2025/05/05 (月) 18:00 17
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが名古屋競輪場で開催された「日本選手権競輪」を振り返ります。
2025年5月4日(日)名古屋11R 第79回日本選手権競輪(GI・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・34歳)
②新山響平(107期=青森・31歳)
③眞杉匠(113期=栃木・26歳)
④浅井康太(90期=三重・40歳)
⑤岩本俊介(94期=千葉・41歳)
⑥阿部力也(100期=宮城・37歳)
⑦松井宏佑(113期=神奈川・32歳)
⑧菅田壱道(91期=宮城・38歳)
⑨吉田拓矢(107期=茨城・29歳)
【初手・並び】
←②⑧⑥(北日本)①(単騎)③⑨(関東)④(単騎)⑦⑤(南関東)
【結果】
1着 ⑨吉田拓矢
2着 ③眞杉匠
3着 ①古性優作
さあ、今年も「春の祭典」競輪ダービーの時期がやってきました! 今年は、愛知県の名古屋競輪場を舞台に開催された、日本選手権競輪(GI)です。競輪選手であれば誰もが欲するビッグタイトルで、優勝賞金はGIでも最高額となる9,400万円(副賞含む)。6日制の長丁場で、今年も毎日のように激闘が繰り広げられました。波乱決着の多さも印象的で、最終日は全11レース中じつに9レースまでが、3連単万車券でした。
先行選手が末を欠いて波乱となったケースが多かったのには、「風」の影響があげられるでしょう。最終日も、午前中は穏やかだった風がどんどん強さを増して、決勝戦のときには風速3.8mという強さになっていました。バック追い風の風向きとはいえ、風を切って走る先頭の選手には、かなりの影響が出たはず。選手も、そして車券を買うファンの側も、アレコレと悩まされたのではないでしょうか。
初日と2日目に特選が合計3レース組まれて、そこで1〜3着だった選手が激突したのが、4日目のゴールデンレーサー賞。4名のS級S班を含む錚々たるメンバーによる激闘を制したのは、単騎の古性優作選手(100期=大阪・34歳)でした。眞杉匠選手(113期=栃木・26歳)のカマシ先行に飛びつき、平原康多選手(87期=埼玉・42歳)を捌いて3番手を奪取。勝負どころでも巧みに立ち回り、1着をもぎ取っています。
古性選手と同じく単騎勝負の浅井康太選手(90期=三重・40歳)が2着で、3着は眞杉選手マークの吉田拓矢選手(107期=茨城・29歳)。この両者はいずれも特選で1着をとっていたように、デキのよさが目立っていました。それとは対照的に、かなり調子が悪そうだったのが、残念ながら二次予選で敗退した脇本雄太選手(94期=福井・36歳)です。最終日こそ意地をみせて1着をとりましたが、本調子を欠いていましたね。
5日目の準決勝を勝ち上がったのも、デキのよさが感じられた選手ばかり。注目株のひとりだった寺崎浩平選手(117期=福井・31歳)が準決勝で敗れ、最終日の負け戦でも人気に応えられずに終わったのも、調子がいまひとつだったのが理由でしょう。ハイレベル戦になればなるほど、能力や技量だけで好走できなくなるのが、競輪という競技。「デキ」の重要さが、改めて感じられたシリーズでした。
ここまでに名前をあげた以外では、初日の特選では5着に敗れるも、二次予選と準決勝をいずれも1着で勝ち上がってきた新山響平選手(107期=青森・31歳)も、素晴らしいデキだったと思います。あとは、眞杉選手や松井宏佑選手(113期=神奈川・32歳)、菅田壱道選手(91期=宮城・38歳)も、上々の仕上がり。能力があって調子もいい選手だけが勝ち上がれた…といっても過言ではないでしょう。
決勝戦は、三分戦で単騎が2名というメンバー構成に。唯一の3車ラインが北日本勢で、当然ながら新山選手が先頭を任されました。番手を回るのは菅田選手で、阿部力也選手(100期=宮城・37歳)が3番手を固めるという布陣。この車番ならば前受けが叶いそうで、新山選手の得意とする突っ張り先行から、逃げ切りまで期待できますね。ただし、風がどんどん強まってきたのは懸念材料といえます。
関東勢はゴールデンレーサー賞と同様に、眞杉選手が先頭で番手に吉田選手という並びとなりました。激突することが多い新山選手と眞杉選手が、今回はどのような戦いをみせるのか楽しみですね。そして眞杉選手にとっては、初めてビッグを獲得した2023年の西武園・オールスター競輪での大きな“恩”を、吉田選手に返す絶好機でもあります。そういう意味でも、この決勝戦での走りは注目ですね。
南関東勢は、松井選手が先頭で番手が岩本俊介選手(94期=千葉・41歳)という並び。車番に恵まれなかったここは後ろ攻めとなりそうで、新山選手が前受けの場合、どう立ち回るかがなかなか難しいですね。そして単騎で勝負するのが、古性選手と浅井選手。縦横無尽に動けるオールラウンダーの王者・古性選手ならば、単騎でも優勝争いが十分に可能なはずです。浅井選手も、展開ひとつで勝機ありですよ。
それでは、決勝戦の回顧に入りましょう。レース開始を告げる号砲と同時に飛び出したのは、1番車の古性選手と6番車の阿部選手、8番車の菅田選手の3名。北日本勢は、やはり前受けを狙っていましたね。古性選手が前を譲って北日本勢の前受けが決まり、古性選手はその後ろの4番手から。中団5番手が眞杉選手で、単騎の浅井選手が7番手。そして後方8番手に松井選手というのが、初手の並びです。
