったという事実のみ。なにがなんでもスタートを取り、突っ張り気味に粘った菅田選手の走りには明確な“意図”が感じられましたが、徳島勢の走りにはそれを感じなかったという方もいらっしゃるでしょうね。優勝した西田選手が、そんな腑に落ちない部分を吹き飛ばすような快走をみせてくれたのが、さまざまな意味でうれしかったですね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。