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山田裕仁のスゴいレース回顧

【オランダ王国友好杯 回顧】勝つために必要な“運”と“手札”

2025/06/09 (月) 18:00 20

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが別府競輪場で開催された「オランダ王国友好杯」を振り返ります。

守澤太志が別府記念3度目の制覇!(写真提供:チャリ・ロト)

2025年6月8日(日)別府12R 開設75周年記念 オランダ王国友好杯(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①新山響平(107期=青森・31歳)
②岩本俊介(94期=千葉・41歳)
③村田雅一(90期=兵庫・40歳)
④村上博幸(86期=京都・46歳)
⑤守澤太志(96期=秋田・39歳)
⑥瀬戸晋作(107期=長崎・32歳)
⑦寺崎浩平(117期=福井・31歳)
⑧阿部将大(117期=大分・28歳)
⑨深谷知広(96期=静岡・35歳)

【初手・並び】

←①⑤(北日本)⑧⑥(九州)⑦③④(近畿)⑨②(南関東)

【結果】

1着 ⑤守澤太志
2着 ①新山響平
3着 ③村田雅一

SSは2名、強力な機動型が勢揃い!

 6月8日には大分県の別府競輪場で、オランダ王国友好杯(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは、岩本俊介選手(94期=千葉・41歳)と新山響平選手(107期=青森・31歳)の2名が出場するにとどまりましたが、そのほかにも深谷知広選手(96期=静岡・35歳)や寺崎浩平選手(117期=福井・31歳)など、強力な機動型がエントリー。初日から、激しい戦いが繰り広げられました。

S班は2名参戦! 左から新山響平、岩本俊介(写真提供:チャリ・ロト)

 地元代表は、昨年の覇者でもある阿部将大選手(117期=大分・28歳)。今年も相手は強力ですが、それでも目指すは連覇でしょう。三分戦で単騎が2名というメンバー構成となった初日特選は、単騎でカマシた山崎賢人選手(111期=長崎・32歳)が最終ホーム手前で先頭に立ち、新山選手がその番手に収まるという展開に。最終ホームでは、後方から捲った深谷選手が、前に襲いかかります。

 しかし、新山選手は最終2コーナー過ぎで山崎選手の番手から前に出て、深谷選手の追撃を封殺しました。人気の一角だった寺崎選手は、仕掛けるタイミングを逸して、最終バックでも後方のまま。新山選手が先頭で最終2センターを回って直線に向きますが、最後に新山選手マークの菅田壱道選手(91期=宮城・39歳)が差して1着。新山選手が2着で、深谷選手から切り替えた岩本選手が3着という結果でした。

 いきなりの激戦でしたが、ここは新山選手の巧みな立ち回りが目立ちましたね。最近の新山選手は、得意の突っ張り先行に軸足を置きつつも、逃げのパターンを増やすべく試行錯誤している印象。ただでさえ強い選手が“手札”を増やそうとしているわけで、これは他地区からすれば脅威ですよ。新山選手はデキも上々のようで、二次予選を1着、準決勝を2着という結果で、決勝戦に勝ち上がりました。

 初日特選では9着に終わった深谷選手も、その後の二次予選と準決勝は1着で勝ち上がりと、好調モードです。地元代表である阿部選手も決勝戦に駒を進めてきましたが、ここまで3戦とも番手回りで、前の選手に助けられてのもの。地元記念らしい番組面での有利さがあっての勝ち上がりですから、決勝戦でどうかですね。寺崎選手も、後方から捲る自分のスタイルで、決勝戦まで勝ち上がってきました。

決勝は四分戦 近畿は唯一の3車ライン

別府記念は過去2度優勝している守澤太志(写真提供:チャリ・ロト)

 四分戦となった決勝戦。北日本勢の先頭を任されたのは当然ながら新山選手で、その番手を守澤太志選手(96期=秋田・39歳)が回ります。大きな怪我を乗り越えた守澤選手は、久々の記念優出ですね。過去に別府記念を二度も優勝しているという相性のよさも注目で、このシリーズではなぜか“運”に恵まれるんですよね。全盛期にはおよばないでしょうが、それでもデキは上々でしょう。

