閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【三山王冠争奪戦 回顧】“機運”も味方につけていた小林泰正

2024/06/05 (水) 18:00 30

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが前橋競輪場で開催された「三山王冠争奪戦」を振り返ります。

三山王冠争奪戦を制した小林泰正(写真提供:チャリ・ロト)

2024年6月4日(火)前橋12R 開設74周年記念 三山王冠争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①眞杉匠(113期=栃木・25歳)
②窓場千加頼(100期=京都・32歳)
③平原康多(87期=埼玉・41歳)
④橋本強(89期=愛媛・39歳)
⑤佐藤慎太郎(78期=福島・47歳)
⑥村田雅一(90期=兵庫・39歳)
⑦小林泰正(113期=群馬・29歳)
⑧佐々木悠葵(115期=群馬・28歳)
⑨森田優弥(113期=埼玉・25歳)

【初手・並び】

       ④(単騎)
←①⑦⑧(関東)⑨③⑤(混成)②⑥(近畿)

【結果】
1着 ⑦小林泰正
2着 ⑤佐藤慎太郎
3着 ③平原康多

連戦で選手に疲れも 岸和田GI前の走りにも注目

 6月4日には群馬県の前橋競輪場で、三山王冠争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。高知競輪場での「全プロ」からの連戦となった組も多かったシリーズで、さすがにその疲れがみられた選手もいましたね。岸和田・高松宮記念杯競輪(GI)がもう目前というタイミングでもあり、誰がどのような走りをしていたかをしっかりチェックして、覚えておく必要があるでしょう。

 出場選手のレベルもなかなか高いシリーズとなりましたが、少し調子を落としていた印象があったのが、初日特選組である深谷知広選手(96期=静岡・34歳)。2周先行で逃げ切った二次予選は強かったですが、準決勝では最下位と冴えない走りで、決勝進出を逃しています。やはり連戦による疲れがあったようで、岸和田・高松宮記念杯競輪(GI)での巻き返しを期待したいところです。

 ここが復帰戦となった新田祐大選手(90期=福島・38歳)も、注目を集めた選手の一人でしょう。こちらは、初日から連勝を決めるも、準決勝では残念ながら7着という結果に終わっています。ただ、長らくあっせんがストップしていたことを考えれば悪くない内容で、おそらく本人もいい感触を得たのではないでしょうか。高松宮記念杯競輪(GI)ではどのような走りが見られるのか、楽しみですよ。

 そして、関東勢の持つ“勢い”や層の厚さも感じましたね。地元地区なので出場選手自体が多いとはいえ、決勝戦に5名が進出。S級S班の眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)も、ここにきて調子をグングンと上げてきており、好内容で勝ち上がりを決めています。関東勢は、決勝戦では5車連係ではなく「別線」を選択しましたが、それでも残り4名の選手にとっては厳しい戦いとなりました。

(左から)眞杉匠、森田優弥(写真提供:チャリ・ロト)

 眞杉選手が先頭のラインは、番手を回るのが小林泰正選手(113期=群馬・29歳)で3番手も佐々木悠葵選手(115期=群馬・28歳)と、地元勢2名がつきました。小林選手は、このシリーズでのデキのよさがもっとも目立っていた選手。一次予選から無傷の3連勝を決めての決勝進出で、しかも眞杉選手の番手という最高のポジションを得ました。GIII初優勝にむけて「視界よし」ですね。

 もうひとつの関東勢が、森田優弥選手(113期=埼玉・25歳)が先頭のライン。こちらは番手が平原康多選手(87期=埼玉・41歳)で、埼玉コンビの後ろには佐藤慎太郎選手(78期=福島・47歳)がつきました。こちらも総合力の高さはかなりのものですが、森田選手は眞杉選手と小林選手の「同期」で、しかも関東地区同士。別線だからといって、共倒れとなるような無茶な仕掛けはできないでしょう。

 2名が勝ち上がった近畿勢は、窓場千加頼選手(100期=京都・32歳)が先頭で、番手に村田雅一選手(90期=兵庫・39歳)という組み合わせ。窓場選手も二次予選からは連勝と好調モードで、近況メキメキと力をつけてきている注目株でもあるのですが、どう攻めるかはかなり難しい。眞杉選手と森田選手という強力な機動型が「やり合わない」なかで、いかに巧く立ち回るかが問われてきます。

窓場千加頼(写真提供:チャリ・ロト)

 そして、唯一の単騎勝負が橋本強選手(89期=愛媛・39歳)。こちらも窓場選手と同様、関東勢が5名で2ラインという決勝戦のメンバー構成だと選択肢自体が少なく、厳しい戦いを強いられることになりそうです。眞杉選手が主導権を奪って「ラインから優勝者を出す走り」をすると、その他の6名はなすすべなく終わってしまう可能性もありますからね。では、そろそろ決勝戦の回顧といきましょうか。

佐々木悠葵がSを取り眞杉ラインの前受け

 レース開始を告げる号砲と同時に、外枠からカントを駆け下りるように前へと出てきたのが佐々木選手。スタートを取りきって、眞杉選手が先頭の関東勢の前受けが決まります。その直後4番手には森田選手がつけますが、単騎の橋本選手がその外まで上がってきて、位置を主張。しかし森田選手は譲らず、併走のままです。そして後方に8番手に窓場選手という、初手の並びとなりました。

 後方の位置取りとなった窓場選手は、後方から早々と動き出して、青板(残り3周)周回から先頭の眞杉選手を抑えにいきます。森田選手の外を併走していた橋本選手は、近畿勢の後ろにつけるカタチとなりました。眞杉選手は先頭誘導員が離れる前から、進路を外に出すなどして窓場選手に抵抗して意思表示。そして先頭誘導員との車間を少しきって、突っ張る態勢を整えます。

