2024/12/31 (火) 17:15 66
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが静岡競輪場で開催された「KEIRINグランプリ2024」を振り返ります。
2024年12月30日(日)静岡11R KEIRINグランプリ2024(GP)S級グランプリ
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・33歳)
②平原康多(87期=埼玉・42歳)
③郡司浩平(99期=神奈川・34歳)
④眞杉匠(113期=栃木・25歳)
⑤岩本俊介(94期=千葉・40歳)
⑥清水裕友(105期=山口・30歳)
⑦北井佑季(119期=神奈川・34歳)
⑧新山響平(107期=青森・31歳)
⑨脇本雄太(94期=福井・35歳)
【初手・並び】
←④②(関東)⑨①(近畿)⑥(単騎)⑦③⑤(南関東)⑧(単騎)
【結果】
1着 ①古性優作
2着 ⑥清水裕友
3着 ⑨脇本雄太
さあ、今年もついにこの日がやってきました。1年間のまさに「総決算」である、KEIRINグランプリ2024。今年は静岡競輪場を舞台に、優勝賞金1億3300万円をめぐる死闘が繰り広げられます。この舞台に立つこと、そして勝つことは、すべての競輪選手にとっての“夢”といっても過言ではない。そして、すべての競輪ファンが期待に胸を高鳴らせながら待ち続けていた瞬間でもあります。
並びが記者会見で発表されることや、前日に公開練習が行われることなど、グランプリは本当に特殊なレースですよね。一発勝負であるため、選手の「デキ」を実際の走りから判断できないというのも、予想が難解である理由のひとつです。当然ながら出場選手は、ここを目標に身体をつくってきているわけですが、本当にどうなのかはわからない。そういう意味で注目を集めたのが、北井佑季選手(119期=神奈川・34歳)でしょう。
ケタ違いの努力によって、遅咲きデビューからわずか3年でGIタイトルを獲得。今年のグランプリ出場権を手にしたわけですが、それ以降は成績がふるわず、悪戦苦闘の日々が続いています。前場所の大垣記念でも、その走りは精彩を欠いていました。ここまで急激に調子を落とした背景に何があるのかはわかりませんが…いい頃の北井選手にはほど遠い状態であったのは、間違いないでしょう。
それだけに、「北井選手のデキが果たしてどれほどのものなのか?」という点に注目が集まりました。北井選手はレース前に「最高の仕上がり」とコメントしており、以前のように強気かつ積極的なレースができるならば、地元である南関東勢有利の展開になりそう。また、デキが本物でなくとも、このメンバー構成だと北井選手の主導権が濃厚でもある。展開を決めるキーパーソンは、間違いなく彼だったわけです。
ではここで、今年の並びを確認しておきましょう。1番車を選んだ古性優作選手(100期=大阪・33歳)は、脇本雄太選手(94期=福井・35歳)と連係。脇本選手が前で、古性選手が番手を回ります。同じく2車ラインとなった関東勢は、眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)が先頭で、番手に平原康多選手(87期=埼玉・42歳)という組み合わせ。ヨコの動きもできる眞杉選手の走りは、要注目でしょうね。
唯一の3車ラインとなった南関東勢は、北井選手が先頭で番手が郡司浩平選手(99期=神奈川・34歳)、3番手を固めるのが岩本俊介選手(94期=千葉・40歳)という並び。車番的に後ろ攻めとなりそうですが、どのラインが前受けしても、いったんは斬らせてもらえるはず。そこから北井選手が、以前のような強気の逃げに持ち込めば、番手の郡司選手にとって絶好の展開が生まれます。
そして単騎で勝負するのが、清水裕友選手(105期=山口・30歳)と新山響平選手(107期=青森・31歳)です。どちらも初手で後方ならば、新山選手の動きに清水選手が乗るカタチもありそう。しかし、新山選手も単騎だと、主導権を争ってもがき合うような展開にはしないですよね。清水選手も狙うは優勝だけですから、初手から動いて位置を取りにくる可能性も十分ありそうです。
