2023/08/21 (月) 18:00 123
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが西武園競輪場で開催された「オールスター競輪」を振り返ります。
2023年8月20日(日)西武園11R 第66回オールスター競輪(GI・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①平原康多(87期=埼玉・41歳)
②犬伏湧也(119期=徳島・28歳)
③山田庸平(94期=佐賀・35歳)
④吉田拓矢(107期=茨城・28歳)
⑤古性優作(100期=大阪・32歳)
⑥武藤龍生(98期=埼玉・32歳)
⑦清水裕友(105期=山口・28歳)
⑧松本貴治(111期=愛媛・29歳)
【初手・並び】
←④⑨①⑥(関東)⑤(単騎)⑦③(混成)②⑧(四国)
【結果】
1着 ⑨眞杉匠2着 ⑤古性優作3着 ⑥武藤龍生
例年にもまして熾烈なバトルの連続となった、今年のオールスター競輪(GI)。8月20日には、その決勝戦が行われました。舞台は昨年と同じく、埼玉県の西武園競輪場。9名全員が出場したS級S班が、決勝戦には2名しか勝ち上がれなかった…という事実が、いかに激しい戦いの連続だったかを物語っています。波乱決着となったレースが非常に多く、車券的にもかなり「手強い」シリーズだったといえるでしょう。
サバイバル戦の様相をなした要因に、4日目のシャイニングスター賞における大量落車事故があります。脇本雄太選手(94期=福井・34歳)、松浦悠士選手(98期=広島・32歳)、新田祐大選手(90期=福島・37歳)、古性優作選手(100期=大阪・32歳)、山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)の5名が落車し、脇本選手と松浦選手は負傷により欠場に。いずれも、肩甲骨の骨折などで全治1カ月と診断されました。
平原康多選手(87期=埼玉・41歳)の動きに起因する事故で、失格とならなかったことで物議を醸すことにもなりましたが…この件はなかなかに難しい。セーフという意見とアウトという意見の両方が出てきて当然で、そのどちらも間違ってはいないというか。
話し始めると長くなりそうなので、「判定はセーフでしたが、もし失格だったとしても平原選手は何の文句もなかったと思いますよ」という、個人的見解を述べるにとどめておきましょう。そもそも、なぜあそこで内に入ったのかという、技術的な話でもあるんですよね。それよりも、大きな怪我を抱えた脇本選手と松浦選手の「今後」のほうが気がかりです。
さて、そろそろ決勝戦の話に入りましょうか。最多となる4名が勝ち上がったのが関東勢で、ここは1つのラインにまとまって勝負。その先頭を買って出たのが吉田拓矢選手(107期=茨城・28歳)で、その番手を眞杉匠選手(113期=栃木・24歳)が回るという意外な並びとなりました。3番手は地元の平原選手で、4番手も同じく地元の武藤龍生選手(98期=埼玉・32歳)が固めます。
中四国は3名が勝ち上がりましたが、清水裕友選手(105期=山口・28歳)は四国勢とは別線で戦うことを選択。その番手に山田庸平選手(94期=佐賀・35歳)がついて、即席コンビを結成します。2車ラインとなった中国勢は、3連勝中の犬伏湧也選手(119期=徳島・28歳)が先頭。このシリーズでも、その卓越したスピードを見せつけていましたね。番手を回るのは松本貴治選手(111期=愛媛・29歳)です。
そして、唯一の単騎が古性選手。自力があるのはもちろん、レースの流れを読む能力や高い技術も兼ね備えており、単騎でも好勝負できる力があるのは言うまでもありません。とはいえ今回は、前述の大量落車で身体に大きなダメージを抱えており、万全のデキにはほど遠いはず。そんな状態で、3着に敗れたとはいえ準決勝では10秒7の上がりを出すんですから…とんでもないですよね。
関東勢の「二段駆け」が大アリなのは、吉田選手のレース前コメントからも明白。関東勢にすんなり主導権を奪わせず、いかにその力を削ぐ展開をつくるかが、他のラインが優勝者を出すための至上命題となります。関東勢を捌いて分断するような展開は、平原選手が1番車となるとなかなか作りづらい。400mバンクにしてはかなり先行有利という西武園の特性も、関東勢に味方します。
それでは、決勝戦の回顧といきましょう。スタートの号砲が鳴ると同時に自転車を出していったのは、6番車の武藤選手と1番車の平原選手。想定通りの動きで、この時点で関東勢の前受けが決まりました。その直後の5番手につけたのは、単騎の古性選手。中団にこだわる動きをみせた清水選手が6番手で、犬伏選手は後方8番手から。犬伏選手が初手でこの位置となると、レースが動き出すのは遅くなりそうです。
