2022/10/05 (水) 18:00 12
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが久留米競輪場で開催されたGIII「火の国杯争奪戦in久留米」を振り返ります。
2022年10月4日(火) 久留米12R 開設72周年記念 火の国杯争奪戦in久留米(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①松岡辰泰(117期=熊本・26歳)
②郡司浩平(99期=神奈川・32歳)
③小松崎大地(99期=福島・40歳)
④村上博幸(86期=京都・43歳)
⑤守澤太志(96期=秋田・37歳)
⑥高橋陽介(89期=青森・40歳)
⑦松浦悠士(98期=広島・31歳)
⑧佐々木雄一(83期=福島・42歳)
⑨深谷知広(96期=静岡・32歳)
【初手・並び】
←⑨②(南関東)①(単騎)⑦④(混成)③⑤⑧⑥(北日本)
【結果】
1着 ②郡司浩平
2着 ④村上博幸
3着 ⑨深谷知広
10月4日には福岡県の久留米競輪場で、火の国杯争奪戦in久留米(GIII)の決勝戦が行われています。リニューアルのため全面改修中である熊本競輪場が再オープンするのは、2025年度となる見通し。そのため、今年も久留米のバンクを借りるカタチで熊本記念が開催されました。初日特選に出場していた選手のうち7名が決勝戦に進出と、順当に決着したレースが多かった印象ですね。
3名が出場していたS級S班も、すべて決勝戦に。しかし、勝ち上がりの過程でもっとも存在感を発揮していたのは、深谷知広選手(96期=静岡・32歳)でした。デキのよさは文句なしで、初日特選では豪快な捲りで南関東ワンツーを決め、二次予選や準決勝でも好内容をみせて決勝戦に進出。初日特選でも連係して結果を出している、郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)との強力コンビで臨みます。
4名が勝ち上がった北日本勢は、小松崎大地選手(99期=福島・40歳)が先頭を任されました。番手を回るのが守澤太志選手(96期=秋田・37歳)で、3番手に佐々木雄一選手(83期=福島・42歳)、4番手を固めるのが高橋陽介選手(89期=青森・40歳)というラインナップ。このメンバー構成ならば“数”の利を生かすために、小松崎選手が主導権を奪うケースも十分に考えられますよ。
松浦悠士選手(98期=広島・31歳)は、兄・村上義弘選手の引退が発表されたばかりである、村上博幸選手(86期=京都・43歳)との混成タッグで決勝戦に挑みます。松浦選手は、シリーズのなかで微修正を重ねつつ勝ち上がってきたというイメージ。オールラウンダーらしく、ここも自力自在の競輪で魅せてくれそうですね。気持ちの入った内容で勝ち上がってきた村上選手も、けっして侮れませんよ。
そして最後に、地元で唯一の勝ち上がりとなった松岡辰泰選手(117期=熊本・26歳)。ここは単騎を選択して、一発を狙います。ただ、松岡選手は九州ラインの先頭を任された初日特選で、大きなミスをしてしまっているんですよ。その再戦ムードが漂うメンバーとなっただけに、必要以上に気負ってしまわないよう気をつけたいところ。1番車を貰えたことを活用して、うまく流れに乗りたいですね。
では、決勝戦のレース回顧といきましょう。スタートの号砲が鳴っても積極的に出ていく選手はいませんでしたが、結局は郡司選手が前に。南関東勢の前受けが決まって、1番車の松岡選手はその直後につけました。松浦選手は4番手からで、北日本ライン先頭の小松崎選手は後方6番手というのが、初手の並びです。
青板(残り3周)周回のバックから、後方にいた小松崎選手がゆっくりと浮上を開始。徐々にポジションを押し上げていきますが、先頭の深谷選手は誘導員との車間をあけて、前に迎え入れる態勢です。それを見て松浦選手も深谷選手の前に出ますが、ここで単騎の松岡選手は、南関東ラインから切り替えて村上選手の後ろに。深谷選手は最後方8番手と、ポジションが大きく入れ替わりました。
2コーナーを回ったところで、レースは急展開。後方の深谷選手が早々と始動して、一気のカマシで先頭へと襲いかかります。それを警戒し、先頭誘導員との車間をきって待ち構えていた小松崎選手が合わせて踏みますが、スピードの差は歴然。あっという間に前との差が詰まって、打鐘過ぎの3コーナーでは深谷選手が先頭に並びかけ、最終ホーム手前で郡司選手とともに出切ってしまいます。
