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山田裕仁のスゴいレース回顧

【ちぎり賞争奪戦 回顧】町田太我の逃げから感じた勇気と覚悟

2023/10/02 (月) 18:00 40

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが豊橋競輪場で開催された「開設74周年記念 ちぎり賞争奪戦」を振り返ります。

(写真提供:チャリ・ロト)

2023年10月1日(日)豊橋12R 開設74周年記念 ちぎり賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①松本貴治(111期=愛媛・29歳)
②新山響平(107期=青森・29歳)
③荒井崇博(82期=長崎・45歳)
④山田雄大(117期=埼玉・23歳)
⑤稲川翔(90期=大阪・38歳)
⑥岡本総(105期=愛知・36歳)
⑦香川雄介(76期=香川・49歳)
⑧川口聖二(103期=岐阜・29歳)

⑨町田太我(117期=広島・23歳)

【初手・並び】

←⑨①⑦(中四国)②⑤(混成)③(単騎)④(単騎)⑧⑥(中部)

【結果】

1着 ⑨町田太我
2着 ⑤稲川翔
3着 ③荒井崇博

※2位で入線した①松本貴治選手は失格となりました

ビッグネームの行く手を阻んだ中四国勢

 10月1日には愛知県の豊橋競輪場で、ちぎり賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。先週の松阪に続いて今回も中部地区での記念開催で、S級S班からは佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)と新山響平選手(107期=青森・29歳)が出場。また、先日の共同通信社杯(GII)を制したばかりの深谷知広選手(96期=静岡・33歳)も登場と、なかなか面白そうなシリーズとなりました。

 しかし、佐藤選手と深谷選手はいずれも準決勝で敗退。佐藤選手が惜敗したレースで1着をとったのは、自力勝負で後方から捲りきった松本貴治選手(111期=愛媛・29歳)でした。そして深谷選手を退けたのは、ここも積極的な先行をみせた町田太我選手(117期=広島・23歳)と、その番手から力強く抜け出した香川雄介選手(76期=香川・49歳)。ビッグネーム2名の行く手を阻んだ中四国勢に、勢いを感じましたね。

 上記の3名が決勝戦に勝ち上がった中四国勢は、先頭が町田選手で番手に松本選手。そしてライン3番手を香川選手が固めるという布陣。この層の厚さは大きな魅力で、先頭を任された町田選手のデキが非常にいいのも強みですよね。それに、相手が2車ラインと単騎なので、“数の利”を生かして戦うこともできる。以上の理由から、優勝争いができる可能性は、かなり高いとみていました。

展開は読みやすいが混戦模様であるのは間違いない一戦

 機動力上位である新山選手は、稲川翔選手(90期=大阪・38歳)との即席コンビを結成。強力なマーク選手が後ろについてくれたことで、新山選手も戦いやすくなったことでしょう。とはいえ他地区との連係ですから、積極的に主導権を奪いにくるのではなく、中団〜後方から捲る「自分が優勝できる」プランで挑んでくる公算が高いですよね。唯一のS級S班でもあり、ここで不甲斐ないレースはできません。

 2名が勝ち上がった中部勢は、川口聖二選手(103期=岐阜・29歳)が前で、ここ豊橋がホームバンクである岡本総選手(105期=愛知・36歳)が後ろという並び。準決勝で接戦をモノにして1着をとったように、川口選手もデキのよさが目立っていましたね。気持ちの入ったレースが期待できそうですが、車番に恵まれなかったうえに機動力勝負でも分が悪いとなると、戦い方がなかなか難しいところです。

デキのよさが目立っていた川口選手(写真提供:チャリ・ロト)

 単騎を選択したのが荒井崇博選手(82期=長崎・45歳)と山田雄大選手(117期=埼玉・23歳)の2名で、このメンバー構成ならば、展開をついて上位争いに持ち込むことが可能なはず。主導権を奪いそうな中四国ラインか、新山選手が先頭の混成ラインの後ろにつけて、一発を狙いたいですね。展開読みは難しくありませんが、それでも混戦模様であるのは間違いなし。では、レース回顧といきましょう。

 スタートの号砲が鳴って、外から6番車の岡本選手がダッシュよく飛び出しますが、やはり有利なのは内の車番。スタートを取りきったのは1番車の松本選手で、これで中四国勢の前受けが決まります。その直後の4番手には荒井選手がつけていましたが、内から自転車を下げて、後ろにいた新山選手にポジションを譲りました。新山選手が4番手、荒井選手が6番手で、7番手は単騎の山田選手です。

 そして最後方に中部勢というのが、初手の並び。先行へのこだわりが強い町田選手が先頭ですから、簡単には前を斬れないでしょうね。ならば、川口選手はどうするのか。レースが動き出したのは青板(残り3周)周回の後半で、後方の川口選手は「まずは様子見」といったスピードで、外からポジションを押し上げていきました。しかし、町田選手は迷わず突っ張って、先頭を主張します。

