アプリ限定 2023/05/01 (月) 18:00 43
GI最高峰といわれる”ダービー”に向けて、脇本雄太は武雄記念完全優勝で弾みを付けて乗り込んでいく。平塚競輪場で5月2〜7日に開催されるGI「第77回日本選手権競輪」。162人の出場選手が、6日間の長丁場をかけて、日本一の競輪選手の座を目指す大舞台。ワッキーにとっての”ダービー”とは…。気になる抵抗勢力とは…。(取材・構成:netkeirin編集部)
1月終わりからの痛みは引いてきた。「引っ張ってはいるけど、治療をして治ってはいる。ただ練習の積み上げがなくなっている」と現状を明かす。地元の福井に拠点を戻し、治療は東京に行かないといけない。時間的制約がある。武雄記念の完全優勝も「状態としては良くはなってはいなかった」という。
12年ぶりに走るバンクで「以前の感覚とは全く違って、新しいバンクを走った感じ」だった。それでも圧倒的な人気に応え続けた。感じていたのは「お客さんが多くてすごかった。雨の日もあったのに、かなりの声援がありました」というファンの後押しだった。決勝は九州二段駆けを新山響平が先まくり。
「一番最悪な展開でした」
が、それに打ち勝った。決勝の時は雨も降り「痛みは気温が下がると出る、という感覚的なものもある。股関節の動きも…」と気になる面は発生していた「でも、売り上げが良かったみたいでうれしかったですね」。一時期の悲壮な表情ではなく、ワッキーらしさが戻っている。練習も「強度自体は痛みが出る前と同じくらいでできている。意図的に本数を減らしたりはしますけど」とできる限りのことはやれている。
武雄記念の2日目、3日目は九州の選手が後ろだった。二次予選の「(坂本)健太郎さんの時は車間の空き具合は気にしました。後ろがつきづらいのがあるので。健太郎さんは離れた後の対処も考えていたみたいですけど」もくらいついてきた。準決は同期の山田庸平が後ろで「庸平は付いてくるだろうから気は使っていない」そうだ。
武雄記念の前に戻ると、別府ウィナーズカップと高知記念は苦しんだ。ウィナーズカップは決勝にかろうじて勝ち上がると、ついに古性優作の後ろを回った。どうだったか。
「準決でイナショー(稲川翔)さんが離れたのを見て、すごいダッシュなんだろうなと気を付けました。あれだけ連係してきたのに離れるなんてことはないので。確かにトップスピードに上がるまでが早くて、正直、決勝は口が空いてました。なんとか自分のトップスピードで追いつけただけ」
古性の走り、仕掛けたポイント、気持ちはどう感じたか。決勝の前、ファンからは「お世話になっている脇本の前。古性は発進もあるんじゃないか」の声もあった。
「う〜ん、そうですね。でも自分は発進は望んでいない。ただあの仕掛け、早めでしたし、古性君の中にその要素はあったのかもしれない。でもその上で最後まであきらめないで戦ってくれた。自分もいつでもタテに踏む準備はしていたけど、後ろで見ていて、できなかったです。すごい選手だと思うし、あの姿を見て後輩たちに育ってほしい」
濃密な2023年の序盤を過ごし、ダービーが迫る。特別な思いはあるのか。「まず参加人数の多さが他のGIと違う。普段の12Rかける9人の108人の1.5倍の数です」。大会自体の雰囲気が全く違う。そこにいるだけで「プレッシャーに敏感になる。それを感じるのがこの大会」だ。
長丁場の過ごし方も重要だ。出走のない日がある。「その日に走る人と走らない人の温度差がすごいんです。気疲れもしちゃうし、それがモロにでる」。だからこそ、走らない日も大事なのだ。ダービーに参加した当初は「右も左もわからない状態だと、走っていないのに走った日と同じくらい疲れるんです」と苦労した。
「人それぞれなんですけど、空いた日を前検日の感覚にするという人もいますね」
持参するのは「本、かな。DVDはあんまり」という。武器ともいえるコーヒーは当然で「1人にならず、みんなで話したりもできるんで」と大切な癒しの時間になる。空いた時間で「コーヒーの本を読んで勉強するんですよ」と熱心な限りだ。
