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山田裕仁のスゴいレース回顧

【瑞峰立山賞争奪戦 回顧】これぞ自力選手の“模範”となる走り

2022/08/24 (水) 18:00 39

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが富山競輪場で開催されたGIII「瑞峰立山賞争奪戦」を振り返ります。

瑞峰立山賞争奪戦を優勝した松浦悠士。今年3度目のGIII優勝となった(撮影:島尻譲)

2022年8月23日(火) 富山11R 開設71周年記念 瑞峰立山賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①平原康多(87期=埼玉・40歳)
②荒井崇博(82期=佐賀・44歳)
③小倉竜二(77期=徳島・46歳)
④和田圭(92期=宮城・36歳)
⑤松浦悠士(98期=広島・31歳)
⑥竹内雄作(99期=岐阜・34歳)
⑦宿口陽一(91期=埼玉・38歳)
⑧山口拳矢(117期=岐阜・26歳)
⑨吉澤純平(101期=茨城・37歳)

【初手・並び】
←⑨⑦①④(関東+北日本)②(単騎)⑧⑥(中部)⑤③(中四国)

【結果】
1着 ⑤松浦悠士
2着 ①平原康多
3着 ④和田圭

開催通して実績上位選手が力を出し切っていた

 8月23日には富山競輪場で、瑞峰立山賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われました。先日のオールスター競輪(GI)でも活躍していた松浦悠士選手(98期=広島・31歳)など、ここには3名のS級S班が出場。そのほかにも、荒井崇博選手(82期=佐賀・44歳)や山口拳矢選手(117期=岐阜・26歳)など注目度の高い選手が出場と、なかなか選手レベルの高いシリーズとなりましたね。

 初日特選を走っていた選手のうち7名が決勝戦に進出と、勝ち上がりの過程もかなり順当だったイメージ。それはつまり、強い選手が力を出せるいいデキで出場していたということに他なりません。オールスター競輪(GI)の準決勝で落車していた平原康多選手(87期=埼玉・40歳)も、その影響が感じられない動きのよさ。決勝戦で人気を集めたのも納得のデキでしたね。

 3名が決勝戦に勝ち上がった関東勢の先頭は、吉澤純平選手(101期=茨城・37歳)に任されました。番手を回るのが宿口陽一選手(91期=埼玉・38歳)と、初日特選とは前後が入れ替わるカタチに。3番手が平原選手で、4番手は北日本の和田圭選手(92期=宮城・36歳)が回ります。和田選手が単騎ではなく、関東勢の後ろを回ると決めたことで、“数の利”はかなり大きくなったといえるでしょう。

 松浦選手は、小倉竜二選手(77期=徳島・46歳)との連係で中四国ラインを形成。小倉選手が自分の後ろにいてくれるというのは、松浦選手にとってかなり心強いですよ。とはいえ、質・量ともに強大である関東勢にどう対抗するかは、なかなか難しいところ。ラインの分断を仕掛けやすいメンバーでもないですから、レースの組み立てが上手な松浦選手がどのような走りをするのか、興味深いですよね。

 2名が勝ち上がった中部勢ですが、山口拳矢選手(117期=岐阜・26歳)と竹内雄作選手(99期=岐阜・34歳)は、同じ師匠をもつ“同門”コンビ。さらにいえば、どちらも共同通信社杯(GII)を勝っているのに、まだ記念での優勝がないという不思議な共通項があります。結束が非常に強いラインですから、この決勝戦では関東勢を引っかき回すようなレースを仕掛けてくる可能性アリ。その動きが注目されます。

 そして最後に、単騎での勝負を選択した荒井崇博選手(82期=佐賀・44歳)。オールスター競輪(GI)が「準決勝で2位入線も斜行で失格」という悔いの残る結果だっただけに、ここは力が入るでしょうね。単騎なので取れる選択肢はけっして多くはないですが、少しでもいい結果を残して、獲得賞金の上積みを図りたいところです。

 富山は333mバンクで基本的には先行有利ですから、“数”でも勝る関東勢は積極的に主導権を取って、前で粘るような競輪を仕掛けてくるはず。なので他のラインは、そのプランをいかにひっくり返すかを考えて走る必要があります。そのあたりも踏まえて、実際のレースがどうなったかを振り返っていくとしましょう。

スタートでの不利な局面を覆した松浦の一手

スタート後、山口拳矢(桃)と平原康多(白)が先頭をうかがう(撮影:島尻譲)

 スタートが切られて最初に飛び出していったのは、山口選手。勢い的にはスタートを取りきったように思われたんですが、その後に平原選手が挽回して、結局は関東勢の前受けとなりました。5番手には単騎の荒井選手がつけて、山口選手は6番手から。そして最後方に松浦選手が先頭の中四国勢というのが、初手の並びです。初手でこの位置というのは、松浦選手にとって大きな“逆風”だったでしょう。

松浦(黄)と小倉竜二(赤)の中四国ラインはレース序盤は最後方に置かれる(撮影:島尻譲)

 しかし、ここからが本当に素晴らしかった! 青板(残り3周)のバック手前で前との車間をきって助走距離をつくると、「絶対に突っ張れないほどのスピード」で一気にカマシて、先頭の吉澤選手を斬りにいきました。吉澤選手は誰がきても前で突っ張るつもりだったと思いますが、これほど早いタイミングで、しかもこんなスピードで前を斬りにくるというのは想定外。当然ながら、まったく抵抗できません。

 この松浦選手の動きに続いたのが山口選手で、赤板前の2センターで早々と始動。中四国ラインが前に出切ったところを、こちらも全力の猛スピードで叩きにいきます。松浦選手は抵抗せずに、中部勢を前に出す構え。山口選手は赤板(残り2周)通過と同時に先頭に立つと、そのまま全力モードを継続。前で突っ張って主導権を奪うはずの関東勢が、後手を踏んで後方からという、想定とは真逆の展開となりました。

