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伏見俊昭のいつだってフロンティア!

【伏見俊昭と特別指導訓練】たくあんを食べる音さえ許されないお寺の生活、そして忘れられないカレー味のほうじ茶…

2023/09/04 (月) 18:00 76

 netkeirinをご覧の皆さま、こんにちは。伏見俊昭です。
 競輪選手には、違反点数累積で「特別指導訓練」、通称「お寺」があります。先日5泊6日でこの“お寺”に行ってきたので、今回はそのお話しをしようと思います。

伏見俊昭(撮影:北山宏一)

「お寺」という名の「特別指導訓練」

 競輪選手には「お寺」と呼ばれる、特別指導訓練があります。お寺というのは通称で、「黄檗山」って呼ぶ選手も多いです。ボクも8月22日〜27日までの5泊6日に京都府宇治市にある、黄檗山萬福寺に行ってきました。

2022年競輪祭で重注がついた(photo by Shimajoe)

 今回の「お寺行き」は、2022年11月の「競輪祭(GI)」の初日に、スタートけん制で重大走行注意(重注)がつきました。そして、翌日の2日目もスタートけん制になってしまいました。結構長いスタートけん制で、『もしかして重注が2つかな』とゴールしたときに頭をよぎりましたが、確定がでるまではなんとか1つであってほしいと願うばかり。でも悪い予感は的中し、2つに。重注は一周ごとにつきます。スタートけん制の重注は1ヶ月に3回つくとお寺行きなので、この時点でお寺行き確定でした…。

 ちなみに再発走は一発でお寺行きです。これは発走時間が遅れることによって、大きな額の損失が出てしまい、施行者さんにとっては痛手です。またファンの方にも迷惑、という理由だそうです。昔はなかったルールですけど、多分、コロナ禍直前くらいにできたんだと思います。

競輪選手にとってレースはスタートからの駆け引き

 2年前の「寛仁親王牌(GI)」の初日1Rでは、再発走になりました。2020年12月の佐世保記念の二次予選でも再発走。「再発走になるときって、いつも伏見さんがいますね」って言われました(笑)。
 再発走になると全員が開催指導員室に呼ばれて、どういう理由で再発走になったのか、という弁明書を書きます。前述の2020年のとき、村上義弘さんは「藤井栄二がいて、作戦会議で前を取りたくないって言われたから出なかった」の一言でしたね。

村上義弘さんはたった一言の弁明だった(photo by Shimajoe)

 選手にとってレースは、スタートから駆け引きです。ラインの自力選手から「前を取りたくない」と言われれば、スタートを我慢しなくちゃならない。そこで「今月、重注2個あるから(けん制になったら)悪いけど出るよ」っていう人もいれば、勝負だからお寺行き覚悟で出ないっていう人もいますね。僕はSSとか点数上位の人がけん制したときは、前で受けてほしいと思っています。自分が自力で点数を持っていた時はそうしていましたし、暗黙の了解ですね。

朝5時半の座禅から入るお寺生活

京都府宇治市にある黄檗山萬福寺

 ボクのお寺行きは今回で6回目。コロナ禍の時は違反訓練もリモートでしたが、お寺も復活し、今回は今年2回目の実施でした。参加したのは男子4人、女子4人の合計8人。自分がデビューして初めてお寺行った時は7、80人いたから今回は少ないな、という印象ですね。

 お寺での生活は、朝は午前5時起床。
 普段、携帯を目覚まし時計代わりにしていることが多いのですが、訓練中は携帯を預けます。今回うっかり目覚まし時計だけでなく、腕時計すらも持っていくのを忘れてしまい…。『これは朝、起きられないなぁ』と困っていたら、指導員さんが100均で目覚まし時計を買ってきてくれたので、とても助かりました。他の人はちゃんと腕時計で時間をしっかり確認しながら生活していましたよ。

訓練中は何度も唱えたお経(写真提供:伏見俊昭選手)

 起床後は身支度をして5時30分から朝の座禅。
 開始10分くらい前に会議室に集合して、そこから全員で座禅道場に移動します。座禅にはお坊さんが2人立ち合い、一人は萬福寺の本家の息子さんで、もう一人は他のお寺から修行に来ている方でした。お坊さんが木魚を1回叩くと座禅準備、そこから足を組んで、胡坐をかいて座禅開始です。本当は甲を両方上げて脚を組むのですが、競輪選手は脚が太いので片方しかできません。両脚でやったら2分ともたないです(笑)。

 6時10分くらいまでの40分間、4人4人に分かれて向かい合います。そこで動いたりすると「警策」(けいさく・きょうさく)という棒で、お坊さんに肩を叩かれます。今回は20分くらいで1回、休憩を入れてくれました。脚をくずして3分くらい休んで残りの20分といった流れです。

たくあんを食べる音さえもNGな食事中の規則

 朝の座禅が終了すると6時10分から約30分間の「作務」と呼ばれる、掃除をします。
 お坊さんから「きょうは2階のトイレ」と指定された場所を掃除します。毎日、場所は変わりましたね。

 そのあと7時から朝食です。座禅同様、少し前に会議室に集合し、そこから食堂へ全員で向かいます。食堂の前に2列で待っていると、お坊さんが鐘をカンカンカンと鳴らします。その合図で2列のまま入室。テーブルにはご飯がもう準備してあるのですが、すぐには食べず、まずは教本を見ながらお経を唱えます。それが終わってから「いただきます」と合掌し、やっと食事開始です。

