2024/07/19 (金) 18:00 21
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが佐世保競輪場で開催された「WTミッドナイトG3」を振り返ります。
2024年7月18日(木)佐世保9R WTミッドナイトG3(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①平原康多(87期=埼玉・42歳)
②松本貴治(111期=愛媛・30歳)
③後藤大輝(121期=福岡・23歳)
④隅田洋介(107期=岡山・36歳)
⑤岩谷拓磨(115期=福岡・27歳)
⑥久田裕也(117期=徳島・24歳)
⑦阪本和也(115期=長崎・29歳)
【初手・並び】
【結果】
1着 ②松本貴治
2着 ⑤岩谷拓磨
3着 ⑦阪本和也
7月18日には長崎県の佐世保競輪場で、WTミッドナイトG3(GIII)の決勝戦が行われています。この業界で「初」の試みとなる、ミッドナイト開催のグレードレースで、当然ながら無観客での開催。松戸・サマーナイトフェスティバル(GII)の直後というタイミングでもあり、いわゆる「裏開催」のGIII以上に手薄なメンバーでの開催となりました。メンバーレベルは、S級シリーズ(FI)とほぼ変わりませんよね。
新たな試みであるとはいえ、この出場メンバーのシリーズにG3という“格”を与えることについては、やはり思うところがあります。グレードレースとすることでファンの注目度が上がり、売り上げも上がる。とはいえ、シリーズの格というのは選手レベルの高さや、それによってもたらされるレースの質によって決まるものです。「さすがにちょっと安易すぎないか」というのが、元選手でもある私の偽らざる気持ちです。
とはいえ、このシリーズ……車券を買う側という「純粋なファン目線」だと、とても面白かったんですよね(笑)。通常のミッドナイト開催だと、7車のうち1車か2車は、深く考えずとも消せてしまうもの。競走得点の低い6番車や7番車が上位に食い込んでくるケースは、非常に少ないはずです。しかし、出場するのがS級選手だけとなったことで、そういった面が解消されて「適度に」荒れる。この差は大きいですよね。
また、シリーズの目玉として出場した平原康多選手(87期=埼玉・42歳)のデキが、初日から目立つものではなかったというのも、予想や車券を面白くした気がしますね。今年のダービー王なのですから、S級S班がいないここでは言うまでもなく格上。しかし、雨谷一樹選手(96期=栃木・34歳)とのコンビで出走した初日特選では、前を捉えきれないまま2着に終わっています。
平原選手は準決勝でも、主導権を奪った山口多聞選手(121期=埼玉・22歳)の番手から突き抜けられず3着という結果に。なんとか決勝戦まで勝ち上がったという印象で、格上といえども過信は禁物でしょう。決勝戦が単騎となったことや、他のライン先頭と番手がともに絶好調モードであるというのも、平原選手を信頼しきれない要素。車券絡みはあっても優勝まではどうかというのが、レース前の見立てです。
3車ラインが2つで、地元地区である九州勢の先頭は後藤大輝選手(121期=福岡・23歳)。勝ち上がりでは1着こそ取れていませんが、2走ともにバックを取る積極的な走りで、内容は非常によかったですよ。その番手を回るのは岩谷拓磨選手(115期=福岡・27歳)で、オール1着で勝ち上がってきた結果が示すとおり、抜群のデキ。ライン3番手は阪本和也選手(115期=長崎・29歳)が固めます。
中四国勢は、久田裕也選手(117期=徳島・24歳)が先頭を務めます。このシリーズでも、積極的に主導権を奪って逃げる久田選手らしい走りで結果を出し、決勝戦に駒を進めてきました。番手は松本貴治選手(111期=愛媛・30歳)で、こちらも完全優勝に王手をかけているだけあって、申し分ないデキ。こちらのライン最後尾は、隅田洋介選手(107期=岡山・36歳)です。
最大の争点は、後藤選手と久田選手のどちらが主導権争いを制するのか。佐世保は400mバンクですが最後のみなし直線が短く、基本的には先行有利。実際にこのシリーズでも、後方から捲った選手が前を捉えきれないケースが目立っていました。しかし、主導権争いが激化しそうなこの決勝戦については、「先手を奪ったほうが結果的に苦しくなる」展開が大アリ。どちらのラインも、番手有利となりそうですね。
