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山田裕仁のスゴいレース回顧

【椿賞争奪戦 回顧】若手先行選手たちの“課題”とは

2023/12/06 (水) 18:00 35

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが伊東温泉競輪場で開催された「開設73周年記念 椿賞争奪戦」を振り返ります。

(写真提供:チャリ・ロト)

2023年12月5日(火)伊東12R 開設73周年記念 椿賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①松井宏佑(113期=神奈川・31歳)
②渡部幸訓(89期=福島・40歳)
③伊藤旭(117期=熊本・23歳)
④吉澤純平(101期=茨城・38歳)
⑤和田健太郎(87期=千葉・42歳)
⑥五十嵐力(87期=神奈川・44歳)
⑦武藤龍生(98期=埼玉・32歳)

⑧林慶次郎(111期=福岡・26歳)
⑨佐々木龍(109期=神奈川・33歳)

【初手・並び】

←①⑨⑤⑥(南関東)⑧③(九州)②(単騎)④⑦(関東)

【結果】

1着 ⑤和田健太郎
2着 ①松井宏佑
3着 ⑨佐々木龍

選手たちの戦いはまだまだ続く

 今年のKEIRINグランプリ出場をめぐる戦いは終わりましたが、来年の飛躍をかける選手たちの戦いはまだまだ続きます。静岡県の伊東温泉競輪場では、12月5日に椿賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われました。S級S班の出場がなく、注目株である犬伏湧也選手(119期=徳島・28歳)は、体調不良のため2日目から欠場。結果として、やや手薄なメンバーによる戦いとなりましたね。

 初日特選は、山田久徳選手(93期=京都・36歳)が先頭を任された近畿勢が上位を独占。先日の競輪祭(GI)が本当に悔しい結果だった松井宏佑(113期=神奈川・31歳)選手は、後方7番手から捲るも不発で4着でした。しかし、続く二次予選では、内で詰まらされそうな苦しい態勢から巻き返して1着。準決勝では、番手捲りから抜け出そうとする坂本貴史選手(94期=青森・34歳)を力強く捉えて1着と、連勝で勝ち上がってきました。

 デキのよさが目立っていたのは九州勢で、伊藤旭選手(117期=熊本・23歳)は初日からオール1着で決勝戦に進出。林慶次郎選手(111期=福岡・26歳)は1着こそないものの、積極的なレースぶりやゴール前での粘りはなかなかのものでした。この2名は、二次予選と準決勝に続いて、決勝戦でも連係。林選手が前で伊藤選手が番手というこのコンビ、どちらも自力があるだけに強敵相手でも侮れません。

初日からオール1着で決勝戦に進出した伊藤旭選手(写真提供:チャリ・ロト)

 南関東勢は4名が決勝戦に進出し、ひとつのラインに結束。神奈川の3名が前から並ぶかと思われましたが、先頭が松井選手で番手が佐々木龍選手(109期=神奈川・33歳)、3番手が和田健太郎選手(87期=千葉・42歳)で4番手を固めるのが五十嵐力選手(87期=神奈川・44歳)という並びとなりました。ラインの総合力を高めるためとはいえ、3番手を同期の和田選手に譲った五十嵐選手に、人柄のよさを感じてしまいますね。

 2名が勝ち上がった関東勢は、吉澤純平選手(101期=茨城・38歳)が前で、武藤龍生選手(98期=埼玉・32歳)が番手という並び。吉澤選手もオール1着で勝ち上がりと好調モードですが、これは前が頑張ってくれた結果。自力勝負となった決勝戦でこの相手関係となると、立ち回りの巧さが求められてくる。南関東勢が強力なだけに、なかなか厳しい戦いとなりそうな印象です。

 単騎で勝負するのが渡部幸訓選手(89期=福島・40歳)で、こちらは九州勢か南関東勢の直後につけての一発狙いになりますかね。唯一の4車ラインで車番にも恵まれ、しかも松井選手が先頭を任された南関東勢。この牙城をいかに崩すかというのが、その他の5名が優勝争いに持ち込むための必要条件となります。それでは、ここからは決勝戦のレース回顧に入っていきましょう。

 レース開始を告げる号砲が鳴って、スタートを取るべく飛び出していったのは、1番車の松井選手と3番車の伊藤選手、7番車の武藤選手の3名。ここは車番的に有利な松井選手が前を取りきって、南関東勢の前受けが決まります。中団5番手が九州勢の先頭である林選手で、単騎の渡部選手が7番手。そして後方8番手に吉澤選手というのが、初手の並び。おおむねレース前の想定通りでしょうかね。

 後方に位置する吉澤選手が動き出したのは、青板(残り3周)周回に入る直前。ゆっくりとポジションを押し上げて、先頭誘導員が離れる青板周回のバックで、先頭の松井選手に並びかけます。しかし、前受けを選んだ松井選手はまったく譲る気なし。誘導が離れると同時に前へと踏んで、先頭のポジションをキープ。出切れなかった吉澤選手は引いてポジションを下げつつ、赤板(残り2周)のホームに帰ってきます。

