2025/02/25 (火) 18:00 21
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが豊橋競輪場で開催された「全日本選抜競輪」を振り返ります。
2025年2月24日(月)豊橋12R 第40回読売新聞社杯 全日本選抜競輪(GI・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
※2月24日時点の年齢
①古性優作(100期=大阪・34歳)
②吉田拓矢(107期=茨城・29歳)
③深谷知広(96期=静岡・35歳)
④南修二(88期=大阪・43歳)
⑤眞杉匠(113期=栃木・26歳)
⑥村田雅一(90期=兵庫・40歳)
⑦寺崎浩平(117期=福井・31歳)
⑧三谷将太(92期=奈良・39歳)
⑨脇本雄太(94期=福井・35歳)
【初手・並び】
←⑤②(関東)⑦⑨⑧(近畿)①④⑥(近畿)③(単騎)
【結果】
1着 ⑨脇本雄太
2着 ⑦寺崎浩平
3着 ③深谷知広
さあ、今年「初」の特別競輪がやってきました。愛知県の豊橋競輪場が舞台となった、全日本選抜競輪(GI)。この時期の豊橋バンクらしい風の強さで、積雪の影響が懸念された瞬間もありましたが、最終日は天候に恵まれてよかったですよ。私は初日、2日目と現地で解説だったのですが、スタンドに詰めかけたファンの熱気がすごく、大盛り上がりでしたね。2月24日には、今年初のビッグ覇者を決める決勝戦が行われています。
3レースが組まれた初日特選には、全国のトップクラスが集結。S級S班の脇本雄太選手(94期=福井・35歳)と清水裕友選手(105期=山口・30歳)は、休養明けでの出場となります。清水選手はなんと「肺血栓」が発覚して、その治療明けでの参戦とのこと。脇本選手は持病である腰痛の悪化と、どちらもコンディションが気になるところですね。果たして、順調にきている選手との差はいかに?
初日第10レースは、カマシ先行の郡司浩平選手(99期=神奈川・34歳)が松谷秀幸選手(96期=神奈川・42歳)とのワンツーを決めて好発進。続く第11レースは、脇本選手と新山響平選手(107期=青森・31歳)が叩き合う展開を後方から豪快に捲った、深谷知広選手(96期=静岡・35歳)の勝利でした。デキが注目された清水選手と脇本選手は、いずれも最下位という結果に終わっています。
そして第12レースは、打鐘から果敢に主導権を奪った眞杉匠選手(113期=栃木・26歳)が力強く逃げ切りました。人気の中心だった近畿勢は総崩れとなり、古性優作選手(100期=大阪・34歳)はなんと8着スタート。前を任せた寺崎浩平選手(117期=福井・31歳)が失敗したとはいえ、この結果にはちょっと驚きました。眞杉選手の強さ、デキのよさが際立っていましたね。
郡司選手は、続く2日目のスタールビー賞を深谷選手の番手から抜け出して快勝。ここも岩本俊介選手(94期=千葉・40歳)とのワンツーを決めて、準決勝に駒を進めます。しかし準決勝第10レースでは、近畿4車の先頭を任された中釜章成選手(113期=大阪・28歳)と番手の寺崎選手の二段駆けによって、勝ち上がりを逃しました。後方から最後よく差を詰めるも、4着に終わっています。
とはいえ、中釜選手の走りはレース後に「暴走」で失格となったほどで、いくら近畿の“仲間”のためとはいえ、これはいただけません。私も元選手ですから、心情的にはよくわかるんですよ。それでも、競輪選手がもっとも意識すべきは、車券を買って応援してくださるファンの存在です。「暴走」とならないセーフの駆け方ならいいですが、反則失格となったのでは、郡司選手を応援していたファンは納得できないでしょう。
