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山田裕仁のスゴいレース回顧

【瀬戸の王子杯争奪戦 回顧】厳しい結果も力をみせた太田海也

2023/03/30 (木) 18:00 33

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが玉野競輪場で開催された「瀬戸の王子杯争奪戦」を振り返ります。

5年ぶり2度目のGIII優勝を飾った小原太樹(中央)(撮影:島尻譲)

2023年3月29日(水)玉野12R 開設72周年記念 瀬戸の王子杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①松浦悠士(98期=広島・32歳)
②吉澤純平(101期=茨城・38歳)
③佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
④森田優弥(113期=埼玉・24歳)
⑤渡邉雄太(105期=静岡・28歳)
⑥太田海也(121期=岡山・23歳)
⑦坂井洋(115期=栃木・28歳)
⑧小原太樹(95期=神奈川・34歳)
⑨荒井崇博(82期=長崎・44歳)

【初手・並び】
←⑥①⑨(混成)③(単騎)④⑦②(関東)⑤⑧(南関東)

【結果】
1着 ⑧小原太樹
2着 ①松浦悠士
3着 ③佐藤慎太郎

地元記念で優出を果たした太田海也

 3月29日には岡山県の玉野競輪場で、瀬戸の王子杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われました。このシリーズに出場していたS級S班は、佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)と新田祐大選手(90期=福島・37歳)、松浦悠士選手(98期=広島・32歳)の3名で、そのほかにも近況好調な三谷竜生選手(101期=奈良・35歳)や、荒井崇博選手(82期=長崎・44歳)などが出場。なかなか骨太なメンバーですよね。

 しかし、話題の中心となったのは、なんといっても太田海也選手(121期=岡山・23歳)でしょう。自転車競技のナショナルチームにも所属する121期のルーキーで、「UCIネーションズカップ」では、なんと4つものメダルを獲得。競輪選手養成所を早期卒業しているように、そのポテンシャルは並々ならぬものがあります。

ポテンシャルの高さを見せた太田海也(撮影:島尻譲)

 2024年のパリ五輪を目指しているのもあって、競輪への出場は地元記念であるこのシリーズが今年初。それだけに、競輪のレース勘がどうなのかなど課題はありましたが、積極的にバックを取る走りで見事に決勝戦まで勝ち上がってきました。しかも決勝戦では、中国地区のトップである松浦選手と初連係。懸念されていた疲れも見られず、しっかりと走れるデキにあるようでした。

 このシリーズでの新田選手は少し調子を落としていた印象で、残念ながら準決勝で敗退。そのレースを勝った荒井選手は中国勢の後ろについて、西の混成ラインを形成します。3名が勝ち上がった関東勢は、森田優弥選手(113期=埼玉・24歳)が先頭を任されました。番手が坂井洋選手(115期=栃木・28歳)で3番手を固めるのが吉澤純平選手(101期=茨城・38歳)と、こちらもなかなか強力なラインナップです。

 そして南関東勢は、渡邉雄太選手(105期=静岡・28歳)が前で小原太樹選手(95期=神奈川・34歳)が番手という並びに。渡邉選手も自力はありますが、太田選手と森田選手が主導権を争いそうなここは、どういうレースをするか考えどころでしょう。そして、佐藤選手は単騎での勝負を選択。だいぶ調子を戻してきた印象で、しかも決勝戦は混戦模様となりましたから、単騎とはいえ侮れません。

太田と森田、若手二人の熾烈な主導権争い

 ではさっそく、決勝戦のレース回顧に入っていきます。スタートの号砲が鳴って、外から飛び出していったのは小原選手。しかしこれを内から制して、松浦選手が先頭に立ちました。その後に太田選手を前に迎え入れて、西の混成ラインは前受けからレースを組み立てます。その直後に潜り込んだのが単騎の佐藤選手で、関東勢は中団5番手からに。そして後方8番手に渡邉選手というのが、初手の並びです。

 レースが動き始めたのは、赤板(残り2周)の手前から。まずは関東ラインの外に出した渡邉選手が、そこから前を抑えにいきそうな気配を漂わせますが、先頭の太田選手は突っ張る姿勢。赤板を通過して先頭誘導員が離れたところで、太田選手が前へと踏んで主導権を主張します。これをみた渡邉選手は、無理せず元のポジションに回帰。赤板周回の2コーナーでは、再び一列棒状の隊列となりました。

 ここで先頭の太田選手がペースを緩めますが、そのタイミングを狙いすまして前を叩きにいったのが、中団にいた森田選手。鋭いダッシュで先頭との差をあっという間に詰めますが、ライン3番手の吉澤選手がついていけず、連係を外してしまいます。森田選手は打鐘で先頭に並びかけますが、内の太田選手も全力で踏んでこれに応酬。早々と、熾烈な主導権争いが繰り広げられます。

