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山田裕仁のスゴいレース回顧

【瀬戸の王子杯争奪戦 回顧】最強の味方は最強の敵でもある

2022/03/30 (水) 18:00 23

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが玉野競輪場で開催された「瀬戸の王子杯争奪戦(GIII)」を振り返ります。

瀬戸の王子杯争奪戦を制した脇本雄太(撮影:島尻譲)

2022年3月29日(火) 玉野12R 開設71周年記念 瀬戸の王子杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①柏野智典(88期=岡山・43歳)
②吉田拓矢(107期=茨城・26歳)
③佐藤慎太郎(78期=福島・45歳)
④志村太賀(90期=山梨・38歳)
⑤松浦悠士(98期=広島・31歳)
⑥山根将太(119期=岡山・24歳)
⑦脇本雄太(94期=福井・33歳)
⑧松岡辰泰(117期=熊本・25歳)
⑨和田圭(92期=宮城・36歳)

【初手・並び】
←⑦③⑨(混成)⑥⑤①(中国)⑧(単騎)②④(関東)

【結果】
1着 ⑦脇本雄太
2着 ⑤松浦悠士
3着 ②吉田拓矢

クセがなく走りやすい玉野競輪場

 3月29日には玉野競輪場で、瀬戸の王子杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われました。玉野競輪場の全面リニューアル記念でもあったこのシリーズには、S級S班から松浦悠士選手(98期=広島・31歳)と佐藤慎太郎選手(78期=福島・45歳)、吉田拓矢選手(107期=茨城・26歳)の3名が出場。また、脇本雄太選手(94期=福井・33歳)も出場とあって、なかなかハイレベルな戦いとなりました。

 もともとクセのないつくりで、走りやすいイメージのあった玉野バンクですが、リニューアル後もそれは変わらないようですね。立地的には風の影響をけっこう受けやすいんですが、決勝戦のときは無風に近い絶好のコンディション。地元・岡山からは柏野智典選手(88期=岡山・43歳)と山根将太選手(119期=岡山・24歳)が決勝戦に駒を進めましたが、両選手ともにかなり気合いが入っていたと思いますよ。

クセのないつくりで走りやすいイメージのある玉野バンク(撮影:島尻譲)

 その地元・中国ラインは、記念の決勝戦で走るのは今回が初となる山根選手が先頭を任されました。番手を回るのが松浦選手で、3番手を柏野選手が固めるという並び。松浦選手が岡山の選手の間に入るカタチですが、コレがもっとも「ラインから優勝者を出せる」並びだと判断した結果なのでしょう。こういった並びが成立するんですから、中国の結束は固いですよ。それに、勢いもあります。

 このように強力な地元勢を向こうに回しながら、決勝戦で人気の中心となったのが脇本雄太選手(94期=福井・33歳)。ウィナーズカップ(GII)の決勝戦ではいいところが見られませんでしたが、少しずつ調子を上げてきた印象で、このシリーズではかなりの強さを見せていました。最後の直線が長すぎず短すぎない400mバンクが走りやすいというのもあったかもしれません。

 決勝戦まで勝ち上がった近畿勢が脇本選手だけだったのもあり、その番手を回るのは初日特選でも連係していた佐藤選手。郡司浩平選手(99期=神奈川・31歳)など、他地区のトップクラスと連係して好結果を出しているのは、今さら言うまでもありませんね。そして3番手にも和田圭選手(92期=宮城・36歳)と、北日本勢が続きます。混成とはいえ、かなり強力なラインナップですよ。

 2名が勝ち上がった関東は、吉田選手が先頭。準決勝では、脇本選手の後ろに飛びついて番手を奪い、最後の直線では差すという獅子奮迅の活躍をみせました。デキも、ウィナーズカップのときよりよくなっていたように感じましたね。その番手が志村太賀選手(90期=山梨・38歳)で、松岡辰泰選手(117期=熊本・25歳)は単騎を選択。この強力な相手に、どう立ち回るかが問われます。

 圧倒的なスピードを持つ脇本選手の前に、“チーム”で結束する松浦選手が再び立ちはだかるのか。それとも、少しずつではあるがデキが上向いてきた脇本選手が、三度目の正直とばかりに力で圧倒するのか。はたまた、それ以外のシナリオで決着するのか…たいへん興味深い一戦となりました。では、決勝戦の回顧といきましょうか。

前受けを避けたかった脇本雄太 させたかった他のライン

 スタートが切られても誰も積極的に出てはいかず、我慢比べに。その後、押し出されるように前へと進んだのは、和田選手でした。つまり、脇本選手の「前受け」です。その後の4番手につけたのは山根選手で、7番手に単騎の松岡選手。そして後方8番手に吉田選手という、初手の並びとなりました。脇本選手は前受けを避けたかったでしょうが、他のラインは逆に前受けをさせたい。その結果がコレです。

スタートが切られても誰も積極的に出てはいかなかった(撮影:島尻譲)

 レースが動き始めたのは、青板(残り3周)周回の3コーナーから。後方にいた吉田選手がゆっくりと浮上して前を抑えにいきますが、脇本選手は先頭誘導員との車間をあけて、「どうぞ」と先頭を譲り渡す構え。それを見て、関東ラインの後ろで様子をみていた山根選手も、スッとポジションを上げていきます。単騎の松岡選手は、中国ラインに追随。関東ラインが後ろを引き離して、赤板(残り2周)を通過しました。

