2025/08/18 (月) 18:00 23
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが函館競輪場で開催された「オールスター競輪」を振り返ります。
2025年8月17日(日)函館11R 第68回オールスター競輪(GI・最終日)決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・34歳)
②太田海也(121期=岡山・26歳)
③吉田拓矢(107期=茨城・30歳)
④南修二(88期=大阪・43歳)
⑤松本貴治(111期=愛媛・31歳)
⑥佐藤礼文(115期=茨城・34歳)
⑦寺崎浩平(117期=福井・31歳)
⑧岩津裕介(87期=岡山・43歳)
⑨脇本雄太(94期=福井・36歳)
【初手・並び】
←⑨⑦①④(近畿)③⑥(関東)⑤(単騎)②⑧(中国)
【結果】
1着 ⑦寺崎浩平
2着 ①古性優作
3着 ④南修二
8月17日には北海道の函館競輪場で、オールスター競輪(GI)の決勝戦が行われています。まだ福井・共同通信社杯競輪(GII)や前橋・寛仁親王牌(GI)、小倉・競輪祭(GI)と3つのビッグが残ってはいますが、オールスターの時期になると、今年のKEIRINグランプリ出場をめぐる戦いが佳境に入った感じがしますね。獲得賞金による出場が可能なラインも、このあたりでだいぶ見えてきます。
今年のファン投票第1位は、古性優作選手(100期=大阪・34歳)。しかし、玉野・サマーナイトフェスティバル(GII)での落車で右肩鎖関節脱臼と靭帯断裂という大きなダメージを負って、その手術明けでの出場となりました。当然ながら練習も十分ではなかったはずで、シリーズ開催前には「ファン投票1位でなかったら出場していなかった」とコメントしたほど。本調子でないのは間違いありません。
また、脇本雄太選手(94期=福井・36歳)も持病である腰のヘルニアが悪化しており、前場所の富山記念は直前で不参加を表明。それだけに、調子やコンディションをどこまで戻せているかに注目が集まりました。松浦悠士選手(98期=広島・34歳)は、残念ながら負傷欠場。競輪選手に怪我はつきものとはいえ、このシリーズでも落車は多かったですよね。誰も幸せになれませんから、本当に気をつけてもらいたいものです。
初日に組まれたドリームレースは、バックから捲った深谷知広選手(96期=静岡・35歳)を番手から差した、郡司浩平選手(99期=神奈川・34歳)が1着。深谷選手が2着で、単騎の新山響平選手(107期=青森・31歳)が3着という結果でした。脇本選手は、打鐘後に太田海也選手(121期=岡山・26歳)に叩かれ失速。脇本選手は最下位、古性選手が8着という、苦しい初戦となりました。
脇本選手は、窓場千加頼選手(100期=京都・33歳)の番手を回った3日目の二次予選でも7着という結果。同様に古性選手も、寺崎浩平選手(117期=福井・31歳)の番手を回った二次予選は、寺崎選手の捲り不発もあって6着に終わりました。3日目のシャイニングスター賞でもワンツーを決めた、郡司選手と深谷選手とは対照的でしたよね。ここまでは誰もが「今回は南関東に勢いがある」と感じていたはずです。
ところが、準決勝でその様相が一変します。郡司選手と深谷選手がともに4着に敗れて勝ち上がりを逃したのに対して、脇本選手は先行策から粘って2着に好走。再び寺崎選手と連係した古性選手も、今度はワンツーを決めて勝ち上がりを決めました。ここまでは寺崎選手のデキがいいとは感じなかったのですが、このレースで考えを改めましたよ。先行してあの上がりを使った脇本選手も、戦える状態にあると判断しました。
準決勝では、新山選手や眞杉匠選手(113期=栃木・26歳)、犬伏湧也選手(119期=徳島・30歳)も姿を消しましたが、新山選手と眞杉選手はデキがいまひとつだったのでしょう。そんなこんなで、決勝戦まで駒を進めたS級S班は、コンディションが懸念された脇本選手と古性選手の2名だけ。しかも近畿勢は4名が勝ち上がりと、その層の厚さを改めて感じさせましたね。
