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平原康多の勝ちペダル

【#45】悲願だったダービー王に! ずっと見ていてくれたファンの姿に堪えきれなかった涙

2024/05/07 (火) 18:00 65

ついにやってくれました! 平原康多選手がGI日本選手権(いわき平)で鮮やかな復活優勝を飾り、悲願だった「ダービー王」の称号を手にしました。昨年から落車続きで体はボロボロでしたが、腐らずに体と自転車に向き合う姿をこのコラムでも伝えていました。しかし、トンネルの出口がこんなにまばゆいなんて、これが平原選手の持つスター性でしょうか。優勝から一夜明け、その瞬間を語ってもらいました。

「届きそうで遠いもの」だったダービー王をついに掴んだ(撮影:北山宏一)

◆ついに手にしたダービー王「ウィニングランは味わったことがない感覚」

ーーつい2週間前に「届きそうで遠いもの」と言っていたダービーをついに取りましたね。本当におめでとうございます。

 ありがとうございます。本当に信じられないですね。

ーーダービー王の実感は一夜明けて湧いてきましたか?

 二日酔いと睡眠不足でそれどころじゃないですよ。ボロボロです、ははは。

ーー声がガサガサじゃないですか。朝までお祝いでしたか?

 練習グループや同県の仲間が集まってくれて、ほぼ朝まで飲んでいました。

ゴール後、声をかけてくれた武藤龍生選手(オレンジ)と吉田拓矢選手(青)(写真提供:チャリ・ロト)

ーー本当に感動的な瞬間を生で見られて良かったです。まず、ゴールの瞬間は覚えていますか?

 ゴールしてガッツポーズをしていたら、後ろからすごい声量でタツオ(武藤龍生)が「平原さん!やったあ〜!」と叫びながら近寄ってきてくれて。すぐにヨシタク(吉田拓矢)も声をかけてくれて、自分の感情プラス、仲間が喜んでくれている姿も見て、ものすごく昂ぶりました。

ーー最終日のいわきは1万人を超えるお客さんが入っていました。

 あまりにもお客さんの声援がすごくて、ウィニングランは味わったことがない感覚になりました。

ーー表彰式で涙をこらえ切れなかった姿が印象的でした。

 ステージに立った時に、昔から応援していただいている埼玉のファンの方が泣いているのが見えたんです。自分が弱い時、ダメな時でも応援してくれた。その姿を見ちゃったら、もうダメでしたね。インタビューの前に涙が出てきちゃって。

ファンの涙を見て堪えきれなかった(撮影:北山宏一)

ーー正直、まだ万全の状態ではなかったと思いますが。

 去年のダービーがケガで走れなくて、そこから負の連鎖が始まりました。戻れるイメージが湧かない時期もあったし、まだ腰のヘルニアは完治していません。この1年は本当に長かったし、こうなるなんてまさかですよ。

◆決勝戦はみんなにチャンスがある別線を選択

ーー大会を少し振り返って下さい。特選の1着で気分的に乗ったなという感覚はありましたか?

 気分が乗ったというよりは、ホッとしましたね。ダービーの勝ち上がりは本当に厳しいので、初戦で準決行きを決められたのはデカかったです。

ーーゴールデンレーサー賞は、古性優作選手の動きに驚いていましたね。

 古性には、ワッキー(脇本雄太)とはまた違う驚きをいつも与えられます。自分が今まで走ったり、見てきた競輪の概念の外というか、上というか、ありえないレベルの動きをしますし、それを何度も味わわされています。

ーー準決は残念ながら眞杉匠選手が残れませんでした。

 眞杉と寺崎(浩平)の先行選手の意地を見たレースでした。

ーー今回は二次予選で北井佑季選手、準決で深谷知広選手、眞杉選手、新山響平選手が脱落しました。よほど先行選手に残酷なコンディションだったのですか?

 バンクの形状ではなく、今回は風ですね。全方向が向かい風みたいな状況が何日もあって、ハナを切った人には厳しいコンディションだったと思います。

決勝戦では別線となった関東勢(撮影:北山宏一)

ーーそれでも決勝戦に関東勢は5人が顔をそろえました。さすがに結束は難しかったですか?

 そうですね。別線にした方がみんなにチャンスがあるので、そうなりました。

ーーもし、折り合っていたなら、小林泰正ー吉田ー平原ー諸橋愛ー武藤の並びだったでしょうか?