それではさっそく、レース回顧といきましょうか。レース開始を告げる号砲と同時に飛び出したのは、1番車の古性選手と2番車の平原選手。内の古性選手がスタートを取るかに思われましたが、平原選手に譲って、関東勢が前受けとなります。眞杉選手が先頭となって、近畿勢の先頭である脇本選手が3番手。その直後に単騎の清水選手がつけて、南関東勢の先頭である北井選手は6番手から。そして最後方に単騎の新山選手です。
初手の位置取りが決まってからは淡々と周回が重ねられていき、レースが動き出したのは青板(残り3周)周回の2センターから。後方の北井選手がゆっくりと位置を上げていきますが、先頭の眞杉選手は誘導員との車間をきって、後方の動きを待ち構えています。そして赤板(残り2周)掲示の手前で、北井選手が前を斬りにいきますが、先頭の眞杉選手も引かずに踏んで応酬します。
しかし、赤板後の1センター過ぎで北井選手が眞杉選手の前に出て、眞杉選手はその直後に収まろうとしながら、いったんペースが緩みます。この緩んだタイミングを見逃さなかったのが、後方6番手となっていた脇本選手。一気のカマシであっという間に先頭集団に迫ったところで、レースは打鐘を迎えました。主導権が欲しい北井選手は突っ張りますが、スピードの差は歴然でしたね。
近畿勢の直後につけていた清水選手や、その後ろにいた新山選手も、この仕掛けに連動。一気にペースが上がったところで、南関東3番手の岩本選手はついていけず、連係を外して後方に下がってしまいます。打鐘後の2センターでは脇本選手と古性選手が前に出切って、その直後で北井選手と清水選手が内外併走。それを外から新山選手が追うという隊列で、最終ホームに帰ってきました。
最終ホーム手前で、北井選手は早々と脚が鈍り始めて後退。清水選手が単独3番手となって、北井選手が下がって空いたスペースに、外から追い上げた新山選手が入って4番手を確保します。その後ろは郡司選手と下がった北井選手が併走で、眞杉選手は後方7番手に置かれるカタチ。そして最後方に岩本選手という隊列で、最後の周回に入りました。後方に置かれた眞杉選手は、かなり厳しい状況です。
そのままの隊列で最終1センターを回ってバックストレッチに入りますが、先頭で飛ばす脇本選手の逃げがかかっているので、郡司選手や眞杉選手は差を詰めたくともなかなか詰められない。最終バックから郡司選手がジリジリと前との差を詰め、それに乗った眞杉選手は最終3コーナーで外に出して捲りにいきますが、先頭の脇本選手にはまだ余力が感じれる。しかも、その番手にいるのは古性選手です。
最終2センターでも、先頭の脇本選手から4番手の新山選手までがタテ一列に並んでいる状況。つまり、その後ろの郡司選手や眞杉選手は、前との差をほとんど詰められていないままです。郡司選手の後ろに内から岩本選手、平原選手、眞杉選手が並びますが、もはや絶望的という位置と態勢。最内を突いた郡司選手が、新山選手の内側に潜りこんで、最終コーナーを回って直線に向きます。
先頭で粘る脇本選手の番手から、ここで満を持して外に出した古性選手。その後ろからは清水選手も前を追いますが、その脚色は古性選手とほとんど同じで、なかなか差を詰めることができません。先頭の脇本選手も最後の力を振り絞って粘りますが、30m線を通過したところで古性選手が差して先頭に。清水選手もジリジリと伸び続け、直線で外に出した郡司選手もいい伸びをみせますが、前には届きません。
そしてそのまま…古性選手が栄光のゴールラインを先頭で駆け抜けました。2着は、近畿勢を終始マークした清水選手。僅差となった脇本選手と郡司選手の3着争いは、内の脇本選手がギリギリ残していましたね。4着が郡司選手で、5着に新山選手。後手を踏んだ眞杉選手は、後方のまま不発で7着という結果に終わっています。古性選手は、これが3年ぶり2回目となるグランプリ制覇です。
