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山田裕仁のスゴいレース回顧

【大阪・関西万博協賛競輪 回顧】初日の失敗を“糧”とした高久保雄介

2022/08/08 (月) 18:00 9

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが岸和田競輪場で開催されたGIII「大阪・関西万博協賛競輪」を振り返ります。

優勝した山本伸一

2022年8月7日(日) 岸和田10R 第3回大阪・関西万博協賛競輪(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①南修二(88期=大阪・40歳)
②松岡辰泰(117期=熊本・25歳)
③山口泰生(89期=岐阜・40歳)
④土生敦弘(117期=大阪・23歳)
⑤山本伸一(101期=奈良・39歳)
⑥伊藤健詞(68期=石川・52歳)
⑦岡本総(105期=愛知・35歳)
⑧簗田一輝(107期=静岡・26歳)

⑨高久保雄介(100期=京都・35歳)

【初手・並び】
←⑨⑤(近畿)④①(近畿)⑧(単騎)②③(混成)⑦⑥(中部)

【結果】
1着 ⑤山本伸一
2着 ①南修二
3着 ②松岡辰泰

函館記念と同時開催、勝ち進んだのは“地元勢”

 8月7日には大阪の岸和田競輪場で、大阪・関西万博協賛競輪(GIII)の決勝戦が行われています。来週にオールスター競輪(GI)の開催を控えたタイミングで、しかも同じ日程で函館ミリオンナイトカップ(GIII)も開催されているので、かなり手薄なメンバー構成に。函館では北日本勢が、岸和田では近畿勢が多く決勝戦に勝ち上がったように、どちらも“地元色”が強いシリーズになったといえるでしょう。

 初日特選を走っていた実績上位選手が、キッチリと結果を残していた印象もあるこのシリーズ。近畿勢は4名が決勝戦に駒を進めましたが、1つのラインにはまとまらず、別線で戦うことを選択しました。人気の中心は、初日特選からの3連勝を決めた南修二選手(88期=大阪・40歳)。準決勝に続いて、ここも土生敦弘選手(117期=大阪・23歳)と連係して優勝を狙います。

 とはいえ、ここは細切れ戦で、レースの組み立て次第で結果がガラッと変わる可能性のある一戦。確かに土生選手はいいタテ脚を持っていますが、それを知る他のラインは、いかにその力を削ぐかを考えて動いてくる。すんなりと主導権を奪えるような組み合わせでもないので、決勝戦での過信は禁物だろうと私は考えていました。デキのいい選手ばかりが走る決勝戦では、準決勝までと同じようにはいきませんからね。

 別線を選択したもうひとつの近畿勢は、高久保雄介選手(100期=京都・35歳)が先頭を任されました。番手を走るのは山本伸一選手(101期=奈良・39歳)で、こちらは初日特選でも連係していたコンビですね。高久保選手はその初日特選では失敗してしまったわけですが、二次予選や準決勝での走りをみるかぎり、デキ自体はなかなかよさそう。山本選手も同様で、巻き返しが期待されます。

 主導権を奪いたい土生選手がもっとも警戒するのは、松岡辰泰選手(117期=熊本・25歳)でしょう。決勝戦では、山口泰生選手(89期=岐阜・40歳)との混成ラインで勝負することになりました。松岡選手と土生選手は、レベルの高さで知られる「117期」の同期で、強い対抗意識があって当然。ここは土生選手と松岡選手がやり合うような展開もある…というのが、レース前の見立てでした。

 山口選手が松岡選手の番手を選んだのもあって、中部勢は岡本総選手(105期=愛知・35歳)が「前」で伊藤健詞選手(68期=石川・52歳)が「後ろ」の2車ラインに。機動力の面でハッキリと見劣ってしまうので、こちらは道中いかに巧く立ち回ることができるかが問われてきそう。簗田一輝選手(107期=静岡・26歳)は単騎での勝負を選択しましたが、ここならば展開次第で、上位争いに加わるのも可能でしょう。

 以上のように、実際はイメージ以上に混戦模様だったこの決勝戦。スタートが切られると3車が積極的に前へと動いていきましたが、先頭を主張したのは山本選手でした。高久保選手を前へと迎え入れて、こちらの「前受け」が決まります。土生選手が先頭の地元・大阪勢は3番手から。5番手は、南選手の後ろを狙う単騎の梁田選手と、松岡選手の併走がしばらく続きました。そして最後方8番手に岡本選手というのが、初手の並びです。

前受けは“第2の近畿勢”

混戦のなか地元・土生選手が最後方に

 長く続いた梁田選手と松岡選手の併走ですが、結局は松岡選手が引いて、梁田選手が5番手を確保。レースが動き出すのは赤板(残り2周)手前の3コーナーからで、最後方の岡本選手がゆっくりとポジションを押し上げていきます。この動きに、松岡選手も追随。中部ラインの後ろに乗り換えて、こちらも前をうかがいます。赤板を通過して先頭誘導員が離れたところで、まずは岡本選手が前を斬りました。

