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山田裕仁のスゴいレース回顧

【燦燦ダイヤモンド滝澤正光杯 回顧】大事なのは“考える”こと

2023/08/30 (水) 18:00 51

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが松戸競輪場で開催された「燦燦ダイヤモンド滝澤正光杯(GIII)」を振り返ります。

燦燦ダイヤモンド滝澤正光杯(GIII)最終ホーム、川越勇星(緑・6番)が果敢な先行を見せる(写真提供:チャリ・ロト)

2023年8月29日(火)松戸11R 開設73周年記念 燦燦ダイヤモンド滝澤正光杯(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①和田健太郎(87期=千葉・42歳)
②小川勇介(90期=福岡・38歳)
③諸橋愛(79期=新潟・46歳)
④岩本俊介(94期=千葉・39歳)
⑤平原康多(87期=埼玉・41歳)
⑥川越勇星(111期=神奈川・26歳)
⑦大森慶一(88期=北海道・41歳)
⑧岩谷拓磨(115期=福岡・26歳)
⑨深谷知広(96期=静岡・33歳)

【初手・並び】
←⑥⑨⑦(混成)⑤③(関東)④①(南関東)⑧②(九州)

【結果】
1着 ⑨深谷知広
2着 ⑦大森慶一
3着 ⑤平原康多

落車の影響が残る走りだったS班の平原と郡司

 8月29日には千葉県の松戸競輪場で、燦燦ダイヤモンド滝澤正光杯(GIII)の決勝戦が行われています。西武園・オールスター競輪(GI)の直後なのもあってか、ここに出場していたS級S班は、平原康多選手(87期=埼玉・41歳)と郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)の2名。しかも、平原選手は落車のダメージからの回復が遅れており、郡司選手もオールスター競輪で落車しています。

 となれば、気になるのがこの両者のデキがどうなのか。平原選手はまだまだ本調子とはいきませんが、無事に決勝戦へと駒を進めたように、少しずつ調子を戻してきている印象でしたね。そして郡司選手は、二次予選こそ強い内容で1着をとるも、期待された準決勝で7着に大敗。落車したのはつい先日のことですから、身体や自転車にまだ影響が残っている状況なのでしょう。

手探り状態で走る平原だが決勝まで勝ち上がった(写真提供:チャリ・ロト)

 初日特選を走っていた組で決勝戦に勝ち上がったのは、郡司選手の番手から抜け出して1着をとった深谷知広選手(96期=静岡・33歳)と、ここ松戸がホームバンクである和田健太郎(87期=千葉・42歳)、そして平原選手の3名だけ。勝ち上がりの過程で強さをみせていたのは、岩谷拓磨選手(115期=福岡・26歳)や岩本俊介選手(94期=千葉・39歳)、大森慶一選手(88期=北海道・41歳)など、デキのいい選手たちでした。

 4名が勝ち上がった南関東勢は、地元である千葉勢とそれ以外で別線に。まずは千葉勢ですが、こちらは3連勝で勝ち上がった岩本選手が先頭です。調子のよさが目立っていた選手のひとりで、準決勝では深谷選手を番手から差し切って快勝。そんな岩本選手の番手を回るのは和田選手で、準決勝ではいかにも地元記念という闘志あふれる走りをみせていました。

 もうひとつの南関東勢は、これが初のGIII決勝戦である、川越勇星選手(111期=神奈川・26歳)が先頭を務めます。その番手に深谷選手ですから、こちらは「二段駆け」がおおいに考えられる並び。このラインにたやすく主導権を奪わせないというのが、他のラインが優勝者を出すための必要条件といえるでしょう。こちらのラインの3番手には、北日本の大森選手がつきました。

 2車ラインとなった関東勢は、平原選手が先頭。立ち回りが上手であるのは言うまでもなく、デキも少しずつ戻してきているとなれば、四分戦となったここは侮れません。番手を回るのが諸橋愛選手(79期=新潟・46歳)という、実力派コンビでもあります。最後に九州勢ですが、こちらは岩谷選手が「前」で、番手が小川勇介選手(90期=福岡・38歳)という組み合わせ。調子のよさを生かすレースを期待したいですね。

岩谷が引いて川越は理想の展開に

 四分戦でもあり、初手のポジションが結果を大きく左右しそうな一戦。では、実際にどういった展開になったのかを回顧していきましょう。スタートの号砲と同時に、素晴らしいダッシュで飛び出していったのが大森選手。それに続いたのが平原選手と、車番が外の選手が積極的にスタートを取りにいきましたね。先頭誘導員の後ろを取りきって、川越選手が先頭のラインの「前受け」を決めたのは大森選手でした。

 平原選手は4番手からとなって、その後ろの6番手に千葉コンビ先頭の岩本選手。そして、九州勢の先頭である岩谷選手が8番手というのが、初手の並びです。車番からの想定とはかなり異なる初手の並びで、後ろ攻めとなった岩谷選手が、ここからどのタイミングで動いていくのか。ファンの熱い声援が飛ぶ松戸の333mバンクで周回が重ねられてゆき、青板(残り3周)の手前からレースが動き出します。

 青板のホームに戻ってきたところで動き出したのが、後方の岩谷選手。ゆっくりとポジションを押し上げ、前の様子をうかがいます。先頭の川越選手は進路を大きく外に出して、先頭誘導員との車間をあけながら、岩谷選手の動きを阻止。そして、先頭誘導員が離れる青板バックの手前から前へと踏み込んで、突っ張り先行の態勢に入ります。前受けを選んだのですから、突っ張って当然ですよね。