 お寺での食事はすべて、精進料理で、肉や魚は一切なしです。
 朝食のメニューは「お粥と漬物3種」のみ。漬物はたくあん2切れ、梅干し1つ、茶色い蕗が少々。競輪選手にとってはとても足りるような量ではありません。お粥はお替りがあるのですが、漬物はこれのみ。それもたくあんは1切れ残しておかないといけないんです。それは「洗鉢」(せんぱつ)のため。その一切れのたくあんでお粥のどんぶりと漬物のお皿を洗います。食事の最後にお茶が回ってくるので、それをまずはどんぶりに入れ、たくあんでぬぐいます。そのお茶を今度は漬物皿に入れ、同様にぬぐいます。最後はたくあんを食べてそのお茶を飲みます。一昔前はそのままのどんぶり、お皿を毎日使っていましたが、今回は厨房で洗うことができました。

 そういえば昔、替えの割りばしを持っていったら怒られましたね。

 食事中も気は抜けません。物音を立てることは許されないんです。イスを引いたり、座ったりするときに、音を立ててはいけないのはもちろんですけど、たくあんを食べる時もポリポリしたらダメなんですよ。これがなかなか難しいです(笑)。

当たり前のことに気付かされたお坊さんのありがたい言葉

 8時30分からは講和の時間。お坊さんや選手会の人の話を1時間くらい聞きます。印象に残ったのは、ありきたりではあるけど「すべてのことに感謝しなさい」というお話。水道をひねると水が出る、ふとんがあってそこで寝ることができる、とか。お坊さんに言われると深みも増します。その後はまた作務で庭の草取りなどをします。

なかなかイケた、カレー味のほうじちゃ

 12時からは昼食です。メニューは麦飯1杯、お味噌汁1杯、おかず1品と漬物。切り干し大根とかひじき煮などが山盛り。お粥はお替りする人はほとんどいないけど、麦飯になると、男子はしないけどなぜかガールズはお替りしていましたね。洗鉢は朝食と同じで、たくあんは一切れ残しておきます。

 13時30分からは歩行訓練といって散歩のようなものに出かけます。広い黄檗山の本山をいろいろ見学させてもらいました。1時間くらいの歩行訓練の後は、お寺の階段で走ったり、ちょっとした筋トレをしたりしていました。その後は交代で入浴して汗を流します。

筋トレや走ったりした寺の階段(イメージ)

 夕食は18時30分から。朝と昼は食前にお経を唱えますが、夜はそれがありません。麦飯1杯、味噌汁1杯、おかず1品、漬物です。なぜか、1日だけカレーが出た日がありました。もちろん、お肉は入っていません。具は人参、じゃがいもだけだったけど、それでもありがたかったです。この日はみんな、ガンガンにお替りしていましたね。

 でも、そこで待っているのが、毎食の洗鉢(笑)。お坊さんが、「カレーの後の洗鉢は、洗いづらいから気をつけてください」って言っていましたが、確かに全然ルーが落ちない。最後はカレー味のほうじ茶を飲むことになるんですが、それはけっこうイケましたよ(笑)。

 夜も座禅があります。19時から10時まで1時間、途中休憩30分で1度休憩が入って、また30分。午後7時だと薄暗くて、道場内は電気も消すので扇風機の音だけが聞こえるシーンとした空間でした。

 消灯は21時。これの繰り返しです。

雑魚寝から個室へ

ぜひ皆さんも行ってみてください(写真提供:秋田麻子)

 今回、一番良かったのは寝室が個室だったこと。3畳くらいで壁が薄く、隣の部屋の音も聞こえましたが、エアコンもあって快適でした。一昔前は座禅道場で80人以上で雑魚寝でしたから、夏は暑いし、蚊は飛んでいるし、他人のいびきとか寝言とかうるさかったんです。それと比べたら快適そのものです。

 1日のタイムスケジュールお話ししましたが、基本はヒマです。携帯はないし、雑誌等もないので、することがありません。一応、ロビーに新聞があるんですが、普段読まないようなところまで読みつくしてしまうほど。あとはひたすら寝ていました。昼寝をすると夜、眠れないっていう人もいるけど僕は眠れる派。このコラムで大谷翔平選手は10時間以上寝るっていう話もしましたが、今回はチャンスだと思って、ひたすら寝てみました。

 今は黄檗山の訓練だけだけど、昔は他のお寺でもやっていた、と指導員さんから聞きました。でも他はあまりにも厳しすぎて、黄檗山に落ち着いたとか。それでも十分、厳しいですけどね。受講料は5泊6日で6万円。もちろん自腹です。

 この金額を払えば誰でも受講できるそうですので、このコラムを読んで興味を持った方はぜひ行ってみてください(笑)。


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伏見俊昭

フシミトシアキ

福島県出身。1995年4月にデビュー。 デビューした翌年にA級9連勝し、1年でトップクラスのS級1班へ昇格を果たした。 2001年にふるさとダービー(GII)優勝を皮切りに、オールスター競輪・KEIRINグランプリ01‘を優勝し年間賞金王に輝く。2007年にもKEIRINグランプリ07‘を優勝し、2度目の賞金王に輝くなど、競輪業界を代表する選手として活躍し続けている。 自転車競技ではナショナルチームのメンバーとして、アジア選手権・世界選手権で数々のタイトルを獲得し、2004年アテネオリンピック「チームスプリント」で銀メダルを獲得。2008年北京オリンピックも自転車競技「ケイリン」代表として出場。今でもアテネオリンピックの奇跡は競輪の歴史に燦然と名を刻んでいる。

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