2022/03/22 (火) 18:00 35
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが宇都宮競輪場で開催された「ウィナーズカップ(GII)」を振り返ります。
2022年3月21日(月) 宇都宮12R 第6回ウィーナーズカップ(GII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・31歳)
②深谷知広(96期=静岡・32歳)
③松浦悠士(98期=広島・31歳)
④成田和也(88期=福島・43歳)
⑤脇本雄太(94期=福井・33歳)
⑥神山拓弥(91期=栃木・35歳)
⑦清水裕友(105期=山口・27歳)
⑧太田竜馬(109期=徳島・25歳)
⑨浅井康太(90期=三重・37歳)
【初手・並び】
←②④(混成)⑤①⑨(中近)⑧③⑦(中四国)⑥(単騎)
【結果】
1着 ⑦清水裕友
2着 ③松浦悠士
3着 ②深谷知広
3月21日には宇都宮競輪場で、ビッグレースのひとつであるウィナーズカップ(GII)の決勝戦が行われています。この世界の“横綱”であるS級S班はもちろん、脇本雄太選手(94期=福井・33歳)や新田祐大選手(90期=福島・36歳)といったトップクラスから、山口拳矢選手(117期=岐阜・26歳)や町田太我選手(117期=広島・21歳)といった若手のホープまで、非常にレベルが高い出場メンバーとなりました。
シリーズを通して目立っていたのが、積極的に主導権を奪いにいった選手の苦戦ですね。宇都宮は直線が長い500mバンクなので、逃げた選手が最後まで粘るのは難しく、やはり捲る選手のほうが有利ではあります。とはいえ、このシリーズでは本当に逃げ切りが少なく、主導権をとったラインの番手捲りで結果を出していた選手が多いと感じました。
そして決勝戦は、積極的に逃げそうなラインが見当たらないメンバー構成に。このシリーズでの逃げ切りが少ないとは選手も感じていますから、どういった展開になるのかを読むのがなおさら難しくなります。そんななかにあって、もっとも注目を集めていたのが、無傷の3連勝で決勝戦に駒を進めてきた脇本選手。後方から一気に捲るレース内容や上がりの優秀さから、人気の中心となっていました。
しかし、本人は「自分のイメージとは大きなズレがある」とコメント。結果こそ出せているが本来のデキにはない…といった、弱気に感じるような発言が多かったんですよね。しかし、各メディアは「結果が出ているのだから問題なし」「求めるレベルが高すぎるが故の脇本選手らしい発言」といった方向で報じていましたよね。これにはちょっと、個人的には違和感があったんですよ。詳細は、また後ほど。
脇本選手の後ろを回るのは古性優作選手(100期=大阪・31歳)で、3番手は浅井康太選手(90期=三重・37歳)が固めます。いわゆる「中近ライン」で、錚々たるメンツが並ぶわけですから、総合力の高さはナンバーワンですよね。脇本選手は捲るレースで勝ち上がりましたが、ここで積極的に主導権を奪いにくるようだと、他のラインは苦戦を強いられることになりそうです。
中四国ラインは、デキのよさが目立つ太田竜馬選手(109期=徳島・25歳)が先頭を任されました。番手が松浦悠士選手(98期=広島・31歳)で、3番手に清水裕友選手(105期=山口・27歳)と、中国ゴールデンコンビを太田選手が引っ張るカタチですね。どちらかがラインの先頭を走るケースが多いですが、いまの調子を考えると、この並びがベストだと判断したのでしょう。
深谷知広選手(96期=静岡・32歳)の番手には成田和也選手(88期=福島・43歳)がついて、混成ラインを形成します。そして、地元から唯一の勝ち上がりとなった神山拓弥選手(91期=栃木・35歳)は、単騎を選択。こうなると選択肢は少なく、戦い方はかなり限られてきますが、孤軍奮闘して意地を見せてもらいたいところです。
では、レース回顧に入っていきましょう。スタートの号砲が鳴って、最初に出ていったのは深谷選手。その後に1番車の古性選手がつけたことで、どういう隊列になるかが決まりました。「前受け」は深谷選手で、脇本選手が先頭を走る中近ラインは3番手から。太田選手が先頭の中四国ラインは6番手からで、最後方に単騎の神山選手というのが、初手の並びです。
初手の並びが決まってからは、どの陣営も様子見モード。赤板(残り2周)を通過しても、誰も先頭の深谷選手を斬りにはいかず、そのままの態勢でレースが進みます。そして打鐘を迎えますが、このペースが緩んでいるところでカマシ気味に前へと進出を開始したのが、後方に位置していた太田選手。3コーナーで先頭に立ってレースの主導権を奪うと、そのままの勢いで全力モードに突入します。
