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山田裕仁のスゴいレース回顧

【平安賞 回顧】“最強”と呼ばれる存在だからこそ

2022/09/28 (水) 18:00 23

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが向日町競輪場で開催されたGIII「平安賞」を振り返ります。

近畿を背負い戦った脇本雄太。京都向日町競輪で行われた平安賞を連覇し期待に応えた(撮影:島尻譲)

2022年9月27日(火) 向日町12R 開設72周年記念 平安賞(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・33歳)
②坂井洋(115期=栃木・27歳)
③清水裕友(105期=山口・27歳)
④稲川翔(90期=大阪・37歳)
⑤小原太樹(95期=神奈川・34歳)
⑥筒井敦史(85期=岡山・46歳)
⑦小倉竜二(77期=徳島・46歳)
⑧桑原大志(80期=山口・46歳)
⑨成田和也(88期=福島・43歳)

【初手・並び】
←③⑧⑥⑦(中四国)②⑨⑤(混成)①④(近畿)

【結果】
1着 ①脇本雄太
2着 ④稲川翔
3着 ⑧桑原大志

脇本をどう負かすのか、清水と坂井に注目が集まった決勝

 9月27日には京都の向日町競輪場で、平安賞(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班は清水裕友選手(105期=山口・27歳)だけでしたが、現在“最強”の二文字を背負う脇本雄太選手(94期=福井・33歳)など、なかなかレベルの高い出場メンバーとなりましたね。残念だったのは、地元を代表する存在である、村上義弘選手(73期=京都・48歳)の欠場。京都や近畿の選手は、欠場した彼のぶんまで…と力が入ったことでしょう。

 脇本選手は、初日特選から圧倒的なパフォーマンスを見せて、3連勝で決勝戦に勝ち上がり。ただ、後方から一気の脚で捲る内容だったのもあって、後ろを回る選手は強烈なダッシュについていけず、二次予選でも準決勝でも千切れてしまったんですよね。その影響もあって、地元・京都の選手は決勝戦には勝ち上がれず、近畿ラインは脇本選手と稲川翔選手(90期=大阪・37歳)の2車となりました。

 ラインの“数”で他を圧倒したのが中四国勢で、先頭を任されたのは清水選手。番手を回るのは桑原大志選手(80期=山口・46歳)で、3番手が筒井敦史選手(85期=岡山・46歳)。そして、最後尾を小倉竜二選手(77期=徳島・46歳)が固めます。ラインの4番手は、優勝争いに加わるのが不可能といっても過言ではない位置。それでもあえて、小倉選手はそこを選択した。とても小倉選手“らしい”ですよね。

 近畿と中四国「以外」の選手は、坂井洋選手(115期=栃木・27歳)が先頭の混成ラインを形成。坂井選手は、準決勝で最後方から自力で捲る競輪で10秒8の上がりをマークし、後続をぶっちぎるというド派手な勝ちっぷりをみせています。そんな好調モードの坂井選手の番手を回るのが成田和也選手(88期=福島・43歳)で、こちらもかなりデキがよさそう。3番手は小原太樹選手(95期=神奈川・34歳)です。

3日目準決勝では6車身で圧勝した坂井洋(白・1番)(撮影:島尻譲)

 以上のメンバーによる三分戦となった決勝戦。脇本選手が走るレースは常にそうですが、他のラインは「脇本選手にとって不利な展開」をいかにつくり出すかを、徹底的に考える必要がある。雨で先行有利なバンクコンディションというのもあり、脇本選手が後方8番手に置かれる展開に持ち込めば、逆転も可能なはず。清水選手や坂井選手がどういったレースを仕掛けてくるのか、注目されます。

スタートポジションから近畿ラインが有利に

 では、決勝戦のレース回顧といきましょう。スタートの号砲が鳴って、迷わず飛び出していったのが清水選手と筒井選手。つまり、中四国勢は最初から前受けを狙っていたということです。その後ろの5番手に坂井選手がつけて、脇本選手は後方8番手から。車番とは真逆という、意外な初手の並びとなりました。コレで誰が有利になったかといえば…もっとも強い脇本選手なんですよねえ。

 この初手の並びだと、セオリー通りならば最初に動くのは後方の脇本選手。しかし、脇本選手には前を斬りにいく「理由」がありません。脚を温存するためにも、後方で動かないままレースを進めて、自分が動きたいタイミングで仕掛ければいいだけ。それがあまりにも遅いと、押し出されるカタチで先頭の清水選手が逃げる展開になりますが、そうなった場合も少し早めに捲りにいけば対応可能でしょう。

 そういった背景もあり、その後は誰も動かないままでレースが進行。中団の坂井選手は前との車間をきって、さらに少し離れて近畿ラインという態勢で、赤板(残り2周)を通過します。1コーナーで先頭誘導員が離れてからも誰も動かず、互いに動向をチェックしながら2コーナーを通過。これは先頭の清水選手が腹をくくって逃げるか…と思われたタイミングで、脇本選手がついに始動しました。

