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山田裕仁のスゴいレース回顧

【瑞峰立山賞争奪戦 回顧】いい“変化”を感じる山口拳矢の走り

2025/08/04 (月) 18:00 14

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが富山競輪場で開催された「瑞峰立山賞争奪戦」を振り返ります。

瑞峰立山賞争奪戦を制した山口拳矢(写真提供:チャリ・ロト)

2025年8月3日(日)富山12R 開設74周年記念 瑞峰立山賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①村上博幸(86期=京都・46歳)
②和田真久留(99期=神奈川・34歳)
③松本貴治(111期=愛媛・31歳)
④菊池岳仁(117期=長野・25歳)
⑤山口拳矢(117期=岐阜・29歳)
⑥岸田剛(121期=福井・26歳)
⑦犬伏湧也(119期=徳島・30歳)
⑧山形一気(96期=徳島・36歳)
⑨伊藤旭(117期=熊本・25歳)

【初手・並び】

←⑥①(近畿)⑤(単騎)⑦③⑧(四国)⑨(単騎)②(単騎)④(単騎)

【結果】

1着 ⑤山口拳矢
2着 ⑦犬伏湧也
3着 ②和田真久留

犬伏が唯一のS班として出場

 8月3日には富山競輪場で、瑞峰立山賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。脇本雄太選手(94期=福井・36歳)の不参加と、古性優作選手(100期=大阪・34歳)の負傷欠場により、出場するS級S班は犬伏湧也選手(119期=徳島・30歳)だけとなりました。山口拳矢選手(117期=岐阜・29歳)などが追加であっせんされましたが、それでも「記念」としては、かなり手薄なメンバーになってしまいましたね。

左から犬伏湧也、山口拳矢(写真提供:チャリ・ロト)

 かくしてシリーズの一枚看板となった犬伏選手。初日特選から、その走りに注目が集まります。ここで主導権を奪ったのは山口選手で、打鐘前のバックストレッチでカマシて先頭に立つと、打鐘後の2センターから全力モードにシフト。犬伏選手は後方から捲りにいきますが、連係する松本貴治選手(111期=愛媛・31歳)が最終ホームで離れ、さらに村上博幸選手(86期=京都・46歳)に捌かれ、単騎となってしまいます。

 それでも、犬伏選手は最終1センターで山口選手を叩いて先頭に立ち、そのまま後続を突き放す強い走りをみせます。叩かれた山口選手も再び差を詰めますが、最後は伸びを欠いて4着。犬伏選手が、山口選手の番手から伸びた村田雅一選手(90期=兵庫・41歳)に5車身差をつけての圧勝です。犬伏選手との連係を外した松本選手は、挽回を期すも再び村上選手のブロックを浴びて、最下位に終わりました。

 勢いに乗った犬伏選手は、二次予選では逃げ切って連勝。しかし、後方に置かれる展開となった準決勝は「捲るもギリギリ3着」という結果で、ヒヤヒヤものでしたね。デキのよさが目立っていたのは伊藤旭選手(117期=熊本・25歳)で、無傷の3連勝で決勝戦まで進出。あとは山口選手も、中部地区の代表として番組面で恵まれた面があったとはいえ、デキを上げてきている印象を受けました。

決勝は4人が単騎戦を選択

 決勝戦は、二分戦で単騎が4名という特殊なメンバー構成に。2名が勝ち上がった近畿勢は、岸田剛選手(121期=福井・26歳)が先頭で、番手を村上選手が回ります。そして3車ラインの四国勢は、犬伏選手が先頭で番手が松本選手、3番手を固めるのが山形一気選手(96期=徳島・36歳)という並び。後方に置かれる危険性がないので、犬伏選手はレースをしやすいはずです。

 そして、和田真久留選手(99期=神奈川・34歳)と菊池岳仁選手(117期=長野・25歳)、山口選手と伊藤選手の4名が単騎での勝負を選択。単騎とはいえ全員が自力で勝負ができる選手で、和田選手や伊藤選手のように「捌く」レースができるタイプもいるので、けっして侮れません。いずれも、レースの流れに合わせて臨機応変に立ち回れば、単騎でも優勝が狙える選手といえます。

左から和田真久留、 伊藤旭(写真提供:チャリ・ロト)

近畿が前受け、山口が3番手を確保

 それでは、ここから決勝戦の回顧に入ります。レース開始を告げる号砲が鳴ると、1番車の村上選手と3番車の松本選手が、いい飛び出しをみせます。ここは内の村上選手がスタートを取って、近畿勢の前受けが決定。その後ろは四国勢や2番車の和田選手になるかと思われましたが、後から動いた山口選手が、外から四国勢の前を主張。それをみた伊藤選手も、位置を上げていきました。

 すんなりとは入れてもらえなかった山口選手ですが、それでも動かずに粘って、最終的に3番手の位置を確保。しかし伊藤選手は入れず仕舞いで、こちらは四国勢の直後7番手となりました。単騎の和田選手が8番手で、最後尾も単騎の菊池選手。初手の並びが決まって一列棒状となったのは、残り4周となってからでした。その後はとくに動きがなく、青板(残り3周)掲示を通過します。

 先頭の岸田選手は何度も後ろを振り返り、動きを確認しつつ周回。隊列が崩れたところで7番手の伊藤選手が、四国勢の最後尾を固める山形選手の内にスッと入ります。誰かが前を斬りにいくような気配はなく、そのまま岸田選手が先頭で赤板(残り2)掲示を通過。ここで一気にペースが上がって、赤板後の1センターを回ります。ここでいい動きをみせたのが、山形選手の内に入り込んでいた伊藤選手です。