先日に発表された北井佑季選手(119期=神奈川・35歳)の件もそうですが、ルールがある以上、それに抵触してはならない。仲間や自分の成績に意識がいって、応援してくれるファンのことを考えられなくなったのでは、本末転倒です。どちらの件も、さまざまな意見があって当然だと思いますが…選手自身のためにも、ファンの信頼を損なうことだけはしてほしくない。それが、私の考える「プロ意識」です。
脱線してしまいましたので、話を戻しましょう。続く準決勝第11レースは、最終ホームで外から脇本選手をキメた眞杉選手が、吉田拓矢選手(107期=茨城・29歳)を連れて1着。連係を外すことになった脇本選手は、自力に切り替えて3着まで追い上げています。そして準決勝第12レースは、3番手から捲った古性選手が1着をとって、勝ち上がりを決めました。裸逃げとなった深谷選手が2着。新山選手は4着で敗退です。
決勝戦まで駒を進めたS級S班は、脇本選手、古性選手、眞杉選手の3名だけ。そして、過半数である6車が近畿勢という、かなり偏ったメンバー構成となりました。近畿勢は二手に分かれて、別線で勝負。古性選手の先頭のラインは、番手を南修二選手(88期=大阪・43歳)が回って、3番手を村田雅一選手(90期=兵庫・40歳)が固めます。ここは古性選手らしく、臨機応変に立ち回ってきそうですね。
寺崎選手が先頭のラインは、番手が脇本選手で、3番手が三谷将太選手(92期=奈良・39歳)という布陣。同県の先輩によるグランドスラム達成がかかっているとなると、寺崎選手は責任重大ですね。関東勢は、眞杉選手が先頭で番手に吉田選手という組み合わせ。初めてタイトルを獲ったときの大きな「借り」を、眞杉選手がここで吉田選手に返す…といったシナリオも、あるかもしれませんね。
唯一の単騎勝負が深谷選手で、このシリーズでもデキは非常によかったですね。勝手知ったる元・地元の豊橋バンクで、強烈なタテ脚を武器に一発を狙います。このメンバーとライン構成だと、展開のカギを握るキーマンは間違いなく眞杉選手。昨年のKEIRINグランプリでの“恩”がある古性選手は、寺崎選手の番手にいる脇本選手を捌きにいくことはできませんからね。でも、眞杉選手はそれが躊躇なくできる。この差は大きいですよ。
前置きが長くなってしまいましたが、そろそろ決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始を告げる号砲が鳴り、いい飛び出しをみせたのは7番車の寺崎選手と2番車の吉田選手。ここは内の吉田選手がスタートを取って、関東勢の前受けが決まります。寺崎選手は3番手となって、古性選手は後ろ攻めの6番手。最後方に単騎の深谷選手というのが、初手の並びです。想定とはかなり異なる並びになりましたよね。
レースが動き出したのは、青板(残り3周)周回の3コーナーから。後方の古性選手がポジションを上げていって、赤板(残り2周)掲示に合わせて、先頭の眞杉選手を斬りにいきます。しかし眞杉選手は譲らず突っ張り、先頭をキープ。古性選手は無理せず関東勢の後ろに入って、後方の出方をうかがいます。しかしそこから動きはなく、一列棒状のままでレースは打鐘を迎えました。
打鐘後の2センターで、最後方にいた深谷選手が空いていた内をすくって、寺崎選手の前まで進出。眞杉選手が逃げる展開で、大きな動きのないままで最終ホームに帰ってきます。その後の最終1センターでも動きはありませんでしが、2コーナーを回ってバックストレッチに入ったところで、後方の寺崎選手がついに始動します。それとほぼ同じタイミングで、3番手の古性選手も仕掛けました。
素晴らしいダッシュで、最終バックで後方からグングン差を詰める寺崎選手。逃げている眞杉選手は、意外にもここで脚が鈍り始めました。それを感じた番手の吉田選手は、ここでタテに踏んで番手から前に出ます。3番手から捲りにいった古性選手は、吉田選手に仕掛けを合わされてしまいました。それもあってか、古性選手の捲りに、吉田選手を一気に捉えるような勢いはありません。