初手の位置取りが決まってからは淡々とレースが進み、青板(残り3周)周回のバックを過ぎても、犬伏選手は動く気配なし。赤板(残り2周)のホームに戻ってくる手前で、ようやく後方から追い上げようと動き出します。しかし、先頭誘導員との車間をきって待ち構えていた吉田選手が、振り返ってその気配を察知。赤板のホームを通過する手前から一気に加速し、ほぼ全力モードで突っ張り先行の態勢に入ります。
それをみた犬伏選手は、無理せず自転車を下げて再び後方に。吉田選手はその後もガンガン飛ばして、一列棒状でレースは打鐘を迎えます。後方に下げた犬伏選手は、前から大きく離れたポジションに。吉田選手が引っ張るスピードについていけないのか、松本選手は犬伏選手との連係を外して、さらに大きく離れてしまっています。打鐘後の2センターを回って、集団は最終ホームに戻ってきました。
ここで動いたのが、6番手にいた清水選手。関東の二段駆けが成功する「前」に叩きにいくという、清水選手らしいアグレッシブな仕掛けでしたね。スピードに乗った捲りで、最終1センターで平原選手の外に並ぶところまで差を詰めます。しかし、それを察知した眞杉選手が、ここで早々と番手捲り。清水選手は内にいる平原選手のブロックを受けながら、2番手の外を併走しています。
清水選手の番手を走る山田選手は、内の武藤選手からブロックされつつ追走。関東勢と清水選手、山田選手が激しくぶつかり合いながら、バックストレッチに入ります。その直後で、じっと様子をうかがっているのが古性選手。そこから少し遅れて、前との差を詰めてきた犬伏選手という隊列です。眞杉選手にバトンを手渡した吉田選手は、急激に失速して最後方まで下がっています。
番手から捲った眞杉選手が少し抜け出し、その後ろで内の平原選手と外の清水選手が絡んだままで最終バックを通過。ここで古性選手が、武藤選手と山田選手の外に出して前を捲りにいきました。さらにその外から犬伏選手も必死に前を追いますが、残念ながら追撃はここまで。古性選手の動きで大きく外を回らされたところで、勢いがなくなってしまいましたね。
その間に完全に抜け出したのが、先頭の眞杉選手。平原選手と清水選手が絡み続けているのもあって、差が開いています。その外から武藤選手や山田選手が前を追いますが、ここからグンと伸びてくるような気配はありません。ここで好判断をみせたのが古性選手で、いったんは捲りにいこうと外に出すも、内が空いたのに気付いて一気に最内まで移動。武藤選手の内に潜りこんで、最終2センターを回りました。
そして向いた最後の直線。セイフティリードを築いている眞杉選手の脚色は、直線に入ってからも鈍りません。長く続いた清水選手と平原選手のバトルは清水選手が勝利しますが、ここから前との差を詰められるような余力はありませんでしたね。内を突いた古性選手は、直線に入る手前で武藤選手の内をこじ開けて進路を確保すると、清水選手の外からいい伸びをみせます。
しかし、眞杉選手が築いたセイフティリードは、ゴールラインを駆け抜ける瞬間まで詰まることはありませんでした。後続に3車身差をつける完勝で、特別競輪初優勝を達成。栃木勢として神山雄一郎選手(61期=栃木・55歳)が持つ記録を抜く、最年少のタイトルホルダーです。吉田選手が「ラインから優勝者を出す走り」に徹したとはいえ、あの厳しい流れを番手捲りから押し切るのは、イメージ以上にキツいですからね。タイトルホルダーにふさわしい、じつに力強い走りだったと思います。
2着に、相変わらずの巧みな立ち回りをみせた古性選手。いい内容ではありましたが、眞杉選手に大きく離されての2着とあっては、悔しさよりも勝者を称える気持ちのほうが強いのではないでしょうか。落車のダメージが残る身体でこの結果を出せるのですから、言うまでもなく強い。S級S班として、そして競輪界を牽引する立場としての「意地」も感じられた走りでした。
3着の武藤選手は、平原選手と清水選手が絡み続ける展開もあっての結果とはいえ、勝ち上がりの過程でもみせていたデキのよさも好走の要因でしょう。4着の清水選手も、関東勢の好きなようにはさせないという“気持ち”の入った走りをみせてくれました。二段駆けの前に眞杉選手に並ぶところまでいきたかった…という悔しさはあるでしょうが、この条件下における最善の走りができていたと思います。
犬伏選手については、初手で清水選手に中団を取られたことが、最後まで足を引っ張りましたね。清水選手が最初に動く並びならば、今回とは大きく異なる展開になっていた可能性は十分。そこで後手を踏み、後方のままで見せ場なく終わってしまったのは残念です。犬伏選手の卓越したスピードがあれば、ほかの選択肢も取れたでしょうからね。
最後に、「暴走による失格」となった吉田選手について。男気あふれる走りだったのは間違いありませんが、競輪にルールが存在する以上、それに抵触するような走りをしていいはずがありません。吉田選手に願いを託して車券を買ってくれたファンがいることを考えれば、なおさらです。あれがなければ、眞杉選手の初タイトル奪取を、もっと多くの人が素直に祝福できたはず。この件については、辛口にならざるをえません。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。