2023/12/25 (月) 18:00 21
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが玉野競輪場で開催された「 開設71周年記念in玉野 ひろしまピースカップ」を振り返ります。
2023年12月24日(日)玉野12R 開設71周年記念in玉野 ひろしまピースカップ(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①町田太我(117期=広島・23歳)
②浅井康太(90期=三重・39歳)
③稲川翔(90期=大阪・38歳)
④大槻寛徳(85期=宮城・44歳)
⑤佐々木悠葵(115期=群馬・28歳)
⑥山内卓也(77期=愛知・46歳)
⑦山田庸平(94期=佐賀・36歳)
⑧野口裕史(111期=千葉・40歳)
【初手・並び】
←①⑦(混成)③(単騎)⑤(単騎)⑨②⑥(中部)⑧④(混成)
【結果】
1着 ⑦山田庸平
2着 ②浅井康太
3着 ⑤佐々木悠葵
12月24日には岡山県の玉野競輪場で、ひろしまピースカップ(GIII)の決勝戦が行われています。広島競輪場は全面リニューアル工事に入っており、改修が終わって新たにオープンするのは、2025年を予定。そういう理由もあって、今年は玉野バンクを借りての記念開催となりました。現S級S班からは、新田祐大選手(90期=福島・37歳)と守澤太志選手(96期=秋田・38歳)の2名が出場しています。
そのほかにも、松井宏佑選手(113期=神奈川・31歳)や浅井康太選手(90期=三重・39歳)、稲川翔(90期=大阪・38歳)などが出場と、レベルの高さはなかなかのもの。そんな選手たちがぶつかり合った初日特選は、2車ラインが3つに単騎が3名というコマ切れ戦に。このレースを制したのは、切り替えた東北勢の後ろからの捲り追い込みを決めた山田庸平選手(94期=佐賀・36歳)でした。
いかにもデキがよさそうな山田選手は、その後の二次予選と準決勝でも、けっして楽でない展開のなかを巧みに立ち回って1着。無傷の3連勝で決勝戦へと駒を進めて、完全優勝に王手をかけます。また、バンクは違えど地元記念ということで、かなり気合いが入っていたのが町田太我選手(117期=広島・23歳)。広島の“盟主”である松浦悠士選手(98期=広島・33歳)が出場していないというのは、大きなチャンスでもあります。
町田選手は特選ではなく一次予選からのスタートでしたが、1着、2着、1着と危なげなく勝ち進んで決勝戦へ。デキもなかなかよさそうでしたが、残念ながらほかの中四国勢が勝ち上がれなかったため、決勝戦では山田選手と即席コンビを組みました。あとは、佐々木悠葵選手(115期=群馬・28歳)も好気配だった選手のひとり。決勝戦は単騎勝負となりましたが、立ち回り次第で上位に食い込めそうです。
3日目の準決勝は波乱の連続でしたね。第10レースでは、野口裕史選手(111期=千葉・40歳)と連係した守澤選手が、捲ってきた選手をブロックにいって、自分も含む3車が落車する結果に。レース後、斜行で失格となりました。続く第11レースでは、新田選手が最内の狭いところ追い上げて勝負にいくも、強烈なブロックを受けて最後は失速。6着に終わって、決勝戦進出は叶いませんでした。
新田選手はまだデキが戻りきっていない印象でしたが、そのなかでみせた準決勝でのアグレッシブな走りに、復調の兆しを感じましたね。そして準決勝12レースでは、打鐘の直後に松井選手が「過失」で落車。これに宿口陽一選手(91期=埼玉・39歳)と和田真久留選手(99期=神奈川・32歳)が巻き込まれて落車という大アクシデントに。目の前で起きた落車でしたが、山田選手はよく反応して避けられたものです。
以上のように、準決勝で有力選手が次々と脱落。決勝戦には「デキのいい選手」が残ったというイメージですね。最多となる3名が勝ち上がった中部勢は、皿屋豊選手(111期=三重・40歳)が先頭を任されました。番手を回るのが浅井選手で、3番手を山内卓也選手(77期=愛知・46歳)が固めるという布陣。まずは中団をとって、主導権争いがどうなるかを見定めつつ立ち回ることになるでしょう。
野口裕史(111期=千葉・40歳)の後ろには大槻寛徳選手(85期=宮城・44歳)がついて、こちらも即席コンビを結成。先行にこだわるタイプである野口選手は、自分と同型である町田選手との主導権争いを、いかにクリアするかが課題ですね。佐々木選手と同じく単騎勝負を選択したのが稲川選手で、こちらは主導権を奪うラインの直後につけたいところ。稲川選手らしい、巧みな立ち回りを期待したいですね。
前置きが長くなりましたが、そろそろ決勝戦の回顧といきましょう。レース開始を告げる号砲が鳴って、スタートを積極的に取りにいったのは1番車の町田選手と、3番車の稲川選手。その後に町田選手が前に出て、このラインの前受けが決まります。稲川選手はその直後の3番手で、続く4番手も単騎の佐々木選手。中部ライン先頭の皿屋選手が5番手、最後方8番手に野口選手というのが、初手の並びです。
