閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【大楠賞争奪戦 回顧】最高にエキサイティングな“過程”の好レース

2024/05/15 (水) 18:00 30

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが武雄競輪場で開催された「大楠賞争奪戦」を振り返ります。

大楠賞争奪戦を制した深谷知広(写真提供:チャリ・ロト)

2024年5月14日(火)武雄12R 開設74周年記念 大楠賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①清水裕友(105期=山口・29歳)
②深谷知広(96期=静岡・34歳)
③志田龍星(119期=岐阜・26歳)
④根田空史(94期=千葉・35歳)
⑤山田英明(89期=佐賀・41歳)
⑥大槻寛徳(85期=宮城・44歳)
⑦稲川翔(90期=大阪・39歳)
⑧阿部力也(100期=宮城・36歳)
⑨浅井康太(90期=三重・39歳)

【初手・並び】
         ⑦
←④②⑧⑥(混成)①⑤(混成)③⑨(中部)

【結果】
1着 ②深谷知広
2着 ⑧阿部力也
3着 ⑥大槻寛徳

清水裕友の番手が珍しく「競り」になった決勝戦

 5月14日には佐賀県の武雄競輪場で、大楠賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。当初は脇本雄太選手(94期=福井・35歳)や松浦悠士選手(98期=広島・33歳)も出場を予定していましたが、体調不良から欠場。S級S班での出場は、深谷知広選手(96期=静岡・34歳)と清水裕友選手(105期=山口・29歳)の2名に。ちょっと手薄なメンバーになるかと思われましたが、激戦の連続でなかなか面白いシリーズとなりましたね。

清水裕友(写真提供:チャリ・ロト)

 九州地区での記念といえば、地元勢が番組にも恵まれて開催を盛り上げるイメージ。しかし今回は全体的に不振で、注目株であった嘉永泰斗選手(113期=熊本・26歳)は二次予選で敗退しています。嘉永選手については、川崎記念(GIII)でみせていたような素晴らしいデキにはなく、調子を落としている印象を受けましたね。いいデキを長い期間にわたり維持することは、本当に難しいんですよ。

 地元を代表する選手であり、初日特選で1着をとっていた山田庸平選手(94期=佐賀・36歳)も、残念ながら準決勝で敗退。このシリーズに向けて身体を仕上げてきていた印象で、かなりデキもよかったと思うのですが、前を任せた清水選手が「捲るもブロックで受け止められてなんとか3着」という結果では厳しかった。結局、決勝に駒を進めた九州勢は、山田英明選手(89期=佐賀・41歳)だけとなりました。

山田英明(写真提供:チャリ・ロト)

 清水選手はさすがにデキの維持に苦労していたようで、コメントにもその様子がうかがえましたよね。また、深谷選手も、主導権を奪って逃げた二次予選での走りこそ力強かったですが、そこまで調子がいいとは感じませんでした。決勝戦に進出した選手でデキがよかったのは、根田空史選手(94期=千葉・35歳)、阿部力也選手(100期=宮城・36歳)、大槻寛徳選手(85期=宮城・44歳)あたりでしょうか。

深谷知広(写真提供:チャリ・ロト)

 この決勝戦での注目点は、清水選手の番手が珍しく「競り」となったこと。山田英明選手と稲川翔選手(90期=大阪・39歳)のどちらも、この位置を主張しました。「そこは地元の山田英明選手に譲ってあげればいいのに」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、そこを譲っていたのでは、稲川選手は優勝の二文字から遠のいてしまう。一流のマーク選手として、勝つためには譲れないところですよ。

 2名が勝ち上がった南関東勢は、根田選手が前で深谷選手が後ろという組み合わせに。その後ろに北日本の阿部選手と大槻選手がついて、4車の混成ラインとなりました。調子のいい根田選手と機動力上位の深谷選手の組み合わせは、他のラインにとって脅威となりそう。また、デキのいい選手がこのラインに集結しているというのも、注目すべきポイントといえそうです。

 2車ラインとなった中部勢は、志田龍星選手(119期=岐阜・26歳)が先頭で、番手が浅井康太選手(90期=三重・39歳)という並びで勝負。志田選手はここで積極的に逃げるようなタイプではないので、うまく中団で立ち回って、勝機を逃さずタイミングよく仕掛けたいところです。「二段駆け」がありそうな東の混成ラインにいかに対抗するかなど、なかなか立ち回りが難しい一戦となりそうですね。

東の混成ラインが前受け、山田英明と稲川翔が併走

 それでは、決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始の号砲と同時に外からいい飛び出しをみせたのが、8番車の阿部選手。1番車の清水選手よりも前に出て、スタートを取ります。これで、東の混成ラインの前受けが決定。清水選手は中団5番手となり、その後ろに「競り」の山田選手と稲川選手が併走します。車番に恵まれなかった志田選手は、初手は後方8番手からとなりました。

 後方の志田選手が動き出したのは、青板(残り3周)周回のバックから。外からゆっくりとポジションを押し上げて、先頭の根田選手を抑えにいきました。そして、赤板(残り2周)の通過に合わせて前を斬って、先頭に立ちます。そして、志田選手が流してペースが緩んだところで早々と動いたのが、後方となっていた清水選手。打鐘前の1センターから一気にカマシて、先頭に襲いかかります。