最終2センター、外から森田優弥(4番・青)が進出。太田(6番・緑)との主導権争いに(撮影:島尻譲)

 ここで今度は荒井選手が連係を外して、その前に吉澤選手が入るカタチに。先頭は中国2車と関東2車のもがき合いとなり、最終ホームまで太田選手と森田選手の真っ向勝負が続きますが、太田選手が森田選手の猛攻をなんとかねじ伏せました。しかし、そのままでは終われないとばかりに、森田選手はバンクを降りつつ松浦選手を内に押し込めて抵抗。負けじと松浦選手も、森田選手を押し返して態勢を立て直します。

最終ホーム、松浦悠士(1番・白)を押し込む森田(4番・青)(撮影:島尻譲)

 太田選手が主導権を奪いきった…と思われた矢先、今度は後方から渡邉選手が襲いかかりました。前がもがき合う絶好の展開をモノにすべく、外から猛スピードで捲って先頭に迫る渡邉選手。態勢を立て直した直後の松浦選手はブロックにいけず、最終2コーナーを回ったところで太田選手を飲み込み、一気に先頭へと躍り出ます。ここまでよく踏ん張っていた太田選手も、さすがに力尽きて失速しました。

 それを察した松浦選手が切り替えて前へと踏み、先頭に立った渡邉選手の後ろを狙いにいきますが、小原選手は飛びつかせる隙を見せずに番手を死守。松浦選手の後ろからは坂井選手や荒井選手が前を追いますが、道中でかなり脚を使っているのもあって、ここから伸びてくる気配はありません。ここまでじっと動かずに機をうかがっていた単騎の佐藤選手は、最終バックを過ぎてもまだ最後方のままです。

 最終3コーナーでは渡邉選手と小原選手が抜け出して、その後を松浦選手と坂井選手が追うカタチに。展開が向いた南関東の捲り一発が決まったか…という態勢で最終2センターを回りますが、ここでうまくコースを見つけた佐藤選手が、最後方から内の最短コースを通って、一気に前へと迫ります。3番手を走る松浦選手も、タフな展開でしたが脚はまだ残っている様子。そしてレースは、最後の直線へと入りました。

最終バック、ここまで脚を溜めていた南関東ラインの2人(5番・8番)が抜け出す(撮影:島尻譲)

 先頭の渡邉選手が逃げ込みをはかりますが、これを差しにいった小原選手がいい伸びをみせて、外から並びかけます。その外からは松浦選手もジリジリと伸びてきますが、一気に前を捉えきるほどの勢いはありません。そこに鋭い脚で襲いかかったのが佐藤選手で、伸び脚は断然ですが届くかどうか。そこで渡邉選手の脚が止まり、小原選手と松浦選手、佐藤選手が横並びでゴールラインを駆け抜けました。

 わずかに前に出ていたのは、渡邉選手の番手から抜け出した小原選手。2018年の川崎以来となる二度目のGIII制覇を、ここ玉野の地で決めました。最後よく差を詰めた松浦選手が2着で、僅差の3着に最後方から驚異的な伸びをみせた佐藤選手。豪快な捲りで観衆を沸かせた渡邉選手は、最後に失速して4着という結果でした。混戦模様の一戦だとは思っていましたが…荒れましたねえ。

気持ちが伝わってきた森田の走りと松浦、佐藤の勝負勘に拍手

 注目された太田選手は、最下位9着という厳しい結果に。とはいえ、「前受けから誰が来ても突っ張って主導権」というのは、やや消極的なレースとなった準決勝を踏まえてのもので、森田選手の猛攻をねじ伏せた走りは見どころ十分だったと思います。スピードはもちろんのこと、トップクラスの競輪選手に欠かせないメンタルの強さもある。ここからどういう選手に成長していくのか、先々が楽しみですよ。

 レースをエキサイティングなものにした殊勲賞は森田選手。渡邉選手が引いてから間髪を入れずに仕掛けましたが、アレがなければ打鐘まで何の動きもなく、そのままあっさりと太田選手が主導権を奪うような展開になってしまいますからね。「太田選手には絶対に先行させないという気持ちで挑んでいた」というのが、走りからも伝わってきました。いい結果は出せませんでしたが、坂井選手や吉澤選手が後ろについていたここは、気持ちで負けていられませんから。

 あのタフな展開のなかを優勝争いまで持っていったのですから、2着の松浦選手もさすがですよ。優勝したウィナーズカップと同様、いかにも調子がいいという感じではなかったんですが、それでも“巧さ”で結果を出すのだから素晴らしい。これは3着だった佐藤選手も同じで、最終バック過ぎでも9番手だったことを考えると、この結果は驚き。勝負になるコースを選べる能力は、本当に誰にも負けませんね。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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