2025/10/27 (月) 18:00 26
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが前橋競輪場で開催された「 寛仁親王牌・世界選手権記念」を振り返ります。
2025年10月26日(日)前橋12R 第34回寛仁親王牌 世界選手権記念トーナメント (GI・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・34歳)
②吉田拓矢(107期=茨城・30歳)
③清水裕友(105期=山口・30歳)
④小倉竜二(77期=徳島・49歳)
⑤嘉永泰斗(113期=熊本・27歳)
⑥恩田淳平(100期=群馬・35歳)
⑦松本貴治(111期=愛媛・31歳)
⑧河端朋之(95期=岡山・40歳)
⑨犬伏湧也(119期=徳島・30歳)
【初手・並び】
←⑨⑦④(四国)①(単騎)③⑧(中国)②⑥(関東)⑤(単騎)
【結果】
1着 ⑤嘉永泰斗
2着 ⑦松本貴治
3着 ①古性優作
10月26日には群馬県の前橋競輪場で、寛仁親王牌(GI)の決勝戦が行われています。少し前まで暑かったものが肌寒くなって、秋の深まりを感じますね。平塚・KEIRINグランプリまでのビッグも、この寛仁親王牌と小倉・競輪祭(GI)を残すのみ。数少ないチャンスをなんとかモノにしようと、トップ選手も気合いが入ります。とはいえ…このシリーズでの落車や失格の多さには、さすがに閉口しました。
筋金入りの競輪ファンとして知られる競馬の矢作調教師もコラムで触れていらっしゃいましたが、車券を買って応援してくれるファンを最も落胆させるのが、落車や失格。勝負をかけて本気でぶつかり合うのは大歓迎ですが、それはあくまで「ルール内」での話で、それを無視した戦いなどファンは求めていません。競輪という競技の性質上、致し方ないケースがあるとはいえ、避けられるものはもっと“徹底的”に避けるべきです。
S級S班の全員が顔を揃え、初日から激突したこのシリーズ。初日の日本競輪選手会理事長杯では、そのうち7名がぶつかりました。ここで素晴らしい仕上がりをみせたのが脇本雄太選手(94期=福井・36歳)で、最終1センターからの仕掛けで後方から一気に捲り、8秒9の上がりで先頭まで突き抜けました。最終2センターでほかの選手に絡まれたとはいえ、あの古性優作選手(100期=大阪・34歳)が番手から離れてしまうほどの鋭さでした。
残念だったのが、ここでいきなり2名のS級S班が姿を消したこと。打鐘での接触で松浦悠士選手(98期=広島・34歳)が落車し、この件で郡司浩平は4位で入線するも、押圧の反則で失格となっています。レース後には大きなダメージはないとコメントしていた松浦選手ですが、2日目に当日欠場。松浦選手は落車による大きな負傷が続いているだけに、その後の状態が気がかりですね…。
初日快勝で絶好のデキと感じさせた脇本選手ですが、2日目のローズカップでは連係する寺崎浩平選手(117期=福井・31歳)から打鐘で少し離れ、内をすくった菊池岳仁選手(117期=長野・25歳)にポジションを奪われ9着に大敗。さらに、3日目にはウォーミングアップ中に負傷して、準決勝を当日欠場となりました。「左肘関節の脱臼骨折」で、回復には1カ月以上を要する診断とのこと。こちらも状態が心配されます。
そのほかにもアクシデントが多発し、波乱のシリーズとなった今年の寛仁親王牌。準決勝で岩本俊介選手(94期=千葉・41歳)や新山響平選手(107期=青森・31歳)、眞杉匠選手(113期=栃木・26歳)も姿を消し、決勝戦まで駒を進めたS級S班は、古性選手と清水裕友選手(105期=山口・30歳)、犬伏湧也選手(119期=徳島・30歳)の3名だけとなりました。
