閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【KEIRINグランプリ2023 回顧】死力を尽くした総決算にふさわしい激闘

2023/12/31 (日) 17:15 53

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが立川競輪場で開催された「KEIRINグランプリ2023」を振り返ります。

3番車(赤)の松浦悠士が5度目の挑戦でグランプリ初制覇を果たした(写真提供:チャリ・ロト)

2023年12月30日(土)立川11R KEIRINグランプリ2023(GP・最終日)

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・32歳)
②佐藤慎太郎(78期=福島・47歳)
③松浦悠士(98期=広島・33歳)
④眞杉匠(113期=栃木・24歳)
⑤深谷知広(96期=静岡・33歳)
⑥山口拳矢(117期=岐阜・27歳)
⑦清水裕友(105期=山口・29歳)
⑧新山響平(107期=青森・30歳)
⑨脇本雄太(94期=福井・34歳)

【初手・並び】

←⑧②(北日本)⑤(単騎)⑦③(中国)④(単騎)⑥(単騎)⑨①(近畿)

【結果】
1着 ③松浦悠士
2着 ⑤深谷知広
3着 ④眞杉匠

単騎3名のコマ切れ戦で予想は例年以上に難解に

 さあ、ついにこの日がやってきました。今年は東京都の立川競輪場を舞台に開催された、KEIRINグランプリ2023(GP)。出場する選手が決まり、枠番や並びが発表されてからというもの、この難解なレースとどう戦うかを延々と考えていた…なんて方もいらっしゃるのではないでしょうか。今年はコマ切れ戦となったのもあって、例年以上に難しいグランプリだったと思います。

 それに、掛け値なしの「一発勝負」ですから、選手のデキがどうなのかを見極めることもできない。インタビューでは松浦悠士選手(98期=広島・33歳)が「直前に扁桃炎で体調を崩したので、そこは割引」とコメントしていましたが、そこからどれだけ体調が持ち直しているのか、判断しようがありませんからね。公開練習での感触は上々だったようですが、それでもやはり悩ましい。これも、グランプリの難しさです。

 デキについての話でいえば、脇本雄太選手(94期=福井・34歳)が調子をどれだけ上げているかというのも、予想するうえでの重要なポイントです。冷え込みが厳しくないのもあってか、今年はイメージよりも軽いバンクコンディションのよう。これは、“最強”のスピードを持つ脇本選手に有利に働きます。絶好調ならば、得意とする後方からの捲りで、昨年に続く連覇をあっさり決めても不思議ではありません。

 しかし、そうは問屋が卸さない…と考えているはずなのが、新山響平選手(107期=青森・30歳)。前受けから突っ張るアグレッシブな走りを貫き通すことで、今年は随所で存在感を発揮してきました。「自分のスタイルを確立した」とレース前にコメントしていたとおり、この頂上決戦でも突っ張り先行で挑んできそう。しかし、脇本選手と前でもがき合う展開になると、その時点で自身の優勝は消えるといっても過言ではありません。

 誰もが優勝だけを狙うグランプリ。それだけに、脇本選手が後方から動いたときに、新山選手がどう対応するのか? 突っ張るのか、引くのか、それともまさかの捲りがあるのか…新山選手の作戦次第で、展開が大きく変わります。アレコレ考え出したらキリがないですが、いちばんの注目は初手での位置取り。それがいかに現在の競輪で重要かは、このコラムでも繰り返し述べているとおりです。

今年のKEIRINグランプリは単騎3名(山口拳矢・緑、深谷知広・黄、眞杉匠・青)のコマ切れ戦となった(写真提供:チャリ・ロト)

 勝負がどうなるかは、初手からの「位置取り」次第。古性優作選手(100期=大阪・32歳)が1番車とはいえ、近畿勢が前受けする可能性は低めでしょう。その場合、前受けするのは佐藤慎太郎選手(78期=福島・47歳)が2番車に入った北日本勢になりそう。そして、展開の利がもっとも見込めるのは「この直後」です。枠なりならば、中国ゴールデンコンビの前を任された清水裕友選手(105期=山口・29歳)となりそうですが...。

 単騎である眞杉匠選手(113期=栃木・24歳)と深谷知広選手(96期=静岡・33歳)、山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)の3名が初手でどの位置を取りにいくかも、展開を大きく左右するポイント。深谷選手や山口選手は、レーススタイル的に後方からの組み立てを選びそうですが、もっとも内の車番となった眞杉選手は、初手で中団を取りにいくケースが十分に考えられます。