単騎の神山選手は、この中四国ラインの動きに追随して4番手に。先頭だった深谷選手は5番手からとなり、前を追います。ここで立ち後れ気味となったのが脇本選手で、最終ホーム通過時には前との車間が大きく開くカタチに。太田選手はさらにスピードを上げて、深谷選手との車間も広げてつつ、最終2コーナーを回ります。腹をくくって逃げてからの太田選手のかかりは、本当によかったですね。
深谷選手も中団から必死に追いすがりますが、前との差がなかなか詰まらない。7番手に置かれた脇本選手にいたっては、この時点でもう届きそうにないほど、前との差が開いてしまっています。最終バック通過の直前に太田選手の脚色が鈍りますが、彼が作り出した“好機”を逃すまいと、松浦選手が早々と番手捲りに。こうなると、レースは完全に中四国ラインのものです。
最終2センターでようやく深谷選手が前を射程圏に入れますが、前を一気に飲み込むような勢いはなく、松浦選手と清水選手、神山選手の3人がまだ抜け出している状態。脇本選手はまったく伸びがなく、後方の絶望的な位置です。そして直線に入ると、清水選手がグングン伸びて、粘る松浦選手を差して先頭に。神山選手も前を追いますが、その外から深谷選手がいい脚で伸びてきました。
しかし、先頭でゴールラインを駆け抜けたのは清水選手。松浦選手が2着に粘って、僅差の3着争いは外から伸びた深谷選手が競り勝ちました。神山選手は4着で、脇本選手はゴール前でようやく差を詰めてくるも、見せ場なく6着に敗退。打鐘からの仕掛けでレースを見事に支配した中四国ラインが、最高の結果を手にしました。
優勝した清水選手については、つい先日の名古屋記念で「スランプに陥っているのではないかと感じるほどに精彩を欠いている」と解説していました。実際に清水選手も優勝インタビューで、気持ちの面に問題があったと述べていましたね。そういう理由もあってか、このシリーズはすべてライン2〜3番手から。松浦選手も、清水選手の調子があまりよくないとジャッジしていたから、この並びになったのでしょう。
それでいてこの結果ですから、ラインの仲間に助けられての結果とはいえ、ちょっとした驚きがありましたね。立て直しに成功したという印象もありませんでしたから、なおさらですよ。とはいえ、最後に松浦選手を差せたのは、清水選手にそれだけの能力があるからこそ。ウィナーズカップ連覇を達成したことで、気持ちの面でもまたスイッチが入って、再び清水選手“らしい”自力の走りが戻ってきそうな気がします。
惜しくも敗れた松浦選手は、早めから前に踏んでの2着ですから、悔しさはあっても納得の結果でしょう。太田選手の脚色が少し鈍ったところで躊躇なく番手捲りを放ったことが、他のラインを寄せ付けない完勝につながっています。3着の深谷選手については、太田選手の仕掛けに対応するのがちょっと遅れて、前との車間が大きく空いてしまったのがキツかったですね。
そして最後に、脇本選手について。結論から言ってしまえば、彼は本当に調子がよくないのだと思います。あの弱気なコメントも「現状を正直に述べているだけ」で、オリンピックの金メダルを目指してボロボロになった身体が本調子を取り戻すには、まだ幾何かの時間が必要なのでしょう。脇本選手が本調子にあるのならば、このメンバーならば主導権を奪いにいく競輪をしていますよ。
無傷の3連勝で勝ち上がったとはいえ、その内容は「いったん下げてそこから捲る」というシンプルなもので、自転車競技での走りに近い。このカタチならば現状でもそれなりに力を出せるというか…脚を削られながら斬って斬られてを繰り返す“競輪”の流れになっても勝てるという自信がないから、あのような走りをせざるを得ないというのが、実際のところではないでしょうか。
今回は500mバンクの宇都宮ですから、後方からのレースになっても相手次第では間に合うし、結果も出せる。しかし、出走する選手のレベルが高くデキもいい決勝戦だと、そう簡単にはいきません。積極性を欠いた走りをして、そこを逆手に取られて後方に置かれると、何もできないままで終わってしまう。2月の奈良記念でもまったく同じ負け方をしていましたが、それが再現されてしまったといえます。
脇本選手が、あの圧倒的なまでの“力”を取り戻すまでは、過信禁物。ハイレベルなメンバーで後方に置かれそうな場合には、今回のようになすすべなく終わるケースが十分にあるのだと、改めて覚えておきたいですね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。