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山田裕仁のスゴいレース回顧

【競輪祭 回顧】本当に必要なものは“速さ”ではなく“強さ”

2023/11/27 (月) 18:00 131

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小倉競輪場で開催された「第65回朝日新聞社杯競輪祭」を振り返ります。

(写真提供:チャリ・ロト)

2023年11月26日(日)小倉12R 第65回朝日新聞社杯競輪祭(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②松浦悠士(98期=広島・33歳)
③深谷知広(96期=静岡・33歳)
④松井宏佑(113期=神奈川・31歳)
⑤太田海也(121期=岡山・24歳)
⑥簗田一輝(107期=静岡・27歳)
⑦眞杉匠(113期=栃木・24歳)
⑧北津留翼(90期=福岡・38歳)

⑨南修二(88期=大阪・42歳)

【初手・並び】

←⑤②(中国)③④⑥(南関東)⑦(単騎)①⑨(近畿)⑧(単騎)

【結果】

1着 ⑦眞杉匠
2着 ④松井宏佑
3着 ②松浦悠士

落車は百害あって一利なし

 11月26日には福岡県の小倉競輪場で、競輪祭(GI)の決勝戦が行われています。これが今年最後のGIレースで、残るビッグレースは年の瀬の“祭典”である、立川競輪場でのKEIRINグランプリのみ。この競輪祭の決勝戦をもって、今年のKEIRINグランプリに出場する選手もほぼ確定しました。ちょっと前まで猛烈な暑さだったというのに、もう数日後には師走なんですから、月日の流れには驚かされますよね。

 グランプリの出場権をまだ手にしていない現在のS級S班にとっては、正真正銘のラストチャンス。しかし、平原康多選手(87期=埼玉・41歳)は二次予選で脱落し、新田祐大選手(90期=福島・37歳)と守澤太志選手(96期=秋田・38歳)、郡司浩平選手(99期=神奈川・33歳)は準決勝で敗退。S級S班からの陥落が決まりました。同じく準決勝で敗退した新山響平選手(107期=青森・30歳)は、競輪祭決勝戦の結果待ちとなります。

 それにしても、このシリーズは落車が多かった。シビアな勝負にいった結果として増えてしまうのはわかりますが、それでも落車というのは、車券を買って応援してくれたファンをもっとも落胆させる結果です。避けようと思えば避けられた落車もけっこうあった印象で、身体や自転車にダメージが残るのは選手にとっても大きなマイナス。「百害あって一利なし」くらいに考えて、もっと落車を避けてほしいと切に願います。

今年最後のGIを勝ち残った9名のデキは上々

 閑話休題。そんなサバイバル戦を決勝戦まで勝ち上がった選手たちですから、いずれもデキは上々といえるもの。なかでも目立っていたのが簗田一輝選手(107期=静岡・27歳)で、準決勝ではライン3番手から差して1着に激走。3連単848,700円という、超高配当の立役者となりました。人気を集めていた古性優作選手(100期=大阪・32歳)や郡司選手が4着以下に沈む波乱決着だったとはいえ、この配当には驚かされました。

準決勝で3連単848,700円の超高配当を出した簗田一輝選手のデキが目立っていた(写真提供:チャリ・ロト)

 常に注目を集める脇本雄太選手(94期=福井・34歳)も、一次予選で10秒台の上がりを連発と、いい仕上がりにありそう。一次予選の2レースをいずれも逃げ切った眞杉匠選手(113期=栃木・24歳)や、相変わらずの“巧さ”で単騎ながらダイヤモンドレースで2着に食い込んだ松浦悠士選手(98期=広島・33歳)も、かなり調子を上げてきていました。決勝戦は、まさに大混戦ですよ。

 唯一の3車ラインとなったのが南関東勢で、その先頭は獲得賞金でのKEIRINグランプリ出場を決めていた深谷知広選手(96期=静岡・33歳)。番手を回るのが松井宏佑選手(113期=神奈川・31歳)で、3番手が梁田選手という、いかにも「二段駆け」がありそうな並びとなりましたね。ラインから優勝者を出すことを考えて、ここの深谷選手はかなり積極的なレースを仕掛けてきそうです。