青板2センター(写真提供:チャリ・ロト)
赤板(写真提供:チャリ・ロト)
赤板過ぎ1センター(写真提供:チャリ・ロト)

 清水選手のカマシに連動できたのは、稲川選手だけ。山田英明選手は大槻選手と絡んでいたのもあって反応が遅れ、離れてしまいました。しかし、ここから挽回を期した山田英明選手の動きは鋭かったですね。連係が乱れていた東の混成ラインの隙をついて、内から深谷選手の内に潜りこみ、根田選手の番手を狙いにいきます。その間に、カマシた清水選手と稲川選手は前に出切って、打鐘と同時に先頭に立ちました。

 清水選手に叩かれて3番手となった志田選手は、打鐘後の2センターから仕掛けて、再び前に迫ります。さらにその外から根田選手も仕掛け、一団となって最終ホームに帰ってきました。根田選手が外に出して仕掛けたところで、その番手を狙っていた山田英明選手は進路を内に切り替えて一気に加速。稲川選手の意識が外にいっている間隙をついて、その内に潜りこみ、本来主張したポジションである「清水選手の後ろ」を狙いにいきます。

最終ホームストレッチ(写真提供:チャリ・ロト)

 清水選手の外に、中団から追い上げた志田選手と後方から仕掛けた根田選手が並んで、3ライン併走で最終ホームを通過。そのままの態勢で最終1センターを回りますが、ここで山田英明選手は稲川選手の前に出て、清水選手の番手を完全に確保します。前で壮絶なもがき合いとなった3車は、まずは「中」の志田選手の脚色が鈍って後退。その番手にいた浅井選手は、西の混成ラインの後方に切り替えました。

最終1センター(写真提供:チャリ・ロト)

 大きく外を回った根田選手も、ここで力尽きて失速。バックストレッチに入ったところで、清水選手が単独先頭となります。東の混成ラインは、番手の深谷選手が自力に切り替えて前に出ようとしますが、根田選手を「さらに外」から乗り越えるような進路に。イエローラインよりも大幅に外を回るというロスがあった深谷選手ですが、そこから「山おろし」気味に一気に加速して、最終バックで稲川選手の外まで差を詰めてきました。

 先頭ではまだ清水選手が踏ん張っていますが、早い仕掛けから前でもがき合う展開となったわけですから、キツくて当然。最終3コーナーでは深谷選手が山田英明選手の外まで進出し、そのままの勢いで最終2センターでは先頭の清水選手を捉えきり、先頭に立って最後の直線に入りました。深谷選手マークの阿部選手が外に出し、その後ろには山田英明選手がスイッチ。稲川選手は内にいきますが、伸びはありません。

最終2センター(写真提供:チャリ・ロト)

 最後の直線に入っても深谷選手のスピードはまったく衰えず、後続を振り切りにかかります。その直後から阿部選手が必死に追いすがりますが、差はまったく詰まらない。外からは大槻選手や浅井選手もいい伸びをみせましたが、最後の直線が長い武雄バンクといえども、これは2〜3着争いが精一杯。態勢は完全に決して、深谷選手がセイフティリードを保ったまま、先頭でゴールラインを駆け抜けました。

ドキドキハラハラ!想定とはまったく異なる展開の素晴らしいレース

 S級S班に復帰した今年、ここまで随所で存在感を発揮してきた深谷選手。しかし意外にも、優勝はこれが今年初だったんですね。2着は深谷選手マークの阿部選手で、3着も大槻選手と、東の混成ラインが上位を独占。3連単は2番人気の1,450円という堅い決着となったわけですが……いやあ、これはじつに面白い決勝戦でしたよ。車券を当てたという方も、かなりドキドキハラハラしたのではないでしょうか。

 この決勝戦を面白くした「立役者」は、なんといっても清水選手。かなり強気な仕掛けで主導権を奪いにいったことで、動きのあるレースとなりました。さすがに最後までは粘りきれず6着という結果に終わりましたが、相手をねじ伏せようとする力強い走りは、いかにも清水選手らしいもの。今年の競輪界を牽引する存在として、このシリーズでも存在感をおおいに発揮していたと思います。

 清水選手が演じた「役割」を志田選手に期待していた方も多かったと思うのですが、まだどうも思いきった走りができないというか。脚力だけならば記念クラスで通用してもおかしくないものがあるのですが、性格的なものなのか、攻めきれない面がありますね。もっと自信をつけてアグレッシブな走りができるようになれば、もうひと皮もふた皮も剥ける余地がある選手。しかし、現状は「まだまだ」ですね。

 優勝した深谷選手については、終わってみればさすがの脚力というか。自力に切り替える際にロスがあったことでヒヤッとしましたが、文句なしの強さをみせての完勝でしたね。そして、地元の「意地」をみせた山田英明選手の立ち回りもお見事。4着と最良の結果は得られませんでしたが、あんな過程を経て清水選手の番手に復帰するというのは、そうそうできるものではありませんよ。

 この堅い結果だけをみて、実際にどのような展開だったかを言い当てられる人は、おそらくいないのではないでしょうか。それくらいにレース前の想定とはまったく異なる、エキサイティングな決勝戦だったと思います。堅く決着するときは、動きのない単調な展開になりがちですよね。でも、この決勝戦はその「真逆」といえるほど動きがあった。どの選手を応援した方にも納得してもらえるような、素晴らしいレースでしたよ!

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票