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山田裕仁のスゴいレース回顧

【日本選手権競輪 回顧】これは“人徳”が支えた復活劇

2024/05/06 (月) 18:00 80

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが、いわき平競輪場で開催された「日本選手権競輪」を振り返ります。

日本選手権競輪を制した平原康多(中央、2番車・黒)(写真提供:チャリ・ロト)

2024年5月5日(日)いわき平11R 「第78回日本選手権競輪」(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・33歳)
②平原康多(87期=埼玉・41歳)
③清水裕友(105期=山口・29歳)
④吉田拓矢(107期=茨城・28歳)
⑤山口拳矢(117期=岐阜・28歳)
⑥諸橋愛(79期=新潟・46歳)
⑦武藤龍生(98期=埼玉・33歳)
⑧小林泰正(113期=群馬・29歳)
⑨岩本俊介(94期=千葉・40歳)

【初手・並び】
←④②⑦(関東)①(単騎)③(単騎)⑤(単騎)⑧⑥(関東)⑨(単騎)

【結果】
1着 ②平原康多
2着 ⑨岩本俊介
3着 ①古性優作

ラインで戦う関東勢、S級S班の3名は単騎勝負!

 今年も、この“特別”な日がやってきました。すべての競輪選手が憧れるタイトルといっても過言ではない、「ダービー」こと日本選手権競輪(GI)。5月5日にはその決勝戦が、福島県のいわき平競輪場で行われています。参加する選手数がもっとも多いGIであり、6日制のなかで4走するという勝ち上がり方式のため、コンディション管理も難しい。どれほど強い選手であっても獲るのが難しい、まさに特別な競輪なのです。

 今年は、400mバンクのわりには最後の直線が長い、いわき平が舞台。春らしく強い風が吹く瞬間もあって、先行した選手が苦戦するケースが目立ちましたね。地元地区である北日本勢は勝ち上がりの過程で苦戦し、一人も決勝戦に駒を進められませんでした。それとは対照的に、大挙5名を決勝戦に送り込むことに成功したのが関東勢。眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)が敗退してコレですから、改めて層の厚さを感じます。

 S級S班からは、古性優作選手(100期=大阪・33歳)と清水裕友選手(105期=山口・29歳)、山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)の3名が勝ち上がり。古性選手と清水選手は、このシリーズでもっとも調子のよさを感じた選手でもあります。ダービーを勝つために万全の態勢で臨んできたというのが、走りから存分に感じられるデキのよさ。連覇のかかる山口選手も、ここを目標にかなり立て直してきていましたね。

古性優作(写真提供:チャリ・ロト)

 そもそもダービーの決勝戦というのは、能力の高さとデキのよさを併せ持たねば立つことができない舞台。岩本俊介選手(94期=千葉・40歳)や小林泰正選手(113期=群馬・29歳)も、デキのよさでは負けていなかったでしょう。問題は、そのデキのよさを持つラインが「関東勢にしか存在しない」という極端なメンバー構成となった、今年の決勝戦で生かせるかどうかです。

 5名が勝ち上がった関東勢は、一致団結しての連係ではなく、別線を選択しました。吉田拓矢選手(107期=茨城・28歳)が先頭のラインには、埼玉勢の平原康多選手(87期=埼玉・41歳)と武藤龍生選手(98期=埼玉・33歳)がつきます。もうひとつの関東勢は小林選手が先頭で、番手に諸橋愛選手(79期=新潟・46歳)という組み合わせ。どちらも、「仲間」と戦えるという有利さがあるのは言うまでもありません。

平原康多(写真提供:チャリ・ロト)

 S級S班の3名と、3連勝で勝ち上がった岩本選手は単騎勝負。機動力上位でデキも絶好である古性選手と清水選手が単騎となってしまったのが、本当に惜しいというか、もったいないというか…。いわば「ラインで戦う関東が勝つか、S級S班が個の力でそれを凌駕するか」といった構図。そして多くのファンは、後者を支持したんですよね。2車単での1番人気は、③清水選手→①古性選手という買い目でした。