 近畿勢の脇本選手は、つい先日の四日市記念と同じく、南修二選手(88期=大阪・42歳)とのコンビで決勝戦に臨みます。このシリーズでは先行策もみせていた脇本選手ですが、ここ一番では得意とする「後方からの捲り」で勝負してくる可能性が大。その場合は、番手の南選手が連係を外さずについていけるかどうかが課題となりそうです。好調モードの南選手とはいえ、脇本選手の本気のダッシュは並大抵ではありませんからね。

 そして中国勢は、太田海也選手(121期=岡山・24歳)が先頭で、松浦選手が番手という並び。太田選手はこのシリーズで、さすがはナショナルチームというスピードをみせつけ、二次予選と準決勝でいずれも1着をとっています。もし太田選手が優勝となれば、デビューから最速でのGI制覇記録に。準決勝に続いて松浦選手が番手を回ってくれるというのは、太田選手にとっても心強いはずですよ。

 最後に、単騎での勝負となるのが眞杉選手と北津留翼選手(90期=福岡・38歳)。どちらも自力は十分ですから、この混戦模様ならば展開ひとつ、立ち回りひとつで優勝争いが可能でしょう。うまく展開を読んで、主導権を奪ったラインの後ろが取れれば、なおさら面白い。ここは深谷選手と太田選手が前でもがき合うような展開もあり得ますから、単騎でもチャンスはおおいにありそうです。

 それでは、決勝戦の回顧に入りましょう。号砲が響いて、最初に飛び出していったのは2番車の松浦選手と9番車の南選手でした。車番的に有利な松浦選手が先頭誘導員の後ろを取りきって、中国勢の前受けが決まります。南選手は自転車を下げて、中国勢の後ろの3番手に深谷選手。単騎の眞杉選手が6番手で、脇本選手はやはり後方7番手から。そして最後尾に北津留選手というのが、初手の並びです。

 レースが動き出したのは青板(残り3周)周回の中盤から。後方の脇本選手が浮上して、先頭の太田選手ではなく、中団の深谷選手を抑えにいきました。単騎の北津留選手も、この動きに連動。すると深谷選手は迷わず自転車を下げて、脇本選手と南選手、北津留選手の3車を中団に入れます。そして、赤板(残り2周)の手前から急加速。一気のカマシで、先頭の太田選手に襲いかかります。

赤板(残り2周)の様子(写真提供:チャリ・ロト)

 先頭の太田選手は突っ張らず、南関東の3車と、それに連動した眞杉選手までが前に出ました。脇本選手もそれに続いて前を斬りにいきそうな気配をみせましたが、結局は動かないままでしたね。ここで単騎の北津留選手が切り替えて、下がってきた中国勢の後ろにシフト。脇本選手は最後方8番手のポジションとなり、一列棒状で打鐘前のバックストレッチに。そして、そのままの隊列でレースは打鐘を迎えました。

 打鐘後もとくに動きはなく、しかしペースは一気に上がって最終ホームに。南関東勢の主導権で、レースは最終周回に入りました。それと同時に仕掛けたのが、後方のポジションとなっていた脇本選手。しかし、先頭の深谷選手がかかりのいい逃げを打っているのもあって、その差がなかなか詰まりません。最終1センターで松浦選手の外に並びかけますが、松浦選手は進路を少し外に振って、これをブロックします。

 これで勢いを削がれた脇本選手は、捲るのを諦めたかのように失速。ここで今度は、中団の太田選手が最終バック手前から前を捲りにいきました。しかし、ほぼ同じタイミングで松井選手が、深谷選手の番手から発進。太田選手は、仕掛けを合わされてしまいます。そんな太田選手からひと呼吸だけおいて、南関東勢の直後につけていた眞杉選手も捲り始動。勝負どころで、先頭集団がギュッと密集しました。