青板2コーナーで先頭をうかがう岩谷拓磨(桃・8番)(写真提供:チャリ・ロト)

 これをみた岩谷選手は、川越選手に競りかけることなくポジションを下げて、再び最後方まで自転車を下げました。できるだけ楽に主導権を奪いたい川越選手からすれば、岩谷選手がすんなり引いてくれたのは願ってもない展開。赤板(残り2周)前の2センターからグングンと加速して、全力スパートの態勢に入りました。一列棒状で赤板を通過し、そのままレースは打鐘を迎えます。

 次に動いたのは6番手にいた岩本選手で、最終ホームに戻ってくる手前から捲り始動。最終1コーナー手前で大森選手の外に並びかけますが、迫ってくる気配を察知した深谷選手は、最終1センターで早々と番手捲りにいきます。これで仕掛けを合わされた岩本選手は苦しくなり、最終2コーナーを回ったところで力尽きて失速。最終バックからは後方の岩谷選手も捲りにいきますが、勝負どころで大きく外を回るロスもあって、不発で終わってしまいます。

 こうなれば、レースは完全に「前」のもの。番手捲りからの押し切りを狙う深谷選手と、その後ろを追走する大森選手。そして、初手からまったく動いていない平原選手と、それをマークする諸橋選手。深谷選手のかかりがいいのか、この4車が一列のままで最終2センターを回って、松戸バンクの短い最終直線に入りました。もうこの時点で、深谷選手か大森選手の優勝が濃厚でしょう。

 先頭で粘る深谷選手に、外から差しにいった大森選手がジリジリと迫りますが、その差がなかなか詰まらない。その後ろでは、直線の入り口で最内に切り込んだ諸橋選手と平原選手が並んで前を追いますが、先頭にはとても届きそうにありません。結局、大森選手の追撃を振り切った深谷選手が、そのまま先頭でゴールイン。2着は大森選手で、僅差となった3着争いは平原選手が競り勝ちました。深谷選手、お見事です!

 つまり、初手での前受けから主導権を奪った川越選手の後ろにいた選手が、そのままの並びで1〜4着を占めたということ。4着の諸橋選手と5着の和田選手との着差が5車身ですから、初手で6番手以降にいた選手は、まったく勝負にならなかったレースといえるでしょう。最近の競輪において、ますますその重要性が上がっている「初手」での位置取り。それを改めて感じたレースでしたね。

今シリーズの2勝はいずれも番手戦だった深谷知広。今後のレースも注目される(写真提供:チャリ・ロト)

好枠を無駄にした千葉勢と見せ場すら作れなかった九州勢

 ここで、netkeirinに掲載されているレース後コメントの一部を抜粋してみましょう。2着の大森選手と、3着だった平原選手のものです。

【2着 大森慶一選手(7番車)】

 スタートは意地で取りに行きました。展開を有利に運ぶには前だったので。確実に主導権を取れるように前からの作戦だった。

【3着 平原康多選手(5番車)】

 普通にスタートを出たら岩谷みたいになるなと思っていたので、死ぬ気でスタートは出ました。今日はあの形が見え見えのレース。後ろになると勝負権がないのは分かっていた。

 川越選手が先頭のラインが前受けすれば、深谷選手が早めの番手捲りから押し切ってしまう展開になり、他のラインはなすすべなく終わる。それが分かっていたから、大森選手は持ち前のスタートダッシュを生かしてスタートを取り、青写真通りのレース展開に持ち込んだ。平原選手も、初手でひとつでも前の位置を取るためにスタートで勝負し、初手で4番手の位置を取ったわけです。

 それとは対照的に「無策」で挑んでしまったのが、車番的に有利であったはずの千葉勢と九州勢。千葉勢は初手で最後方という最悪の事態こそ避けていますが、平原選手の位置が取れていたならば、まったく違う結果が出せていた可能性があります。地元記念という期するべきものが大きかった一戦だけに、そこはもっと頑張ってほしかった。もっと考えてほしかった。デキもすこぶるよかったのですから、もったいないですよ。

 同様に九州勢も、もっと考えてレースに臨むべきでした。「ここで何かをやってくれるならば九州」と、期待してくれていたファンも多かったと思うんですよ。初手で最後方になったのが仕方ないならば、岩谷選手はそこから「なにがなんでも前を斬る」という気概をみせてほしかった。突っ張り先行しそうなラインを抑えにいって、突っ張られたから下がるというのでは、なんの意味もありませんからね。

 かつて松浦悠士選手(98期=広島・32歳)がやった、脚を温存することなど微塵も考えていないような全力スパートカマシ。例えばコレで川越選手を斬ったとしても、そこで終わりではなく、そこから勝つためにどうレースを組み立てるかも考える必要があります。この場合は序盤でかなり脚を消耗しますから、なかなか難しいですよね。それでも、このレースでの初手最後方というのは、そこまで考えねばならないものなんですよ。だからこそ平原選手は「後ろになると勝負権がない」とコメントして、実際に避けたわけです。

 S級S班という「格上」の存在である平原選手が勝つために死力を尽くしているというのに、それに立ち向かう側が無為無策では、勝てるものも勝てません。結果的には堅い決着で、車券が当たって喜んだ方が多いということではありますが、手に汗を握るような面白いレースだったかといえば微妙なところ。競輪という競技を盛り上げるためにも、自分やラインが勝つために、もっともっと考えてほしいと思います。

選手には競輪ファンを熱くするような走りを期待したい(写真提供:チャリ・ロト)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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