山形(8番車)の内に入り込む伊藤(9番車)(写真提供:チャリ・ロト)

いい動き見せた伊藤、猛追する犬伏

 1センターを回りつつ今度は松本選手の内に潜り込み、ヨコに軽く動いて松本選手を捌き、犬伏選手の後ろを奪取。伊藤選手に続いて山形選手の内に入っていた和田選手も、伊藤選手の後ろに続きました。それと同時に、犬伏選手が仕掛けて急加速。捌かれて外で浮いていた松本選手はもちろん、犬伏選手の番手を奪った伊藤選手までもが、犬伏選手の強烈な踏み出しで離されそうになります。

 犬伏選手は、素晴らしい加速で村上選手の外まで猛追。少し離されながらも、伊藤選手も必死に食らいつき追走します。レースは打鐘を迎えて、打鐘後の2センターでは岸田選手と犬伏選手が内外併走に。ここで、村上選手が外の伊藤選手をブロックしにいきました。伊藤選手はこれに耐えますが、逆に村上選手のほうがバランスを崩して落車。直後を走っていた山口選手は外へと機敏に動いて、回避しました。

最終ホームでは“連係ゼロの8車”に

 幸い後続も落車に巻き込まれずに済み、この間に岸田選手を叩ききった犬伏選手が先頭に立ちますが、伊藤選手はここで完全に離されてしまいましたね。岸田選手が2番手、3番手が伊藤選手、4番手が山口選手という隊列に変わって、最終ホームを通過します。かくして生まれたのが、「連係がゼロの8車」という特殊な隊列。再び一列棒状となって最終1センターを回って、バックストレッチに進入します。

単騎の山口(5番車)が始動!(写真提供:チャリ・ロト)

 犬伏選手が後続を少し引き離しますが、ここで4番手の山口選手が仕掛けて、前を捲りにいきます。山口選手の後ろにいた和田選手も、山口選手に少し離されながらも連動して、ポジションを上げていきます。山口選手は最終バックで伊藤選手の外に並ぶと、瞬時に岸田選手も捉えて2番手に浮上。先頭の犬伏選手とは少し車間が開いていますが、それでも一気に捉えてしまいそうな勢いです。

“吸い込まれる”ように差を詰めた山口

 岸田選手や伊藤選手はもう脚が残っていないのか、動けず仕舞い。後方からは松本選手も差を詰めて、和田選手の後ろを追走します。最終3コーナーを回ったところで、山口選手がまるで「吸い込まれるように」犬伏選手との距離を詰めて、最終2センターでは外から並ぶところまで急追。その後を追った和田選手や松本選手のほうが逆に突き放されてしまうという、素晴らしい加速をみせます。

 山口選手は、最後の直線に入ったところで犬伏選手を捉えて先頭に立つと、そのまま後続を寄せ付けない力強い走りで、ゴールを目がけて一目散。和田選手と松本選手、後方からよく伸びた菊池選手も前を追いすがりますが、これは3着争いまででしょう。そのまま山口選手がゴールラインを駆け抜け、今年1月の立川記念以来となる、通算4回目のGIII優勝を決めました。2着には犬伏選手が粘り、3着には和田選手が入っています。

後続を寄せ付けない力強い走りで山口がGIII制覇!(写真提供:チャリ・ロト)

最大の勝因は「初手の位置どり」

 優勝者インタビューでも口にしていましたが、「初手で3番手の位置を取れたこと」が、山口選手が優勝できた最大の理由。初手における位置取りの重要さは、本稿でも繰り返し述べていることですね。初手で動いて3番手を主張し、その位置を取り切ったからこそ、その後はほぼサラ脚で回ってくることができている。四国ラインが捌かれて瓦解したことによって、その有利さはさらに強まりました。

 山口選手はこの決勝戦で8秒8という、バンクレコードを更新する上がりをマーク。私も経験がありますが、少し離れた前方に「単騎の目標」がいるカタチだと、その後方にまるで吸い込まれるように差を詰められるんですよ。そういった条件もあってのレコード更新ではありますが、山口選手が調子を上げてきていたのも事実。レースの組み立てにしても、いい方向に少しずつ変わってきた印象を受けます。

単騎の目標がいると“吸い込まれる”ようになることがある(写真提供:チャリ・ロト)

犬伏の強烈ダッシュにどう対応していくか

 犬伏選手は2着に粘り、唯一のS級S班としての責務を果たしました。伊藤選手によって連係を断たれて孤立無援となってしまったのですから、この結果も致し方なしでしょう。初日特選での松本選手もそうでしたが、犬伏選手の番手を回るほとんどの選手は、あの鋭い踏み出しにどうしても遅れてしまう。あの強烈なダッシュにいかに対応していくかは、今後も中四国における大きな課題として残りますね。

課題残った中四国勢(写真提供:チャリ・ロト)

 四国勢を捌いてその番手を奪取した伊藤選手は、最後は脚をなくしてしまい7着という結果に。しかし、存在感は大いに示しており、次につながる一戦だったといえます。それとは対照的だったのが和田選手で、車番に恵まれていたのですから、山口選手のやったことを和田選手ができていた可能性は十分にあるはず。自在に立ち回れるという強みを、まったく発揮できずに終わってしまっています。

 着順については3着だった和田選手のほうが上ですが、こと内容については、7着の伊藤選手のほうが数段よかった。大舞台で自分の強みや良さを発揮し、その怖さを周囲に知らしめることが“次”につながります。初手や序盤での攻防についても、周りから「こうすれば引く」「こいつは譲る」などと思われていたのでは、いい結果など出せるわけがありません。今回の強気な攻めが、次回の勝機を引き寄せるのです。

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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