深谷選手が主導権を奪って一列棒状で最終ホームを通過。最終1コーナーの手前で、最後方に置かれた松岡選手が焦れて自力で捲りにいこうとしますが、松浦選手が捲りにいく気配を察知して、再び村上選手の後ろに戻りました。そして最終2コーナーを回ったところから、松浦選手がスパートを開始。グングンと加速し、最終バックで北日本の4車を一気にパスして、3コーナーでは南関東勢を射程圏に入れます。
小松崎選手にここから捲りにいくような余力はありませんが、完全に止まっているわけではなく、そこを外から松浦選手に捲られているので守澤選手は動けない。この時点で、北日本ラインは優勝争いから脱落です。ここからは、外から捲りにいった松浦選手と、主導権を奪った南関東ラインの戦いに。郡司選手は深谷選手との車間をきって、いつでも動ける態勢で待ち構えていました。
最終2センターで、郡司選手は外から捲ってくる松浦選手をブロック。キッチリと受け止められた松浦選手は脚色が鈍りますが、その番手にいた村上選手がブロックで空いたインに潜り込んで、一気に前へと襲いかかります。それを再び、今度は外から被せて止めにいった郡司選手。村上選手は深谷選手の直後で前が一瞬だけ詰まって、そこで郡司選手に前へと出られてしまいましたね。
先に抜け出していた深谷選手は、直線に入ってからも先頭でよく踏ん張っていましたが、ゴール寸前で失速。そこを一気に、郡司選手と村上選手が迫ります。その後ろでは松浦選手と守澤選手、外から松岡選手が追いすがりますが、前には届きそうにない。最後は内から深谷選手、村上選手、郡司選手が並びますが、1着でゴールラインに飛び込んだのは、外から伸びた郡司選手でした。
僅差の2着は村上選手で、3着に逃げ粘った深谷選手。郡司選手は先日の共同通信社杯(GII)に続いての優勝で、記念優勝はこれで今年3回目となります。僅差で勝利をモノにしましたが、松浦選手を止めてからさらに村上選手も止めるという、番手の「仕事」を十分すぎるほどやった上での結果。着差以上に余裕があったというのが実際の話で、近況の好調さがレース内容からも感じられました。
2着に終わった村上選手は着差が着差だけに悔しかったと思いますが、今年は負傷欠場の連続で、レースにもほとんど出られていなかったんですよね。でも、このシリーズではそれを感じさせない力強い走りをみせていて、調子も少しずつ上向いてきていたのでしょう。この結果で、来年の競輪祭(GI)に出場する権利が得られたのは大きい。偉大なる兄・村上義弘選手のぶんまで、まだまだ頑張ってほしいですよ。
あの早い仕掛けで3着に逃げ粘るんですから、深谷選手も強い内容。初日特選のように「待ってから一気に捲る競輪」をしたほうが優勝の確率は上げられたと思いますが、あの内容から考えるに、決勝戦では主導権を奪いにいくと決めていたのでしょう。その初日特選にしても番手の郡司選手には差されていたわけで、深谷選手もその強さを改めて感じたはず。あの結果を受けて、決勝戦では自分の優勝よりも「ラインから優勝者を出す」ほうを優先したような印象があります。
北日本ラインは、仕掛けを合わせたはずの深谷選手に出切られて、主導権を奪われてしまった時点で厳しい。珍しく後方からの競輪となった松浦選手は、捲り追い込みでもいいスピードで伸びてきましたが、前がちょっと遠すぎましたね。それに、レース前のコメントでも言及していたように、深谷選手のデキが本当によかった。それを余裕をもって差した郡司選手が、今日は一枚上だったということです。
残念だったのが、まったく存在感を示せずに終わった松岡選手。初手で南関東ラインの後ろにつけたのはよかったんですが、その後に切り替えたのは失敗です。深谷選手があれほど早く仕掛けるとは思わなかったのでしょうが…だとしても切り替えた「位置」が悪い。小松崎選手と松浦選手の二択だと、まだ小松崎選手のほうが主導権を奪いにいく可能性は高いですからね。
単騎で優勝争いに加わるためには、主導権を奪うラインの直後につける必要があった。そして、ここで積極的に逃げる確率が高いのは、初手の並びを加味して考えると「深谷選手≧小松崎選手>松浦選手」の順だったと思います。だというのに、松岡選手は結果的に、最悪の選択をしてしまった。初日特選での失敗からうまく気持ちを切り替えられず、後を引いてしまった感がありますね。
村上選手の好走もそうですが、競輪が「気持ち」のスポーツであるのを改めて感じさせられたシリーズ。あとは、好調モードの郡司選手が、このデキのよさをいつまで維持できるのかも気になるところです。平塚グランプリの大舞台を、心身ともに絶好調で迎える選手は果たして“誰”なのか。ここから佳境に入る獲得賞金での出場権争いともども、目が離せません。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。