2024/04/24 (水) 18:00 48
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが西武園競輪場で開催された「ゴールド・ウイング賞」を振り返ります。
2024年4月23日(火)西武園12R 開設74周年記念 ゴールド・ウイング賞(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①平原康多(87期=埼玉・41歳)
②深谷知広(96期=静岡・34歳)
③眞杉匠(113期=栃木・25歳)
④森田優弥(113期=埼玉・25歳)
⑤稲川翔(90期=大阪・39歳)
⑥一戸康宏(101期=埼玉・36歳)
⑦武藤龍生(98期=埼玉・33歳)
⑧黒沢征治(113期=埼玉・32歳)
⑨坂井洋(115期=栃木・29歳)
【初手・並び】
【結果】
1着 ③眞杉匠
2着 ②深谷知広
3着 ①平原康多
4月も終わりに近づき、まもなくゴールデンウィーク。競輪の世界では、久留米でのオールガールズクラシック(GI)やいわき平での日本選手権競輪(GI)など、この時期は楽しみなシリーズが続きます。埼玉県の西武園競輪場で開催されたゴールド・ウイング賞(GIII)も、好メンバーでファンの注目度が高いシリーズとなりましたね。4月23日には、その決勝戦が行われています。
脇本雄太選手(94期=福井・35歳)や深谷知広選手(96期=静岡・34歳)など、S級S班は4名が出場。しかし、注目された脇本選手は初日特選で9着に大敗し、2日目以降は欠場となりました。レース後には「全治7日の腰痛と診断された」との報道が出ていましたが… 脇本選手の腰は持病ですからねえ。ダービー直前というタイミングでもあり、痛みが出ている状態で無理をしたくはなかったのでしょう。
その初日特選で勝利したのは、3番手から捲った深谷知広選手(96期=静岡・34歳)。深谷選手は今年に入ってから、レース内容が本当によくなっているんですよね。以前は「自分の勝ちパターン」に対するこだわりが強かったのですが、最近はそういった面が影をひそめて、展開に柔軟に対応することができている。それにデキも良好で、ダービーに向けて上り調子だと感じました。
地元記念らしい番組面での有利さもあって、勝ち上がりの過程では地元勢が大いに存在感を発揮。埼玉勢が5名に栃木勢が2名と、決勝戦まで駒を進めた選手のほとんどが関東地区という、かなり極端なメンバー構成となりました。山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)は残念ながら二次予選で敗退。決勝戦に勝ち上がったS級S班は、深谷選手と眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)の2名です。
地元・埼玉勢と栃木勢は別線を選択。埼玉勢の先頭を任されたのは黒沢征治選手(113期=埼玉・32歳)で、番手に同期の森田優弥選手(113期=埼玉・25歳)。3番手を平原康多選手(87期=埼玉・41歳)が回って、4番手に武藤龍生選手(98期=埼玉・33歳)。最後尾を固めるのが一戸康宏選手(101期=埼玉・36歳)という強力布陣です。二段駆けどころか、三段駆けまで大アリの並びといえますね。
栃木勢は、眞杉選手が先頭で番手に坂井洋選手(115期=栃木・29歳)という並び。年初に骨折した影響もあり、なかなか調子が上向いてこなかった眞杉選手ですが、ようやくデキが戻りつつある印象を受けました。機動力は言うまでもなく十分ですが、問題は埼玉勢との兼ね合い。別線になったとはいえ同じ関東地区ですから、飛びついたり、もがき合ったりする展開には持ち込みづらいですからね。
深谷選手は、稲川翔選手(90期=大阪・39歳)との即席コンビで勝負。後ろに稲川選手がついてくれるというのは、深谷選手にとっても心強いでしょう。「多勢に無勢」で厳しい戦いにはなりますが、眞杉選手とは違って、なんの遠慮もなしに地元勢と絡める。この決勝戦が手に汗を握るような見応えのある展開になるかどうかは、深谷選手の動きにかかっているといっても過言ではありません。
人気の中心は、埼玉勢の3番手を回る平原選手。埼玉勢は“数の利”を生かすためにも、前受けから突っ張って主導権を奪う可能性が高いでしょうね。西武園バンクで二段駆けや三段駆けをやられてしまうと、他のラインは手も足も出ない結果となってしまう可能性が高いはず。風もほとんどない理想的なコンディションだけに、上位のタテ脚のある深谷選手や眞杉選手でも、それをいかにうまく使うかが問われてきます。
それでは、決勝戦のレース回顧です。レース開始を告げる号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは2番車の深谷選手と9番車の坂井選手。埼玉勢は意外にも動かず、深谷選手がスタートを取りました。3番手には眞杉選手がつけて、埼玉勢の先頭である黒沢選手は5番手から。レース前の想定とは異なる初手の並びとなりましたが、最初からこういう作戦でいく青写真だったのでしょう。
