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山田裕仁のスゴいレース回顧

【金鯱賞争奪戦 回顧】取鳥雄吾が飛躍する契機となりうる一戦

2023/07/31 (月) 18:00 42

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが名古屋競輪場で開催された「金鯱賞争奪戦」を振り返ります。

金鯱賞争奪戦で優勝した山口拳矢選手(写真提供チャリ・ロト)

2023年7月30日(日)名古屋12R 開設74周年記念 金鯱賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①渡邉雄太(105期=静岡・28歳)
②桑原大志(80期=山口・47歳)
③山口拳矢(117期=岐阜・27歳)
④伊藤旭(117期=熊本・23歳)
⑤守澤太志(96期=秋田・38歳)
⑥取鳥雄吾(107期=岡山・28歳)
⑦武藤龍生(98期=埼玉・32歳)

⑧南潤(111期=和歌山・25歳)
⑨新田祐大(90期=福島・37歳)

【初手・並び】

←⑨⑤(北日本)④(単騎)⑥②(中国)①⑦(混成)③(単騎)⑧(単騎)

【結果】

1着 ③山口拳矢
2着 ⑥取鳥雄吾
3着 ②桑原大志

記念らしい、レベルの高いメンバー構成

 7月30日には愛知県の名古屋競輪場で、金鯱賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。相変わらずの猛暑で、最近は屋内でのトレーニングを重視する選手が増えているとはいえ、この時期の練習は本当に大変ですよ。それにシリーズ中も、建物内はエアコンで冷えていますが、バンクに出ると猛烈な暑さじゃないですか。この「温度差」で体調を崩してしまうケースもあるんです。

 このシリーズに出場していたS級S班は、平原康多選手(87期=埼玉・41歳)と新田祐大選手(90期=福島・37歳)、守澤太志選手(96期=秋田・38歳)の3名。また、今年のダービー王である山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)や、積極的なレースが持ち味の嘉永泰斗選手(113期=熊本・25歳)なども、ファンの注目を集めるところです。記念らしい、レベルの高いメンバー構成となりましたね。

 しかし、平原選手と嘉永選手はいずれも準決勝で4着に敗れて、残念ながら勝ち上がることができませんでした。平原選手は落車が続いたダメージからの回復が遅れており、なかなか調子が上がってきませんね。それとは対照的に好調モードだったのが山口選手で、初日特選から1着、2着、1着で勝ち上がり。あとは、取鳥雄吾選手(107期=岡山・28歳)と桑原大志選手(80期=山口・47歳)も、デキのよさが目立っていました。

総合力の北日本ライン、デキのよさが目立った中国ライン

かなり仕上がっていた印象の守澤選手(写真提供チャリ・ロト)

 決勝戦は、2車ラインが3つで単騎が3名という細切れ戦に。走る選手こそ違いますが、同様の細切れ戦だった初日特選とよく似た構成です。人気の中心は“格”で勝る北日本勢で、先頭は新田選手、番手を守澤選手が回ります。新田選手の調子は良くも悪くもなしという印象でしたが、守澤選手はかなり仕上がっていましたね。総合力が高いラインであるのは言うまでもなく、好勝負が期待できることでしょう。

 前述したように、デキのよさが目立っていたのが中国勢。こちらは取鳥選手が先頭で、番手を桑原選手が回ります。捲りで勝負したい選手やラインが多いので、ここで主導権を奪うのは取鳥選手となる可能性が高そうですよね。それに取鳥選手は、軽いバンクと相性がいいんですよ。当然、高速バンクである名古屋は得意なはず。主導権を楽に奪えるような展開だと、一発があって不思議ではありません。

 渡邉雄太選手(105期=静岡・28歳)は、武藤龍生選手(98期=埼玉・32歳)と連係して「東の即席ライン」を結成。渡邉選手は1番車を貰えたのも大きいはずで、前受けから突っ張って主導権を奪いにくるケースも十分に考えられます。そして単騎を選んだのが、山口選手と伊藤旭選手(117期=熊本・23歳)、南潤選手(111期=和歌山・25歳)の3名。タテ脚のある選手ばかりですから、ここは立ち回り次第でしょう。

 それではここからは、決勝戦のレース回顧に入っていきます。スタートの号砲が鳴って、まずは2番車の桑原選手が内から自転車を出していきますが、それを外から鋭いダッシュで阻止したのが9番車の新田選手。ここは車番通りに後ろ攻めからレースを組み立てるよりも、ちょっと強引にでも前受けしたほうが戦いやすい…と判断したのでしょう。新田選手が先頭を取りきって、北日本勢の前受けが決まります。

 中国勢は、後から動いてきた単騎の伊藤選手を前に入れて、4番手の位置に。渡邉選手が先頭の混成ラインは、6番手となりました。山口選手が8番手で、最後方に南選手というのが初手の並び。レース前の想定とは大きく異なる、初手の並びになったといえます。レースが動き出したのは、青板(残り3周)周回の2センター。6番手の渡邉選手が外に出したところを山口選手が内からしゃくって、その前へと入りました。

