閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【サマーナイトフェスティバル 回顧】パーフェクトに機能した初連係

2023/07/18 (火) 18:00 61

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが函館競輪場で開催された「サマーナイトフェスティバル」を振り返ります。

 

サマーナイトフェスティバル三連覇を果たした松浦選手(写真撮影:チャリ・ロト)

2023年7月17日(月)函館12R 第19回サマーナイトフェスティバル(GII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②松浦悠士(98期=広島・32歳)
③新田祐大(90期=福島・37歳)
④佐々木悠葵(115期=群馬・27歳)
⑤山田英明(89期=佐賀・40歳)
⑥神山拓弥(91期=栃木・36歳)
⑦松井宏佑(113期=神奈川・30歳)

⑧山口拳矢(117期=岐阜・27歳)
⑨平原康多(87期=埼玉・41歳)

【初手・並び】

←④⑨⑥(関東)③(単騎)⑦(単騎)⑧(単騎)①②⑤(混成)

【結果】

1着 ②松浦悠士
2着 ①脇本雄太
3着 ⑦松井宏佑

自力選手が多いレースは「波乱」が起こる

 7月17日には北海道の函館競輪場で、「夏のナイタービッグ」第19回サマーナイトフェスティバル(GII)の決勝戦が行われています。出場の選考基準から、自力選手の比率が通常よりも格段に多いというのが、このシリーズの大きな特徴ですね。マーク選手が少ないので、自力選手同士の連係がおのずと増える。その結果、展開に「幅」が出て、波乱決着が多くなるんですよね。面白いのですが、同時に非常に難しいシリーズといえます。

 3日間の短期決戦で、今年は9名のS級S班がすべて出場。このうち決勝戦まで勝ち上がったのは、平原康多選手(87期=埼玉・41歳)と新田祐大選手(90期=福島・37歳)、脇本雄太選手(94期=福井・34歳)、松浦悠士選手(98期=広島・32歳)の4名でした。脇本選手は、初日が一番時計で2日目にはバンクレコードタイの上がりをマークと、仕上がりのよさが目立っていましたね。

 同様にデキのよさが感じられたのが、つい先日の小松島記念で優勝していた松浦選手。準決勝では、後方らの仕掛けで前を叩ききった古性優作選手(100期=大阪・32歳)を中団から一気の脚で捲り、1着で決勝戦に駒を進めてきました。古性選手に疲れがあったのかとも感じましたが、最終日に1着をとった力強い走りから考えるに、松浦選手の調子が本当によくなってきていると考えたほうがよさそうです。

多くのファンが驚いた脇本選手と松浦選手の初連係

松浦選手と初連係した“最強”脇本(写真撮影:チャリ・ロト)

 その松浦選手ですが、決勝戦ではなんと脇本選手と初連係。これまで“最強”脇本に真っ向勝負を挑んできたイメージがあるだけに、この選択には多くのファンが驚かされたことでしょう。先頭が脇本選手で、番手を回るのが松浦選手。西の混成ラインの3番手は、山田英明選手(89期=佐賀・40歳)が固めます。この総合力の高いラインに対して、ほかのラインや選手はどのように立ち向かうのか。そこが決勝戦の大きな見どころですね。

 二分戦となった決勝戦で、もうひとつの3車ラインが関東勢。その先頭は、佐々木悠葵選手(115期=群馬・27歳)に任されました。現在の佐々木選手は「先行する場合もある」といった感じなので、積極的に主導権を奪いにいくようなレースをするかは微妙なところですよね。番手は、決勝戦まで勝ち上がったものの、まだ本調子には遠そうな平原選手。ライン3番手は神山拓弥選手(91期=栃木・36歳)です。

 そして単騎を選んだのが、新田選手と松井宏佑選手(113期=神奈川・30歳)、山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)の3名。いずれも強力なタテ脚の持ち主で調子も悪くありませんが、そのタテ脚をどう使って勝負するかが難しい。二分戦であることや、脇本選手のデキが非常にいいことなどから考えるに、前がもつれるような展開になる可能性はかなり低そうですからね。

 それではここからは、決勝戦の回顧に入っていきましょう。スタートの号砲が鳴って、最初に飛び出していったのは6番車の神山選手。これで、関東勢の前受けが決まります。その直後の4番手につけたのは単騎の新田選手で、その後ろも松井選手、山口選手と単騎の選手たちが並びます。注目された脇本選手は、初手7番手から。この並びだと、レースが動き出すのはかなり遅めになりそうです。

 初手の並びが決まってからは淡々と周回が重ねられ、まったく動きがないままで赤板(残り2周)のホームを通過。先頭の佐々木選手は後方を何度も振り返って、脇本選手の動きを確認していましたね。その脇本選手が動いたのは、1センターから2コーナーにかけての地点。鋭いダッシュで加速していきますが、先頭の佐々木選手もそれに合わせて、一気に全力モードで前へと踏み込みます。

