2022/03/07 (月) 18:00 29
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが名古屋競輪場で開催された「金鯱賞争奪戦」を振り返ります。
2022年3月6日(日) 名古屋12R 開設72周年記念 金鯱賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①松浦悠士(98期=広島・31歳)
②東口善朋(85期=和歌山・42歳)
③渡邉雄太(105期=静岡・27歳)
④内藤宣彦(67期=秋田・51歳)
⑤眞杉匠(113期=栃木・23歳)
⑥高橋和也(91期=愛知・35歳)
⑦阿部力也(100期=宮城・33歳)
⑧伏見俊昭(75期=福島・46歳)
⑨小川真太郎(107期=徳島・29歳)
【初手・並び】
←⑤⑦⑧(混成)①⑨(中四国)②(単騎)⑥(単騎)③④(混成)
【結果】
1着 ⑤眞杉匠
2着 ⑦阿部力也
3着 ⑧伏見俊昭
3月6日には名古屋競輪場で、金鯱賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。ここには、松浦悠士選手(98期=広島・31歳)と清水裕友選手(105期=山口・27歳)と、2名のS級S班が出場。中国の“ゴールデンコンビ”とも称される強力なタッグですが、このシリーズで決勝戦へと駒を進めたのは、残念ながら松浦選手だけでした。
準決勝で敗退した清水選手ですが、どうもこのところ精彩を欠いている印象で、最終日もいいところなく最下位に敗れてしまっています。さすがに最終日は勝たねばならない相手でしたから、この結果は気になりますね。「ちょっと調子が悪い」というレベルではなく、まるでスランプに陥っているような…。
その清水選手を準決勝で圧倒したのが、初日から調子のよさが感じられた眞杉匠選手(113期=栃木・23歳)。単騎だったにもかかわらず、一気の捲り追い込みで松浦選手を退けたのですから、本当に強かったですよ。関東の選手は彼しか勝ち上がれませんでしたが、決勝戦では北日本の阿部力也選手(100期=宮城・33歳)と伏見俊昭選手(75期=福島・46歳)が後について、混成ラインを形成します。
中四国ラインは、松浦選手が前で、番手に小川真太郎選手(107期=徳島・29歳)という組み合わせ。小川選手が前かと思いましたが、松浦選手は自力勝負のほうが優勝できる可能性が高いと判断したのでしょう。このシリーズでは「ギリギリでの1着」が多かった松浦選手ですが、少なくとも私はデキが悪いとは感じませんでした。このメンバーならば当然、優勝が期待されます。
渡邉雄太選手(105期=静岡・27歳)には内藤宣彦選手(67期=秋田・51歳)がついて、こちらも混成ラインに。とはいえ、絶好調の眞杉選手や格上である松浦選手と張り合うとなると、楽ではありません。地元から唯一の勝ち上がりとなった高橋和也選手(91期=愛知・35歳)は、単騎を選択。同じく東口善朋選手(85期=和歌山・42歳)も単騎で、彼らしい立ち回りの巧さで上位を目指します。
では、決勝戦の回顧といきましょうか。スタートが切られると、まずは阿部選手がダッシュよく飛び出していきます。つまり、ここは眞杉選手が先頭を務める混成ラインが「前受け」ですね。中四国ラインは4番手からで、前受けは避けたかったであろう松浦選手にとって、これは理想的なポジション。中四国ラインの後には、単騎の東口選手と高橋選手が続きます。そして、後方8番手に渡邉選手というのが初手の並びです。
レースが動き出したのは赤板(残り2周)の手前から。セオリー通りに、まずは後方にいた渡邉選手が動いて、先頭誘導員が離れたところで前を斬りにいきました。先頭の眞杉選手はいっさい抵抗せずに、スッとポジションを下げる姿勢。それを確認して瞬時に動いたのが松浦選手で、渡邉選手と内藤選手の後ろを確保しました。中四国ラインの後ろにいた単騎の2名も、この動きに追随します。
