2023/12/18 (月) 18:00 27
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが佐世保競輪場で開催された「九十九島賞争奪戦」を振り返ります。
2023年12月17日(日)佐世保12R 開設73周年記念 九十九島賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①荒井崇博(82期=長崎・45歳)
②小林泰正(113期=群馬・29歳)
③小川真太郎(107期=徳島・31歳)
④塚本大樹(96期=熊本・35歳)
⑤伊藤颯馬(115期=沖縄・24歳)
⑥久島尚樹(100期=宮崎・32歳)
⑦平原康多(87期=埼玉・41歳)
【初手・並び】
←⑤⑥①⑨④(九州)③(単騎)②⑦⑧(混成)
【結果】
1着 ①荒井崇博
2着 ⑨井上昌己
3着 ③小川真太郎
12月17日には長崎県の佐世保競輪場で、九十九島賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。今年も残すところあとわずかで、開催される「記念」は、この佐世保記念を含めて2つだけとなりました。このシリーズには、現S級S班の平原康多選手(87期=埼玉・41歳)と新田祐大選手(90期=福島・37歳)が出場。地元代表である荒井崇博選手(82期=長崎・45歳)も、活躍が期待されていた選手のひとりでしょう。
荒井選手は今年の2月に、ずっと籍を置いていた佐賀支部から、生まれ故郷である長崎に移籍。現在のホームバンクはここ佐世保で、そこで迎える最初の地元記念となるわけですから、気合いが入って当然です。そもそも九州地区の選手というのは、地元記念にかける気持ちが総じて強いというか。身体もキッチリ仕上げて、万全のコンディションで臨んでくるようなイメージがありますよね。
注目選手のひとりであった新田選手は、残念ながら準決勝で4着に敗退。突っ張って主導権を奪い、大接戦となったゴール直前まで粘りましたが、最後はちょっと末を欠いてしまいましたね。そうデキがいいという感じではありませんでしたが、それでも最終日は番手からの勝負で、人気にしっかり応えて1着。次に走る予定の広島記念では、来年につながるさらにいいレースを期待したいところです。
決勝戦に、過半数である5名も勝ち上がった九州勢。しかも、ひとつのラインで結束して戦うことを選択しました。先頭を任されたのは伊藤颯馬選手(115期=沖縄・24歳)で、番手は久島尚樹選手(100期=宮崎・32歳)。初日特選からオール1着で勝ち上がった荒井選手は、3番手を回ります。その後ろに、同じくここまでオール1着の井上昌己(86期=長崎・44歳)。5番手を固めるのが塚本大樹選手(96期=熊本・35歳)という並びです。
それに対抗するのが、関東&南関東が組んだ東の混成ライン。こちらは、先頭が小林泰正選手(113期=群馬・29歳)で、番手を回るのが平原選手。3番手に鈴木裕選手(92期=千葉・39歳)というラインナップです。そして唯一の単騎勝負が、小川真太郎選手(107期=徳島・31歳)。九州勢が強力なので、まずは東の混成ラインの後ろについて、その後は流れに乗って一発を狙うというレースになりそうです。
九州勢の5車が結束したことで、残りの4選手はかなり分が悪い戦いを強いられることになりました。九州勢がすんなり主導権を奪える展開にしてしまうと、その時点でゲームオーバーですからね。東の混成ラインの先頭を任された小林選手は、リスクが大きいのは覚悟の上で、「九州勢の好きにはさせない」戦いを挑む必要がある。自分の番手に平原選手がついているのもあって、ここは腹をくくって勝負にいくでしょう。
それでは、決勝戦のレース回顧に入ります。レース開始を告げる号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは1番車の荒井選手と6番車の久島選手。どちらも九州勢ですから、前受けから組み立てるレースプランだったのでしょうね。その後ろの6番手につけたのは、単騎の小川選手。そして、東の混成ライン先頭の小林選手が後方7番手というのが、初手の並びです。おおむね、レース前の想定どおりといえますね。
レースが動き出したのは早く、青板(残り3周)を通過してしばらくすると、後方の小林選手が外からポジションを上げていきました。先頭の伊藤選手の外で併走して、その動きを抑えるカタチに。単騎の小川選手はここでは動かず、九州勢の後ろで前の様子をみています。そのまま、両者併走で赤板(残り2周)に。そして先頭誘導員が外れると、伊藤選手は突っ張って抵抗しますが、小林選手も引きません。