 そして迎えた打鐘。突っ張り先行で主導権を奪おうとする佐々木選手に対して、脇本選手は少しだけ流し気味に、打鐘後の2センターを回ります。脇本選手の後ろには、松浦選手がぴったりと追走。しかし、ライン3番手の山田選手がここで立ち後れてしまいました。その隙を見逃さなかったのが、内にいた松井選手。飛びついて山田選手を捌きながら加速し、松浦選手の後ろのポジションを確保します。

 レベルが違うとしか言いようがない脇本選手のスピード

最終ホームで④佐々木選手にあっさりと並んだ①脇本選手(写真撮影:チャリ・ロト)

 脇本選手は、4コーナーを回ってから再加速。「レベルが違う」としか言いようがないスピードで、最終ホームで佐々木選手にあっさりと並び、最終1センターでは脇本選手、松浦選手が完全に出切ってしまいます。その後ろにつけていた松井選手は、平原選手に内からブロックされて外に膨れますが、なんとか態勢を立て直して松浦選手の後ろに復帰。脇本選手に軽々と乗り越えられた佐々木選手は、早々と失速してしまいます。

 佐々木選手の番手にいた平原選手が今度は前を追い、その外からは単騎で捲りにいった新田選手が接近。しかし、抜け出している3車との差は、最終バックになってもなかなか詰まりません。隊列に大きな変化がないままで、最終2センターを通過。外から捲りにいった新田選手はここで力尽き、内にいる平原選手が伸びてくる気配もありません。これはもう完全に、「前」で決まるレースです。

 直線に入っても脇本選手が先頭で粘っていますが、外に出して差しにいった松浦選手の伸びがいい。そこから少し離れて松井選手が前を追いますが、一気に前を捉えられるようなスピードではありません。その後ろからは、新田選手の後ろにいた山田選手や、最後方でじっと脚をタメていた山口選手がいい脚で伸びてきますが、残念ながら時すでに遅し。届いても3着までという状況です。

 勝利の女神が微笑んだのは、ゴール手前でグイッと伸びて脇本選手をキッチリ差した松浦選手。これでなんと、サマーナイトフェスティバル三連覇という大記録の達成です。果敢に逃げた脇本選手が2着に粘り、3着に松井選手。4着は、最後の直線でいい伸びをみせた山田選手と山口選手の同着という結果でした。初連係で見事に結果を出した、脇本選手と松浦選手がとにかく強かったですね。

 デキのいい脇本選手が主導権を奪う展開になれば、こういう結果になるのは自明の理。そうはさせまい…と佐々木選手は打鐘前から全力で踏んでいるんですが、結果的に早仕掛けを「誘われた」ような感がありますね。脇本選手が少し流していた区間でも佐々木選手は全力でしたから、そのぶんスタミナの消耗が激しい。仕掛けをキッチリ合わせたようで、実際はズラされているんですよね。

 初手では後ろ攻めを選び、前受けをさせた脇本選手をいったん斬ってポジションを下げさせる…というレースの組み立てのほうがよかった気もしますが、そこから先にどうなっていたかについては、完全にタラレバの世界。脇本選手のデキのよさを考えると、この場合でもあっさり叩かれる結果に終わったかもしれません。そう感じてしまうほど、このシリーズでの脇本選手は仕上がっていましたから。

 レース後のコメントによると、実際そこに飛びついた松井選手だけでなく、山口選手も「松浦選手の後ろ」を狙っていたようですね。確かに、中団に位置した単騎の選手が考えるのは、松浦選手や山田選手のポジション奪取。脇本選手のダッシュについていけずに口があくようなら…と考えていたでしょうが、松浦選手は付け入る隙をまったくみせなかった。さすがは超一流の選手ですよ。

 他地区の選手との連係であるにもかかわらず「誰が付いても自分のスタイルは変えない」と、差されるリスクを厭わず積極的なレースをした脇本選手。そんな脇本選手のスピードに、初連係でありながらピタリと離れずについていった松浦選手。今年のサマーナイトフェスティバルは、この即席コンビの「完勝」で幕を閉じました。次のビッグは、西武園でのオールスター競輪(GI)です。

 デキのいい脇本選手に対抗するには、「主導権を奪わせないこと」「後方に置く展開をつくり出すこと」が不可欠だと、トップクラスの選手は改めて感じたことでしょう。その強さを連係というカタチで体感した松浦選手が、次なる大舞台ではどのような戦略や戦術をもって脇本選手に挑むのか。そういった視点からも、来月のオールスター競輪がさらに楽しみになりましたね。

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票