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山田裕仁のスゴいレース回顧

【瀬戸の王子杯争奪戦 回顧】この“悔しさ”が競輪選手を強くする

2021/03/08 (月) 18:00 9

記念競輪初制覇をゴール寸前で逃した取鳥雄吾選手(8番車)にとって悔しい2着となった

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが、瀬戸の王子杯争奪戦in広島を振り返ります。

2021年3月7日 広島12R 玉野競輪開設70周年記念 瀬戸の王子杯争奪戦in広島(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①和田健太郎(87期=千葉・39歳)
②岩津裕介(87期=岡山・39歳)
③松浦悠士(98期=広島・30歳)
④黒沢征治(113期=埼玉・28歳)
⑤清水裕友(105期=山口・26歳)
⑥小川勇介(90期=福岡・36歳)
⑦太田竜馬(109期=徳島・24歳)
⑧取鳥雄吾(107期=岡山・26歳)
⑨山田英明(89期=佐賀・37歳)

【初手・並び】
←⑨⑥(九州)⑦⑧②(中四国)④①(関東+南関東)⑤③(中国)

【結果】
1着 ③松浦悠士
2着 ⑧取鳥雄吾
3着 ①和田健太郎

好調な選手が走る決勝戦は能力上位でも…

 3月7日(日)に決勝戦が行われた、瀬戸の王子杯争奪戦in広島(G3)。スタンド改装にともなう代替で広島競輪場での開催ですが、じつは岡山県にある玉野競輪場の「記念」なんですね。ですからこのシリーズは、岡山と広島の選手がどちらも「地元」という意識で戦っていたイメージ。どの選手も、ここを目標に身体をしっかり仕上げてきていたという印象を受けましたね。

 注目はもちろん、中国地区の大看板である、松浦悠士選手(98期=広島・30歳)と清水裕友選手(105期=山口・26歳)のゴールデンコンビ。初日の特選から好内容でワンツーを決めるなど、調子のよさも目立っていましたね。とくにデキがよかったのが、広島がホームバンクである松浦選手や、岡山勢の取鳥雄吾選手(107期=岡山・26歳)でしょうか。

 中四国からは5人が勝ち上がりましたが、松浦&清水のゴールデンコンビと、太田竜馬選手(109期=徳島・24歳)に先頭を任せた中四国ラインが“別線”に。これで決勝戦が、がぜん面白くなりました。というのも、このメンバー構成と並びだと、ゴールデンコンビといえども厳しい展開になる可能性が高いからです。有利か不利か「だけ」でいえば、太田選手が先頭の中四国ラインのほうが有利ですよ。

 逃げて主導権を取る可能性が高いのは太田選手で、後ろに岡山の選手がいるのを考えると、かなり早めから仕掛けてきそうですよね。それに、勝ち上がりの内容がよくて機動力もある黒沢征治選手(113期=埼玉・28歳)も、黙ってはいません。少しでも自分に有利な展開を作り出そうと、アレコレ考えてきます。となると、山田英明選手(89期=佐賀・37歳)の出方次第では、清水選手が最後方からになるケースもなくはない。

 実際このシリーズでの松浦選手と清水選手は、「前受け→他のラインに抑えられる→後方から→それでも完勝」といったカタチで勝ち上がってきています。でも、調子のいい選手だけが走る決勝戦では、そう簡単にはいきませんからね。しかも、機動力のある選手が多い細切れ戦にもなった。こうなると、能力的には“格上”であっても、展開ひとつでひっくり返されてしまう。それが、競輪の面白いところでもあります。

これからの取鳥の成長に期待したい

 そして実際に、決勝戦はゴールデンコンビにとって厳しい展開となりました。スタート直後に前の位置を取りにいったのは、九州勢。後方にいた清水選手は赤板(残り2周)で前に出ますが、その動きをまずは黒沢選手が切りにいって、さらに太田選手もその動きを叩きにいく。結果的に逃げたのは中四国ラインで、黒沢選手が4番手、清水選手は6番手。初手で前受けを選んだ山田選手は、その後はとくに動かず8番手です。

 早くから踏んでいった太田選手の果敢な逃げで、この態勢は打鐘でも、最終ホームでも変わらず。最終1センター手前から清水選手が仕掛けますが、それを前で待っていた黒沢選手に合わされてしまい、捲りは不発に終わります。そして最終バックでは取鳥選手が、猛追する黒沢選手の動きに合わせて番手捲り。そのまま押し切ろうとするところに、黒沢選手の番手にいた和田健太郎選手(87期=千葉・39歳)が迫ってきます。

 まさに“絶好”の展開となった取鳥選手。しかも、内をこじ開けるようなカタチとなった和田選手は、少し伸びを欠いている。これなら押し切れるーーそんな希望を一瞬で絶望の淵まで叩き落としたのが、清水選手の番手から切り替えて、内をさばいて勝負圏内にまで進出していた松浦選手。前にいた和田選手が内にコースを取ったことで、直線では少し外に出すだけでいいという、まったくロスのない立ち回りができましたね。

 そこから一瞬にして先頭まで突き抜けた松浦選手が、余裕のゴールイン。厳しい展開となったのもなんのその、まさに力の違いを見せつけるような勝ちっぷりで、モノが違ったとしか言いようがないですね。いやもう、本当に強い(笑)。そして2着に、最高のデキと展開で“横綱”に挑むも、叩きのめされたカタチとなった取鳥選手。ゴール後に、ガックリとうなだれている様子が印象的でした。

 太田選手の素晴らしいダッシュ、最高の逃げで理想的なレース運びができて、それでも完敗だった。しかも、デキがいいのは自分自身がいちばんよくわかっていますからね。ショックなのは当然ですが…でも、それでいい。よく使われる表現ですが、上を目指す競輪選手は、この悔しさをバネにしなきゃダメなんです。叩かれて、それでも這い上がって強くなる。どこまでも、その繰り返しですよ。

 取鳥選手は26歳とまだ若くて、いい素質もある。だからこそ、「悔しさをバネにさらなる飛躍を」などという無難で柔らかい表現ではなく、ストレートに「この悔しさをバネにしろ!」と言いたいですね。同地区に“本当の強さ”を持つ選手がいると、こういう勝負をかけた一戦では悔しい結果になる場合も多いですが、その強さを身をもって感じられるのは本当に大きい。最強の敵であり、同時に心強い仲間でもあるわけですから。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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