後方の野口選手が動いたのは、青板(残り3周)周回の3コーナーから。ゆっくりとポジションを押し上げていきますが、先頭の町田選手は誘導員との車間をきって、突っ張れる態勢を整えて待ち構えます。そして、赤板(残り2周)を通過して先頭誘導員が離れると同時に、外の野口選手が加速。突っ張るかと思われた町田選手は意外にも引いて、その後ろの3番手につけます。
しかし、打鐘前の2コーナー、野口選手が左に振り向いて後方の様子を確認したところで、右側の「死角」にいた町田選手が急加速。いったん先頭を譲った野口選手を叩いて、主導権を奪いにいきました。町田選手がこれほど早くに来るとは想定していなかったのか、不意をつかれた野口選手も前へと踏んで抵抗しますが、打鐘後の2センターでは完全に出切られてしまいます。
野口選手と大槻選手は、ポジションを大きく下げて後方に。それと時を同じくして仕掛けたのが、後方にいた皿屋選手でした。打鐘後の2センターから一気に加速して前へと迫り、先頭に立った町田選手を叩きに。ブロックされないように少し外を回りつつ、最終ホームでは町田選手の直後まで進出します。もちろん町田選手は必死に抵抗しますが、ここまでに脚を使っているぶん、分が悪いですよね。
最終1センター過ぎには外の皿屋選手が前に出て、今度は「叩かれる側」となった町田選手は失速。しかし、ここで中部ライン3番手の山内選手が、浅井選手から少しだけ離れてしまいます。その“隙”を見逃さなかったのが、町田選手の番手にいた山田選手。切り替えつつのヨコ移動で山内選手を捌いて、浅井選手の直後を奪取します。そして最終バックでは、山田選手の直後にいた稲川選手が仕掛けました。
佐々木選手は、単騎で捲りにいった稲川選手の直後を取りたかったでしょうが、捌かれた山内選手がその動きをさえぎってすぐには動けず。ロスは承知の上で外を回って、前との差を詰めていきます。その前では、捲った稲川選手が山田選手の外を併走。しかし、稲川選手に前を一気に飲み込むような勢いはありません。皿屋選手が先頭のままで、最終2センターを回ります。
番手の浅井選手は少し外に出して、皿屋選手を差しにいく態勢に。それならば…と山田選手は浅井選手の内に入り込みます。浅井選手の後ろにいる稲川選手に伸びはなく、その後ろまで追い上げた佐々木選手がイエローライン付近を回って、追い上げ態勢に。そして、最後の直線に入るところで、浅井選手の内をすくった山田選手が進路をこじ開け、先頭の皿屋選手に襲いかかりました。
よく粘っていた皿屋選手でしたが、直線の入り口で脚色が鈍って後退。浅井選手との間を割った山田選手が一気に伸びて、ここで先頭に立ちます。浅井選手も負けじと追いすがりますが、山田選手との差は詰まるどころか開いていくほど。その後ろでは、大外から佐々木選手がグングン伸びてきますが、これは2着争いまで。先頭の山田選手を捉えられるほどの勢いはありません。
結局、直線の入り口で力強く抜け出した山田選手が、そのまま先頭でゴールイン。自身初となる「GIIIでの完全優勝」を決めてみせました。2着は浅井選手で、3着争いを制したのは外からよく伸びた佐々木選手。4着が稲川選手で、5着が皿屋選手。地元代表であった町田選手は、残念ながら最下位という結果に終わっています。これは中部勢がもらったか…という展開でしたから、優勝を逃した浅井選手は悔しいでしょう。
叩かれた町田選手から切り替えて中部勢の3番手を奪取し、最後は浅井選手の内をすくって抜け出したのですから、展開的にはけっして楽ではない。山田選手の、自在型らしい判断力の高さと立ち回りの巧さが光る決勝戦で、文句なしにいい内容だったと思います。デキのよさだけでなく、準決勝で落車に巻き込まれなかったことも、この結果につながっていますよね。何事も、うまくいくときはえてして、そういうものです。
残念な結果に終わった町田選手については、やはり「レースの組み立て」について、もう少し引き出しを増やすべき。野口選手の不意をついて主導権を奪いにいきましたが、あそこはまだ「待てる」タイミングなんですよ。あとひと呼吸、ふた呼吸ほど待って、後方にいた皿屋選手がどう動くかを見定めてからの仕掛けで、まったく問題なかったはず。地元記念ということで、気負いや焦りがあったのかもしれません。
それにあそこからの仕掛けでは、緩んだところを皿屋選手に叩かれない展開になったとしても、粘りきれたかどうかは微妙なところ。自分の番手には絶好調モードの山田選手がいるわけですから、最後の直線で差される可能性はけっこう高いですよね。ならば、自分の優勝を目指すには、できるだけ仕掛けを遅らせる必要がある。自分のカタチにこだわるとしても、あれほど早く仕掛ける必要はありませんよ。
この相手に完全優勝を果たした山田選手には、さらなる上を目指してもらいたいところ。自在型には、古性優作選手(100期=大阪・32歳)や松浦選手といった“格上”がいるわけで、そのあたりと張り合うにはもうワンパンチ足りない…というのが現状でしょうからね。そんな輪界のトップクラスが、一発勝負ですべてをかけて戦うのが、目前に迫った立川・KEIRINグランプリ。今年はどんな激闘がみられるのか、本当に楽しみですね!
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。