 2車ラインとなった南関東勢は、深谷選手が先頭で、番手に岩本選手という組み合わせ。豪快に捲った準決勝のように、ここもワンツーを決めたいところです。そして唯一の3車ラインとなった近畿勢は、寺崎選手が先頭で番手が村田雅一選手(90期=兵庫・40歳)、3番手を固めるのが村上博幸選手(86期=京都・46歳)という布陣。村田選手も、このシリーズでデキのよさが目立っていた選手の一人ですね。

 そして九州勢は、阿部選手が先頭で、その番手を瀬戸晋作選手(107期=長崎・32歳)が回ります。強力な機動型を相手に、車番にも恵まれなかったここでどう立ち向かうのか。ひと工夫もふた工夫も必要となる厳しい戦いになると思われますが、阿部選手には地元代表で昨年覇者である者の意地をみせてほしいですね。それではそろそろ、決勝戦のレース回顧といきましょう。

地元阿部が譲って北日本勢が先頭へ

 レース開始を告げる号砲と同時に、素晴らしい飛び出しをみせたのが8番車の阿部選手。外から一気に先頭に立って、スタートを取ります。しかし、守澤選手が後から位置を主張してくると、そのほうが好都合な阿部選手はポジションを譲ります。これにより、北日本勢が先頭で、阿部選手が3番手に。その後ろの5番手には近畿勢の先頭である寺崎選手がつけて、後方8番手に深谷選手という初手の並びとなりました。

 後方となった深谷選手が動いたのは、青板(残り3周)周回の2センターから。誘導員との車間をきってそれを待ち構えていた新山選手はやはり突っ張って、赤板(残り2周)掲示を通過しました。深谷選手は無理せずに引いて、収まれそうなポジションを探りつつ自転車を下げていきますが、それを警戒する他のラインが散らばりながら前を追ったことで、深谷選手は再び最後方まで下げるしかありません。

深谷は動くも新山が突っ張って再び最後方へ…(写真提供:チャリ・ロト)

 初手と同じ並びに戻りつつバックストレッチを通過して、レースは打鐘を迎えます。そして打鐘後の2センターでは、後方に戻った深谷選手が再び始動。空いていた内の進路をすくって、前のポジションを狙いにいきました。しかし、全体のペースが一気に上がったのもあって、たどり着けたのは瀬戸選手の後ろまで。それでも、これによって近畿勢の戻る位置をなくすことに成功しました。

深谷は再始動も前まで届かず(写真提供:チャリ・ロト)

寺崎が進撃するも新山がさらにペースアップ

 そして最終ホームに帰ってきますが、外で浮かされるカタチとなった寺崎選手は、ここで仕掛けざるをえません。最終1センターの手前から捲り始動し、3番手を走る阿部選手の外まで進撃します。しかし、先頭の新山選手もそれに合わせるように、最終1センターからペースアップ。寺崎選手は前との差を一気に詰められず、今度はそれに合わせて3番手の阿部選手が、仕掛けて前を捲りにいきます。

 阿部選手と寺崎選手が内外併走で前に追いすがりますが、迫ってきた両者を守澤選手が内から軽くブロック。これで両者は外に振られ、寺崎選手はここで力尽きてしまいます。寺崎選手が外に振られたのをみた村田選手は、進路を内にきって守澤選手の後ろにスイッチ。その内を瀬戸選手が狙うという隊列で、最終3コーナーを回ります。深谷選手はこの時点でも後方のままで、挽回できる脚も残っていないようです。

 新山選手が先頭のままで最終2センターを回って、それを少し外に出した守澤選手が追走。その後ろからは村田選手と瀬戸選手、さらにその後ろから村上選手が追うという隊列で、最後の直線に向きます。外に振られた阿部選手は脚をなくして、一気に前との差を詰めてくるような気配はなし。レースを終始リードした新山選手が、後続を振り切るように最後の力を振り絞ります。

 30m線でも先頭で粘っていた新山選手ですが、外から差しにいった守澤選手の伸びがいい。その外からは村田選手と村上選手、内からは瀬戸選手が追いすがりますが、これは新山選手を捉えられるかどうかでしょう。そして、ゴール直前でのハンドル投げ勝負で少しだけ、でもハッキリと前に出ていたのは守澤選手でした。これが、自身通算5回目となるGIII優勝。そのうち3回が別府なのですから、本当に相性がいいですよね。