 近年の競輪界を牽引してきた近畿勢が、ここでも力をみせるのか。それとも、まだグランプリを獲ったことがない選手が優勝して、両手を高く突き上げるのか。堅く決まるのか、それとも波乱か。太陽が沈みかけた夕暮れの立川バンクで、今年はどんなドラマが観られるのか…さまざまな想いが交錯しながら、グランプリの発走を迎えました。それでは、レースの回顧に入っていきましょう。

北日本=前受け、近畿=後ろ攻めのまま赤板過ぎまで隊列動かず

 スタンドを埋め尽くす観衆の大歓声とともに、レース開始を告げる号砲が鳴り響きます。それと同時に飛び出したのは、やはり2番車の佐藤選手でした。これで北日本勢の前受けが決まりますが、その直後の3番手を取ったのは、意外にも単騎の深谷選手。中国勢の先頭である清水選手は4番手からで、その後ろには単騎の眞杉選手と山口選手。そして、最後尾8番手に脇本選手というのが、初手の並びです。

 北日本が前受けで近畿が後ろ攻めというのは、多くの人が想定していたとおり。そして、初手の並びがこのカタチになると、コマ切れ戦とはいえ「斬って斬られて」が繰り返されるような展開とはならないでしょう。後ろ攻めを自ら選んだ脇本選手が、先頭の新山選手を抑えにいったり、斬りにいくケースは考えづらいですから。実際、青板(残り3周)周回に入っても、まだ動きはありません。

北日本ラインが前受けのまま隊列は動かず残り2周を通過。最後方に脇本-古性の近畿2車(写真提供:チャリ・ロト)

 そのままで赤板(残り2周)を通過しますが、それでもまだ動きはなく、先頭誘導員が離れないままで1センターを通過。先頭の新山選手は誘導員との車間をきって、後方にいる脇本選手の動向を、何度も振り返って確認しています。そして打鐘前の2コーナーを回ったところで、後方の脇本選手がついに始動。それを待ち構えていた新山選手は、まったく躊躇せずに前へと踏んで、脇本選手に合わせます。

 脇本選手が素晴らしいダッシュで前との差を詰めたところで、レースは打鐘を迎えました。新山選手が仕掛けを完全に合わせたのもあって、脇本選手といえども一気に出切ることはできず、打鐘後の2センター手前では佐藤選手が脇本選手をヨコの動きでブロック。北日本と近畿が前でもがき合う展開となって、両者が一歩も譲らぬ併走のままで、最終ホームに帰ってきました。

最終Hで脇本(9番車・紫)が前に出て先頭に(写真提供:チャリ・ロト)

 最終ホームを通過したところで、脇本選手が少し前に出て先頭に。そして新山選手との差をジリジリと広げつつ最終1センターを回って、近畿の2車が前に出切りました。しかし、新山選手も必死に食らいつく。その後ろでは、清水選手が深谷選手の外に出して、仕掛けるタイミングをうかがいます。後方の位置取りとなった眞杉選手と山口選手は、まだ動かずに脚を温存。ここから、一気にレースが動きました。

深谷と清水「かぶった」仕掛けのタイミング、松浦は瞬時の切り替え

 深谷選手に乗らず自力で捲りにいこうとした清水選手でしたが、レース後に「1コーナーで後輪が滑った」影響があったのか、仕掛けるタイミングを躊躇したようなところがありましたね。そこで、深谷選手と仕掛けが合ってしまった。ここで瞬時の判断をみせたのが、清水選手の内にいっていた松浦選手。深谷選手の後ろに切り替え、そのスピードに乗って最終バックから進撃を開始します。

松浦(3番車・赤)は清水(7番車・橙)から深谷(5番車・黄)の後ろに切り替えた(撮影:北山宏一)

 絶好のタイミングで仕掛けた深谷選手は、グングン伸びて北日本勢の外を通過。最終3コーナー手前で、前で抜け出している近畿勢を射程圏に入れます。後方の眞杉選手と山口選手も仕掛けて前との差を詰めますが、眞杉選手は伸びを欠いた清水選手が降りてきたことで、内の窮屈なところに押し込められてしまいます。しかし、清水選手を内から押し返して進路をこじ開け、松浦選手の後ろを狙いにいきます。