岩本俊介(写真提供:チャリ・ロト)

 ただし、古性選手や清水選手にとって、ここはどう立ち回るかが非常に難しい。「選択肢」という名のカードがほとんど手持ちにない状況での戦いとなるわけで、しかも車番的に、S級S班の三名が中団で並びそうなんですよね。先に動けば、その仕掛けに乗った選手に差されてしまう可能性が高い。別線を選んだ関東勢にもやりづらさはあるでしょうが、単騎勢の抱える難しさは、その比ではなかったと思いますよ。

7番車の武藤選手が好スタート、関東勢が前受け

 展開は間違いなく関東勢が有利ですが、古性選手や清水選手ならば、それでもなんとかしてくれると期待したいところ。それでは、今年のダービー決勝戦の回顧に入りましょう。レース開始を告げる号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは7番車の武藤選手。1番車の古性選手も位置を取りにいきますが、ここは武藤選手がスタートを取って、吉田選手が先頭の関東勢が前受けとなります。

 その直後4番手に古性選手がつけて、清水選手と山口選手がそれに続きます。小林選手が先頭の関東勢は7番手からで、最後方に単騎の岩本選手というのが、初手の並びです。これはレース前に想定された通りで、前受けも後ろ攻めも関東勢ですから、この両者が主導権を巡って、前でもがき合うような展開はあり得ない。ではどうなるのか…というのが、この決勝戦の展開における“カギ”でした。

 青板(残り3周)の後半から、後方にいた小林選手がゆっくりと浮上を開始。最後方の岩本選手はこれには連動せず、後方でじっと脚を温存します。小林選手は赤板(残り2周)通過に合わせて前を斬りにいきますが、それに先んじて中団の古性選手が動いて、前を斬りにいきました。清水選手と山口選手は、古性選手の動きに続きます。先頭の吉田選手は素直には下げず、前に踏んで抵抗します。

赤板(写真提供:チャリ・ロト)

 赤板後の1センターから2コーナーの区間で、今度は小林選手が外から古性選手を斬って先頭に。ここで、内の吉田選手は引いてポジションを下げます。いったんペースが落ち着き、中団の選手が互いの動向を探り合いながら、レースは打鐘を迎えます。打鐘後の2センターで隊列が定まり、まだそれほどペースが上がらないまま、一列棒状で最終ホームに帰ってきました。

打鐘(写真提供:チャリ・ロト)

最終ホームストレッチ(写真提供:チャリ・ロト)

 先頭の小林選手が加速するかと思われた直前、後方から一気にカマシたのが吉田選手。岩本選手も今度は連動して、4車が前に襲いかかります。吉田選手は素晴らしいダッシュで前との差を詰めて、最終1コーナーで先頭の外に並ぶところまで進出。そのまま小林選手を叩いて、主導権を奪いにかかります。外から4車でフタをされるカタチとなった古性選手や清水選手は、動きたくとも動けません。

 最終2コーナーを回ったところで吉田選手と平原選手までが前に出切って、叩かれた小林選手は万事休す。そして、S級S班の3名は内に詰まって身動きが取れず、後方に置かれるという展開になってしまいました。最終バック手前で小林選手の脚が鈍ったのを察した諸橋選手は、切り替えて武藤選手の後ろを狙いに。最後方となった山口選手はここで仕掛けますが、一気に前との差を詰められるような勢いはありません。

 吉田選手が先頭の関東ラインを完全に抜け出し、その直後に内から小林選手、諸橋選手、岩本選手の3車が並ぶ態勢で、最終3コーナーへ。古性選手と清水選手は、ここでもまだ動けずに後方のままです。最終2センター手前で、諸橋選手が最内のコースを抜けて武藤選手の内に潜りこみますが、それを察知した武藤選手がこれをしっかりとブロック。吉田選手と平原選手が抜け出した態勢で、最終2センターを回りました。