 先頭だった高久保選手は抵抗せずにいったん引きましたが、自分の外を4車が通過したところで外に出して、松岡選手と山口選手の後ろにスイッチ。それとほぼ同時に、今度は松岡選手が前を斬りに動きます。ここで“一手”遅れてしまったのが土生選手で、松岡選手と山口選手の後ろを取ろうと動いたところ、それを察知した山本選手のブロックを受けて、高久保選手に先手を取られたカタチとなっています。

 そして打鐘と同時に、高久保選手がスパートを開始。先頭の松岡選手を叩いて、主導権を奪いにいきました。道中の「斬って斬られて」の結果、レース前に主導権を奪うだろうと目されていた土生選手は、なんと最後方の位置。土生選手も打鐘からの猛ダッシュで前を追いますが、タイミングやペース的に一気のカマシは無理で、強引に主導権を奪いにいくのもかなり厳しい状況です。

 それでも土生選手は必死に前を追って、打鐘後のホームでは3番手まで浮上。単騎の簗田選手は最初のプラン通りに大阪勢の後ろにつけて、チャンスを待ちます。松岡選手は6番手、岡本選手は後方8番手という隊列でホームを通過。「別線となった近畿勢が前でガチンコ勝負」という展開で、レースは最終周回へと突入します。

果敢な逃げで初日の挽回を果たす高久保選手(紫9番)

 先頭でかかりのいい逃げをみせる高久保選手を、外から土生選手、内からは松岡選手が追って差を詰めてきますが、土生選手は無理がたたって2コーナー過ぎで失速。早々と自力勝負となってしまった南選手ですが、空いていた山本選手の後ろにうまく切り替えて、前を追います。内からは松岡選手も仕掛けて伸びてきますが、外に出せるようなスペースはまったくなく、勝負どころで進路が空くかどうかの勝負になりそうです。

粘りある逃げを見せた高久保選手

 そして3コーナー、高久保選手の脚が鈍ってきたのを察知した山本選手は、外に出して差す態勢をとります。それをぴったりとマークする南選手や、その後ろを追走する簗田選手にまでチャンスがありそうな展開。しかし、最終2センターでも高久保選手は止まりそうで止まらない。もっとも脚に余裕がありそうな松岡選手は、相変わらず内で進路がなく、直線で前をこじ開けられるかどうかの勝負となりました。

 最後の直線に入るまで踏ん張り通した高久保選手ですが、さすがにここでやや勢いが落ちて、それを差した山本選手が先頭に立ちます。それを外から南選手が捉えにいきますが、ジリジリとした伸びで差がなかなか詰まらない。内からは、高久保選手と山本選手の間を狙った松岡選手も伸びてきますが、そうはさせじと山本選手がインを閉めて、万事休す。最内にいた高久保選手が最後の最後までよく粘ったのもあって、ようやく進路ができたのはゴールラインを通過する「直前」でした。

高久保選手の粘りに見事応えた番手・山本選手(黄5番)

 結局、そのまま山本選手が押し切って先頭でゴールイン。2着に南選手、3着に松岡選手が入って、逃げた高久保選手は5着に粘っています。南選手をマークした簗田選手は、直線での伸びを欠いて6着。後方からとなった中部ラインはいいところがなく、後方ママで終わってしまいました。土生選手に主導権を奪わせず、終始レースをリードしてみせた高久保&山本コンビの「完勝」といえるでしょう。

明暗を分けたのはチャンスに食らいつく“必死さ”

 2020年の松戸以来となる、記念2勝目をあげた山本選手。道中の立ち回りからも感じられましたが、高久保選手や山本選手は、地元・大阪勢に対する遠慮などまったくナシとばかりに、非常にアグレッシブな走りをしましたね。同地区であっても別線ならば“敵”なのですから、その意気やよし。初手からうまくレースを組み立てて主導権を奪い、土生選手の力をうまく削ぐ、巧みな競輪ができていました。初日特選での失敗を糧として、しっかり考えて走った結果といえます。

山本選手ら近畿ラインは貪欲に勝利を目指していた

 土生選手は後手を踏んでから挽回すべく必死に前を追いましたが、さすがにあそこからでは厳しい。とはいえ、諦めずに挽回を期した結果として南選手が2着に食い込めたのですから、最低限の「責務」を果たしたという見方もできますね。とはいえ、今後トップクラスで戦うためには、レースの組み立てのバリエーションをもっと持つ必要がある。相手のレベルが上がれば上がるほど、やりたいレースをさせてもらえませんからね。

 そして…力があってデキもよく展開も向いたというのに、それを優勝という結果につなげられなかったのが、3着の松岡選手。ゴール前、けっこう脚を余していたと思うんですよ。「内に詰まったのだから仕方がない」という見方もあるでしょうが、展開を見据えて捲りに構えるならば、自分の力を発揮できるカタチにもっていかねば意味がない。それに、ここは高久保選手のように、主導権を奪いにいく選択肢もありましたよ。

 自分の前にチャンスが転がってきたときに、それをモノにできるかどうか。これは、競輪選手としての今後に大きく関わってきます。そして残念ながら、チャンスというのはそう何度も訪れるものではない。だからこそ、チャンスだと感じたときには、それを死にものぐるいで獲りにいかねばなりません。松岡選手の走りには、残念ながらそういう“必死さ”を感じられませんでした。そこがちょっと歯がゆいというか、惜しいというか。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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