閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【鳳凰賞典レース 回顧】さまざまな“強さ”があった決勝戦

2022/01/08 (土) 18:00 23

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが今年最初の記念競輪「鳳凰賞典レース」を振り返ります。

まだ26歳だがS級S班として競輪界を担う存在になりそうな吉田拓矢(撮影:島尻譲)

2022年1月7日(金) 立川12R 開設70周年記念 鳳凰賞典レース(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①吉田拓矢(107期=茨城・26歳)
②浅井康太(90期=三重・37歳)
③新田祐大(90期=福島・35歳)
④菊地圭尚(89期=北海道・41歳)
⑤清水裕友(105期=山口・27歳)
⑥稲村好将(81期=群馬・46歳)
⑦桐山敬太郎(88期=神奈川・39歳)
⑧木村弘(100期=青森・29歳)

⑨久米良(96期=徳島・34歳)

【初手・並び】
←⑧③④(北日本)①⑥(関東)②⑦(混成)⑤⑨(中四国)

【結果】
1着 ①吉田拓矢
2着 ②浅井康太
3着 ③新田祐大

実力者揃いの中でひと際目立った吉田拓矢の充実ぶり

 netkeirinをご覧の皆さん! 遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。2022年の競輪がスタートして、はや1週間。今年最初に取りあげるのは、豪華メンバーが揃った立川競輪場の記念、1月7日に行われた鳳凰賞典レース(GIII)の決勝戦です。前年のグランプリに出場していた選手が多数出場するのもあって、出場メンバーのレベルがいつも高いんですよね。今年も、かなり面白いシリーズになりました。

 強風や降雪など悪天候が続きましたが、それでツライのはどの選手も同じこと。そんななか3名が勝ち上がった北日本ラインは、木村弘選手(100期=青森・29歳)が先頭を任されています。そして番手を新田祐大選手(90期=福島・35歳)が回り、3番手を菊地圭尚選手(89期=北海道・41歳)が固めるという布陣。いかにも「二段駆け」がありそうで、他のラインにとっては脅威だったでしょうね。

3日目は雪に見舞われたが選手たちは気合の入ったレースを見せていた(撮影:島尻譲)

 地元である関東ラインは、S級S班となった吉田拓矢選手(107期=茨城・26歳)が先頭。グランプリではいい結果を出せませんでしたが、伸び盛りでもあり、彼がグングン力をつけているのは間違いありません。二次予選で見せたレース内容なんて、もう「圧巻」のひと言でしたからね。ここは稲村好将選手(81期=群馬・46歳)とのコンビで、優勝を目指します。

 中四国ラインは、今年もS級S班の清水裕友選手(105期=山口・27歳)が前で、久米良選手(96期=徳島・34歳)が後ろを回ります。とはいえ、清水選手はここまで「9着・3着・3着」での勝ち上がりで、内容はイマイチ。バンクコンディションの悪さもあったのでしょうが、先行しても末の粘りを欠いていた印象で、あまりデキがよさそうではありませんでした。それでも決勝戦まで駒を進めてくるんですから、たいしたものです。

 それとは対照的に絶好のデキだったのが、浅井康太選手(90期=三重・37歳)です。1着となった初日特選からいかにも調子がよさそうで、勝ち上がりの内容も素晴らしいもの。ただし、準決勝で落車したダメージは間違いなくあるので、そこは評価を割り引きました。その番手につくのは桐山敬太郎選手(88期=神奈川・39歳)で、ここは混成ラインになりましたが、その総合力の高さは侮れないものがあります。

見応えのあったS級S班とS級S班クラスの2人がバトル

 積極的に主導権を取りにくるであろう北日本ラインに対抗するために、他のラインがどのような“対抗策”を取るかが問われた決勝戦。スタートが切られると、まずは新田選手がグングンと前に出て先頭に。北日本ラインは、ここは「前受け」からレースを組み立てる心積もりだったようですね。ということは、誰かが抑えにきても引かずに、突っ張る可能性が高いということです。

 4番手につけたのは関東ラインの吉田選手で、6番手に浅井選手、最後方の8番手に清水選手というのが、初手の並び。新田選手が積極的にスタートを取りにいった以外は、内に入った選手のいるラインが前につけるという、いわば「車番通り」の並びです。ちなみに私はこの時点で、これは北日本ラインにとって厳しい展開になる…と予測しました。なぜなら、この並びだと最初に動くのが清水選手になるからです。

 そして、赤板(残り2周)のホームからレースが動き始めます。最後方にいた清水選手が進出して、先頭誘導員が離れたところで外から一気に、関東ラインに並びかけます。しかし、先頭の木村選手は引かずに突っ張って抵抗。ここで清水選手は、ターゲットを関東ライン番手の新田選手に切り替えて、木村選手の番手を「競る」ようなカタチで、外から併走するレースを選択しました。

 その後ろにつけていた吉田選手や浅井選手は、前の動きを眺めながら動かずに追走。前がもつれたほうが展開は向くわけですから、こちらは「ここぞ!」という仕掛けのタイミングまでは動きません。そのままの態勢でレースは打鐘を迎えて、ここから新田選手と清水選手のポジション争いが本格化。S級S班の清水選手と「S級S班」クラスの能力を有する新田選手のバトルは、見応えがありましたね。

新田祐大(赤・3番)と清水裕友(黄・5番)がバッチバチにやり合う(撮影:島尻譲)

