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山田裕仁のスゴいレース回顧

【寛仁親王牌 回顧】戦略的にも“完勝”だった平原康多

2021/10/25 (月) 18:00 24

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(GI)を振り返ります。

通算8度目のGI優勝となった平原康多(撮影:島尻譲)

2021年10月24日 弥彦12R 寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①諸橋愛(79期=新潟・44歳)
②山田庸平(94期=佐賀・33歳)
③新田祐大(90期=福島・35歳)
④新山響平(107期=青森・27歳)
⑤吉田拓矢(107期=茨城・26歳)
⑥菅田壱道(91期=宮城・35歳)
⑦野原雅也(103期=福井・27歳)

⑧大槻寛徳(85期=宮城・42歳)
⑨平原康多(87期=埼玉・39歳)

【初手・並び】
←④③⑥⑧(北日本)②(単騎)⑤⑨①(関東)⑦(単騎)

【結果】
1着 ⑨平原康多
2着 ⑧大槻寛徳
3着 ⑥菅田壱道

波乱のレース、決勝はまさかのS級S班二名に

 10月24日には弥彦競輪場で、寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(GI)の決勝戦が行われました。急な気温低下による路面の重さが影響したのか、逃げよりも捲りのほうがシリーズを通して優勢で、波乱決着が続出。最後のみなし直線が長い(63.1m)弥彦は捲りがききやすいバンクではあるんですが、それにしても荒れましたね。有観客での開催でしたから、選手も自然と力が入ったと思います。

 腰を痛めて休養中の脇本雄太選手(94期=福井・32歳)と、違反点によるペナルティで10月はあっせん自体がない守澤太志選手(96期=秋田・36歳)は出場していませんが、それ以外のS級S班はフル出場。しかし、決勝戦へと駒を進めたのは、グランドスラム達成がかかる新田祐大選手(90期=福島・35歳)と、ようやく好調さが戻ってきた平原康多選手(87期=埼玉・39歳)の2人だけでした。

 その背景にあったのが、決勝戦へと進出した選手の素晴らしいデキです。例えば、準決勝で郡司浩平選手(99期=神奈川・31歳)と古性優作選手(100期=大阪・30歳)を相手に逃げ切った新山響平選手(107期=青森・27歳)。郡司、古性の両者がお互いを意識し過ぎた面はあったとはいえ、かかりのいい逃げで見事に押し切ってみせたのですから、たいしたもの。その機動力は、決勝戦でも大きな武器となります。

 決勝戦でその番手を走る新田選手も、文句なしの仕上がり。その新田選手を準決勝で差した菅田壱道選手(91期=宮城・35歳)と、準決勝は新山選手マークで勝ち上がった大槻寛徳(85期=宮城・42歳)も、かなり調子がいい。この4名が連係する北日本ラインは、言うまでもなく超強力。ここが楽に主導権を奪うような展開にしてしまうと、他の選手はなすすべがありません。

 3名が勝ち上がった関東勢は、吉田拓矢選手(107期=茨城・26歳)が先頭を任されました。同期である新山選手との主導権争いは、なかなか見応えがありそうです。その番手が平原選手で、ライン3番手を弥彦がホームバンクである諸橋愛選手(79期=新潟・44歳)が固めます。タテ脚が強みの北日本ラインに対して、こちらはヨコの動きもできる総合力の高さが魅力。デキのよさも負けず劣らずでしたね。

 あとは、山田庸平選手(94期=佐賀・33歳)と野原雅也選手(103期=福井・27歳)が単騎。こちらもデキはよかったんですが、このメンバーでの2分戦だと、やはり分が悪い。両方のラインがやり合う展開になって、もつれたところを捲る「一発狙い」くらいしか選択肢がないんですよ。優勝争いに持ち込むのは、よほど恵まれないと厳しいというのが、レース前の見立てでした。

思惑が交差する赤板前

 では、決勝戦の回顧に入っていきます。スタートの号砲が鳴ると同時に飛び出していったのが、諸橋選手と新田選手。どちらも前受けを狙った動きで、通常であれば車番的に有利な諸橋選手がスタートを取れるんですが、素晴らしいスタートダッシュで新田選手が先頭を確保。さすがはオリンピアンのダッシュ力ですよ。これで、北日本ラインが前受け、関東ラインが後ろ攻めとなりました。

 北日本ラインの後ろに単騎の山田選手が入り、吉田選手は6番手から。そして最後方に野原選手というのが、初手の並びです。このカタチだと、吉田選手が前を抑えにいったとしても、新山選手が引くことはまずありません。突っ張られるとわかっているので、吉田選手はできるだけカマシ気味に仕掛けたい。引く気がない新山選手は、吉田選手の仕掛けにキッチリ合わせたいというのが、両者の思惑です。

