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山田裕仁のスゴいレース回顧

【不死鳥杯 回顧】何にこだわるのが“正しい”のか

2023/07/26 (水) 18:00 66

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが福井競輪場で開催された「不死鳥杯」を振り返ります。

3日目準決勝、発走前のルーティンを行う脇本雄太(撮影:北山宏一)

2023年7月25日(火)福井12R 開設73周年記念 不死鳥杯(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
③清水裕友(105期=山口・28歳)
④河野通孝(88期=茨城・40歳)
⑤柏野智典(88期=岡山・45歳)
⑥鷲田幸司(92期=福井・37歳)
⑦古性優作(100期=大阪・32歳)
⑧藤井栄二(99期=兵庫・32歳)
⑨稲毛健太(97期=和歌山・34歳)

【初手・並び】
                ④(競り)
←⑦⑨(近畿)②(単騎)③⑤(中国)⑧①⑥(近畿)

【結果】
1着 ⑦古性優作
2着 ②佐藤慎太郎
3着 ③清水裕友

各ラインに不安要素があった決勝戦

 7月22日から25日にかけて、福井県の福井競輪場で、不死鳥杯(GIII)が行われました。S級S班からは、佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)と脇本雄太選手(94期=福井・34歳)、古性優作選手(100期=大阪・32歳)の3名が出場。さらに、清水裕友選手(105期=山口・28歳)や吉田拓矢選手(107期=茨城・28歳)なども出場と、レベルの高いメンバーによる開催となりました。

 注目を集めたのは、ここ福井がホームバンクである脇本選手。つい先日の函館・サマーナイトフェスティバル(GII)では決勝戦で松浦悠士選手(98期=広島・32歳)の2着に敗れましたが、現在“最強”の二文字を背負う男として、6回目の地元記念制覇をぜひとも成し遂げたいところ。初日特選では後方に置かれて捲り不発に終わるも、その後は連勝で決勝戦に勝ち上がってきました。

 脇本選手だけでなく、そのほかの近畿勢も存在感を発揮。決勝戦に過半数である5名が勝ち上がった結果、決勝戦では2つのラインに分かれて戦うという結論となりました。コレがこのレースを非常に難しいものにしましたね。というのも、脇本選手が自力ではなく、藤井栄二選手(99期=兵庫・32歳)の番手という選択をしたからです。このラインの3番手は、同じく地元である鷲田幸司選手(92期=福井・37歳)が回ります。

 鷲田選手との地元ワンツーを決めようと思うならば、確かにアリな選択肢。先頭を任された藤井選手は当然「ラインから優勝者を出す走り」をするでしょうし、ここが主導権を奪ってから脇本選手が早めに番手捲りを打てば、他のラインはなすすべもなく敗れることになるかもしれません。

 とはいえ、脇本選手はけっして器用な立ち回りができるタイプではない。果たして青写真通りにいくか…という懸念はありますよね。しかも、単騎の河野通孝選手(88期=茨城・40歳)が、藤井選手の番手を競りにいくとコメント。これによって、不確定要素がさらに増しました。

 近畿の「別線」は、前が古性選手で後ろが稲毛健太選手(97期=和歌山・34歳)という組み合わせ。古性選手は前節の函館でも調子はイマイチでしたが、このシリーズではさらにデキが冴えず、立ち回りの巧さでなんとか勝ち上がってきた印象です。古性選手は実際にコメントでも、調子の悪さをストレートに伝えていました。8月の西武園・オールスター競輪(GI)を見据えて、あえて身体を疲れさせている時期なのでしょう。

 2名が勝ち上がった中国勢は、清水選手と柏野智典選手(88期=岡山・45歳)のコンビで決勝戦に挑みます。清水選手もそうデキがいいとは感じませんでしたが、ここは展開がもつれる可能性がある。直感的に動ける選手なので、立ち回り次第では一発があって不思議ではないでしょう。単騎での勝負を選択した佐藤選手も同様で、すんなり決まるような展開にさえならなければ、上位争いが可能なはずです。

流れを見極め、勝負所を外さなかった古性

 人気の中心は、当然ながら脇本選手。それでは、決勝戦のレース回顧といきましょう。スタートの号砲が鳴って、最初に自転車を出していったのは9番車の稲毛選手。つまり、車番的に有利な内枠の選手は、前受けを避けたということです。古性選手が先頭の近畿ラインが先頭に立ち、その直後に単騎の佐藤選手。清水選手は4番手からで、藤井選手は後方6番手からという初手の並びとなりました。

 藤井選手の直後には、脇本選手と河野選手が併走して「競り」の態勢に。内外が入れ替わりながら周回を重ねますが、青板(残り3周)の終盤、脇本選手が河野選手を前に入れ、外にポジションを切り替えたときにレースが動き始めます。中団にいた清水選手が先頭の古性選手を斬りにいって、その動きに藤井選手も連動。河野選手はその動きにピッタリとついていきますが、脇本選手は判断に迷ったのか、ここで少し離れてしまいます。

 前を斬った清水選手が、先頭で赤板(残り2周)を通過。そこを外から藤井選手が叩きにいって先頭を奪いますが、脇本選手は連係を外して離れたままです。河野選手が2番手、清水選手が3番手となり、脇本選手は5番手の外で打鐘前の2コーナーを通過。古性選手は動かず6番手のインで、レースの流れを見定めています。そして打鐘前、外から脇本選手が勢いよく上がっていって、ポジション奪回を図りました。

打鐘前2コーナー、脇本(白・1番)は自ラインの先頭の藤井栄二(桃・8番)と離れた位置に(写真提供:チャリ・ロト)