近畿勢の並びがどうなるかと思われましたが、4車での一致団結を選択。脇本選手が先頭で、番手を回るのがなんと寺崎選手。3番手が古性選手で、4番手を南選手が固めるという、いかにも“男気”先行がありそうな並びとなりました。年末のKEIRINグランプリを見据えているのは当然ですが、それ以外にも脇本選手と古性選手が本調子にないことや、寺崎選手のこれまでの貢献もあって、この並びとなったのでしょう。
中四国勢はひとつにまとまらず、松本貴治選手(111期=愛媛・31歳)は単騎での勝負を選択。中国勢の先頭は太田選手で、番手を同県の岩津裕介選手(87期=岡山・43歳)が回ります。関東勢は、吉田拓矢選手(107期=茨城・30歳)が先頭で、番手が佐藤礼文選手(115期=茨城・34歳)という茨城コンビ。太田選手と吉田選手はいいデキにありますが、果たして近畿勢にどう立ち向かうのか?そこが展開のカギとなります。
それではそろそろ、決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始を告げる号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは1番車の古性選手と6番車の佐藤選手。ここは内の古性選手がスタートを取って、近畿勢の前受けが決まります。中団5番手が関東勢となって、その後ろの7番手に単騎の松本選手。中国勢の先頭である太田選手は8番手からの後ろ攻めで、なかなか難しい立場となりました。
レースが動き出したのは、青板(残り3周)周回のバックから。太田選手が後方からゆっくり位置を上げていきますが、先頭の脇本選手は誘導員との車間をきって、突っ張る態勢を整えて待ち構えています。そして、赤板(残り2周)掲示を目がけて両者が加速。内外併走でホームを通過しますが、1コーナーで太田選手が引いたところで、近畿勢と交錯。接触を避けて、古性選手が太田選手の外に出ます。
この動きで中国勢の連係が断たれてしまい、岩津選手は後方に。しかし、太田選手は古性選手の内、つまり寺崎選手の「直後」に入り込みます。ここで位置を主張するか…とスタンドが沸きますが、太田選手は内から自転車を下げていきました。太田選手が松本選手の内まで下げたところで、レースは打鐘を迎えました。これで先頭の脇本選手は、レース前の想定よりも脚を削られずに、主導権の奪取に成功します。
先頭の脇本選手はここから、早々と全力モードにシフト。打鐘後の2センターを回って最終ホームに帰ってきて、さらに最終1センターと、太田選手の位置が下がっていく以外は動きがないままレースが進行します。最終1センターを回ってバックストレッチに入ったところで、6番手の吉田選手が捲り始動。いい加速で前との差を詰めていき、最終バックで南選手の外に並びました。
しかし、近畿勢はここで寺崎選手にバトンタッチ。脇本選手の番手から捲った寺崎選手が先頭に立ち、吉田選手の追撃を振り切りにかかります。合わされた吉田選手は最終3コーナーで差を詰められなくなり、後方まで下げた太田選手も再び伸びてくる気配はなし。この時点で、ライン戦は近畿勢の完全勝利です。先頭に立った寺崎選手の後ろを、古性選手と南選手がキッチリ固めて、最終2センターを回ります。
最終2センターで、少しだけ空いた内に松本選手が突っ込んで、最後の直線へ。しかし、南選手は並ばれる前にインをキッチリと締めて、その進路を阻みます。その前では、先頭に立った寺崎選手の外から古性選手が、ジリジリとその差を詰めていきました。後方から誰かが伸びてくる気配はなく、直線を向いたときの隊列のままで30m線を通過。優勝争いは、寺崎選手と古性選手に絞られました。
