2023/07/10 (月) 18:00 55
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小松島競輪場で開催された「阿波おどり杯争奪戦」を振り返ります。
2023年7月9日(日)小松島12R 阿波おどり杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①犬伏湧也(119期=徳島・27歳)
②郡司浩平(99期=神奈川・32歳)
③松浦悠士(98期=広島・32歳)
④宿口陽一(91期=埼玉・39歳)
⑤小倉竜二(77期=徳島・47歳)
⑥坂本貴史(94期=青森・34歳)
⑦内藤秀久(89期=神奈川・41歳)
⑧久米良(96期=徳島・35歳)
⑨新山響平(107期=青森・29歳)
【初手・並び】
③(単騎)
←①⑤⑧(四国)②⑦(南関東)④(単騎)⑨⑥(北日本)
【結果】
1着 ③松浦悠士
2着 ②郡司浩平
3着 ⑨新山響平
7月9日には徳島県の小松島競輪場で、阿波おどり杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは、郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)と松浦悠士選手(98期=広島・32歳)、新山響平選手(107期=青森・29歳)の3名がここに出場。それを迎え撃つ地元勢も、犬伏湧也選手(119期=徳島・27歳)や小倉竜二選手(77期=徳島・47歳)など強力布陣で、初日から激しい戦いが繰り広げられました。
デキのよさがもっとも目立っていたのは、初日特選から無傷の3連勝で決勝戦進出を決めた郡司選手でしょう。相手の機動型は超強力ですが、自力はもちろん、レースの組み立ての巧さでも勝負できるのは郡司選手の大きな強み。決勝戦でも自力勝負で、その番手は初日特選や準決勝でも連係していた内藤秀久選手(89期=神奈川・41歳)が回ります。あのデキならば、決勝戦でも好勝負必至でしょう。
勝ち上がりの過程で、その能力の高さを改めて感じさせたのが犬伏選手でした。3日目の準決勝では後方8番手に置かれるも、そこからの強烈な捲りで前を一蹴。あの松浦選手をして、そのダッシュについていけずに口があいてしまうというのは、やはり強烈なインパクトがあります。地元記念だけあって気合いも入っているようで、決勝戦ではどのような走りをみせてくれるのか、楽しみです。
地元勢は犬伏選手以外にも2名が勝ち上がり、決勝戦では徳島トリオを結成。決勝戦で唯一の3車ラインで、しかも犬伏選手は1番車を貰えましたから、さまざまな面で有利に立ち回れそうです。犬伏選手の番手を回るのは小倉選手で、いまだ地元記念での優勝がないだけに、この大きなチャンスにかなり力が入ります。ライン3番手を固めるのは久米良選手(96期=徳島・35歳)です。
2名が勝ち上がった北日本勢は、新山選手が「前」で坂本貴史選手(94期=青森・34歳)が「後ろ」という組み合わせ。この2名は、兄弟子と弟弟子という関係でもあります。初日特選では単騎で最後方からのレースとなった新山選手ですが、ラインができた決勝戦では、犬伏選手と主導権を争うような積極的なレースを仕掛けてくるはず。最近の彼は捲る展開になっても非常に強いだけに、要注目でしょう。
松浦選手は、徳島勢とは連係せずに単騎での勝負を選択。近況はどうもデキが冴えず、レースの巧さでなんとか上位に食い込んでいた印象でしたが、少しずつ復調してきましたね。松浦選手と同じく、宿口陽一選手(91期=埼玉・39歳)も単騎。細切れ戦となったここは、展開の読みひとつで上位に食い込めておかしくありませんから、単騎だからといって軽くは扱えない面がありそうです。
強力な機動型とレース巧者が揃ったことで、かなり面白いレースとなりそうな決勝戦。メンバー的には初日特選の再戦ムードですが、新山選手にラインができたことで、展開は大きく変わるはずです。それでは、実際にどのような展開と結果になったのかを回顧していきましょう。スタートの号砲が鳴って積極的に自転車を出していったのは、1番車の犬伏選手でした。
3車という“数の利”がある徳島勢が前受けを選んだわけですから、犬伏選手が突っ張り先行を選ぶ可能性が十分にある。地元記念であるのを考えると、なおさらでしょう。その直後の4番手につけたのは郡司選手ですが、その外に単騎の松浦選手が併走して、ポジションを主張。その後ろの7番手は単騎の宿口選手で、車番に恵まれなかった新山選手は、初手8番手からのレースとなりました。
初手の並びが定まって以降も、郡司選手は松浦選手を前に入れることはなく、併走状態が続きました。つまりこの両者はどちらも、「初手で徳島トリオの直後4番手」というポジションが、譲れないレベルで重要だと考えていたということです。そのまま周回が進みますが、青板(残り3周)周回で単騎の宿口選手が先に動いて、先頭の犬伏選手を抑えに。そして松浦選手も、郡司選手の前に入ります。
そして赤板(残り2周)のホームに戻ってくる手前で、今度は後方の新山選手が始動。先頭誘導員が離れるのと同時に先頭の犬伏選手と宿口選手を叩いて、先頭に立ちます。宿口選手はスッと引いてポジションを下げますが、犬伏選手は突っ張って応戦。新山選手と坂本選手の間を割って、打鐘前に先頭を奪い返します。この攻防で一瞬は犬伏選手から離れた小倉選手ですが、リカバーしてポジションをキープしました。