 それを察知した川口選手は無理に前を斬りにはいかず、今度は新山選手の前に入り込もうとしますが、新山選手はすかさず車間を詰めて4番手をキープ。しかし、川口選手はポジションを下げず、赤板後の1センターを回ったところで、新山選手の外を併走するカタチとなります。稲川選手の後ろにいた荒井選手が少し外に出したところで、山田選手がその内にスッと潜りこみ、荒井選手がいたポジションを奪取しました。

 荒井選手は中部ラインの後ろにつけるカタチとなり、打鐘前に9車はギュッと凝縮した一団に。内にいる新山選手は、動きたくとも動けません。そしてレースは打鐘を迎えて、先頭の町田選手はここから加速を開始。川口選手の番手にいた岡本選手は、打鐘後の2センターで稲川選手の後ろに潜りこみます。中団4番手に新山選手で、その外に川口選手。単騎の荒井選手が8番手、山田選手が9番手という隊列で、最終ホームに帰ってきます。

 そして、最終1センター過ぎから前を捲りにいった新山選手。それを待ち構えていたのが、町田選手の番手を追走していた松本選手です。前との車間をきりながら何度も振り返り、最終バックの手前で新山選手が外から並びかけてきたタイミングで、進路を大きく外に振ってブロック。新山選手は松本選手と一緒に、イエローラインの外まで吹っ飛ばされてしまいました。

 新山選手は、このブロックで完全に勢いを削がれて失速。松本選手は再び内に戻ってきて、前をいく町田選手を追います。その内にいるのは香川選手と、稲川選手の後ろから切り替えていた岡本選手。新山選手マークの稲川選手は、ここで松井選手の後ろに切り替えました。先頭をひた走る町田選手の脚色は最終2センターでも衰えず、その直後では香川選手と松本選手が内外併走。最後方から内をスルスルと抜けてきた山田選手も、前が射程圏に入っています。

 最後の直線に入る手前で、岡本選手は力尽きて失速。そして最後の直線、先頭の町田選手が必死で粘るところに、外から差しにいった松本選手が襲いかかります。その外から勢いよく伸びてきたのが稲川選手で、最終2センターで稲川選手の後ろにつけていた荒井選手も、そのスピードをもらってグングンと伸びてきました。その後ろには、内からジリジリと伸びる香川選手や、最後方からよく差を詰めた山田選手がいます。

4車がほぼ横並びの中、ほんの少しだけ前に出ていたのは町田選手だった(写真提供:チャリ・ロト)

 大混戦となったゴール直前では、4車がほぼ横並びに。ゴールラインでほんの少しだけ前に出ていたのは、主導権を奪って逃げた町田選手でした。それに僅差で続いたのが松本選手、稲川選手、荒井選手でしたが、ゴール後に赤旗が上がって審議に。その対象は2位で入線した松本選手で、新山選手に対する過剰な斜行でのブロックが反則とみなされ、失格と判定されました。

 これにより着順が繰り上がって、2着が稲川選手、3着が荒井選手で確定。3連単配当が208,270円という、大波乱決着です。町田選手は、2021年の松山GIII以来となる通算2回目のグレードレース制覇。デビュー当初から大器の片鱗を感じていた選手ながら、最近は少し伸び悩んでいる印象だったんですよね。2周先行で逃げ切ったのは文句なしの強さで、この結果に町田選手も自信を深めることでしょう。

プレッシャーに打ち克った突っ張り先行で最高の結果を出した町田選手

 というのも、この決勝戦のメンバーや初手の並びで「突っ張る」のは、かなりの勇気がいるんですよ。後ろ攻めの川口選手を突っ張れば、その次にくるのはS級S班の新山選手。その仕掛けを受け止めきる“覚悟”が必要なわけで、自分の後ろに松本選手や香川選手がついてくれているとはいえ、プレッシャーは並大抵なものではない。それに打ち克った突っ張り先行で最高の結果を出したのですから、そりゃあ褒めますよ。

 松本選手のブロックに助けられた側面があるとはいえ、これくらいはやれておかしくない素質を持っている選手。経験を積んでレースも少しずつ上達してきましたが、自分が逃げるカタチに持ち込むパターンはもっと持っておくべきです。そこに幅をもたせることができれば、23歳と若い町田選手はまだまだ強くなる。目指すは「先行日本一」でしょうから、今後もさらなる切磋琢磨を期待します。

 失格となった松本選手は、番手の仕事をしようとする意識がちょっと強すぎましたね。肩で引っかけて止めにいくつもりが、進路が大きくふくらんでしまった。このブロックで勢いを大きく削がれた新山選手の大敗は致し方なしで、その番手から臨機応変の立ち回りで2着に食い込んできた稲川選手もお見事。最後の伸び脚が目立った3着の荒井選手も、単騎ながらしっかりと存在感を発揮しましたね。

臨機応変の立ち回りで2着に食い込んだ稲川選手(写真提供:チャリ・ロト)

 残念ながら歯が立たなかった中部勢については、車番に恵まれず、初手での位置取りが思うようにいかなかったのがやはり大きい。厳しい戦いになりそうだ…とは想定していたはずで、そのうえで「やるべきことはやった」といえる結果ですから、やむなしですよ。力強い逃げで優勝をつかみ取った、勝者を素直に称えるのみです。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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