これで後方7番手となった眞杉選手でしたが、まだ若いのに泰然自若というか…落ち着いて前の様子をよく見ていましたね。ペースが緩んでいるのを確認すると、打鐘と同時に一気にカマシて、前へと襲いかかります。何度も振り返りつつ眞杉選手の様子を確認していた松浦選手は、このカマシにうまく対応。主導権を奪いにいった眞杉選手を先にいかせて、その後ろの4番手を確保しました。
松浦選手とは対照的に、反応が少し遅れてしまったのが、先頭を走っていた渡邉選手。眞杉選手だけでなく松浦選手にも先に動かれた結果、最終ホームでも動くに動けず、後方に置かれるカタチとなってしまいました。強いメンバーのなかでこの態勢になってしまうと、渡邉選手は苦しい。うまく中団を取りきった松浦選手は、2コーナーを回ったところから早々と踏み込んで、前を捲りにいきます。
しかし、主導権を奪った眞杉選手のかかりが素晴らしく、松浦選手が捲るもジワジワとしか差が詰まりません。伏見選手を追い抜き、阿部選手の外に並びかけたところで、最終バックを通過。しかし3コーナー手前で阿部選手のブロックを受けたことで、松浦選手は勢いを殺されて失速してしまいます。松浦選手の番手にいた小川選手は、迷いがあったのか、ここで前に踏むのが少し遅れましたね。
その隙を見逃さず、3コーナーで東口選手が小川選手の内から並びかけて、前を射程圏に。これで小川選手は、外を回すしかなくなりました。先頭では眞杉選手が踏ん張り続けており、その番手の阿部選手にとって絶好の展開に。その直後で、松浦選手と伏見選手が競り合っているという態勢で、最後の直線に入ります。
ここでアクシデントが発生。内の狭いところでのポジション争いのなかで、松浦選手が落車。その影響で、後ろにいた内藤選手と高橋選手も避けられずに落車してしまいます。ゴール後に赤旗が上がって審議となりましたが、誰かが故意に動いてのものではなかったので、失格者は出ていません。とはいえ、けっこう酷い落車で、レースも完走できずに終わった松浦選手の怪我が心配ですね…。
こうなるとレースは、最後まで主導権を握りきり、しかも落車の影響を受けなかった眞杉選手とそのラインのもの。絶好の展開をモノにしようと、番手の阿部選手が外に出して眞杉選手を追いすがりますが、差はまったく詰まりません。落車を避けて進路を外に振った東口選手も前には迫れず、こちらは伏見選手との3着争いに。結局、眞杉選手がそのまま逃げ切って、うれしい記念初優勝を決めました。
打鐘からの仕掛けで最後まで押し切ったのですから、これは文句なしに強い内容。特筆すべきは眞杉選手の「冷静さ」で、最初から最後まで一貫して焦らず慌てず、落ち着いたレース運びができていましたね。競輪はレースの“格”が上がれば上がるほど、選手間の能力差が小さくなるもの。それだけに、冷静さを保って正しい判断ができるかどうかが、より高いレベルで求められてきます。
そういう意味で、今回の眞杉選手の走りは素晴らしかった。機動型の選手が少なく、積極的に主導権を奪いたいラインが自分だけだったこと。軽くてスピードが出やすい、自力選手に有利なバンクコンディションだったこと。さらに絶好調に近いデキだったことなどもプラスに働いたとは思いますが、彼は本当に力をつけていますよ。このデキのよさをぜひ維持して、地元開催のウィナーズカップ(GII)に向かってほしいですね。
2着の阿部選手は、絶好の展開をモノにできなかった悔しさがあるでしょうね。とはいえ、ここは眞杉選手が本当に強かった。松浦選手を止めるという、マーク選手としての“仕事”もキッチリ果たしての2着で、内容はよかったと思います。3着は伏見選手で、これはもう「ラインのおかげ」ですね。打鐘で眞杉選手が仕掛けたときに置かれそうな瞬間がありましたが、その後はよく食らいついていました。
落車という残念な結果に終わった松浦選手も、道中の立ち回りは文句なし。それを上回ってみせたのですから、ここは「眞杉選手が本当に強かった」ということです。眞杉選手について今後の課題をあげるなら、主導権を取りたい機動型の選手がもっと多い場合の立ち回りでしょうか。記念や特別レベルで常に上位を争うような存在になるには、レースの組み立てにおける引き出しを、もっと増やしていく必要がありますね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。