それでは、決勝戦のレース回顧といきましょう。レース開始を告げる号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは5番車の岩谷選手と7番車の阪本選手。いずれも九州勢で、ここは最初から前受けを狙っていたのでしょう。岩谷選手がスタートを取って後藤選手が先頭に立ち、中団4番手に単騎の平原選手。そして、後ろ攻めとなった久田選手が後方5番手からというのが、初手の並びです。
青板(残り3周)周回の後半で後方の久田選手が動きますが、これは先頭の後藤選手がどう動くかを試しにいったようなイメージ。後藤選手が突っ張ったことで、久田選手はすぐに後方の位置へと戻りました。赤板後の1センターを回ったところで隊列が落ち着き、一列棒状でバックストレッチへ。突っ張り先行態勢の後藤選手は、打鐘よりも前からグンと前に踏み込んで、そのまま主導権を奪いにかかります。
そしてレースハイペースのなかで打鐘を迎え、一団が最終ホームに戻ってきたところで、後方の久田選手が捲り始動。久田選手は最終1センターで、阪本選手の外まで進出します。それを察知した岩谷選手は、早くも脚色が鈍ってきた後藤選手の番手から発進する態勢に。最終バック手前で先頭に立ち、そのまま押し切りにいきます。岩谷選手の番手捲りで仕掛けを合わされた久田選手は、ここで苦しくなりました。
久田選手の番手にいた松本選手は、それを瞬時に察知。自力に切り替えてタテに踏み、阪本選手の外から前を追います。ここまでじっと動かずにいた平原選手は、阪本選手の後ろで虎視眈々。後藤選手が早くから飛ばす展開となったことで、かなり勝機が出てきました。先頭が岩谷選手で、その後ろに阪本選手と松本選手、さらにその後ろに平原選手と隅田選手が併走という態勢で、最終3コーナーに入ります。
ここで平原選手は阪本選手の「さらに内」を突きましたが、阪本選手が外帯線の内側にいた場合、そのまま追い抜くと「内側追い抜き」で失格となる可能性がある。おそらくその判断で、平原選手は少し逡巡したのでしょう。最終2センターでは、阪本選手をヨコの動きでブロックして進路を確保。岩谷選手の後ろが3車併走となり、平原選手は最内から岩谷選手に並びかけますが、まだ迷いがあったと思います。
そして最後の直線。入り口で先頭の岩谷選手が内を閉めたことで平原選手の進路がなくなりますが、外からは自力で捲ってきた松本選手が接近。佐世保バンクの短い直線で、なんとか粘りきろうとする岩谷選手と、外から追いすがる松本選手が、最後の勝負を繰り広げます。その後ろでは、内で進路をなくした平原選手の外から、岩谷選手マークの阪本選手が接近。ゴール前では、外から伸びる松本選手が岩谷選手に並びます。
最後は、ハンドル投げ勝負の大接戦に。このきわどい勝負を制し、ゴールラインでほんの少しだけ前に出ていたのは…外を伸びた松本選手のほうでした。完全優勝に王手をかけていた両者が並んでのゴール前は、本当に見応えがありましたよ。3着争いも接戦となりましたが、こちらは阪本選手が、内を突いた平原選手や最後外からよく伸びた隅田選手に競り勝っています。
1着と2着がスジ違いだったのもあってか、3連単は6,610円という美味しい配当に。当然、平原選手が4着に終わったというのも大きかったですよね。やはり平原選手のデキは強調できるものではなかった…というのが、決勝戦が終わっての感想。あの展開で、いい時の平原選手ならば判断に迷うところもなく、一瞬の隙をついて進路を確保し、スパッと抜けてきますよ。
捲った久田選手にスピードを貰い、自力に切り替えてからもよく伸びた松本選手。そして、後藤選手がつくり出したハイペースの流れを番手発進からギリギリまで粘った岩谷選手。どちらもデキのよさを生かして、いい走りをしていましたよ。冒頭での“格”の話はともかく、「ミッドナイト開催でのS級シリーズ」自体は、私もいい試みだと思うんですよ。同じ7車立てでも、車券は格段に面白いものになりますからね。
幸い売り上げも好調だったようで、車券の面白さを多くのファンに訴求するという意味でも、意義のあるシリーズになったと思います。ただし、記念や特別といった「競輪という競技の醍醐味」をファンに届ける開催とは“別枠”でいいのでないかと感じるのも事実。グレードレースというカタチにはこだわらず、ファンに競輪の面白さ、楽しさを伝えることができれば、それでいいのではないか…などと考える次第です。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。