 吉田選手が前との車間をあけると、同様に新山選手も先頭誘導員との車間をあけて、待ち構える態勢に。そして赤板(残り2周)前で吉田選手が仕掛けると、新山選手も一気に踏んで抵抗。吉田選手を前に出さず、先頭を守りきります。ここでの主導権争いは、前で待ち構えていた新山選手に凱歌が上がったといえるでしょう。

チャンスを逃さない平原(紫・9番)の瞬時の動き。新田祐大(赤・3番)の後ろにラインの吉田拓矢(黄・5番)を迎い入れながら北日本ラインを分断した(撮影:島尻譲)

 しかし、新山選手のダッシュに新田選手はついていけたものの、その後ろの菅田選手が一瞬立ち後れて、入れるスペースができてしまった。その隙を見逃さなかったのが平原選手で、スッとハンドルを内に入れて新田選手の後ろを確保。北日本ラインを分断した後に吉田選手を前に招き入れて、「新山→新田→吉田→平原」という並びをつくり出します。いやあ、あの瞬時の動きにはシビれましたね。

「競輪はチーム戦」を見せてくれた吉田選手

 主導権を奪ったとはいえ、早くからメイチで踏んでいる新山選手はもちろん、それを追走する新田選手も楽ではありません。さらに、ラインが分断されたことで、後方からの捲りに対する援護も期待できなくなった。そんな厳しい状況で突入した最終周回、1センターから早々と吉田選手が外から捲りにいったんですから、新田選手はたまらない。事前の想定よりもはるかに早く、全力で踏まされてしまいます。

 そして、バックストレッチに入ったところで吉田選手は進路を外に振り、ポジションを平原選手に譲って戦線を離脱。平原選手は、番手捲りを打った新田選手の後ろまで瞬時に差を詰めて、それに諸橋選手も続きました。新田→平原→諸橋という態勢で最終バックを通過すると、4コーナー出口で平原選手は少し外に進路を取って、新田選手を捉えに。内をすくった諸橋選手は、新田選手と平原選手の隙間を突きます。

 新田選手はやはり早くから踏まされた分だけ厳しく、直線に入ったところで平原選手が悠然と先頭に。内で必死で粘る新田選手に、今度は諸橋選手が進路をこじ開けつつ迫りますが、そこで接触して諸橋選手は落車してしまいました。かなり狭いところを突いたとはいえ、あそこは競輪選手なら誰だってこじ開けようとしますよ。地元開催の特別競輪で、優勝がかかっているわけですから、当然です。

競輪祭にむけて熱が高まる

 前の態勢はそのまま変わらず、平原選手が先頭でゴールイン。少し離れて新田選手が入線しますが、審判員から赤旗が上がって審議となりました。3位で入線したのは、最終2センター手前からスルスルと差を詰めて、直線の入り口では平原選手の後ろにまで迫った大槻選手。4位入線も最後方から捲った菅田選手と、ラインが分断されて後方に置かれるカタチとなった両者が、最後にいい脚を見せましたね。

 最終的に、2位で入線した新田選手は斜行による反則で失格。2着に大槻選手、3着が菅田選手となり、3連単は19万4360円という場外ホームラン級の超高配当となりました。正直なところ、新田選手が2着で賞金を加算して競輪祭に…という展開のほうが年末へ向けての戦いが盛り上がったと思いますが、こればっかりは仕方がありません。賞金でのグランプリ出場が絶望的となった以上、競輪祭での一発勝負です。

戦略で勝利をもぎとった平原康多(撮影:島尻譲)

 4年8カ月ぶり、これで通算8度目のGI優勝となった平原選手。勝利のポイントとなった北日本ラインの分断については、新田選手の前を捌くか後ろを捌くか…と、レース前から想定していたと思いますね。それに、そのまま新田選手の後ろを走るのではなく、前に吉田選手を招き入れたのも大きい。吉田選手が早々と捲りにいったことで、新田選手は早い番手捲りを仕掛けざるをえなくなりましたから。

 新田選手の早仕掛けを誘い、その上で自分は外に離脱して、平原選手が少しでもスムーズに新田選手の番手を取りやすくする。これは完全に吉田選手が「関東ラインのために」動いたチームプレイで、新山選手との主導権争いには敗れたとはいえ、平原選手の優勝に大きく貢献したといえます。個人競技ではなくチーム戦である競輪の面白さが、ギュッと濃縮された素晴らしい優勝戦でしたよ!

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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