 諸橋さんは、その時はタツオの前を主張しなかったと思います。タツオが諸橋さんにも認められた証拠でしょう。

諸橋愛選手と肩を並べるぐらいのマーク屋に成長した武藤龍生選手(撮影:北山宏一)

ーー帰りに武藤選手と話したんですが、決勝戦の諸橋選手へのブロックは、大会中の南修二選手や古性選手との戦いがあったから出来たと言っていました。

 へえ〜。タツオがこの大会の中でまた一段階レベルアップしたんですね。練習仲間だし、いつも一緒にいるのが当たり前の存在です。もともとしっかり考えるタイプではあったけど、気がつけば諸橋さんと肩を並べるぐらいのマーク屋になっていますね。

ーー決勝レースは、どのような作戦で臨んだのですか?

 ヨシタクの判断に任せていました。

ーー吉田選手が出切った時には、もらった!と思いましたか?

 仕掛けたのが、ここなら押し切れると判断しての動きだったと思うし、行き切ればヨシタクと自分の勝負かなとバックぐらいでは思っていて。でも、タイセイ(小林)を超えて、タツオも出切るまでは安心はしていませんでした。

ともに悪い時を過ごしてきたからこそ吉田拓矢選手の頑張りはうれしかった(撮影:北山宏一)

ーー吉田選手も大きく成長したと感じますか?

 ヨシタクは、武雄GIII(23年4月)のこと(平原は落車で右肩甲骨を骨折し、続く日本選手権は欠場)ですごく責任を感じていました。仕方のないことなんですけどね。互いに悪い時にはどうアドバイスしようかと悩んだ時もあったし、厳しいことを言ったこともあったと思います。そのヨシタクが頑張ってくれた。本当にうれしかったです。

ーーすごいドラマですね。

 すごい巡り合わせですよね。

◆叩かれることにも慣れ、メンタルは最強に

ーーこれで、ついに交換日記のお相手の中川誠一郎選手に並びました。

 はははははは。誠一郎さんはダービー王の先輩ですからね。ダービーを勝てたという点では追い付きましたけど、まだ並べたとは思いません。あの独自の人間力に追い付けるよう、もっとボキャブラリーを増やしていきたいと思います、ははは。

ーーこれからの後半戦はダービー王として扱われ、警戒もされると思います。

 今年は11年ぶりにFIも走りました。FIだからってナメていたわけでもなく、どこに行っても勝てない状況が続きました。そこで、さんざん叩かれていますからね。この一年で叩かれることには慣れたし、僕のメンタルは強いですよ。

ーーでは、プレッシャーは問題ないと。

 プレッシャーなんてありませんよ、ははは。

ーーでは、グランドスラムのプレッシャーはいかがですか? あとオールスターを残すのみになりました。

 ダービー、オールスター、グランプリと、僕はもともと賞金の大きな大会に縁がなかった。グランドスラムを目指していたわけではないから、リーチがかかるとも思っていませんでした。

ーー山崎芳仁選手が9年も足踏み状態ですね。

 山崎さんも僕も若いわけではないから、パーセンテージはどんどん少なくなっていく。今まで通りGIで勝つことを目標にやっていって、今回みたいにオールスターでもハマったらいいですね。

◆自分が出来る限り関東の仲間を援護する

ーーKEIRINグランプリ出場とSS班への返り咲きが決まりました。今年の今後の戦い方はどうなりますか?

 タツオも賞金でいい位置にいるし、眞杉、ヨシタクはもちろん、タイセイ、諸橋さん、関東の仲間には、自分が出来る限りの援護をしていきたいです。

ーーグランプリで関東が別線になるぐらい乗る可能性もありますね。

 ははは、そんなうれしい悩みが出来たら最高すぎますね。そうなるようにみんなで努力していきます!

(撮影:北山宏一)

(※文中敬称略)


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平原康多の勝ちペダル

平原康多

Hirahara Kota

埼玉県狭山市出身。日本競輪学校87期卒。競輪選手・平原康広(28期)を父に持ち、その影響も受けて高校時代から自転車競技をスタート。ジュニア世界自転車競技大会などで活躍し、頭角を現していった。レースデビューは2002年8月5日の西武園。同レースで初勝利を記録。2009年には高松宮記念杯と競輪祭を制し、2010年も高松宮記念杯で勝利。その後もGⅠ決勝進出常連の存在感を示し、2013年は全日本選抜、2014年と2016年には競輪祭、2017年も全日本選抜などで頂点に輝く。最高峰のS級S班に君臨し続け、全国の強者と凌ぎを削っている。

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