2024/05/20 (月) 18:00 110
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが函館競輪場で開催された「五稜郭杯争奪戦」を振り返ります。
2024年5月19日(日)函館12R 開設74周年記念 五稜郭杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①佐藤慎太郎(78期=福島・47歳)
②松井宏佑(113期=神奈川・31歳)
③小倉竜二(77期=徳島・48歳)
④三谷竜生(101期=奈良・36歳)
⑤郡司浩平(99期=神奈川・33歳)
⑥棚橋勉(96期=岡山・43歳)
⑦東口善朋(85期=和歌山・44歳)
⑧岩津裕介(87期=岡山・42歳)
⑨古性優作(100期=大阪・33歳)
【初手・並び】
←⑨④⑦(近畿)⑧⑥(中国)②⑤①(混成)③(単騎)
【結果】
1着 ⑨古性優作
2着 ②松井宏佑
3着 ⑦東口善朋
5月20日には北海道の函館競輪場で、五稜郭杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。開催タイミングの関係もあってか、ちょっと驚いてしまうほどの豪華メンバーとなったこのシリーズ。初日特選には、現S級S班が5名に、郡司浩平選手(99期=神奈川・33歳)や守澤太志選手(96期=秋田・38歳)といった元S級S班も加わるという、まるで特別競輪の決勝戦のようなメンバーとなりました。
この初日特選を豪快な単騎捲りで快勝したのは、眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)。新山響平選手(107期=青森・30歳)が打鐘前から先行して引っ張る流れを最後方で脚をタメて、最終ホームから長く脚を使って捲りきりました。2着は、新山選手マークの佐藤慎太郎選手(78期=福島・47歳)。3着は、前受けからの巧みな立ち回りで北日本ラインの3番手を奪った、古性優作選手(100期=大阪・33歳)です。
これで勢いに乗るかと思われた眞杉選手ですが、町田太我選手(117期=広島・23歳)や松井宏佑選手(113期=神奈川・31歳)といった強力な機動型との戦いとなった準決勝では、後方からの捲り不発で8着に敗退。新山選手や山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)、守澤選手も、残念ながら準決勝で敗退となりました。自力選手がぶつかり合うと、どうしても「潰し合い」になってしまいますからね。
その結果、決勝戦は意外にも事実上の「先行一車」というメンバーに。ここは、2名が勝ち上がった南関東勢の先頭を任された、松井選手が逃げる展開が濃厚です。番手を回るのは郡司選手で、このライン3番手には、南関東勢との連係が多い佐藤選手がつきました。強力なタテ脚のある選手が並びますから、ここにやすやすと主導権を奪われるような展開になると、他のラインは厳しいでしょう。
3名が勝ち上がった近畿勢は、古性選手が先頭。番手を回るのは三谷竜生選手(101期=奈良・36歳)で、3番手を東口善朋選手(85期=和歌山・44歳)が固めます。古性選手はこのシリーズでもっともデキのよさが感じられた選手で、勝ち上がりの過程ではオールラウンダーらしい、縦横無尽の動きをみせていました。どんな展開になっても攻めて位置を取りにくるので、本当に崩れないんですよね。
中国勢は、岩津裕介選手(87期=岡山・42歳)が前で、番手に棚橋勉選手(96期=岡山・43歳)という組み合わせ。この相手に自力勝負はとても挑めませんから、こちらは中団でうまく立ち回って展開をつくのが青写真となりそうです。そして、唯一の単騎が小倉竜二選手(77期=徳島・48歳)。主導権を奪うであろう東の混成ラインの直後につけられれば、展開が向いて単騎でも好勝負ができる可能性が十分にあります。
古性選手も自力勝負はできますが、松井選手と主導権を争って、前でもがき合うような展開は避けるはず。とはいえ、東の混成ラインを楽に逃がすと「二段駆け」に持ち込まれ、なすすべなく終わってしまうケースも考えられます。古性、松井の両者がどのように考え、どのようなレースを仕掛けてくるのか。その間隙をついて、オール1着で勝ち上がってきた岩津選手が食い込めるのか。そのあたりが「争点」となりそうですね。
それでは、決勝戦のレース回顧に入ります。レース開始を告げる号砲と同時に、いい飛び出しをみせたのが4番車の三谷選手。スタートを取りきって、近畿勢の前受けが決まります。松井選手が先頭である東の混成ラインはその後ろにつけていましたが、後から位置を主張してきた中国勢を前に入れて、後方6番手に。そして最後方に単騎の小倉選手というのが、初手の並びです。
どこで後方の松井選手が動き出すかと注目していましたが、青板(残り3周)では動きがなく、赤板(残り2周)を通過。松井選手が動いたのは赤板後の1センター手前からで、単騎の小倉選手もこれに連動して、外から4車で上がっていきます。バックストレッチに入ったところで松井選手が古性選手の前に出ますが、そのまま加速して一気に主導権を奪うのではなく、スピードを緩めて古性選手を外から「抑える」カタチとなりました。
しかし、打鐘を迎える直前のタイミングだと、古性選手にいったん下げるという選択肢はありません。合わせて踏んで郡司選手の内を併走し、松井選手の番手を「競る」態勢に持ち込みました。ここでレースは打鐘を迎えますが、その直後の3コーナーで、内の三谷選手が外の佐藤選手を張ってブロック。この動きに巻き込まれ、佐藤選手の後ろに下げようとしていた小倉選手が落車してしまいます。
