2024/03/18 (月) 18:00 137
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが伊東競輪場で開催された「花と海といで湯賞」を振り返ります。
2024年3月17日(日)伊東12R 万博協賛 花と海といで湯賞(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①岡村潤(86期=静岡・42歳)
②吉田拓矢(107期=茨城・28歳)
③井上昌己(86期=長崎・44歳)
④道場晃規(117期=静岡・26歳)
⑤雨谷一樹(96期=栃木・34歳)
⑥萩原孝之(80期=静岡・46歳)
⑦岩本俊介(94期=千葉・39歳)
⑧川口聖二(103期=岐阜・30歳)
⑨神山拓弥(91期=栃木・37歳)
【初手・並び】
←④⑦①⑥(南関東)②⑤⑨(関東)⑧③(混成)
【結果】
1着 ⑦岩本俊介
2着 ①岡村潤
3着 ②吉田拓矢
3月17日には静岡県の伊東温泉競輪場で、花と海といで湯賞(GIII)の決勝戦が行われています。取手・ウィナーズカップ(GII)の直前というのもあって、いわゆる「記念」に比べると、かなり手薄なメンバーでの開催となりました。それでもグレードレースには違いないですから、まだGIIIを制したことがない選手や、競輪祭の出場権獲得を狙う選手にとっては、大きなチャンスといえるでしょう。
初日から存在感を発揮していたのが、他地区を迎え撃つ立場である南関東勢。コマ切れ戦となった初日特選は、自力もある岩本俊介選手(94期=千葉・39歳)が、主導権を奪った根田空史選手(94期=千葉・35歳)の番手から捲って、岡村潤選手(86期=静岡・42歳)とのワンツーを決めています。後方から捲ってきた吉田拓矢選手(107期=茨城・28歳)の追撃を、うまく併せきっていましたね。
初日特選を快勝した岩本選手は、続く二次予選と準決勝でも1着をとって、完全優勝に大手をかけて決勝戦に進出。地元の静岡勢も3名が勝ち上がって、南関東は決勝戦では4車が結束して戦うことに。その先頭を任されたのは道場晃規選手(117期=静岡・26歳)で、準決勝では同期かつ同県である鈴木陸来選手(117期=静岡・27歳)のアシストもあって、初となるGIII決勝戦進出を決めています。
その番手を岩本選手が回って、ライン3番手に岡村選手、4番手を固めるのが萩原孝之選手(80期=静岡・46歳)と、岩本選手が静岡勢の間に入るカタチに。ラインから優勝者を出すにはこれがベストだと、話し合いで決まったのでしょう。先頭を任された道場選手はもちろん、番手を回る岩本選手も、これは気合いが入りますよ。展開次第では、3番手の岡村選手にも十分チャンスが巡ってきそうです。
3名が勝ち上がった関東勢は、吉田選手が先頭。初日特選は5着に終わりましたが、その後は1着、3着で勝ち上がり、決勝戦に駒を進めてきました。関東が誇る若きタイトルホルダーであり、ここでは格上といえる存在。デキも上々のようなので、いいレースを期待したいものです。番手を回るのは雨谷一樹選手(96期=栃木・34歳)で、ライン3番手を神山拓弥選手(91期=栃木・37歳)が固めます。
最後に、川口聖二選手(103期=岐阜・30歳)と井上昌己選手(86期=長崎・44歳)の即席コンビ。ここは関東勢と同様に、「主導権を奪っての二段駆け」がいかにもありそうな、南関東勢の目論見通りにさせないことが求められます。車番には恵まれませんでしたが、井上選手が川口選手の後ろについたことで、選択肢は増えたはず。調子もよさそうですから、南関東をかき乱しにいってほしいですね。
それではここから、決勝戦のレース回顧に入っていきます。レース開始を告げ号砲が鳴って、飛び出していったのが5番車の雨谷選手と1番車の岡村選手。いったんは雨谷選手のほうが前に出ましたが、引いて岡村選手を前に出しましたね。もしかすると、南関東勢に前を「取らせる」作戦だったのかもしれません。これで南関東勢の前受けが決まり、関東勢は中団5番手に。川口選手が先頭の混成ラインは、後方8番手からです。
後方の川口選手が動いたのは、青板(残り3周)の手前から。外からゆっくりとポジションを押し上げて、先頭の道場選手を抑えにいきます。突っ張り先行を考えている道場選手は、先頭誘導員との車間をきった状態で、川口選手の様子をうかがいつつ先頭をキープ。そして、青板周回のバックで先頭誘導員が離れると、一気に前へと踏み込んで前を主張。これをみた川口選手は、大きく外を回って、再び後方の位置に戻っていきます。
初手と同じ並びに戻って、赤板(残り2周)前の2センターを通過。先頭の道場選手は、何度も後ろを振り返って、他の動きを確認しています。中団の吉田選手や後方の川口選手が、緩んだところでカマシにきてもおかしくない状況ですからね。しかし、どちらもここで動いてくるような気配はなし。一列棒状で赤板を通過して、じつにあっさりと主導権奪取に成功した道場選手が、全力モードに移行します。