北日本ラインのハンドル投げ勝負は守澤に軍配!(写真提供:チャリ・ロト)

各ラインの明暗分けた“初手の位置取り”

 逃げた新山選手が2着に粘りきって、北日本ワンツー決着。僅差となった3着争いは、村田選手が少しだけ前に出ていました。阿部選手は、絶好のポジションを得るも力およばず6着という結果。深谷選手は7着、寺崎選手は9着と、こちらは人気に応えられない結果に終わっています。この決勝戦で各ラインの明暗を大きく分けたのは、なんといっても「初手での位置取り」でしょう。

明暗分けた“初手での位置取り”(写真提供:チャリ・ロト)

 現在のルールにおける初手の重要性は、このコラムでも繰り返し述べていること。思いきって前を斬りにいけませんから、前受けからの突っ張り先行が有利であるというのは、多くのファンが感じていることでしょう。しかもこの決勝戦には、それを得意とする新山選手が、しかも1番車に入っている。四分戦であっても、「斬って斬られて」が繰り返されるような展開になる可能性は、きわめて低いわけです。

 スタートダッシュが速い阿部選手の初手での動きはそれを見据えたもので、あまりに速すぎて自分がスタートを取るカタチになってしまいましたが、守澤選手が後から位置を主張してくれたので、喜んで位置を譲っています。車番通りに後ろ攻めとなったら、この決勝戦での深谷選手のように、無駄に脚を使わされて元の位置に戻ることになってしまう。それを避けるためにも、スタートで勝負をかけてきたわけです。

 結果的には6着に敗れてしまいましたが、これによって阿部選手は「北日本の直後3番手」という理想的なポジションを得て、勝負にいくことができている。それとは対照的に、南関東勢は初手でポジションを取れず、終始苦しいレースとなってしまいました。2番車の岩本選手は、初手で「最悪でも5番手」を確保せねばならなかったはず。南関東勢が完敗した最大の要因で、岩本選手は反省が必要でしょう。

寺崎は“手札”を増やす必要が…

 寺崎選手は“手札”の少なさが敗因ですよね。そのカタチがいちばん力を出しやすいとはいえ、初日特選から決勝戦まですべて「後方からの捲り」というワンパターンだと、周囲が警戒してくれないんですよ。勝ち上がりの過程でカマシ先行と捲りを使い分けるだけでも、ほかのラインが「ここではどう動くのか?」と警戒して、その動きを縛ることができる。だというのに、その利点を捨ててしまっているのが現状です。

寺崎浩平がビッグで勝つために必要なもの…(写真提供:チャリ・ロト)

 ここで、このシリーズに出場していた佐々木豪選手(109期=愛媛・29歳)のレース後コメントを引用しましょう。最終日の第8レースを勝った後のもので、netkeirinのニュース記事にもなっています。

「捲りが得意だけど、夏場は前もカカっちゃう。前に11秒前半くらいで行かれたら、10秒5とかで捲らないと届かない。そういうのもあって、いつも夏場は点数を落としちゃうし、前々に行こうと。今の競輪は前にいないと厳しい。ワッキー(脇本雄太選手)さんとかでも捲れないので。次の宮杯に向けて、そういう気持ちでやってました」

 確かに寺崎選手は、ビッグを狙えるほどの強さを身につけている。それでも、捲り一辺倒ではトップクラスには太刀打ちできないケースが出てきます。同県の先輩である“最強”脇本雄太選手(94期=福井・36歳)でも、相手関係や展開次第では捲り不発で、コロッと負けてしまう。その事実を踏まえて、寺崎選手はレースの組み立てという“手札”を、もっと増やすべきです。それなくして、ビッグは勝てません。

 それにしても、守澤選手の別府バンクとの相性のよさには驚かされますね。気づいていない方もいると思いますが、このシリーズでは初日から決勝戦まで、すべて「最終バック2番手」という理想的なポジションを走れていたのですよ。そういう“幸運”を、今回の守澤選手は持っていた。そして、長い時間をかけて、怪我でダメージを受けた身体も少しずつ戻してきていた。それらがすべて噛み合って、久々の優勝という最高にうれしい結果につながったのでしょうね。

“幸運”を持っていた守澤太志(写真提供:チャリ・ロト)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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