レース後は脇本選手のそばに自転車を寄せ、手を堅く握って、互いの健闘を称え合った古性選手。この優勝で古性選手の年間賞金獲得額は3億8311万5596円と、2022年の脇本選手を大幅に上回る記録更新となりました。2024年の競輪界を終始リードしてきた古性選手のグランプリ優勝は、フィナーレにふさわしい結果といえるでしょうね。3着に敗れたとはいえ、脇本選手も本当に強いレースをしていましたよ。
ゴール前での勝負にすべてを賭けて、しかし届かなかった清水選手。悔しさは当然あるでしょうが「やれることは全部やった」「力負けだ」という納得感もあると思います。初手から中団の位置を取りにいって、その後も冷静に先の展開を見据えた上で、近畿勢をマークし続けた。タイトルは獲れなかったとはいえ、今年の上半期を大いに盛り上げた清水選手の2着も、終わってみれば納得できる結果でしょう。
今年のグランプリを振り返ってみて、勝負を分けたポイントは2つ。まずは、古性選手が初手で前受けを選ばず、関東勢に譲ったことです。レース前には近畿勢の前受けが想定されていましたが、後ろ攻めの北井選手が前を斬った直後に眞杉選手がついていく展開や、眞杉選手が前を先斬りしてその後に北井選手が仕掛ける展開だと、後方に置かれる可能性がありますよね。実際、前受けした眞杉選手は後方に置かれ、見せ場なく敗れています。
そしてもうひとつは、北井選手が前を斬った後に「緩めた」こと。その背景にあったのが、デキに対する自信のなさなのか、それとも自分の優勝を考えた結果だったのか…それについては、レース後のコメントを読んでも本当のところはわかりません。ただ、やはり北井選手のデキは本物ではなかったと思いますよ。いい頃であれば、脇本選手が叩きにきたときに突っ張れて、前でもがき合えているはずですからね。
北井選手がもっと気っ風よく逃げて、ラインから優勝者を出すような走りに徹するのではないか…と想像していた方も多かったでしょうが、グランプリという“特殊”な舞台でそれを成すのは、メンタル面においても本当に難しい。これは眞杉選手にもいえることですが、全員が優勝だけを狙ってくるこの一発勝負レースで優勝するには、やはりある程度の経験値が必要不可欠なのでしょう。
つい先日、私の同期であり、よきライバルであり、憧れの存在でもあった神山雄一郎選手(61期=栃木・56歳)が、現役を退きました。デビューからエリート街道を邁進し、レジェンドと呼ばれるまでになった彼が熱望し、何度も2着になるもついに手が届かなかったタイトル。それが、グランプリです。勝てるだけの力があって、経験値も十分にあって、それでも手が届きそうで届かない。それほど“特殊”なレースです。
私は幸い3回も優勝できましたが、それはすべてがうまく噛み合ってくれた結果で、勝ち運にも恵まれた。古性選手が優勝者インタビューで「作戦通り」と語ったのは、そういうことでもあるんですよ。北井選手が緩めたところで、何の躊躇もなく前を叩きにいって、主導権を奪いきった脇本選手。あの最高のタイミングでの仕掛けも、グランプリという舞台を何度も経験している、歴戦の猛者だからこそです。
とはいえ、あの位置からの仕掛けで最後の最後まで粘り抜くのですから、脇本選手の能力はやはり卓越している。脇本&古性という二枚看板を持つ近畿に、他地区がどのように立ち向かっていくのかと、来年が早くも楽しみですよ。あとは…若手の育成と経験値のためにも、9車のレースをもっと増やして欲しいと切に願います。レースの組み立てというのは、場数を踏まねば絶対に身につかないものですから。
今年も1年、この回顧にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。来年、競輪という競技がもっと盛り上がるように。そして、新たに興味をもってくださった方に、この競技の面白さや奥深さをもっとうまく伝えられるように…と、今後も微力を尽くしていく所存です。新たなるスターの誕生が誕生するのか、それとも古豪が力の差を見せつけるのか。2025年の競輪にも、どうぞご期待ください!
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。