赤板通過の直後から、伊藤選手と小林選手が激しく身体をぶつけ合う熾烈なバトルに。小林選手の番手にいる平原選手も、内にいる久島選手を外から押し込み、九州ラインを分断しにいきました。久島選手は負けじと内から押し返して番手をキープしますが、平原選手と鈴木選手の動きによって阻まれ、井上選手と塚本選手は連係を外してしまいました。九州ラインの分断、成功です。
絡んでくる小林選手を振りほどいた伊藤選手が前に出て、先頭で打鐘前の2コーナーを回ります。しかし小林選手は、今度は久島選手に外から圧をかけつつ併走。平原選手と鈴木選手は小林選手の番手から離れて、荒井選手の後ろに入り込みます。外で浮いたカタチとなった小林選手ですが、その後も攻める姿勢を貫いて、久島選手を外からプッシュ。そしてここで、レースは打鐘を迎えました。
外から単騎で九州勢に圧をかけ続ける小林選手以外は、一列棒状で打鐘後の2センターを回って、最終ホームを通過。ここで、連係を外して後方となっていた井上選手が仕掛けて、平原選手の外に並びかけます。時を同じくして、小林選手が再び外から久島選手を押し込み、伊藤選手の番手を奪いにいきました。九州勢と東の混成ラインが激しく絡み合いながら、一団となって最終1センターを回ります。
外から追い上げた井上選手と塚本選手は、平原選手の外にぴったりと張り付いて、その動きを封じることに成功。そして塚本選手は、最終2コーナーを回ったところで鈴木選手を外からグイッと内に押し込み、そこからタテに踏んで、平原選手の内をすくうことに成功します。荒井選手の後ろで、内から塚本選手、平原選手、井上選手の3名が並ぶカタチに。平原選手は、九州勢に内外から挟まれるという苦しい態勢となりました。
前では伊藤選手が先頭をキープし、その直後で久島選手と小林選手がいまだに併走状態。その直後にいた荒井選手は、自分の後ろの動向を振り返って確認していましたが、最終バックで前へと踏んで仕掛けます。内外から九州勢に挟まれてしまった平原選手は、ここで少し後退。これで荒井選手との再連係を果たした井上選手も、荒井選手に続いて前に。後方では、ひたすらじっと様子をうかがっていた小川選手も仕掛けました。
まったく動いておらずサラ脚の小川選手は、素晴らしい加速で九州勢を猛追。最終3コーナー手前で、内から出て井上選手に続こうとする塚本選手の外まで浮上しました。先頭で踏ん張っていた伊藤選手や、その直後で延々と絡んでいた久島選手と小林選手は、もう脚が残っていない様子。外から捲った荒井選手がここで先頭に立ち、それに井上選手や塚本選手、小川選手が続くという態勢で、最終2センターを回ります。
九州勢に挟まれて後退した平原選手は、切り替えて小川選手の後ろに。鈴木選手は、空いた内にいった塚本選手の後ろにつけて、最後の直線に入ります。井上選手が外に出して荒井選手を差しにいきますが、前との差はジリジリとしか詰まらない。その直後から塚本選手と小川選手が前を追いますが、脚を消耗している塚本選手は伸びがイマイチ。その後ろにいる平原選手や鈴木選手も、前には届きそうにありません。
結局そのまま態勢は変わらず、先に抜け出した荒井選手が先頭でゴールイン。長崎に移籍してから初となる地元記念で、完全優勝を果たしました。2着もここが地元である井上選手で、長崎勢のワンツー決着に。3着が後方から捲った小川選手で、4着に平原選手、5着が塚本選手という結果でした。結果だけをみれば「九州勢の順当な勝利」ですが、レース内容は本当に濃かったですね。掛け値なしに、素晴らしい決勝戦だったと思います。
ものすごく単調なレースになるかも…と懸念した部分もあったのですが、終わってみれば完全な杞憂に。序盤から小林選手と伊藤選手、久島選手が激しくぶつかり合い、平原選手は九州ラインを分断するも、井上選手が巻き返して荒井選手と再連結。そこで非常にいい「仕事」をしたのが塚本選手で、平原選手の内をすくって内外から挟み込んだあの動きがなければ、この長崎勢ワンツーは達成されていなかったかもしれません。
単騎の小川選手は、九州勢と東の混成ラインがここまで絡む展開になるならば…と、後方でじっと脚をためることに専念。「それしか選択肢がなかった」というのが実際のところかもしれませんが、仕掛けてからの伸びはきわだっていました。レースに出走したすべての選手が、自分やラインが優勝するために全力を果たしたといえる決勝戦。この混戦を断った荒井選手の力強い捲りも、迫力がありましたね。
年齢もあってか、好不調の波が大きいところがある荒井選手ですが、このシリーズでみせた走りは文句なしの強さ。2着の井上選手ともども、地元記念らしい番組に助けられた面があったとはいえ、この完全優勝はおおいに誇れるものですよ。「来年こそはグランプリに」という言葉に、現地まで駆けつけた地元ファンも大盛り上がりだったことでしょう。来年もぜひ、荒井選手らしい走りで競輪を盛り上げてほしいものです。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。