最終3コーナーでは、番手から捲った吉田選手が先頭に立ち、それを外から古性選手が追うという態勢。ここに外から急追するのが、イエローライン付近を通って捲ってきた寺崎選手です。さらにその外をブン回す態勢なのが脇本選手で、この両者に前に出られてから仕掛けた深谷選手も、寺崎選手の後ろまで接近。古性選手は吉田選手に入り、古性選手の番手にいた南選手は、最内に突っ込みます。
最終2センターでは、先頭の吉田選手の後ろに内から南選手、古性選手、寺崎選手が並んで、大外から脇本選手が伸びるという態勢に。寺崎選手や脇本選手の少し後ろからは、深谷選手も伸びてきます。村田選手は古性選手の後ろにつけ、眞杉選手以外の8車が一気にギュッと凝縮して、最後の直線へ。直線の入り口で、先頭で踏ん張る吉田選手の外から、寺崎選手がさらに差を詰めてきました。
しかし、ここで吉田選手と寺崎選手を並ぶ間もなく抜き去ったのが、大外から伸びた脇本選手です。30m線で寺崎選手を差して、後続を突き放しにかかります。内の吉田選手は脚が止まって、脇本選手の後ろから伸びてきた深谷選手が3番手に浮上しますが、先頭の脇本選手には届きません。捲った寺崎選手の番手から豪快に伸びた脇本選手が、そのまま先頭でゴールイン。グランドスラム、達成です!
寺崎選手が2着で、深谷選手は最後よく伸びるも3着まで。眞杉選手の番手から捲った吉田選手は、粘りきれず4着という結果でした。いつも以上にコンディションの見極めが難しかった脇本選手ですが、準決勝をあの展開で勝ち上がってきたのですから、悪くないデキにあったのでしょうね。先行して粘れるほどの状態にはなくとも、捲ってスピードを生かすカタチならば力を出せる状態にあった…ということなのでしょう。
この時期の豊橋バンク特有の「強いバック向かい風」も影響したと思います。シリーズを通して、先行した選手が粘れていませんでしたからね。決勝戦も、風速3.4mとけっこう強い風が吹いていました。想定と異なる初手の並びになって、寺崎選手が先行ではなく捲りに構えたことも、結果的にプラスに働きましたね。KEIRINグランプリを含むグランドスラム達成は、史上初となる文字通りの“偉業”です。
今年最初のビッグを獲ったことで、調整過程に余裕が生まれるのも、脇本選手にとって大きい。これで年末のKEIRINグランプリまで、腰の治療を優先した出走スケジュールを組めますからね。そんな脇本選手の優勝をアシストした寺崎選手も、素晴らしいスピードをみせてくれました。3着の深谷選手は、寺崎選手よりも先に仕掛けられていれば…といったところでしょうか。
吉田選手に仕掛けを合わされた古性選手は、7着という苦い結果に終わりました。初日特選の大敗でも感じましたが、前場所から思ったほど調子が上向いていなかったんですよね。あとは、近畿勢が6車も勝ち上がったことで、逆にオールラウンダーとしての「強味」を発揮しづらかった面もあったでしょう。“王者”として、次なる大舞台での巻き返しを期待したいところです。
眞杉選手については、同じく前受けから勝負した昨年のKEIRINグランプリが思い出されたというか…レース後コメントを確認したところ、寺崎選手の後ろ攻めを想定しての前受け選択だったようですね。しかし、実際は古性選手が後ろ攻めとなって、前に出させる訳にはいかないと判断しての突っ張り。確かに、古性選手を出すと次に斬りにくるのは寺崎選手で、眞杉選手は後方に置かれてしまいますからね。
寺崎選手の番手にいる脇本選手を「内から捌く」ための前受けだったのに、想定が狂ってしまった。とはいえ、眞杉選手ならば準決勝のように外からキメることもできるわけで、展開を決め打ちすぎたというか、レース前の青写真にちょっと拘泥してしまった印象がありますね。逃げるも末を欠いたのは、やはり風の影響が大きかった様子。車番通り、中団から勝負した場合にどうなっていたかを観てみたかったですね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。