 打鐘を迎えても、この隊列は変わらないまま。吉澤選手も、打鐘後の2センターあたりから仕掛けて捲りにいこうとしますが、先頭の山口選手のかかりがいいので、そう簡単には差を詰められません。松浦選手の後ろを回る小倉選手の巧みなブロックもあって、ほとんど差を詰められないままで最終ホームを通過。ここで、山口選手の番手を走っていた竹内選手が、早々と番手捲りにいきました。

 竹内選手が先頭で、そのハコに松浦選手という隊列に変わって、1センターを追加。関東勢は吉澤選手が力尽きて、今度は番手の宿口選手が前へと襲いかかります。しかし、こちらも一気に前を飲み込むような伸びはなく、小倉選手の外に並びかけるところまでいくのが精一杯。3コーナー手前で小倉選手に軽くブロックされたことで宿口選手は少し外に振られて、脚も鈍ってしまいます。

最終2センター、竹内雄作(緑)の番手から仕掛けのタイミングをうかがう松浦(撮影:島尻譲)

 時を同じくして、竹内選手の後ろで仕掛けるタイミングをうかがっていた松浦選手が前へと踏んで、先頭に並びかけます。その後ろに続くのは小倉選手と、関東ライン3番手の平原選手や、その後ろを回っていた和田選手。さらに荒井選手も続きますが、こちらは前との距離がまだけっこうある。平原選手は外、和田選手は内を突くことを選択して、最後のコーナーを回ります。

 松浦選手は直線の入り口で竹内選手を捉えて先頭に立ちますが、さすがに脚には余力がほとんどないようで、後続を突き放すようなスピードはありません。そこを目がけて内からは和田選手が迫りますが、小倉選手のブロックで内へと押し込められたのもあってか、先頭には届きそうにない。同じく、松浦選手マークの小倉選手も、差せるほどの余力はありませんでしたね。

 しかし、そこで外から飛んできたのが、道中で脚を消耗していない平原選手。矢のような伸びで、先頭の松浦選手に襲いかかります。さらにその外から荒井選手も伸びてきていますが、こちらは道中最後方というポジションの悪さもあって、間に合いそうにない。前で粘る松浦選手と外から伸びる平原選手が、キレイに横並びとなったところが、ゴールラインでした。

強い選手やラインが存在する時に必ず考えてもらいたいこと

 勢いは完全に平原選手でしたが、写真判定でほんの少しだけ前に出ていたのは、松浦選手のほう。序盤から脚を使うタフな展開となったにもかかわらず、関東勢のレースプランを完全に封殺した上で自分が優勝するという、非常に強い内容で押し切ってみせました。このレースで松浦選手がみせた走りは、もう脱帽モノですよ。すべての自力選手にとって“お手本”となりうる、本当に素晴らしいものです。

 強い相手やラインがいるレースでは、その相手が嫌がることをするというのが、基本中の基本。この決勝戦でいえば「関東ラインの突っ張り先行を許さない」ことが、その力を削いで自分が優勝する可能性を高めることにつながります。であるにもかかわらず、何の工夫もせずに「初手で最後方だからとりあえず前を斬りにいく」ようなレースをする選手が、なんと多いことか! 今回の松浦選手を、本気で見習ってほしいですよ。

 よく見受けるのが、前受けした強いラインを後方から斬りにいこうとするも、ちょっと抵抗された程度であっさり引いて元のポジションに戻り、結局はそのまま主導権を奪われて何もできずに終わる…といったパターン。中途半端すぎて何の意味もないどころか、脚を使うぶんだけマイナスですよね。絶対に前を斬らねばならない場合には、断固たる姿勢で徹底的にやるべき。それを体現してみせたのが、今回の松浦選手なんです。

 序盤から脚を使って、絶対に突っ張れないスピードで前を斬りにいった松浦選手。初手で最後方という分が悪い盤面を、あの一撃で見事にひっくり返してみせました。自分が前を斬ることで中部勢も後に続く=関東勢を後方に置けると見越した動きで、山口選手に主導権を取らせれば絶好の3番手からレースができるというところまで、完全に読み切っていたと思いますよ。

 松浦選手マークの小倉選手にも結果を出してほしかった…という見方があるかもしれませんが、今回の松浦選手を番手で追走しているだけでかなり脚を使わされますから、最後の直線で差せる余力なんてないですよ。それに、随所で小倉選手らしい仕事をして、松浦選手の優勝をアシストしている。着順こそ5着に終わりましたが、マーク選手としての「結果」はしっかり出しているんです。

 松浦選手にあのレースをされてしまうと、関東勢は正直なところお手上げ。それでも必死にバトンを繋いで、平原選手が優勝に手が届くところまでいきましたからね。主導権を取った中部勢については…正しくは「松浦選手に主導権を取らされた」なんですけど、最終ホームから番手捲りにいった竹内選手に、もうひと呼吸だけ仕掛けを遅らせる余裕がほしかったですかね。竹内選手があのタイミングで仕掛けたことで、おそらく松浦選手はほくそ笑んだことでしょう。

 関東ラインが嫌がることを徹底的にやった松浦選手とは対照的に、竹内選手は松浦選手が喜ぶような、早いタイミングの仕掛けをしてしまった。この“差”こそが、脚力だけではない松浦選手の強さなんですよね。文句なしに満点がつけられるレースメイクで、いいものを見せてもらったという感覚すらあります。

自分が勝つためには何をすべきかを深く考えられるのが松浦の強み(撮影:島尻譲)

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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