2024/06/10 (月) 18:00 11
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが奈良競輪場で開催された「大阪・関西万博協賛競輪」を振り返ります。
2024年6月9日(日)奈良12R第9回大阪・関西万博協賛競輪(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①元砂勇雪(103期=奈良・32歳)
②佐々木眞也(117期=神奈川・29歳)
③松岡辰泰(117期=熊本・27歳)
④菅原大也(107期=神奈川・33歳)
⑤三宅達也(79期=岡山・46歳)
⑥大矢崇弘(107期=東京・33歳)
⑦中井太祐(97期=奈良・34歳)
⑧松川高大(94期=熊本・35歳)
⑨佐藤一伸(94期=福島・36歳)
【初手・並び】
←⑦①(近畿)③⑧⑤(混成)⑨(単騎)⑥(単騎)②④(南関東)
【結果】
1着 ⑥大矢崇弘
2着 ①元砂勇雪
3着 ③松岡辰泰
6月9日には奈良競輪場で、大阪・関西万博協賛競輪(GIII)の決勝戦が行われています。岸和田・高松宮記念杯競輪(GI)の直前で、さらに同日程で函館・万博協賛ミリオンナイトカップ(GIII)も開催されるという、かなり特殊なタイミング。いわゆる「裏開催」が2つ同時にあるわけですから、当然ながら選手は分散しますよね。その結果、猛烈に手薄な出場メンバーによるシリーズとなったわけです。
ファンにとって「見応えのあるメンバー」ではなかったでしょうが、出場する選手にとってみれば、これは大きなチャンス。どれほどメンバーが手薄でも、レースの“格”はGIIIで、決勝戦で3着以内となれば小倉・競輪祭(GI)の出場権も得られる。それこそ目の色を変えて、ここを本気で獲りにきたという選手は少なくなかったはずです。地元・奈良の選手は、とくに気合いが入っていたでしょうね。
高松宮記念杯競輪(GI)に出場するトップクラスの選手は不在で、もっとも競走得点が高いのが瓜生崇智選手(109期=熊本・29歳)という、“超”のつく混戦模様。コマ切れ戦となった初日特選は、近畿勢の仕掛けにうまく乗った、6番車の大川龍二選手(91期=広島・39歳)と4番車の三宅達也(79期=岡山・46歳)による中国勢ワンツーでした。車番からもおわかりのように、ラインで決まったとはいえ波乱決着です。
その後の勝ち上がりも大混戦で、能力上位であるはずの初日特選組が次々と敗退。地元のエース級である中井俊亮選手(103期=奈良・31歳)も準決勝で敗退し、初日特選組で決勝戦へと駒を進めたのは、三宅選手と佐々木眞也選手(117期=神奈川・29歳)の2名だけでした。「デキが抜群にいい」という選手がまったく見当たらなかったのも、勝ち上がりの過程が混戦となった理由のひとつです。
決勝戦は、ラインが3つに単騎が2名というメンバー構成に。近畿勢は、中井俊亮選手の兄である中井太祐選手(97期=奈良・34歳)が先頭で、番手を元砂勇雪選手(103期=奈良・32歳)が回ります。地元の奈良コンビだけに期待がかかりますが、自力で勝負しての勝ち上がりではなかっただけに、プレッシャーのかかる決勝戦で力を発揮できるかどうか。人気に応える走りを期待したいですね。
2名が勝ち上がった九州勢は、松岡辰泰選手(117期=熊本・27歳)が先頭を務めて、番手に松川高大(94期=熊本・35歳)選手。この3番手に三宅選手がついて、唯一の3車ラインとなりました。どこが先手を奪うか読みづらいメンバー構成ですが、その可能性がもっとも高いのは松岡選手。前々でラインの“数の利”を生かす走りができれば、奈良の333mバンクならば最後まで粘り切れそうです。
南関東勢は、佐々木選手が先頭で、番手が菅原大也選手(107期=神奈川・33歳)という組み合わせ。こちらは、中団でうまく立ち回って展開をつくようなプランで勝負してきそうですね。そして単騎で勝負するのが、大矢崇弘選手(107期=東京・33歳)と佐藤一伸選手(94期=福島・36歳)。どちらも準決勝では単騎ながらいい走りができていたので、ここでも決して侮れません。
それでは、決勝戦の回顧に入りましょう。号砲と同時に飛び出してスタートを取ったのは、1番車の元砂選手。近畿勢の前受けが決まって、その直後の3番手を確保したのは松岡選手でしたね。佐藤選手が6番手、大矢選手が7番手と単騎の選手が続いて、後方8番手に佐々木選手というのが、初手の並び。後方となった佐々木選手は、青板(残り3周)通過の直後に動いて、前を抑えにいきました。
単騎の2名は南関東勢には連動せず、後方のまま。青板のバックで先頭誘導員が離れると、佐々木選手は中井太祐選手を斬って、先頭に立ちます。そこからしばらく様子見となりましたが、2センターで内をすくって動いたのが、後方にいた大矢選手。近畿勢の直後5番手までポジションを上げて、赤板(残り2周)を通過しました。まだペースが上がらないままで、赤板後の1センターを回ります。