赤板(残り2周)の様子(写真提供:チャリ・ロト)

 ここで動いたのが九州勢と、その後ろに切り替えていた渡部選手。ホーム手前から一気に加速して、打鐘前のバックストレッチに入ったところで、関東ライン2番手の佐々木選手の外まで並びかけます。だが、松井選手もここは譲れないところ。強引に前を叩きにいった林選手をねじ伏せて、先頭のままで打鐘を迎えます。ここで林選手は力尽きて、早々と離脱。外で浮いた伊藤選手は、ひとまず南関東勢の後ろにつけました。

 林選手の敗色濃厚とみた渡部選手は、自転車をスッと下げて関東勢の後ろにシフト。そして最終ホームに帰ってきたところで、後方の吉澤選手が外から再びポジションを押し上げて、南関東勢の直後まで浮上します。最終1センター手前で、もう脚に余裕がない伊藤選手の前に入り込んで5番手に。バックストレッチに入ったところで仕掛けて捲りにいきますが、道中で脚を使っているのもあって、前との差が詰まりません。

 松井選手の逃げがかかっているのもあって、中団から捲った吉澤選手は、最終バックでも五十嵐選手の外に並ぶのが精一杯。こうなると、レースは完全に南関東勢のものです。隊列に大きな変化がないままで最終2センターを回って、最後の直線に向く手前で、佐々木選手は自転車を少し外に出して前を差しにいく態勢に。空いたインに和田選手が突っ込み、その直後では五十嵐選手と吉澤選手が併走状態です。

 先頭の松井選手が少し抜け出したままで、最後の直線に突入。内を突いた和田選手が佐々木選手に並びかけ、そこから出させまいと佐々木選手がブロックしますが、それを跳ね返して和田選手が進路を確保しました。直線なかばで和田選手と佐々木選手が松井選手に詰め寄りますが、松井選手も必死の粘りを発揮。しかし、ゴール直前で鋭く伸びた和田選手が松井選手をわずかに捉えて、先頭でゴールラインを駆け抜けました。

ゴール直前で鋭く伸びた和田選手が先頭でゴールラインを駆け抜けた(写真提供:チャリ・ロト)

 2着は逃げ粘った松井選手で、3着が佐々木選手と、南関東勢が上位を独占。KEIRINグランプリの覇者でもある和田選手ですが、GIII優勝は意外に少なく、これが通算4回目です。レース後のインタビューで和田選手が語っていたように、前受けからの全ツッパで最後まで粘った、松井選手の貢献が本当に大きい優勝。五十嵐選手がライン3番手を譲ってくれたのも、かなり効きましたよね。

悔しさこそが選手の成長に欠かせない“燃料”

 強い内容で2着に粘った松井選手については、先日の競輪祭とはまた違った悔しさがあったかもしれません。同じ南関東の“仲間”とはいえ、自分が優勝できないのであれば、ここは同県の佐々木選手か五十嵐選手に勝ってほしかったはず。そういう意味では、3着の佐々木選手の走りに、ちょっともの足りなさを感じました。和田選手に「力負け」だったのは事実ですが、それでもあそこは内から出させないようにしないとダメですよ。

 とはいえ、こういった悔しさこそが選手の成長に欠かせない“燃料”で、これを心のガソリンにして燃やし続けられる選手だけが、ビッグの栄冠をつかむことができるのです。あとは、今日のようないい走りを、コンスタントに続けることができるかどうかも課題。調子がいいときと悪いときの「ムラ」をもう少し減らすことができれば、松井選手はもっと伸びますよ。世界を目指した脚の持ち主なのですから。

 松井選手もそうですが、今年は各地区の自力選手がめざましい成長をみせて、おおいに存在感を発揮していた。しかし、「調子が悪いときにどうするか」という課題をクリアできている選手は、まだそれほど多くないですよね。例えば新山響平選手(107期=青森・30歳)も、調子がいいときは手がつけられないほど強いですが、デキがイマイチだとコロッと負けてしまう。その差が、ちょっと大きすぎます。

 超一流の自力選手は、調子が悪いときであっても「悪いなりにどうするか」を考えて、一定以上のパフォーマンスを安定して発揮できるようにしています。脇本雄太選手(94期=福井・34歳)にしても、負けパターンにハマって敗れることはあっても、デキが理由で大敗はしませんよね。そういう点では、眞杉匠選手(113期=栃木・24歳)は若手のなかでも一歩リードしている印象。だからこそ、彼は二度もビッグを勝てたんですよ。

 競輪という競技がもっと盛り上がるために、自力選手の成長は欠かせません。そういう意味では、今年は収穫が多い1年だったと思います。それでも…贅沢をいうようですが、各地区の看板を張れるような若手の自力選手が、もっともっと出てきてほしい。マーク屋がみせる熟練の技も見逃せませんが、初心者でもわかりやすい「盛り上がるレース」というのはやはり、自力選手同士の真っ向勝負でしょうから。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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