青板2コーナー付近。眞杉匠(白)が窓場千加頼(黒)を突っ張る(写真提供:チャリ・ロト)

 青板周回のバックを通過し、先頭誘導員が離れたところで眞杉選手が前に踏み込むと、窓場選手は無理せず自転車を下げて再び後方のポジションに。それを察知した単騎の橋本選手は、近畿勢よりも早く動いて佐藤選手の後ろにつけます。橋本選手が7番手、窓場選手が8番手という隊列となって赤板(残り2周)のホームに帰ってきますが、ここで4番手の森田選手が早々と仕掛けました。

赤板。森田優弥(紫)が仕掛ける(写真提供:チャリ・ロト)

超高速バンクで眞杉匠が全力の2周先行態勢に

 しかし、先頭の眞杉選手は既に全力モードで2周先行の態勢。そして、そのスピードをフルに生かせるのが、前橋の超高速バンクです。森田選手がジリジリと差を詰めようとしますが、打鐘前の2コーナーで小林選手の外に並ぼうとしたところで、小林選手が進路を少し外に出してこれをブロック。森田選手は佐々木選手の外まで少し下がって、外併走のままでレースは打鐘を迎えました。

最終HS。先頭は眞杉(写真提供:チャリ・ロト)

 そのままの隊列で打鐘後の2センターを回って、最終ホームに帰ってきますが、森田選手は前との差を詰められないまま。後方に置かれた窓場選手も、離れた8番手のままで最終周回に入ります。森田選手は最終1センターで力尽き、大きく外に出して離脱。それにかわって、今度は平原選手が4番手から仕掛けて、前を捲りにいきました。先頭では、眞杉選手がまだ踏ん張っています。

 しかし、この展開だとさすがに眞杉選手も苦しい。眞杉選手のスピードが鈍ったのを察知した小林選手は、バックストレッチに入ったところで番手から発進します。

最終BSで小林泰正(橙)が眞杉の番手から発進(写真提供:チャリ・ロト)

 これで仕掛けを見事に「合わされる」カタチとなったのが平原選手。佐々木選手の少し前に出るところまで詰め寄りますが、そこから先がなかなか詰まりません。平原選手は最終3コーナー手前で、佐々木選手を大きく内に押し込みます。

 佐々木選手は負けじと押し返しますが、平原選手も応戦。絡み合いながら自転車が接触して、ヒヤッとするシーンもありましたね。平原選手マークの佐藤選手は進路を少し外に出して、先頭の小林選手を追撃開始。その内を橋本選手が狙いますが、前で佐々木選手と平原選手が絡んでいるのもあって、進路はかなり狭い。先頭の小林選手が抜け出した態勢で最終2センターを回って、最後の直線に入ります。

 直線に入ったところで後続との差が開いて、小林選手はセーフティリード。それを平原選手や佐藤選手が追いすがりますが、展開を完全にモノにした小林選手のスピードはまったく衰えません。ずっと後方にいた窓場選手や村田選手もここで差を詰めてきますが、時すでに遅し。先頭の小林選手が完全に抜け出し、そこから離れて佐藤選手。あとは3着争いがどうなるかで、勝負は完全に決しました。

“全ての歯車がかみ合った”地元・小林泰正の完全V

 眞杉選手から受け取ったバトンを見事に繋ぎ、力強く抜け出した小林選手が完勝でゴールイン。自身初となるGIII優勝を、ホームバンクで見事に決めました。2着に佐藤選手で、3着は平原選手という結果。前橋記念の地元勢による優勝は、じつに15年ぶりです。平日開催だったにもかかわらず詰めかけた、多くの地元ファンの前で最高の結果を出せたのですから、心底うれしかったことでしょう。

 いわき平のダービーでは決勝戦まで勝ち上がり、高知での「全プロ」ではエリミネイションレースを連覇。そして地元記念を完全優勝と、勢いに乗る小林選手。本当に力をつけてきているし、ずっと集中力を切らさずに走れているのが素晴らしいですよね。それに、関東勢が5名も勝ち上がって埼玉勢と別線になったことで、準決勝に続いて「眞杉選手の後ろ」という最高のポジションが得られた。これは、本当に大きいですよ。

 小林選手優勝の“立役者”となった眞杉選手の走りも、力強かったですね。同期の森田選手とは、レース前にイメージしていた以上のガチ勝負となりましたが、スピードで圧倒して寄せ付けないままでしたから。これは現地で群馬支部の選手に聞いたのですが、眞杉選手は前橋まで練習に来ることがけっこう多いとのこと。そういった「繋がり」が背景にあっての、今回の眞杉選手の走りだったのかもしれません。

眞杉匠(左)と小林泰正(写真提供:チャリ・ロト)

 このシリーズについては、地元の小林選手が優勝しそうな雰囲気や、それをさらに盛り立てようとするような“機運”があったように思います。物事がうまくいくときは、まるで歯車がカチリと噛み合うように、すべてがいい方向に動く。この優勝で小林選手は自信をつけるでしょうし、これが契機となり、群馬支部にもいい風が吹くような気がしますね。いまの関東には、本当に勢いがありますよ。

 だからこそヒシヒシと感じてしまうのが、私の地元である中部や岐阜支部の勢いのなさ。山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)が孤軍奮闘しているとはいえ、それに続く選手が早く出てきてくれないことには…と、かなりの危機感を持っています。焦ったところで仕方がないとはいえ、他地区の若手や中堅級の成長を感じれば感じるほどに、焦ってしまうんですよねえ…。

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票