これについて少し解説すると、深谷選手と眞杉選手のどちらが初手で先頭であっても、突っ張られる可能性は低い。しかし、初手の並びが車番通りになると、後ろ攻めは同じ関東地区の眞杉選手なんですよね。つまりこの場合、黒沢選手は同地区の眞杉選手を突っ張って先行する必要が出てしまう。ならば、抵抗されず前を斬らせてもらえそうな組み合わせでもあるので、後ろ攻めのほうがベターと考えたのだと思います。
後方となった埼玉勢が動き出したのは、青板(残り3周)周回のバックから。外からゆっくりと浮上し、赤板(残り2周)通過と同時に一気に加速して、主導権を奪いにいきました。先頭の深谷選手は、無理せず引いて中団6番手に。そして眞杉選手が8番手という並びとなって、レースは打鐘を迎えます。埼玉勢の先頭である黒沢選手は、打鐘の前から早々と全力モード。「自分のやるべきことはひとつ!」という走りです。
一列棒状のままで最終ホームに帰ってきますが、先頭の黒沢選手は最終1コーナー手前でガクンとスピードが落ちて失速。番手の森田選手は、最終1センターからの番手発進となりました。しかし、直線ではなくコーナーからの加速となったのもあってか、森田選手のスピードの乗りはイマイチ。そこに、バックストレッチから仕掛けて捲りにいった深谷選手が襲いかかります。
深谷選手は、素晴らしい加速で前を急追。番手の稲川選手が離れてしまうほどのダッシュで、埼玉勢を射程圏に入れます。しかし、最終3コーナー手前で武藤選手が外に動いて、これをブロック。その前にいる平原選手も、後ろを振り返って深谷選手を迎撃する態勢を整えます。深谷選手との連係を外してしまった稲川選手は、空いていた最内をすくうように進路変更。ここで、後方の眞杉選手も仕掛けました。
武藤選手に続いて、平原選手も進路を外に振ってブロックにいきますが、それでも深谷選手は態勢を立て直し、再び前を追います。森田選手はまだ先頭で踏ん張っていますが、余裕はそれほど感じられません。最終2センターでは、大外から捲る眞杉選手が深谷選手の後ろまで差を詰め、最内からは稲川選手が3番手まで進出。前と後ろの距離が一気に詰まって、一団で最後の直線へと向かいます。
先頭で踏ん張る森田選手は脚色が鈍り、平原選手が少し外に出して差しにいく態勢に。そこに、イエローライン付近から伸びた深谷選手が一気に差を詰めてきます。さらに眞杉選手も、素晴らしい伸びで大外を強襲。平原選手が森田選手を差した瞬間、深谷選手と眞杉選手が並ぶ間もなく抜き去りました。この両者による優勝争いを制したのは、大外からグンと伸びた眞杉選手のほう。これがうれしい、今年の初優勝となりました。
2着は深谷選手で、3着に平原選手。5車連係で臨んだ地元・埼玉勢ですが、残念ながら優勝者を出すことは叶いませんでした。この結果について「不甲斐ない!」「何をやっているんだ!」と埼玉勢を叱責したい気持ちになられた方もいらっしゃるでしょうが、これは勝った眞杉選手や、2着の深谷選手を褒めるべきレースですよ。埼玉勢は、理想的な条件下で、文句なしの展開に持ち込んで、それでも敗れているのですから。
優勝した眞杉選手は、深谷選手から「ひと呼吸」おいてから仕掛けたのが巧かったですね。最後にみせた捲りのスピードは素晴らしいもので、やはり調子がだいぶ戻ってきている。あとは、先日の高知記念での阿部将大選手(117期=大分・27歳)のように、西武園の「バンク適性」も高いのだと思います。昨年のオールスター競輪(GI)を制した舞台というのもあり、精神的にもポジティブに走れていたように感じました。
そして、優勝した眞杉選手以上の“強さ”を感じさせたのが深谷選手。惜しくも2着という結果でしたが、前で待ち構えていた武藤選手と平原選手のブロックを乗り越え、優勝に手が届くところまでいったのですから、これはもうメチャクチャ強かった。深谷選手は、ここにきてさらなる進化を遂げている気がしますね。脚力はもともとズバ抜けているわけで、立ち回りが巧くなれば、それこそ鬼に金棒ですよ。
地元勢での最先着は平原選手。悔しい結果だったとは思いますが、平原選手もようやく身体のダメージが癒えて、いい頃の走りができるようになりつつあります。それでもまだ本調子ではないし、「踏み勝てる」自信があればブロックにはいかず、優勝できる確率を少しでも上げるために前へと踏んでいたかもしれません。いや、平原選手の性格や価値観を考えると、それでもブロックにいっていた可能性のほうが高いか…。
いずれにせよ、今回の埼玉勢は全力を尽くしたにもかかわらず、S級S班の2名にその上をいかれてしまっている。ですから、すごく悔しいとは思いますが、反省点はないんですよね。4着以下だった選手のコメントは確認できませんでしたが、おそらく「眞杉選手と深谷選手が強かった」「自分たちの脚力不足」といった内容であるはず。今日の眞杉選手と深谷選手は、埼玉勢が5車でも足りないほどの強さだったといえるでしょう。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。