 この山口選手の動きには、渡邉選手の動きを「促しにいった」という側面があります。それもあってか、渡邉選手は赤板(残り2週)のホームに帰ってくるところで、後方から動いて前を斬りにいきました。先頭の新田選手は突っ張らず素直に引いて、3番手に。次は後方となった取鳥選手か単騎の山口選手、南選手が動く「順番」ですが、赤板後の1センターを回っても動きはなく、淡々としたペースのままでレースが進みます。

 取鳥選手は、打鐘前のバックストレッチで前との距離を少しずつ詰めていき、そして打鐘と同時に加速。一気のカマシで、主導権を奪いにかかります。単騎の山口選手と南選手も、この動きに連動。しかし、打鐘後の2センター手前で南選手は内にいた伊藤選手に捌かれて、山口選手の後ろのポジションを奪われてしまいました。離れた南選手は切り替えて、北日本勢の後方につけます。

 先頭の渡邉選手も前へと踏んで応戦しますが、スピードに乗っているのはカマシた取鳥選手のほう。最終ホームに戻ってきたところで、渡邉選手を叩ききった取鳥選手が先頭に立ちました。最終1コーナー手前で、取鳥選手と桑原選手が前に出切って、その後ろで渡邉選手と山口選手、武藤選手と伊藤選手がそれぞれ併走するカタチに。最終2コーナーでは、武藤選手がヨコの動きで伊藤選手をブロックにいきます。

 態勢を立て直して伊藤選手は再び前の山口選手を追いますが、バックストレッチに入ったところで、山口選手が捲りに始動。素晴らしい加速で一瞬で桑原選手の外に並び、先頭の取鳥選手を射程圏に入れました。伊藤選手は山口選手のダッシュについていけず、少し口があいてしまいます。その後ろから前を捲りにいったのが、後方の位置取りとなっていた新田選手。最終3コーナーでは、6番手の外まで差を詰めます。

 その後もグングンと加速した山口選手は、先頭の取鳥選手を捉えて単独先頭に。しかし、逃げていた取鳥選手も止まらず、いい粘りをみせて最終2センターを回ります。外から捲りにいった新田選手は不発で、3番手の桑原選手や、その後ろにいる渡邉選手や伊藤選手に並ぶところにさえいけませんでした。完全に「前」で決まる態勢で、最終4コーナーを回って最後の直線に入ります。

 ここでアクシデントが発生。不発の新田選手から切り替えて内の狭いところを突きにいった守澤選手が、進路を外に振った武藤選手と新田選手の間に挟まれるカタチとなって、落車してしまいます。先頭は山口選手で、直線で踏み直した取鳥選手がいい粘りで2番手をキープ。その外からは差しにいった桑原選手がジリジリと伸びてきますが、取鳥選手まで届くかどうかは微妙なところです。

 結局、態勢は最後まで変わらず。山口選手が先頭でゴールラインを駆け抜けたときには、後続に3車身差がついていました。2着には取鳥選手がそのまま粘り、僅差の3着に桑原選手。以降は伊藤選手が4着、渡邉選手が5着という結果で、新田選手は見せ場なく8着に終わっています。守澤選手は落車後、自転車を持ちながら歩いて9着でゴールイン。身体に大きなダメージがなさそうだったのは、不幸中の幸いでしたね。

取鳥選手のレースは敗れたとはいえ素晴らしい

最後まで失速せず2着に粘りきった鳥取選手(写真提供チャリ・ロト)

 非常に強いレースをしたのが、ギリギリのタイミングまで仕掛けを我慢して、そこからのカマシで主導権を奪いきった取鳥選手。前をいく渡邉選手を叩き、かかりのいい逃げで最後まで失速せず2着に粘りきったのですから、敗れたとはいえ素晴らしい内容ですよ。山口選手には「その上」をいかれてしまいましたが、番手の桑原選手には差されずにギリギリで2着を死守と、気持ちの強さも見せてくれましたね。

 山口選手は、これが通算2回目となるGIII優勝。今年のダービー王でもあり、記念優勝で喜んでもらっては困りますが、このシリーズでの内容は文句なしに強かった。最初から狙っていたわけではないと思いますが、初手の並びから取鳥選手が主導権を奪う展開になると予測して、渡邉選手に動きを促しつつ中国勢の後ろを取りにいったのは見事な“読み”。それに、山口選手も取鳥選手と同様に、軽い高速バンクが得意なんですよね。これ、覚えておいて損はありませんよ。

 見せ場なく敗れた新田選手については、その捲りを封殺するほどかかりのいい逃げをみせた、取鳥選手を褒めるべきでしょう。それに、新田選手のデキもそれほどよかったわけではないですからね。この決勝戦については、とにかく山口選手と取鳥選手が強かった。まだGIIIでの優勝経験がない取鳥選手にとっては、自信をつけて大きく飛躍する契機ともなりうる、収穫の大きい決勝戦であったように思います。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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