レース前に想定されたものとほぼ同じ並びで、まずは後ろ攻めとなった松井選手がどう動くか、ですね。その後は淡々と周回が重ねられて、青板(残り3周)周回のバックストレッチに入ったところで、後方の松井選手が動き始めます。ゆっくりと位置を押し上げ、先頭の新山選手を早めに抑えにいきますが、新山選手は進路を少し外に振って、先頭誘導員との車間をきりながら突っ張る姿勢をみせます。
そして新山選手は、赤板(残り2周)掲示を通過と同時に一気に加速して、松井選手に抵抗。松井選手は、前を斬るのを諦めて入れる位置を探りますが、ほかの全選手は車間をキッチリ詰めて前を追走し、松井選手を入れさせません。これで、後方の位置に戻るしかなくなった松井選手。松井選手が下げていく過程で、吉田選手が眞杉選手から少し離れてしまいますが、打鐘で差を詰めて元の位置に戻りました。
再び一列棒状となって、打鐘後の2センターを通過。先頭の新山選手が全力モードにシフトして、一気にペースが上がります。そのままの隊列で最終ホームに帰ってきて、中団の眞杉選手は古性選手との車間を少しきった状態で、最終1センターを通過します。この時点で、後方に置かれる展開となった南関東勢は厳しい。眞杉選手が早く仕掛けてくれればそれに乗れますが、眞杉選手はまだ動きません。
いまだ隊列は変わらず、バックストレッチに進入。そして最終バックの手前で、眞杉選手がついに動きます。素晴らしい加速で前との差を詰めていき、古性選手の外を並ぶ間もなく一気に通過。それを追走する吉田選手も、古性選手のヨコの動きを意識して、やや離れた外を回って眞杉選手に続きます。単騎の浅井選手も吉田選手に続きますが、最終3コーナー手前で、古性選手の後ろに切り替えました。
新山選手の番手を回る菅田選手は、何度も後ろを振り返りながら、後続の強襲に備えていましたね。しかし、迫ってくる眞杉選手の加速が鋭すぎてか、合わせて前に出ることや、ブロックにいくことができません。最終2センターで眞杉選手は菅田選手の外に並び、その後ろからは内の阿部選手と外の吉田選手が前を追いすがります。古性選手もここで動いて、阿部選手と吉田選手の間を突きにいきました。
先頭の新山選手も必死に踏ん張りますが、眞杉選手は最後の直線に入る手前でその外に並びかけ、新山選手を捉えて先頭に立ちます。しかしここで、外帯線の内側に行こうとする眞杉選手の後輪と、外に出して進路を確保しようとする菅田選手の前輪が接触。菅田選手が落車して、その直後にいた阿部選手も巻き込まれそうになりますが、瞬時の回避で態勢を立て直して、再び前を追います。
この影響をまったく受けなかったのが、外に出して眞杉選手を差しにいっていた吉田選手。落車のアオリを少し受けた古性選手も、イエローライン付近から再び前に迫ります。しかし、ここは吉田選手の伸びが断然いい。ゴール手前で眞杉選手を差して先頭に立ち、そのままの勢いでゴールラインを駆け抜けました。続いて眞杉選手、古性選手の順番にゴールしますが、審議の赤ランプが灯ります。
しかし、先頭でゴールした吉田選手は審議対象ではなく、これで2021年11月の小倉・競輪祭(GI)以来となる、二度目のGI制覇が確定しました。かなり苦しい時期もあっただけに、今年のダービー王に輝いた喜びはひとしおでしょう。審議の結果、眞杉選手が「セーフ」の判定となり、ダービーの大舞台でワンツーを決められたことも、吉田選手にとって大きな喜びだったでしょうね。
予想されたとおりの初手の並びで、予想されたとおりのレース展開と、サプライズはまったくなかった決勝戦。新山選手の逃げが意外なほどかかっていなかったのは、レース後にコメントしていたように、ダービー決勝戦という大舞台の緊張感や、あとは風の強さも影響したのかもしれません。それでも、番手を回る菅田選手には、絶好の展開を生かせるだけの余力がなかった。こちらは、力負けですね。
それに、ここは本当に眞杉選手が強かったですよ。仕掛けたタイミングも最高で、しっかり待って前が少し緩んだところで一気に踏んで、10秒8で上がっている。前を捉えられる自信があったのでしょうし、実際に、前にいる古性選手に何もさせないスピードで抜き去っていますからね。そんな眞杉選手を差しきった吉田選手も見事で、眞杉選手に接触による自転車故障があったとはいえ、文句なしの力強さでした。
「競輪祭を優勝してからはいい事のほうが少なかったけど、ここまで腐らずにやってきてよかった。家族のためにも落ち込んでいられなかったし、子どもが誇りに思ってくれる父親でいたいと思っていたので頑張れた」
優勝者インタビューでこのように語っていたように、苦しい時期を乗り越えて、この晴れ舞台までたどり着いた吉田選手。眞杉選手という心強い仲間がいたとはいえ、自身の努力や研鑽なしに、ダービーは勝てません。そしてその頑張りを、周りにいる関東の仲間はちゃんと見ているし、伝わっているんですよね。そういった地道な積み重ねがようやく報われての、ダービー戴冠だったと思います。
これで関東が勢いに乗りそうですが、当然ながら近畿も黙ってはいない。しかも次のビッグは、近畿勢のお膝元である岸和田・高松宮記念杯競輪(GI)ですからね。北日本の新山選手も挽回を期してくるでしょうし、層の厚い南関東勢や中四国勢も侮れない。年末のKEIRINグランプリをめぐる戦いは、ここからさらに激しいものになりますよ。この決勝戦のような「力と力のぶつかり合い」を、もっと見せてほしいものです。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。