そのままの隊列で1センターを回って、打鐘前のバックストレッチに進入。先頭で飛ばす道場選手がかかっているのもあるのか、中団の吉田選手や後方の川口選手に動きはありません。そしてレースは打鐘を迎えますが、ここでも動きはなく、相変わらずの一列棒状で最終ホームに。そして最終1センターを回りますが、先頭で飛ばす道場選手は、このあたりでさすがに苦しくなってきました。
最終2コーナーを回ってバックストレッチに入ったところで、中団の吉田選手がついに捲り始動。しかし、それとほぼ同じタイミングで、南関東ライン番手の岩本選手が前へと踏んで、道場選手の番手から発進します。仕掛けを完全に合わされた吉田選手は、これでかなり苦しくなりましたね。萩原選手の外に並び、そこからもジリジリと前との差を詰めていきますが、一気に前を捲りきるような勢いはありません。
吉田選手の番手にいた雨谷選手は、加速についていけず、連係を外して下がっていってしまいます。その後ろにいた神山選手は切り替えて前を追いますが、展開を考えると時すでに遅し。その後ろにいる川口選手と井上選手も、伊東の333mバンクでこの位置からでは届きそうにありません。番手捲りで先頭に立った岩本選手と、それをマークする岡村選手に、中団から捲った吉田選手。ここまでが、勝負圏内でしょう。
そして最終3コーナー。勝負どころで少し離れてしまった萩原選手が、必死に食らいついて岡村選手の後ろに復帰。外から捲りにいった吉田選手は伸びがなく、岩本選手や岡村選手と変わらない脚色になってしまっています。こうなると、優勝争いは終始レースを支配した南関東勢のもの。先頭の岩本選手は余力十分のままで最終2センターを回って、最後の直線に入りました。
最終4コーナーでグッと伸びて、後続を少し突き放した岩本選手。それを岡村選手が追いすがりますが、差がまったく詰まりません。そこに吉田選手が外からジリジリと脚を伸ばしてきますが、これは岡村選手を捉えられるかどうか。大勢は決して、力強く抜け出した岩本選手がそのまま先頭でゴールイン。これで通算5回目となるGIII優勝を、完全Vで決めてみせました。
2着は岩本選手マークの岡村選手で、中団から捲った吉田選手は3着まで。南関東ライン4番手の萩原選手が4着、自力に切り替えて捲った神山選手が5着という結果です。後方となった川口選手は、何の存在感も発揮できないまま。レース前に誰もが予想したとおりの展開となり、3連単は2番人気の1,030円という堅い決着となりました。岩本選手からの車券で勝負していた人は、安心して観ていられたでしょうね。
多くの方が車券を当てて喜ばれたのはいいとして…皆さん率直なところ、このレースを「面白い」「楽しい」と感じられましたか? 私は残念ながら、まったく感じませんでした。南関東勢が主導権を奪って二段駆けに持ち込もうとするのが、誰の目にも明らかなメンバー構成。そのシナリオ通りになれば、他のラインはなすすべなく終わってしまうのもミエミエでした。
ならば、南関東勢をのぞく5名の選手は自分の優勝のためにも、その目論見を阻むべく最大限の努力をする義務がある。しかし実際はどうだったかといえば…誰も何もしなかった。「できなかった」ではなく「しなかった」のが問題で、これが勝つために最善を尽くした結果だというならば、はっきりいってプロ失格ですよ。こんなレースをお客さんにみせて、プロとして、競技者として恥ずかしくないのかと私は言いたい。
こういう場合、ラインの先頭を任された選手に矛先が向きがちですが、作戦というのはライン全体で決めるもの。つまり、吉田選手や川口選手が悪かったわけではなく、南関東勢をのぞく5名全体の責任です。立ち向かうのを諦めてしまうほど能力差があったわけでもないのに、なぜこんな不甲斐ないレースをしてしまったのか…。記念ではないとはいえ、これはれっきとしたグレードレースの決勝戦なんですよ!?
もしかすると、南関東勢に対抗するためにやるべきことをやり尽くしたとしても、結果はほとんど変わらなかったかもしれません。しかしこの場合、そこに至るまでの過程がまったく違いますよね。私が問うているのは……そしておそらく、競輪を愛してくださっている多くのファンが求めているものも、その結果に至るまでの「過程」がエキサイティングなものであるかどうか。そういう観点から考えるに、この決勝戦は最低です。
このところの記念で見応えのある決勝戦が続いていたので、なおさら落胆が大きいというのもあります。それに、決勝戦が「初日特選のリプレイ」になったのも残念でした。同一開催で同じ展開になって負けるというのは、プロとして恥ずかしい。先週の松山記念で古性優作選手(100期=大阪・33歳)がみせた走りとは正反対で、古性選手は失敗を繰り返さなかった。これこそが、プロのあるべき姿なのです。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。