佐藤選手は負けじと外から三谷選手を押し返し、両者が激しく絡み合いながら打鐘後の2センターを通過。松井選手が先頭で、その直後に古性選手と郡司選手、さらにその後ろも三谷選手と佐藤選手が併走という態勢のままで、最終ホームに帰ってきます。中国勢の2車は動かず後方のまま。最終1コーナーからは、古性選手と郡司選手の番手争いが激化して、両者がぶつかり合いながら最終1センターを回ります。
この態勢だと、やはり内にいる古性選手が有利で、番手戦の経験値という意味でも郡司選手は厳しい。最終2コーナーを回ったところで古性選手が松井選手の番手を奪いきり、郡司選手は少し下がってしまいます。それと時を同じくして、後方で待機していた岩津選手が仕掛けて捲り始動。しかし、先頭を走る松井選手の逃げはかかっていて、なかなか差を詰めることができません。
先頭の松井選手と、その番手を取りきった古性選手が抜け出している態勢のままで、最終3コーナーに進入。古性選手の後ろにいた三谷選手は、佐藤選手と激しく絡んだのもあって、ここで前との差が少し開いてしまいます。その位置を郡司選手が狙いにいき、三谷選手の後ろにいた東口選手は、郡司選手の後ろにスイッチ。その外からは岩津選手と棚橋選手が追いすがりますが、こちらは伸びきれないままです。
そのままの隊列で最終2センターを回って、最後の直線へ。先頭ではまだ松井選手が踏ん張っていますが、外に出した古性選手は余力十分。あっという間に松井選手の外に並んで、差しにいきます。その直後では内から郡司選手が前を追いますが、その外に出した東口選手のほうが、ここまでサラ脚できているだけあって伸びはいい。しかし、先頭に立った古性選手に迫れるほどの勢いはありません。
松井選手の番手から余裕をもって抜け出した古性選手が、そのまま先頭でゴールイン。最後は東口選手が外からよく迫りましたが、2着には松井選手が逃げ粘りました。東口選手が3着で、郡司選手は4着。そこから大きく開いて、三谷選手と佐藤選手が並んでゴールしています。しかし、ゴール後に審議の赤ランプが点灯して、三谷選手は小倉選手を押し上げで落車させたことにより、失格となっています。
これで、今年三度目のGIII優勝となった古性選手。松井選手の番手を冷静に奪いきり、最後は余裕をもって差しきるというパーフェクトな走りで、その強さを見せつけました。三谷選手がスタートを取ってくれたことで、前受けからレースが組み立てられたのもプラスに働きましたね。「どんな展開でも勝負できる位置を取る」という意識の強さと、実際にそれを実行できる技量の巧みさは、本当に大きな“強み”です。
それとは対照的に、正直なところ私には「何がしたいのかよくわからない」競輪をしていたのが、松井選手。番手は同県の郡司選手ですから、どういったレースをするかという相談を、腹を割ってできていたと思うんですよ。実際にそこでどういった話になったのかはわかりませんし、松井選手にすべて任せるといったシンプルな内容だったかもしれませんが…いずれにせよ、勝つための“考え”があまりにも足りません。
レース後のコメントを確認したところ前受けからの組み立てを考えていたようですが、それでも、もし後ろ攻めになった場合にどういったプランで挑むか程度は、何パターンか考えておくのが当然の話。「古性選手に飛びつかせないように行った」ともコメントしていましたが、それならばあそこでスピードを緩めた意味がわからない。それならばせめて、郡司選手までが出切ったカタチになってから緩めるべきですよね。
古性選手が前受けから突っ張り先行に持ち込む可能性は低いですから、早めに動けば、いったん前を斬ることもできたはず。打鐘前のあのタイミングで仕掛けて、位置にこだわる古性選手が素直に下げてくれるケースなんて、ほとんどないといっても過言ではないでしょう。それに、今回の松井選手がとった選択肢も、じつはけっして悪手ではないんですよ。問題はその後で、そこがあまりにも素直だったいうか…。
松井選手だけが前に出て、内の古性選手と外の郡司選手が併走状態になった打鐘前。もし私が松井選手ならば、あそこから徹底的にペースを落とします。古性選手を抑え込むのは郡司選手に任せて、自分が優勝できる位置から仕掛けられるように、ペースを落として脚を温存。そのままの隊列で、ゆったりしたペースで最終ホームに帰ってきて、最終2コーナーあたりからのダッシュ戦に持ち込めれば理想的です。
最強の敵である古性選手をずっと「内で詰まる」カタチに持ち込めるわけで、あとは郡司選手が古性選手を抑え込んでいてくれればくれるほど、自分が優勝できる確率がアップする。もし、途中でしびれを切らした岩津選手が後方からカマシてきた場合には、前に出してしまえばいい。中国2車ならば3番手から、小倉選手がそれについてきても4番手から捲ればいいだけで、岩津選手とのタテ脚勝負ならば松井選手は負けませんよ。
それに、岩津選手を先に行かせる展開ならば、古性選手を抑え込んだまま後方に置くこともできる。自分が主導権のダッシュ戦よりも、自分が優勝できる可能性はこちらのほうが高いかもしれませんね。しかし、実際の松井選手は、こういった「ずる賢い」立ち回りをせず、いたって素直に駆けてしまっている。古性選手に有利な展開を松井選手が作り出してどうするのか…と私は言いたいですね。
単純にスピードだけならば、松井選手は輪界でもトップクラス。そのスピードをもっと生かすために、あらゆる状況を想定した戦略や戦術をもっと勉強してほしいし、考えてほしい。常に言っていることですが、競輪という競技は、強敵が嫌がることをやってナンボ。どんな展開でも脚力だけで圧倒できるような選手ならばともかく、それ以外の選手は“知恵”での戦いを、けっして疎かにしないでほしいと思います。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。