進路が無くなった吉田、万事休すかと思われたが…

 この2車が肩や頭をぶつけ合いながら、最終ホームを通過。6番手の吉田選手は、まだ動かずにじっと脚をタメていますが、8番手にいた浅井選手は最終1センターから仕掛けて、一気に前を捲りにいきました。そして前では、内にいた新田選手が清水選手を2コーナー過ぎで大きく外に張って、前へと踏む進路を確保。そして外から捲ってくる浅井選手にキッチリ合わせて、最終バックで番手捲りを放ちます。

 この間、インにいた吉田選手は動きたくても動けないまま。前には新田選手や菊池選手がいて、外には清水選手と久米選手。さらにその外を浅井選手が先に捲っているので、どこにも行き場がありません。進路を探すもどこも見当たらず、最終バック手前では完全に「内で詰まる」態勢に。それを察知した関東ライン番手の稲村選手が、早々と切り替えて外に出すほど、厳しい状況に追い込まれます。

 勝負どころでは、番手から捲った新田選手が先頭に立ち、仕掛けを合わされるも外からジリジリと差を詰める浅井選手の争いに。新田選手の後ろにいた菊地選手は、新田選手の急激な加速についていけず、離れてしまっています。後ろの援護が期待できないことや伸び脚から、外から捲る浅井選手や、その番手の桐山選手が態勢的に有利。立川の直線は長いですから、番手から捲ったとはいえ押し切るのは容易ではありません。

 しかし、新田選手の勢いは衰えず、その差が詰まりそうで詰まらない。道中でかなり脚を使わされていることを考えると、“驚異的”といっても過言ではない粘りでしたね。後方では、3コーナーでようやく外に出せた吉田選手が追い込み態勢に。とはいえ、展開的には完全に後手を踏んだカタチで、ここからではさすがに届かない……と、吉田選手から車券を買っていた人でもいったんは諦めたのではないでしょうか。

 最後の直線に入ると、粘る新田選手に浅井選手がジリジリと詰めよります。清水選手もその後ろで止まらずに踏ん張っていましたが、外から内へと大きく切れ込んだ桐山選手と接触して失速。その隙間を突いていた稲村選手も、車体が接触して圏外に。レース後に審議ランプが点灯して、桐山選手は反則失格となっていますが、これがなくとも結果は大きく変わらなかったと思います。

 そして、新田選手を浅井選手が捉えるか……と思った瞬間に外から一気の脚で飛んできたのが、吉田選手。道中でずっと脚を温存していたとはいえ、1人だけ次元が違うようなスピードで飛んできましたね。新田選手も最後の最後まで止まらずに踏ん張り抜き、それをゴール直前に浅井選手が差したところを、外から吉田選手が強襲。ゴールした瞬間にはどちらが勝ったのかわからない、大接戦となりました。

 結果は「1/8車輪」という僅差で吉田選手の勝利。前がもつれる展開になったとはいえ、絶望的な位置から“能力”でひっくり返してみせたんですから、さすがに驚きましたね。レースの組み立てで失敗していながら、しかもこの強豪を相手に挽回してみせるというのは、並大抵ではありません。タイトルホルダー、そしてS級S班になって自信をつけたことで、その強さに磨きがかかってきていますよ。

現代競輪では初手の並びで展開が大きく変わる

 惜しくも2着となった浅井選手も、素晴らしい走りでしたよ。滑る路面での落車で擦過傷は軽かったんでしょうが、落ちた衝撃によるダメージは絶対に残っているし、自転車のセッティングも狂います。いくらデキがよかったとはいえ、前日に落車している影響をつゆほども感じさせない走りができたというのは、本当にすごい。仕掛けるタイミングも文句なしで、いかにも浅井選手「らしい」走りだったと思います。

準決勝で落車したがシリーズを通して素晴らしい動きを見せていた浅井康太。決勝でのレース運びも見事だった(撮影:島尻譲)

 そして、もっとも“強い”レースをした新田選手にも拍手を贈りたいですね。この厳しい展開で僅差の3着に残ったというのは、掛け値なしにすごい。ただし、この車番で北日本ラインが前受けすると、初手の並びで清水選手が最後尾になって、そうなるとかなり厳しい展開になる…とは事前に読めたはずなんですよ。それを覚悟の上で前受けしたのかどうかは、ちょっと聞いてみたくなりましたね。

 というのも、前でバッチバチにやり合うようなレースをする可能性があるのは、清水選手だけだからです。初手での最後方が浅井選手だった場合、彼は道中で脚を使わされるのを嫌うので、今回の清水選手のようなレースはまずやりません。おそらく吉田選手も、共倒れになる可能性があるような戦法は選ばないでしょうね。しかし清水選手だけは、それをやってくる可能性があった。

 そして車番から考えると、北日本ラインがスタートを取りにいった場合、最後方は清水選手となる確率がかなり高い。後方から前を抑えにいって、突っ張られたから引いても、このメンバーだとおそらく、誰も入れてくれず元の位置に戻るだけなんですよね。それがわかっているから、清水選手は「北日本ラインの番手を競る」という選択をした。北日本ラインに楽な競輪をさせたら、あっさり勝たれるのはわかりきっていますからね。

 現在の競輪における「初手」の並びは本当に重要で、それ次第で展開は大きく変わる。それを改めて感じたレースとなりました。そして、年初を飾るにふさわしい、非常に面白いレースでもありましたね。こういう、ファンが手に汗を握るようなレースを続けていけば、競輪の未来は明るい。昨年よりもさらに競輪界が盛り上がるような、素晴らしいレースを期待したいです。

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票