上位に定着してからは特選シードとなり、4日目に設定されているゴールデンレーサー賞への勝ち上がりの道がある。まず特選に集中し「ゴールデンレーサー賞に勝ち上がれれば、残りは後ろに3走に決まる。3日目を前検日だという感覚にします」が近年のスタイルだ。
日本一の競輪選手を決める大会。村上義弘さんは「ダービー」とは口にせず、「日本選手権」「選手権」という言葉にこだわっていた。「そうでしたね。でもオレはそんなことはなくてダービーでいいですよ(笑)。みんなが親しんでいるものに合わせます」と笑った後、「村上さんはそれだけ重んじていたのかもしれないですね」とつぶやいた。
GI最高峰ということでピークを作るものなのか。年間通して休みのない職業だ。大まかには「人によって違うでしょうけど、多くの選手は賞金の高いダービーとオールスターに仕上げていくでしょうね。ただ、自分としては6月岸和田の高松宮記念杯も地元近畿地区で気合を入れますし」と説明する。
参加選手が多いだけに、ライバルも多い。武雄記念で対戦した新山が輝きを取り戻している。「同じタイプでスピードのない人には脅威になりますね」。冷静に見極めている。2周逃げられることは相当な強みに見えるが「例えば、野口(裕史)さんみたいに新山より先行意欲の強い選手がいたらまた変わってくる。意外にモロいところも出る。ボクの戦法もそうですけど、どんな戦法にも弱点はあるので」と解析は済んでいる。
そして「もうどの地区も同等ですよ…」と苦笑いを浮かべた。脳裏に浮かんだのは新山ー新田祐大といった形だけでなく「深谷(知広)ー郡司(浩平)の並びもあるし、関東なら眞杉匠ー平原(康多)さんとか。前後はどっちになっても清水(裕友)ー松浦(悠士)が並ぶときついし、そこに町田太我や犬伏湧也も加わったら…」。勝ち続けているものの「大丈夫、とかはまったくない!」が本音だ。
このコラムを読む5歳の息子さんを持つ方からのメッセージが届いた。いつも息子さんが「脇本ちゃん何位だった?」と気にしているとのことで「ウフフ、光栄なことですね。もう“ちゃん”づけの年齢ではありませんが(笑)」と喜びを隠せない。「できるだけそういう夢を崩さないように頑張りたいですね」。日の丸を背負い、日本の自転車界を背負う男。双肩、いや双脚に求められるものがある。
プレッシャーではないのかーー。
「プレッシャーだったり緊張だったりは今の自分でもある。それのない戦いはあってはならないと思っている」
表情は戦士のそれになる。戦うこととは「緊張しないと力を発揮できないこともわかっているんです。本当の1着ですべてが変わる戦い。緊張感のないレースはただの練習」という位置づけがある。
それは自分が許さない。厳格に「緊張感がないとなった時は真剣に取り組んでいないということになるんで。そこはかなり気を使ってます」と、自らを律している。
痛みとの戦いもそこにはある。痛いから、痛むから、で速度を緩めたり、仕掛けを遅めにして踏む距離を短くしたりはしないのか、という素朴な疑問も浮かんでくる。
「ないです。そもそも痛みはレースの時は集中していて感じないから。終わった時に出るかどうか、だから」
レースに対する姿勢は普段見せる表情とは正反対。2度輝いている“ダービー王”“日本一の競輪選手”へ向かう。
「武雄記念から中5日。スケジュール的にはハードになるけど、武雄を走ってダービーを戦える確信はある。6日間、長いですけど戦い抜きたい」
脇本雄太
Yuta Wakimoto
脇本雄太(わきもとゆうた)。1989年福井県福井市生まれ、日本競輪学校94期卒。競輪では特別競輪9勝、20年最優秀選手賞を受賞。自転車競技ではリオ、東京と2度オリンピック出場、20年世界選手権銀メダル獲得。ナショナルチームで鍛えられた世界レベルの脚力とメンタルは競輪ファンからの信頼も厚く、他の競輪選手たちに大きな刺激を与えている。プライベートではゲーム・コーヒー・麻雀など多彩な趣味の持ち主。愛称は”ワッキー”。