 このダッシュに鷲田選手がついていけず、脇本選手との間に口があいてしまいます。これを見逃さなかったのが古性選手で、内からスッと加速して脇本選手の後ろに取りつきました。しかし、今度はこの動きに稲毛選手が反応できない。古性選手との連係を外してしまい、後方8番手で打鐘を迎えます。前では、脇本選手が打鐘と同時に、河野選手の外まで並びかけました。

 しかし、藤井選手の番手を簡単には明け渡せない河野選手は、脇本選手をブロックしてその動きを阻みます。これで脇本選手の勢いが削がれたのを察知した古性選手は、内へと動いて柏野選手の後ろにスイッチ。脇本選手は、今度は河野選手の後ろの3番手に入ろうとしますが、内にいた清水選手もこのポジションは譲れない。両者が併走状態で打鐘後の2センターを回って、最終ホームに帰ってきます。

 最終ホームの手前で動いたのが清水選手。進路を外に出して外併走の脇本選手を捌きながら、早々と前を捲りにいきました。鋭く加速して、最終1センター過ぎには藤井選手を捉えて先頭に立ちます。外を回らされた脇本選手は、このダッシュについていけずに失速気味。清水選手に捲られた藤井選手はここで力尽き、バックストレッチに入ったところで、古性選手が3番手に浮上しました。

 ここが勝機とみた古性選手は、そこから最終バックにかけての区間で急加速。一気の仕掛けで、前の中国勢を捲りにいきます。清水選手の番手にいた柏野選手がブロックにいきますが、古性選手はそれを乗り越えてさらに加速。先頭集団の4車が完全に抜け出すカタチとなり、大きく離れて河野選手や脇本選手、稲毛選手が追走しています。古性選手は、最終2センターで先頭の清水選手に並びかけました。

 柏野選手は進路を外に振って、古性選手の番手にいた佐藤選手をブロック。そこから内に切れ込んで、再び前を追います。佐藤選手も態勢を立て直して、最後の直線へ。ここで先頭の清水選手を古性選手が捲りきって、先頭に立ちました。その後ろからは佐藤選手がいい脚で伸びてきますが、それでも古性選手との差は詰まらず、こちらは2着争いまで。柏野選手も、清水選手を差せるかどうかというところです。

 そのままセーフティリードを保って、先に抜け出した古性選手が先頭でゴールイン。2着は外から伸びた佐藤選手で、3着には清水選手が粘りました。4着が柏野選手で、最後に大外から伸びた稲毛選手が5着。脇本選手は結局、6着という結果に終わりました。想定外の展開となったにもかかわらず、臨機応変に動いて勝機を逃さなかった古性選手の「完勝」といえる内容でしたね。

終わってみれば古性優作。本調子ではなかったが、臨機応変に立ち回り優勝を手にした(写真提供:チャリ・ロト)

自分の筋を通すことはもちろん大切なことだが…

 2着の佐藤選手も古性選手と同様に、随所でいい判断をしている。レースの流れを見極める判断力の高さは「さすが」のひと言ですね。最終2センター過ぎで柏野選手のブロックを受けていなければ、もっときわどい勝負に持ち込めていたかもしれません。3着の清水選手は、最終ホームで脇本選手に併せて仕掛け、先頭まで出切ったのが大きな見せ場。早めの仕掛けであるのは覚悟の上で、勝負にいったという印象を受けました。

 それに4着の柏野選手も、中国ラインの番手としていい仕事をしていた。つまり、この決勝戦で上位に食い込んだ選手は総じて、自分の持ち味を生かした競輪ができていたということです。それだけに、自分のよさをまったく出せずに終わった今回の脇本選手については、どうしても辛口になってしまいますよね。番手戦を選んだという自分の判断や責任にこだわり、結果として最悪の走りになってしまった感があります。

 競輪選手は、ファンの期待に応える走りをするのが責務。とはいえ、常にいい結果が残せるわけではありませんから、その結果に至る「過程」が問われます。車券を買って応援してくれたファンに、その車券がハズレたとしても“納得感”を得てもらう必要がある。競輪選手として、自分の選択や発言に筋を通すことはとても大事ですが、ファンに納得してもらえる走りをすることのほうが、もっと大事ではないでしょうか。

 このあたりは、人によっても「何が正しいか」という判断が分かれるところでしょう。番手戦を選んだのだから、それにこだわる走りをするのが物事のスジだ…と考える方もいらっしゃると思います。しかし、この決勝戦は慣れない番手戦で、しかもその位置が競られるという珍しい条件下でのレースだった。藤井選手との連係を外してしまうケースは、多くの人が想定に入れていたと思いますよ。

 ならば、藤井選手との連係を外してしまった後は腹をくくって、自力で「脇本雄太らしいレース」をしたほうがよかったのではないか、それでも許されたのではないか…と個人的には考えます。「ここでは力が違う」「脇本ならやってくれる」と多くのファンが彼に期待して、車券を買って応援してくれているわけです。だからこそ、勝つにせよ負けるにせよ、“納得感”が得られる走りをしてほしかった。

 地元記念であったこと。近畿勢が5名も決勝戦に勝ち上がったこと。近畿のどの選手にもチャンスがある並びにしたかったこと。藤井選手の番手が競りになったこと。古性選手の番手を自分が回るケースも出てくると考えていること。脇本選手がこんな走りになってしまった背景には、さまざまな事情や思いがあったと思います。それがわかった上で、今回はあえて手厳しいことを言わせてもらいました。

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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