中四国勢は過半数となる5名が勝ち上がりましたが、決勝戦では四国と中国に分かれての勝負を選択。唯一の3車ラインとなった四国勢は、犬伏選手が先頭を任されました。番手を回るのが松本貴治選手(111期=愛媛・31歳)で、小倉竜二選手(77期=徳島・49歳)はライン3番手を固めることに。「先行一車」に近いメンバー構成ですから、犬伏選手と松本選手はビッグ初優勝の大チャンスですね。
中国勢は清水選手が先頭で、番手が河端朋之選手(95期=岡山・40歳)という組み合わせ。どちらもデキは悪くないので、四国勢に力を出させないよう、どのようにレースを組み立てられるか次第でしょう。関東勢は吉田拓矢選手(107期=茨城・30歳)が先頭で、その番手を地元の恩田淳平選手(100期=群馬・35歳)が回ります。吉田選手は調子のよさを生かして、できるだけ前々で立ち回りたいところでしょう。
単騎勝負は、古性選手と嘉永泰斗選手(113期=熊本・27歳)。古性選手はまだ本調子には戻せておらず、組み立ての巧さで勝ち上がってきた印象ですね。オールラウンダーらしい自在の立ち回りで、勝ち負けを狙います。そして、特別競輪で初の優出となった嘉永選手も、タテ脚では負けていませんからね。気配もよく、コメント通り前々に攻めていけば、勝機が巡ってきそうですよ。
ではそろそろ、決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始を告げる号砲が鳴ると同時に、1番車の古性選手と7番車の松本選手がいい飛び出しをみせます。ここは古性選手が前を譲って、松本選手がスタートを取りました。これで四国勢の前受けが決まって、古性選手はその直後4番手。5番手に清水選手が続き、吉田選手は7番手からの後ろ攻め。最後方に単騎の嘉永選手というのが、初手の並びです。
後ろ攻めとなった吉田選手は、青板(残り3周)周回の1センターから早々と始動。単騎の嘉永選手も、これに連動します。吉田選手が抑えにいくと、誘導員との車間をきっていた犬伏選手は動かず、吉田選手を前に入れました。その気配を察して、古性選手は嘉永選手の後ろへと素早くシフト。犬伏選手の動きを注視していた清水選手も、犬伏選手が後方まで下げたのを確認してから、古性選手の後ろの5番手につきます。
そして赤板(残り2周)掲示を通過。誘導員が残ったまま、互いの動向をうかがいつつ1センターを回ります。先頭の吉田選手は、バックストレッチに入ったところでペースを上げて、バックの手前で清水選手が動きそうな気配をみせるも動かず、一列棒状でレースは打鐘を迎えました。そしてそのまま打鐘後の2センターを回りますが、後方7番手の犬伏選手には、いまだ動きがありません。
ならば…と腹をくくった先頭の吉田選手が主導権を奪うべく踏み込み、一気にペースが上がって最終ホームへ。先行すると思われた犬伏選手は動けずじまいで、後方に置かれたカタチとなりました。前橋の335mバンクでこの展開と位置だと、挽回はかなり難しい。そして最終ホームを通過した直後、5番手の清水選手が仕掛けて捲りにいきますが、なかなか差を詰めることができません。
バックストレッチに入ったところで、関東ライン番手の恩田選手は、先頭の吉田選手と少し車間をきって態勢を整えます。しかし、そこを外から捲りにいったのが、恩田選手の直後にいた嘉永選手。そして、後方の犬伏選手もほぼ同時に仕掛けました。嘉永選手は最終バックで恩田選手の外に並び、連動した古性選手も前に進出。嘉永選手は最終3コーナーの入り口で、先頭の吉田選手を射程に入れます。
清水選手は仕掛けるも伸びを欠いて、古性選手を追走。後方からは犬伏選手が差を詰めてきますが、河端選手が進路を外に振って、これをブロックしました。先頭では吉田選手が踏ん張りますが、嘉永選手は最終2センターでその外に並び、その直後では内の恩田選手が、外の古性選手を必死にブロック。犬伏選手はイエローライン付近で失速し、その番手にいた松本選手は、切り替えて空いていた最内に突っ込みます。