ここで動いたのが、後方の位置取りとなっていた松岡選手と、連動した佐藤選手。大きく外を回りながら加速して、主導権を奪いにかかります。それを察知して、内へと切れ込みながら一気に踏んだのが、3番手にいた中井太祐選手。イエローライン付近を走っていた佐々木選手の内外から同時に、主導権を奪おうとする2つのラインが襲いかかります。そして、ここでレースは打鐘を迎えました。
内の進路からいいダッシュをみせた中井太祐選手がいったんは前に出ますが、打鐘後の2センターでは、それを外から叩きにいった松岡選手が先頭に立ちます。しかし、中井太祐選手と元砂選手は、外の松川選手と三宅選手にそれぞれ飛びついてブロック。松川選手は踏ん張りますが、三宅選手は飛びついた元砂選手と一緒に、大きく外に振られてしまいます。その間に、空いた内をスルスルと大矢選手が浮上します。
先頭は松岡選手のままですが、その直後は内に入った中井太祐選手と外の松川選手が絡んでいる状態で、最終ホームに。その後ろには内の大矢選手と外の元砂選手が併走し、その外に三宅選手や佐藤選手と、ラインを分断しにいった側とされた側、さらに単騎の選手がごった返すような隊列となりました。南関東勢の2車は、後方で動かずに様子見しつつ、仕掛けるタイミングを見定めます。
最終1コーナーに入ったところで松川選手が中井太祐選手の前に出て、松岡選手の番手に復帰。中井太祐選手は3番手となりますが、ここでその外から仕掛けて捲りにいったのが、単騎の大矢選手です。ほぼ同じタイミングで、後方にいた佐々木選手も捲り始動。こちらは内に突っ込んで、最短コースで前との差を詰めにいきました。最終1センターでは元砂選手の内に入り込み、中井太祐選手の直後まで進出します。
佐々木選手はポジションと進路を確保するため、外の元砂選手を軽くブロック。これで中井太祐選手との連係を完全に分断された元砂選手は、単騎で捲っていく大矢選手の番手に切り替えます。その外には単騎の佐藤選手がいて、後方には菅原選手と三宅選手。中井太祐選手はここで脚をなくして、内から後方に下がっていきました。ギュッと密集した隊列で最終バックを通過し、最終3コーナーに入ります。
先頭の松岡選手もいい踏ん張りをみせますが、勢いがいいのは外からジリジリと詰め寄る大矢選手のほう。2番手に浮上したところで、内の松川選手が軽くブロックを入れますが、大矢選手はそれを乗り越えて先頭に迫ります。その直後は内から佐々木選手、元砂選手、佐藤選手の3名が併走。元砂選手は挟まれて苦しい態勢になりかけますが、外の佐藤選手を振りほどくように進路を確保し、大矢選手の後ろを確保しました。
逃げる松岡選手に、外から迫る大矢選手と、その直後につけた元砂選手という態勢で最終2センターを回って、最後の直線へ。内を突いた佐々木選手は前が完全に壁になり、外に出す進路もない苦しい状況です。最終コーナーをタイトに回った元砂選手が、大矢選手の内から並びかけますが、大矢選手の脚もまだ鈍ってはいない。奈良バンクの短い直線で、全力を絞り出しながらの優勝争いとなりました。
先頭の松岡選手が直線なかばまで踏ん張りますが、外から迫る大矢選手と元砂選手がこれを捉えて、最後はハンドル投げ勝負の接戦に。元砂選手よりもほんの少しだけ前に出ていた大矢選手が、その微差を最後まで守り切って、先頭でゴールラインを駆け抜けました。後ろでは、内の進路が開いた佐々木選手、外を回った佐藤選手もいい伸びをみせていましたが、逃げた松岡選手が3着に粘りきっています。
もっとも競走得点の低い緑ジャージの選手が勝つという、奇しくも初日特選と同様の結果となった決勝戦。S2の選手によるワンツーで、優勝した大矢選手は、なんとこれがS級での初優勝でした。当然ながら、3連単338,540円という大波乱決着です。混戦だとは思っていましたが、それでもなかなか手が届かない領域の車券。コレが獲れたという方は、さぞかし気持ちがよかったことでしょう。
大殊勲の大矢選手は、実は勝ち上がりの過程でもいいレースをしていたんですよね。5着、2着、2着という地味な着順ながら、動いて結果を出すという内容のある走り。この決勝戦も、機を逃さずポジションを上げて近畿勢の後ろに入り、さらに位置を上げつつ絶好のタイミングで仕掛け、最後まで脚をなくさず捲りきるという、文句なしに強い内容での快勝でした。「恵まれての勝利」などではまったくないんですよね。
すべての判断や動きがうまく噛み合った結果ではありますが、内や前にこだわった動きを自分で選び、その結果として優勝をもぎ取っている。ややメンバーレベルが高い函館ではなく、この奈良でのシリーズに追加あっせんされたことはラッキーだったでしょうが、それはもう巡り合わせですからね。幸運を味方につけてはいましたが、その走りは、緑ジャージのS2選手とは思えないものでしたよ。
僅差の2着という悔しい結果に終わった元砂選手も、けっして楽ではない展開のなかでいいレースをしている。佐々木選手に連係を完全に断たれて、大矢選手の後ろに迷いなく切り替えられたのが、結果的にいい方向に出ましたね。そして、中井太祐選手を叩いて先行し、ギリギリまで粘った松岡選手の走りも力強かった。GIIIの決勝戦で主導権を奪って確定板に載れたことは、今後の自信につながるでしょう。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。