 眞杉選手が進路をこじ開けた影響で、清水選手の後ろにいた山口選手は大きく外に振られて、万事休す。内では新山選手が必死の食らいつきをみせますが、ここから巻き返せるような余力はありません。そして最終3コーナー、抜け出している脇本選手と古性選手に深谷選手が目前まで迫って、その後ろに松浦選手という態勢に。進路をこじ開けた眞杉選手も差を詰めて、松浦選手の直後まで迫ってきました。

 そのままの隊列で最終2センターと4コーナーを回って、最後の直線に。まだ脇本選手が先頭で粘っていますが、主導権争いで新山選手ともがき合ったのもあって、もう余力はほとんど残っていません。その番手から差しにいった古性選手も、いつものような力強さはなし。その外から迫る深谷選手が一気に突き抜けるか…と思われたところに、イエローライン付近をさらにいい脚で伸びてきたのが、松浦選手です。

 古性選手を捉えた深谷選手が一瞬だけ先頭に立ちますが、外から伸びる松浦選手がそれに迫り、横並びに。そのさらに外からは、一気に突き抜けそうな勢いで眞杉選手も飛んできます。しかし…立川バンクの長い直線でも、さすがにあの位置からでは届かない。ゴールラインでほんの少しだけ前に出ていたのは、自分のイメージカラーである「真っ赤なユニフォーム」の松浦選手でした。

“多難”な1年を勝利で終えた松浦 「殊勲賞」は覚悟の先行貫いた新山

 5回目の挑戦で、念願のグランプリ制覇を成し遂げた松浦選手。優勝者表彰での、声を震わせて涙を流した姿に、心を打たれたという方も多かったのではないでしょうか。順風満帆にはほど遠い“多難”な1年で、それでもなんとかグランプリ出場を果たした…というのがここまでの過程。それだけに、ここでグランプリのタイトルを獲れたことは、心の底からうれしかったでしょう。素晴らしい走り、素晴らしい勝利だったと思います。

優勝インタビューでは涙も見せた松浦悠士(写真提供:チャリ・ロト)

 そして、惜しく悔しい2着が深谷選手。初手で中国勢の前を取ったことで、展開を味方につけることができましたね。捲りにいったタイミングも理想的で、それでもここで優勝するには、ほんの少しだけ力が足りなかった。3着の眞杉選手は、位置取りが後方になりながらも、よくここまで差を詰めてきましたよ。清水選手が降りてきたところでのロスがなければ、もっときわどい勝負に持ち込めていたかもしれません。

 このレースをこれほど心躍るものにした「殊勲賞」は、文句なしに新山選手でしょう。優勝だけを考えるならば、脇本選手がきたときに突っ張らず引いて、3番手からの捲りで組み立てたほうがいい。しかしそれでも、彼は自分をスタイルを貫いた。3番手に引いて、それでも勝てなかったときには、一生残るほどの後悔をする。それならば、自分の生き方を愚直なまでに貫こう…そんな覚悟が伝わってくるような走りでした。

 そんな覚悟をもって挑んだ新山選手をねじ伏せ、主導権を奪いきった脇本選手もお見事。道中で息を入れるタイミングがまったくない流れになりましたから、番手の古性選手にとってもかなりキツい展開だったはずです。しかも舞台は、最後の直線が長い立川バンク。残念ながら確定板を外したとはいえ、この厳しい展開のなかを4着に粘っているというのは、古性選手の並外れた能力の証明にほかなりません。

2024年の競輪はもっと面白くなる!

 ついに、グランプリ覇者に名前を連ねることになったオールラウンダー・松浦選手。“最強”の二文字を背負う者にふさわしい走りをみせた脇本選手。それに真っ向勝負を挑んだ、「先行日本一」を愚直なまでに目指す新山選手。今年のビッグを複数回獲った者として、その力を示した眞杉選手と古性選手。さらに深谷選手に清水選手など、まさに死力を尽くして戦った、素晴らしいグランプリとなりました。

ヤンググランプリで優勝した太田海也は2024年パリ五輪で金メダルを目指す(写真提供:チャリ・ロト)

 ヤンググランプリを制した太田海也選手(121期=岡山・24歳)や、そこで敗れたとはいえ今年トップクラスと互角に張り合う活躍をみせた犬伏湧也選手(119期=徳島・28歳)など、若手もどんどん伸びてきている。これなら、2024年の競輪はもっと面白いものになりますよ! このグランプリのような、ファンの心をアツく昂ぶらせてくれるようなレースを「もっと」見たい。そんな贅沢な期待に、ぜひ応えてほしいものです。

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票