古性選手はゴール直前までジリジリと差を詰めましたが…それでも残念ながら及ばず。寺崎選手が先頭のままでゴールラインを駆け抜け、その後にはガッツポーズも飛び出しました。2着が古性選手で3着が南選手、4着が松本選手と、最後の直線に入ったときの隊列そのままでのゴールイン。近畿勢の上位独占で、初のビッグタイトルを獲得した寺崎選手は、KEIRINグランプリ出場権もゲットです。
ナショナルチームを離れてから、ここまで着実に「競輪選手」として成長してきた寺崎選手。脇本&古性という近畿のビッグネームにアシストされての優勝は、先行選手として貢献大であるからこそ。最初に優勝したグレードレースがGIだというのも、寺崎選手らしいですよね。タイトルホルダーとしての自信を胸に、地元で開催される共同通信社杯(GII)でも活躍してくれることでしょう。
残念だったのはやはり、レースが手に汗を握るようなエキサイティングなものにならなかったこと。近畿勢が4車連係を決めた時点で、脇本選手が前受けからの突っ張り先行に持ち込むのは読めます。確かに相手は強力ですが、超一流が集うオールスター競輪の決勝戦ともなれば、ファンはその牙城を「いかに突き崩すか」を期待している。しかし、その期待を完全に裏切ってしまうレースとなってしまいました。
くどいほど述べていることですが、現在の競輪は初手の位置取りが本当に重要で、この決勝戦でもそれが結果に直結しています。関東勢や中国勢は「近畿勢の前受けを阻む」というのが最初の課題で、それが叶わなかった場合でも、優勝争いに食い込むためには、少しでも前の位置を取る必要があった。しかし、中国勢は太田選手と岩津選手の両方が、ここで攻める姿勢をみせていませんでした。
その結果、車番的には有利だったはずなのに関東勢に中団を奪われ、後ろ攻めに。こうなってしまうと、次は「全力で突っ張る脇本選手を斬る」という、非常に高いハードルに挑むことになります。序盤から脚を大幅に削られるのは確実で、共倒れとなる危険性もありますが…しかしそれでも、挑まないことには始まらない。私が太田選手であれば、死ぬ気で前を斬りにいったと思います。
この件については、太田選手と連係していた岩津選手が、レース後コメントで触れていたので引用しましょう。
「(初手の並びが)一番良くない形になってしまった。いろいろ作戦は考えていたけど、初手でプランが狂ってしまった。赤板のところも、まずは切ってほしかったですね。切る脚力はあるはずなので(岩津選手)」
そう、太田選手の脚力であれば、脇本選手を斬ること自体は可能なんですよ。初手の位置取りで失敗した以上は、覚悟をもって斬りにいくべきだったと私は思います。また、その後に寺崎選手の番手を取る好機が訪れたにもかかわらず、それを放棄したのもいただけない。岩津選手との連係を回復させるよりも、あの位置で粘って、優勝に少しでも近づくレースを優先させるべきでしょう。
吉田選手の捲りも、素晴らしい加速でしたが仕掛けがワンタイミング遅く、あれでは近畿勢を捉まえきれない。そもそも、脇本選手が脚をさほど削られずに主導権を奪えている時点で、厳しい戦いではあったと思います。単騎で奮闘した松本選手も、デキがいいとはいえこの展開だとこれが精一杯。戦略面でも戦術面でも近畿勢の圧勝で、それが故に面白味に欠けた決勝戦になってしまったといえます。
優勝した寺崎選手はもちろんのこと、満身創痍の身体でスタートを取りきって、最後は寺崎選手に迫った古性選手も本当にすごい。脇本選手のスピードもさすがで、南選手も今年は獲得賞金ランキング8位につける充実ぶりをみせています。さらに近畿優勢に傾いた現在の勢力図を書き換えるような活躍を、ぜひ他地区の選手に期待したいところ。このまま近畿が突っ走ったのでは、KEIRINグランプリが盛り上がりませんからね!
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。