最終2コーナー(写真提供:チャリ・ロト)

 後方の古性選手は一気に進路を外にきって、捲り不発に終わった山口選手の前にシフト。そして直線を向いたところで、吉田選手の番手から平原選手が外に出して、前を差しにいきます。その後ろから前を追うのは岩本選手で、諸橋選手のブロックから戻った武藤選手も、外に出して追いすがります。ここで吉田選手の脚が鈍り、差した平原選手が単独先頭に。後方からは、古性選手が鋭く伸びてきました。

最終4コーナー(写真提供:チャリ・ロト)

 イエローライン付近を伸びた岩本選手が前に迫り、後方から一気に差を詰めてきた古性選手も強襲しますが…先頭で力強くゴールラインを駆け抜けたのは、絶好の展開をモノにした平原選手。ずっと夢見てきたであろうダービー王の称号を、ここでついに手にしました。2着は岩本選手で、3着は後方から猛追した古性選手。平原選手の優勝をアシストした吉田選手は4着、武藤選手は5着に入っています。

これはもう“人徳”としか言いようがない

 古性選手が前を斬りにきたときに抵抗して、けっこう脚を削られていたはずの吉田選手。にもかかわらず、最高のタイミングでカマシて主導権を奪いきり、最後の最後まで粘るという非常に強い走りをみせましたね。そして作りあげた最高の展開で、バトンを受け取った平原選手が最高の結果へとつなげてみせた。武藤選手も3番手の仕事をキッチリやって、平原選手の優勝を手助けした。文句なしに、この「ラインの勝利」です。

 3年ぶり9回目のタイトル制覇で、年末のグランプリ出走とS級S班復帰を決めた平原選手。怪我の影響で本当に苦しい時期が続いていただけに、この優勝は心の底から嬉しかったでしょうね。「関東のプリンス」も41歳ですから、当然ながら年齢からくる衰えはあるし、怪我からの回復にも時間がかかる。力を戻せないまま、もうタイトルとは無縁の競輪人生を歩むことになっていたとしても、なんの不思議もないんですよ。

 でも、彼は見事に復活を果たした。なぜそれが叶ったかといえば、これはもう“人徳”としか言いようがないでしょう。これまで積み上げてきたものによって、関東の多くの選手が「平原さんのために」と考え、慕っている。今回の吉田選手がみせた力強い走りも、そういった気持ちが前面に出ていたと思います。強烈な個の力にも、ラインの結束によって対抗できるし、勝つことができる。それを改めて感じさせられました。

 2着に好走した岩本選手については、動かずに耐えてチャンスが巡ってくるのを待ったこと、そしてそれをうまくつかみ取れたことが大きかった。展開に恵まれた面が多分にあったとはいえ、それを生かせるのもデキのよさがあってこそ。悔しい気持ちもあるでしょうが、この強力な相手に単騎勝負という条件下において、ほぼベストの走りができたという納得感もあると思いますよ。

 古性選手と清水選手については…これは言っても仕方のないことではあるのですが、単騎ではなく「ラインの先頭」で走っている姿を見たかったというのが正直なところ。単騎ではなくラインならば、関東勢ともっと手に汗を握るようなアツい戦いができたはずだと思ってしまうんですよね。単騎であるがゆえの選択肢の少なさが、ともに内で詰まらされて後方に置かれるという、最悪の展開につながってしまいましたから。

 古性選手は最後にさすがの脚をみせて3着に食い込みましたが、ダービーの決勝という最高の舞台で、もっといい走りをみせたかったという悔しい思いでいっぱいのはず。その気持ちは、地元開催である岸和田・高松宮記念杯競輪(GI)にぶつけてもらいましょう。今年ここまでの特別競輪は「復活」がキーワードとなっていますが、次はどうなるのか? 個人的には、今度こそS級S班に強さと凄味を感じさせてほしいですね。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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