 番手捲りを放った松井選手が先頭に立ち、その直後に内から梁田選手、眞杉選手、太田選手が並ぶカタチで最終3コーナーに突入。ここで、先頭に立った松井選手と梁田選手との間に、少し口があいてしまいます。そこをすかさず外から眞杉選手が斬り込んで、松井選手の直後を奪取。さらに眞杉選手は、今度は外の太田選手をブロックして、そのスピードを削ぎにいきます。

 太田選手がブロックされた直後に、松浦選手は眞杉選手の後ろにスイッチ。内に梁田選手がいる狭いところでしたが、その位置をしっかり取りきって、外の太田選手と内の梁田選手の間から前を射程圏に入れて、最終2センターを回ります。先に抜け出した松井選手と、その直後から差しにいく眞杉選手、さらにそれを内から追う松浦選手という態勢で、最後の直線に入りました。

 タイトル奪取に向けて松井選手が必死に粘り込みをはかりますが、差しにいった眞杉選手がジリジリとその差を詰めていきます。その直後からは、進路を外に出した松浦選手が追いすがりますが、前にいる2車の勢いは止まりません。ゴール直前で眞杉選手が松井選手の外に並び、ほんの少しだけ前に出たところがゴールライン。今年8月の西武園・オールスター競輪(GI)に続く、2回目のGI制覇を決めました。

ゴール直前で眞杉選手と松井選手が並び、ほんの少し前に出たのは眞杉選手だった(写真提供:チャリ・ロト)

 僅差の2着に松井選手で、3着は松浦選手。少し離れた4着に太田選手で、後方から捲った北津留選手が5着という結果。脇本選手は8着大敗に終わっています。南関東勢が主導権と読んで、初手からその後ろにつけていたのが、眞杉選手が優勝できた要因。太田選手の仕掛けに瞬時に反応し、合わせて踏めたのも大きかったですね。その後の立ち回りも素晴らしく、今日の眞杉選手は文句なしに強かった。

完全に自力でもぎ取った優勝で、さらに「化ける」か

 オールスター競輪(GI)での優勝は、吉田拓矢選手(107期=茨城・28歳)の暴走失格に助けられてのもの。いわば、ちょっと後味の悪い優勝だったわけです。それだけに、完全に自力でもぎ取ったこの優勝は、眞杉選手にとって非常に大きな価値を持つ。この勝利によって、真のタイトルホルダーになった……といっても過言ではないでしょう。これで自信をつけて、さらに「化ける」かもしれませんよ。

 本当に悔しい2着だったのが松井選手。彼も今年に大きな成長をみせた選手のひとりですが、ほんの少し、あと一歩が足りなかった。その「あと一歩」をどう詰めるかというのが、来年にさらなる飛躍を遂げるための課題でしょう。3着の松浦選手は、今日に関しては「眞杉が強かった」という気持ちではないですかね。それに、キャリアの浅い太田選手が、GI決勝でここまでやれたというのは、中四国にとって大きな収穫ですよ。

 捲り不発に終わった脇本選手については……彼が大敗するときはいつも同じですが、今回も「負けパターンで負けるべくして負けた」という印象ですね。「脇本を後方に置く」というのは、他のラインにとって優勝の必要条件。この決勝戦でも、南関東勢と中国勢が一致団結してその条件をクリアしてから、自分たちの優勝を目指している。これをやられてしまうと、“最強の速さ”を持つ脇本選手でも捲れません。

 太田選手も脇本選手と同様に“速さ”がストロングポイントですが、特別競輪の決勝戦ともなれば、それだけでは勝てない。駆け引きや仕掛けどころ、立ち回りといったレースの“巧さ”や、それと高いレベルの自力を併せ持つことによって生まれる“強さ”が、現在のビッグを勝つのには要求されます。そして、今日の眞杉選手にはその“強さ”があったから勝てた。速さと強さは、必ずしもイコールではないのです。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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