最後の直線に入ったところで、嘉永選手は吉田選手を捉えて先頭に立ちます。捲られてからも吉田選手は必死に粘りますが、もう脚はほとんど残っていません。その後ろ、内の恩田選手と外の古性選手が絡んでいるところに襲いかかったのが、最内を最短距離でスルッと抜けてきた松本選手。驚異的なスピードで一瞬のうちに恩田選手の内に並び、先頭の嘉永選手を追います。
しかし…前橋バンクの直線は短い。松本選手が2番手に立ったとき、すでに大勢が決していました。絶好の展開をモノにした嘉永選手が、力強く抜け出したまま先頭でゴールイン。念願のビッグ初優勝を、後続を突き放す完勝で決めてみせました。松本選手は、8秒8の上がりをマークするも2着まで。3着争いは外の古性選手が競り勝ち、地元の恩田選手は残念ながら4着まで。5着には、逃げた吉田選手が粘っています。
逃げると目された犬伏選手が動かず、最初に前を斬った吉田選手がそのまま逃げるという展開。レース後のコメントを確認したところ、打鐘の前に清水選手が斬りにいく気配をみせたことを、動けなかった理由にあげていましたね。確かに、清水選手が吉田選手を斬った後で叩けば、理想的な展開になったことでしょう。しかし、清水選手は動かなかった。そんな他力本願で、ビッグは獲れません。
師匠である小倉選手が「打鐘で行けば決まっていた」「何がやりたかったか分からない」とコメントしていた通りで、ほかの動きなど気にせず、自分のタイミングで強引にでも行ってしまえばよかったのです。それに、初手で前受けできたのだから、突っ張り先行という選択肢もあった。自分が優勝できる確率は下がるかもしれませんが、これで負けたとしてもファンには納得感があるはずで、よっぽどマシでしょう。
▶︎弟子・犬伏湧也の走りに小倉竜二が喝/決勝レース後コメント
これは犬伏選手の性格なのでしょうが、優しすぎるというか…勝負に徹しきれない面があるように感じますね。それもあってか、引かなくていいところで引いてしまうし、待ってしまう。しかし、超一流の競輪選手は“勝負師”でもある。相手が嫌がることをやってナンボの世界なのですから、ときに「強引さ」が必要であるのは言うまでもありません。いまの犬伏選手に欠けている、いちばんの要素です。
そしてこれが、主導権を奪った関東勢の直後をサラ脚で回れるという、嘉永選手にとって望外の“幸運”につながった。清水選手は「犬伏選手がどこかでカマシてくる」と思っていますから、そうそう早くは動けない。先頭の吉田選手もそう思っているので、ペースはなかなか上がらない。かくして、レース前の想定とは大きく異なる展開となり、勝負の女神は嘉永選手に微笑んだわけです。
いい頃には、それこそ手のつけられないほどの強さをみせていた嘉永選手。ビッグを勝てるだけの力がありながら、調子を落として苦しんだ時期もありました。それを乗り越えてのうれしい初タイトルで、これで地元・熊本で開催される来年の全日本選抜競輪(GI)を、S級S班として迎えることもできる。地区を牽引するような存在が見当たらなかった現在の九州にとっても、これは追い風になります。
最後に素晴らしい脚をみせるも、届かず悔しい2着に終わった松本選手。前を任せた犬伏選手が後方に置かれる展開のなか、8番手から本当によく追い込みましたよ。これで獲得賞金ランキング10位と、競輪祭での結果次第でKEIRINグランプリ出場が十分に狙える位置につけました。3着の古性選手は、ここも立ち回りの巧さで上位に食い込みましたね。デキがよくないなりに結果を出せる安定感の高さは、さすがのひと言です。
この決勝戦の結果をうけて、たいへん面白くなったのが、獲得賞金によるKEIRINグランプリ出場争い。僅差でズラッと並んでおり、ボーダーライン付近の選手にとっては、記念での賞金もメイチで獲りにいくだけの価値があります。競輪祭までに獲得賞金ランキングがどのように変わり、最終的にどのような結果となるのか? ここから先はますます、トップクラスの戦いから目が離せなくなりそうです!
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。