 そこから山根選手は一気に車間を詰めていき、2コーナーを回りきったところで、先頭を走る吉田選手の横を一瞬で通過。吉田選手に飛びつく隙を与えずに、先頭を奪取します。そして打鐘を迎えますが、山根選手はすでにここから全力モード。中団が欲しかった吉田選手は、ここで前へと踏んで5番手をキープしにいきます。そして、脇本選手は後方7番手となりましたが…ここからが凄かったんですよね。

すべてを“力”で圧倒してみせる脇本雄太

打鐘を迎えても脇本雄太は後方7番手…(撮影:島尻譲)

 山根選手と同じく脇本選手も、打鐘過ぎから早々とスパートを開始。そのダッシュの鋭さに、ライン3番手の和田選手はついていけません。4コーナーでは吉田選手の横に並ぶところまで追いつき、あっさりと中国ラインを射程圏に入れて最終ホームを通過。先頭の山根選手もかかりのいい逃げを見せていたんですが、トップスピードの“次元”が違うとばかりに、脇本選手はその差を一瞬で詰めてしまいました。

先頭の山根将太もかかりのいい逃げを見せていたが、脇本雄太が一瞬でその差を詰めてきた(撮影:島尻譲)

 もうこんなところまで…と、松浦選手も内心慌てたことでしょう。しかし、脇本選手が間近に迫っているのを確認すると、最終1コーナーで進路を外に振って冷静にブロック。これで勢いが少し鈍りますが、脇本選手は2コーナー過ぎからさらに踏み上げて、松浦選手を捲りにいきます。ここで松浦選手は、再び外に動いて脇本選手を軽くブロックした後で、早々と番手捲りを放ちます。

 しかし、ここから脇本選手がグンと再加速。番手捲りで合わせたはずの松浦選手を、あっさりと抜き去りました。おそらく脇本選手、最終バック手前で少しだけ流していたんでしょうね。ここで驚いたのが、番手を追走していた佐藤選手が、内にいる松浦選手を意識した瞬間に離れてしまったこと。最強クラスのマーク選手である佐藤選手が、ですよ。追走だけで、かなり脚を消耗していたのでしょう。

 脇本選手の早い仕掛けで後方からとなった吉田選手も、最終バックからの捲りで差を詰めてはきましたが、一気に前を飲み込むような勢いはない。松浦選手の後ろにいた柏野選手も、必死に前を追いますが差は詰まりません。脇本選手が完全に抜け出して、2番手に松浦選手という隊列で最後の直線に入りますが、脇本選手を最後まで追えたのは松浦選手だけ。以降は、大きく離れてしまいます。

脇本雄太を最後まで追えたのは松浦悠士だけだった(撮影:島尻譲)

 そして、そのまま脇本選手が先頭でゴールイン。まさに「力でねじ伏せる」内容の、とんでもなく強いレースでした。中国ラインも関東ラインも、脇本選手の強さをよく理解して、その力を少しでも削ろうとしているんですよ。でも、そのすべてを“力”で圧倒してみせた。デキが少し上向いて、表情やコメントも和らいできているとは感じましたが…あの走りには正直シビれましたね。

ラインを同じくする味方にまで「完敗」の二文字を背負わせている脇本雄太の凄み

 2着に松浦選手で、3着は最後よく差を詰めた吉田選手。どちらもいい走りをしているし、悪くない結果ではありますが…彼らの口から出てくるのは「完敗」の二文字だけでしょう。松浦選手については、ウィナーズカップのときのほうがデキはよかったという印象で、山根選手と太田竜馬選手(109期=徳島・25歳)では、やはりトップスピードに差がある。となれば、なかなか前節と同様にはいきません。

 決勝戦での脇本選手の走りにもっとも“凄味”を感じたポイントは、ラインを同じくする味方にまで、「完敗」の二文字を背負わせていること。今回は北日本との連係でしたが、今後の大舞台で脇本選手の後ろを走る近畿の選手は、かなりのプレッシャーがあることでしょう。まず、最後までついていくのが大変であり、その上で脇本選手を差さないことには、自分が優勝できないわけですからね。

 これほどの強さをみせた脇本選手ですが、ウィナーズカップの回顧でもお伝えしたように、まだ本調子ではない。少しずつ調子を上げてきている段階で、「斬って斬られて」を繰り返すような展開でも今回と同じような強さを見せられるかどうかは、なんとも言えません。トップスピードは戻ってきていると思いますが、持久力についてはおそらく本人も、まだまだと感じているんじゃないでしょうか。

 今回の優勝によって、脇本選手に対するマークはさらに厳しくなる。毎回「包囲網」が敷かれるといっても過言ではないと思いますが、それを彼が今後どうやって乗り越えていくのか。その姿を、しっかり追いかけたいですね。そしてまた、今回のような圧巻の走りを、ファンに見せてほしい。脇本選手は、ファンに「すごいものを見た!」という喜びを与えられる、数少ない選手だと思いますから。

まだ本調子ではない脇本雄太 今後はさらにマークも厳しくなるだろう(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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