4車の強みを生かすことなく敗れた中四国ライン

 バンクのいちばん外まで駆け上がってからの「山おろし」で、打鐘前に一気にカマシて瞬時に坂井選手の外を通過。さらに加速して、先頭の清水選手を叩きにいきます。そうはさせじと先頭の清水選手も踏んで突っ張りますが、打鐘後の4コーナーではそれを叩ききって、脇本選手が先頭に躍り出ます。強烈なダッシュでしたが、番手の稲川選手は離れずに番手をキープ。主導権を奪った近畿勢が先頭で、最終ホームを通過します。

 清水選手は、前受けから脇本選手がきたら全力で突っ張るという“数の利”を生かす競輪を考えていたのでしょうが、抵抗むなしく脇本選手に主導権を奪われてしまった。スローの展開でここまで脚を消耗していなかったとはいえ、ここから脇本選手を捲りにいくのはかなり厳しい。後方7番手に置かれてしまった坂井選手も同様で、あとは前が止まるのを願って、ひたすら前を追うしかありません。

 主導権を奪った脇本選手は、そのまま後続との差を広げにかかり、最終2コーナーを通過した時点で4車身ほどのリードを確保。その差がまったく詰まらないままで最終バックを通過して、3コーナーに入ります。後方からは坂井選手が必死に前を追いますが、中四国ライン4番手の小倉選手に並ぶところまでいくのが精一杯。近畿勢が完全に抜け出したままのワンツー濃厚な態勢で4コーナーを回って、最後の直線に入りました。

 優勝争いは早々と近畿の2車に絞られて、絶好の展開が転がり込んできたのが脇本選手マークの稲川選手。スローの展開だったとはいえ打鐘前から仕掛けているわけで、さすがの脇本選手といえども、ゴール前では脚が上がる可能性が十分にありますからね。しかし、直線で外に出して稲川選手が追いすがるも、その差がまったく詰まらない。結局、最後まで他を寄せ付けず、脇本選手が先頭のままでゴールラインを駆け抜けました。

 2着に稲川選手で、大きく離れた3着に、最後の直線で清水選手を差した桑原選手。この決着で3連単が3,490円もついたのには、ちょっと驚かされました。二次予選や準決勝と同じく、ここも「脇本選手の後続が千切れてのスジ違い決着」だと予想していたファンが、想像以上に多かったようです。あとは、坂井選手が準決勝でド派手な勝ち方をしていたので、その勢いを買ったという人もいたでしょうね。

 しかし、結果は脇本選手の完勝。決勝戦の内容については、もう「強い」という言葉しか出てきません。あの展開で差せないのか…と、マークした稲川選手もけっこうショックだったと思いますよ。自分の調子については終始トーンが上がってきませんでしたが、それでもこの内容で優勝できてしまう。しかも、捲る競輪ではなく逃げでこの走りができたというのが素晴らしいですよ。

坂井には思い切った競輪を見せて欲しかった

坂井のレースにがっかりしたファンも多いはず(撮影:島尻譲)

 清水選手の前受けは意外でしたが、脇本選手に対抗する手段として、これはこれでアリだった思います。ただ、あの展開だと脇本選手のカマシに合わせて踏むのは難しく、前に出切られてしまうとそこから巻き返せない。番手が桑原選手なので積極的に逃げるような競輪は難しかったはずで、しかもS級S班としての責任を背負う身ですからね。こういう結果になってしまったのも、致し方ない側面があります。

 坂井選手には、もっと思いきった競輪をしてほしかった。初手での中団はハッキリと「悪手」で、脇本選手に中団を取らせて最初に自分が動くカタチのほうが、格段にレースがしやすかった。こちらはこちらで混成ラインという難しさはありましたが、初手であの並びにしてしまうと、この展開になることは予測できたはず。最初に前を斬りにきたのが坂井選手ならば、清水選手は引いて中団を選択していた可能性もあります。

 脇本選手について一点だけ残念なのが、勝ち上がりの過程でも逃げるレースをして、地元勢をもっと決勝戦に連れてこられたのではないか…と感じてしまう点ですね。捲りだとダッシュで離されてしまいがちですが、積極的に逃げる競輪ならば、稲垣裕之選手(86期=京都・45歳)や高久保雄介選手(100期=京都・35歳)も追走しやすかったはず。たとえ脇本選手のデキが悪くとも、番組的にはそれが十分に可能だったと私は思います。

決勝は逃げてラインで決めた脇本。彼の力なら捲りを打たなくても問題なかったはずだ(撮影:島尻譲)

 当然ながら「連係していたのに千切れたほうが悪い」「近畿でワンツーが決められたのだからいいじゃないか」といった見方もあるでしょうが、やはり記念というのは、地元選手の活躍によって盛り上がるもの。しかも向日町の平安賞は、数ある記念のなかでも、そういった色がとくに濃いレースです。村上選手が不在だからこそ、なおさら京都の選手を応援したいという気持ちが、ファン心理としてあった気がしてなりません。

 ええ、贅沢を言っているのはわかってますよ(笑)。脇本選手にこんな気持ちをぶつけたならば、「今回の自分にそこまでの余裕はなかった」と渋い顔をされることでしょうね。それでもなお、私はそう感じてしまう。“最強”の二文字を背負う選手だからこそ、レースで勝つこと以外でもファンの期待に応えて、競輪をもっと盛り上げてほしい。今の彼には、それができるはずです。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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