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山田裕仁のスゴいレース回顧

【北条早雲杯争奪戦 回顧】思い切りのよさが生んだ“圧勝”劇

2022/08/29 (月) 18:00 35

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小田原競輪場で開催されたGIII「北条早雲杯争奪戦」を振り返ります。

優勝した深谷知広(撮影:島尻譲)

2022年8月28日(日) 小田原12R 開設73周年記念 北条早雲杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①郡司浩平(99期=神奈川・31歳)
②清水裕友(105期=山口・27歳)
③坂口晃輔(95期=三重・34歳)
④松谷秀幸(96期=神奈川・39歳)
⑤和田真久留(99期=神奈川・31歳)
⑥佐藤龍二(94期=神奈川・34歳)
⑦深谷知広(96期=静岡・32歳)
⑧田中晴基(90期=千葉・36歳)
⑨浅井康太(90期=三重・38歳)

【初手・並び】

←⑨③(中部)②(単騎)⑦⑧(南関東)①⑤④⑥(南関東)

【結果】
1着 ⑦深谷知広
2着 ①郡司浩平
3着 ⑤和田真久留

郡司の一言で別線になった関東勢6名

 8月28日には神奈川の小田原競輪場で、北条早雲杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。ここには、守澤太志選手(96期=秋田・37歳)と郡司浩平選手(99期=神奈川・31歳)、清水裕友選手(105期=山口・27歳)と、3名のS級S班が出場。なかでも地元での戦いとなる郡司選手に、大きな期待が集まっていました。なかなか調子もよさそうで、地元で非常に強いという実績もあります。

 その期待に応えて、郡司選手は初日特選からオール1着で決勝戦へと進出。また、その他の南関東勢も好調で、なんと過半数となる6名が決勝戦に勝ち上がっています。その並びですが、ひとつのラインでの結束はなく、地元・神奈川の4名とそれ以外で分かれて戦うことに。郡司選手が「5番手や6番手の選手にチャンスがなくなる」と言ったのが、別線となった理由のようですね。

他選手のチャンスを潰さないため“あえて”の別線を選んだ郡司浩平(撮影:島尻譲)

 神奈川勢の先頭は、その郡司選手。番手を回るのは、初日特選で落車するも、そのダメージを感じさせない走りで決勝戦に乗ってきた和田真久留選手(99期=神奈川・31歳)です。3番手が松谷秀幸選手(96期=神奈川・39歳)で、4番手を佐藤龍二選手(94期=神奈川・34歳)が固めるという布陣。小田原の333mバンクを知り尽くしている面々でもあり、ラインでの上位独占を目指す走りをしてきそうです。

 もうひとつの南関東勢は、深谷知広選手(96期=静岡・32歳)が前で、その後ろに田中晴基(90期=千葉・36歳)という組み合わせ。普段から郡司選手とよく連係している深谷選手だけに、どういう走りで神奈川勢に挑んでくるのか、興味深いところです。このシリーズでの深谷選手は、積極的に先行する走りをしていて、しかもその内容が非常にいい。デキのよさはかなり目立っていましたよ。

 2名が勝ち上がった中部ラインは、浅井康太選手(90期=三重・38歳)が前を回ります。“数”の力で圧倒する南関東勢にどう対抗するかですが、相手が二手に分かれたのは追い風でしょう。脚力はもちろん、立ち回りの巧さにも定評のある浅井選手ですから、思いきったレースで存在感を発揮してくれそう。その番手は坂口晃輔選手(95期=三重・34歳)で、同県らしい結束の固さにも期待がもてます。

 そして、唯一の単騎が清水選手。能力が能力だけに単騎でも軽視はできませんが、それほど調子がよさそうな印象はないだけに、ここは立ち回りの巧さが求められてきます。車番はいいですから、レース展開を読んで主導権を奪うラインの直後につけるなどして、勝負できるポジションを確保したいところ。積極的に先行しそうなのは深谷選手なので、その動きにうまく乗れるかどうか、ですかね。

レースは中部勢の意外な初手ではじまった

 では、レース回顧に入っていきます。スタートの号砲が鳴ると同時に飛び出していったのは、意外にも浅井選手と坂口選手。つまり、最初から「前受けからのレースの組み立て」を狙っていたということです。単騎の清水選手がその直後につけて、中団4番手に深谷選手。そして神奈川勢は後方6番手からという、レース前の想定とは大きく異なる初手の並びとなりました。

中部勢が前受けという意外な並びに(撮影:島尻譲)

 レースが動き始めたのは、赤板(残り2周)前の3コーナーあたりから。郡司選手が後方から、ゆっくりとポジションを押し上げていきます。おそらく、中団の深谷選手を抑えにいったのだと思いますが、ここでアクシデントが発生。田中選手が深谷選手の後輪と接触して、落車してしまいます。通常だと落車など起こるわけがないタイミングですから、どの選手も驚いて、まずは状況を確認。レースの動きが止まりました。

 神奈川勢の3番手にいた松谷選手が落車に巻き込まれそうになりましたが、なんとか回避。各ラインともに態勢を立て直しつつ、一団に密集したカタチで赤板を通過します。先頭は浅井選手のままですが、ここで郡司選手がじんわりと前に出て、1センター過ぎで先頭をうかがいます。浅井選手は突っ張らずに少し下げて、外にいる神奈川勢の動向を注視。その内からスッと動いたのが清水選手で、郡司選手の前に出て先頭に立ちました。