間を割られて新山選手との連係を外した坂本選手は、ポジションを下げて5番手の位置に。それに気付いてか、新山選手も下げて4番手に入り、坂本選手との連係を復活させます。このゴチャついた展開もあって、松浦選手は狙っていたよりも後ろの6番手に。同様に郡司選手も、7番手からのレースになってしまいました。そして最後方に宿口選手という隊列に変わって、レースは打鐘を迎えます。
突っ張り先行で主導権を奪いきった犬伏選手がその後も飛ばして、一列棒状で最終ホームを通過。バックストレッチに入ったところで、中団の新山選手が再び前を捲りにいきます。それに合わせて、坂本選手の内にスッと入ってきたのが松浦選手。一気に坂本選手に並んで捌き、新山選手の番手を確保します。捲りにいくときにできる隙を狙いすました、松浦選手らしい見事な立ち回りでしたね。
ここまでにけっこう脚を使っていた新山選手ですが、それを感じさせないスピードの捲りで徳島トリオに並びかけて、最終3コーナーでは前を完全に射程圏に。久米選手や小倉選手は新山選手の捲りを止められず、新山選手が犬伏選手に並びかけます。その直後の絶好位に松浦選手で、後方にいた郡司選手も松浦選手の仕掛けにうまく連動して、前との差を一気に詰めてきました。
そして新山選手は、犬伏選手をねじ伏せて最終2センターで先頭に。最後の直線の入り口では、その外に出して前を差しにいく松浦選手と、さらにその外から前を追う郡司選手の3車が抜け出すカタチとなりました。犬伏選手の番手にいた小倉選手は伸びを欠いており、郡司選手マークの内藤選手や、後方でじっと様子をうかがっていた宿口選手のほうが脚色は優勢。しかし、前の3車にはちょっと届きそうにありません。
直線なかばで松浦選手が新山選手を差して先頭に立ち、最後は外からジリジリと迫る郡司選手とのマッチレースに。ゴールの直前では完全に横に並んでのハンドル投げ勝負となりましたが、大接戦を「タイヤ差」という僅差で競り勝ったのは、内にいた松浦選手のほうでした。惜しい2着が郡司選手で、少し離れての3着に中団から捲った新山選手。終わってみれば、S級S班が上位を独占という結果です。
とはいえ、この決着に至るまでの「過程」は本当に見どころ十分。やや玄人向けではありますが、競輪という競技の面白さがギュッと濃縮されたような、素晴らしいレースだったと思います。なぜそう感じるかといえば、出場していた全選手が優勝という目標に向かって、戦略・戦術を尽くして戦っていたから。どの選手も、しっかりとした“意図”をもって動いてるんですよね。
まずは、初手における郡司選手と松浦選手のポジション争い。ゴール後のコメントでも触れていましたが、松浦選手は犬伏選手の突っ張り先行を見越して、「絶対に4番手」と譲らなかった。さらに、デキのいい郡司選手に少しでも脚を使わせるという意図もあった。その後の展開は想定していたものとかなり異なっていたにもかかわらず、松浦選手と郡司選手の位置関係は最後まで変わらなかったわけです。
また、最初に前を抑えにいったのが、新山選手ではなく宿口選手だったというのも、大いに意味があった。新山選手が動くのを待っていたのでは、宿口選手は後方のポジションのままで何もできずに終わってしまう可能性が高い。単騎の宿口選手が抑えにくるというのは犬伏選手にとって想定外で、その後に新山選手が叩きにきたことによって、犬伏選手はかなり苦しい展開となったはずです。
それにここの犬伏選手は、ただでさえレースの組み立てが難しい。本質的には、ダッシュの鋭さが生きるカマシ先行や捲りのほうがよさを出せるタイプ。しかし、地元記念で先頭を任されている以上は、「ラインから優勝者を出す走り」をする必要がある。だからこその突っ張り先行で、それでも後ろが離れないようにジワッと加減をして踏んでもいるでしょう。最善を尽くすため、自分が思っている以上に消耗したと思いますよ。
犬伏選手にそういった側面があったとはいえ、「叩きにいってから下げてまた捲る」という離れ業をみせた新山選手も、とても強い競輪をしている。犬伏選手を叩きにいった直後、坂本選手が連係を外してゴチャついたのがいい方向に出て、松浦選手や郡司選手を後方に置けたのはラッキーでしたよね。しかし勝負どころでは、その坂本選手が松浦選手に捌かれてしまった。まあ、アレは松浦選手を褒めるべきでしょう。
郡司選手については、道中で「動くに動けなかった」というのが実際のところ。レースが動き出してからはペースが緩む瞬間もなく、それもあって後手に回ってしまった感はありますが、それでも最後は松浦選手をあそこまで追い詰めるんですからさすがです。郡司選手としては悔いが残る一戦のはずで、それだけに函館・サマーナイトフェスティバル(GII)では、さらに気合いの入った走りをみせてくれそうです。
いわゆる「タテ脚」で他を圧倒するような走りはいかにも強くみえますが、そんな脚のある犬伏選手や脇本雄太選手(94期=福井・34歳)でも常には勝てないのが、競輪という競技。高いレベルの脚力と、レースの組み立ての巧さや展開を読む能力、瞬時の判断力を併せ持つ松浦悠士という競輪選手の“凄味”を、久々に感じられた一戦でしたね。私としても、こういう駆け引きの面白さを、ファンの皆さんにもっと伝えていきたいところです。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。