深谷選手が発動した驚異的なカマシ

 ここで思いきった手に出たのが、最後方の外で気配を消していた深谷選手。番手の田中選手が落車したことで単騎となりましたが、それでも「自分がやるべきことは何も変わらない!」とばかりに腹をくくって、バックに入ったところからの猛ダッシュで一気に先頭に。小田原のきついカントを利用した“山おろし”での大カマシで、先頭を奪ってからも後続との差をどんどん広げていきます。

最後尾にいた深谷知広(橙)
全員が深谷選手を確認、レースが一気に加速した(撮影:島尻譲)

 誰も動かないスローの展開で、しかもいったん周囲のマークが外れてからの単騎での思いきったカマシ。これが決まって、後続に大きな差をつけられた時点で、このレースの勝負が決まったといえるでしょう。打鐘前からの早い仕掛けでしたが、333mバンクでの1周半ならば、深谷選手は最後まで止まらず走り抜くことができる。後続が慌てて追いかけても、詰められる距離には限度がありますからね。

 2番手の清水選手も全力で踏んで前を追いますが、離れた先頭にいる深谷選手も全力で踏んでいるので、仕掛けを合わされているのと同じ。ここで、内の5番手にいた浅井選手が松谷選手のポジションを奪って、神奈川勢の3番手を確保します。強力ラインの分断に成功したとはいえ、先頭で軽快に逃げる深谷選手との差は、絶望的なもの。手計測ですが、最終ホーム通過時には、深谷選手と清水選手との間に約1.5秒もの大差がついています。

後続を置き去りに鮮やかなダッシュでゴールへ

 先頭の深谷選手が圧倒的なリードを保ったままで、最終1センターを通過。最終バックの手前から郡司選手が仕掛けて、2番手を走る清水選手を捲りにいきますが、この時点で郡司選手も「深谷選手には届かない」とわかっていたと思いますよ。それでも諦めずに前を必死に追い、深谷選手の脚色も少しずつ鈍ってはくるのですが、いかんせん前との差が大きすぎました。

独走する深谷知広
フレームアウトした深谷選手を追う7名(撮影:島尻譲)

 結局、最後の直線に入っても大きなリードを保っていた深谷選手が、そのまま逃げ切ってゴールイン。2017年の青森記念以来となる、久々の記念優勝を決めました。7車身差の2着が郡司選手で、3着に和田選手。4着が浅井選手で5着が坂口選手ですから、清水選手が力尽きて6着に終わった以外は、深谷選手が仕掛けて以降に並んだ順番のままでゴールしていることになります。

 5年ぶりのうれしい記念優勝となった深谷選手。勝つときはえてしてそういうものですが、このレースではすべてが本当にうまく噛み合いましたね。各ラインが「動き出すのをできるだけ遅くしたい」と考えるスローの展開のなかで、最高のタイミングでカマシて圧倒的なリードを確保できた。デキのよさも手伝って、ダッシュの鋭さやかかりのよさも満点だったと思います。

深谷選手を追いかけた選手たちについて

 これほどの力があって記念優勝が5年も遠のいていたのは、自分の勝ちパターンがあるがゆえに、駆け引きの“幅”が狭いから。それもあって、史上最速でのGI優勝を達成し、ナショナルチームのメンバーでもあったほどのポテンシャルの高さを、活かしきれていないんですよね。そこが歯がゆいところでもあったわけですが、このシリーズでの思い切りのいい走りは、そういった面を感じさせないものでした。

 郡司選手や浅井選手に「もっと何とかできたのでは?」と感じた方もいるかもしれませんが、今回に関しては深谷選手が一枚上の走りをしたという印象。あのカタチになってしまうともう、逃げる深谷選手が止まるのを信じて、必死で前を追うしかできることがないんですよね。田中選手の突然の落車で、主導権を奪うと目されていた深谷選手に対するマークが薄まったのも、背景にあったのではないでしょうか。

ゴール直前にようやくほかの選手と同じフレームに収まった深谷選手(撮影:島尻譲)

 浅井選手が前受けを選んだ理由は…う〜ん、私にはちょっとわからないなあ。着をまとめるならばともかく、ここで優勝を狙うならば、前受けは避けたほうがよさそうなものなんですが。これについては、レース後のコメントを待ちたいですね。もっとも、事前の想定とは大きく異なる展開になったでしょうから、そのレースプランがうまく機能したかどうかについては何ともいえないところです。

 そして最後に、単なる自分の不注意で落車してしまった田中選手について。あんなの、田中選手の車券を買っているファンの側からすれば、「返還してくれ!」って思うレベルの大失態ですよ。幸いにもいまは競輪に興味を持ってくださる方が増えて、売り上げも上がっていますが、こんな納得感のない結果を味わえばファンは簡単に離れてしまいます。深谷選手の番手ですから、ラインで買っていた方も多いでしょうし…。

 しかも、深谷選手の後輪と接触しているわけで、それで車体故障を起こしていた可能性だってある。実際に深谷選手も優勝者インタビューで「車体に問題がないのを確認して」と語っていましたよね。競輪選手としてはもちろん、プロとして大いに恥ずべき走りをしたことを、彼には猛反省してもらいたい。ファン心理に与える悪影響は、「先頭誘導員の早期追い抜き」なんかよりも、今回の件のほうがはるかに大きいんですから。

深谷選手の車体に問題がなくて何よりだ(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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