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山田裕仁のスゴいレース回顧

【火の国杯争奪戦 回顧】人が走る競技であるかぎり

2021/10/11 (月) 18:00 21

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが火の国杯争奪戦(GIII)を振り返ります。

地元で記念初優勝を飾った嘉永泰斗。チャンスをきっちりモノにした(撮影:島尻譲)

2021年10月10日 久留米12R 熊本競輪開設71周年記念 火の国杯争奪戦in久留米(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①嘉永泰斗(113期=熊本・23歳)
②諸橋愛(79期=新潟・44歳)
③松浦悠士(98期=広島・30歳)
④瓜生崇智(109期=熊本・26歳)
⑤佐藤慎太郎(78期=福島・44歳)
⑥磯田旭(96期=栃木・31歳)

⑦北津留翼(90期=福岡・36歳)
⑧谷口遼平(103期=三重・27歳)
⑨平原康多(87期=埼玉・39歳)

【初手・並び】←⑦①④(九州)⑨②⑥(関東)③⑤(混成)⑧(単騎)

【結果】
1着 ①嘉永泰斗
2着 ④瓜生崇智
3着 ⑨平原康多

脇本が途中欠場もS班3名が顔を揃えた決勝戦

 10月10日には久留米競輪場で、火の国杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われました。脇本雄太選手(94期=福井・32歳)が2日目から欠場となったのは残念ですが、それでも松浦悠士選手(98期=広島・30歳)など、3名のS級S班が決勝戦へと進出。また、九州勢も3名が勝ち上がって結束と、なかなかレベルが高く面白いメンバーとなりました。

 地元のエースである中川誠一郎選手(85期=熊本・42歳)は、初日特選を見事に1着で飾るも、準決勝で敗退。ここは、若手である嘉永泰斗選手(113期=熊本・23歳)と瓜生崇智選手(109期=熊本・26歳)に、地元の期待がかかります。そして、このラインを牽引するのが、北津留翼選手(90期=福岡・36歳)。最近では珍しい「並び」で、違和感があったという人もいたかもしれませんね。

 関東勢も3名が勝ち上がり。ラインの先頭は、少しずつ調子を取り戻してきている平原康多選手(87期=埼玉・39歳)です。まだ本調子ではないでしょうが、連続して落車したことによるダメージが抜けてきて、ようやく彼らしさが戻ってきた印象。ライン2番手を諸橋愛選手(79期=新潟・44歳)、3番手を磯田旭選手(96期=栃木・31歳)が固めます。ラインの総合力はかなり高いですよ。

 そして松浦選手ですが、ここは佐藤慎太郎選手(78期=福島・44歳)との即席コンビで挑みます。言うまでもなく強力な組み合わせですが、問題は松浦選手のデキが「かなり悪い」レベルだったということ。持ち前の競輪の巧さで、なんとか決勝戦まで駒を進めましたが、いい頃に比べると6割くらいのデキだったんじゃないでしょうか。デキは悪くないとのコメントは、自分を鼓舞するためのものだったと思います。

 単騎勝負となったのが谷口遼平選手(103期=三重・27歳)。この相手で単騎、しかも車番にも恵まれなかったとなると選択肢が限られてきますが、連日スピードに乗ったいい捲りで1着が取れていたように、デキのよさには太鼓判が押せます。展開面でのアシストがあれば、上位争いができる可能性もありそうな雰囲気でしたね。いずれにせよ、いいレースが期待できそうな決勝戦です。

即席S班ラインの見事な動きで平原は6番手に

 スタートが切られて、迷わず前の位置を取りにいったのが嘉永選手と諸橋選手。ここは地元の嘉永選手がいったん先頭に立ち、前に北津留選手を迎え入れます。つまり、九州ラインが「前受け」ですね。平原選手が4番手、松浦選手が7番手、最後尾に単騎の谷口選手という、初手の並びとなりました。レース前に想定されていた通りの並びですが、問題は各選手がここからどう動くか、です。

 まず動いていったのが、後方にいた松浦選手。しかも、かなり早くから先頭の北津留選手を抑えにいって、プレッシャーをかけます。赤板(残り2周)通過で先頭誘導員が離れますが、北津留選手は引かずに突っ張って、主導権を主張。松浦選手は、それ以上は無理に競りかけることなく引きましたが、ここでスッと4番手に入っているんですよ。それをアシストした佐藤選手の“いぶし銀”の働きもお見事でした。

 これによって、平原選手のポジションは6番手に。前では、打鐘から早々と北津留選手がスパートして、後続を引き離しにかかります。そのままの隊列で最終ホームを通過して、一本棒のままで最終バックに。そして、最終バックの手前から嘉永選手は、北津留選手との車間を切って、後続の仕掛けに合わせて番手捲りを打つ態勢を整えます。

九州勢の後ろに付ける松浦悠士(赤・3番)と佐藤慎太郎(黄・5番)。これにより平原康多(紫・9番車)は6番手に(撮影:島尻譲)

 最終バックで松浦選手が仕掛けて捲りにいきますが、それを待っていた嘉永選手に合わされたのもあって、一気に前を飲み込むような勢いはありません。勝負どころでの脚色がよかったのは、外から踏み上げていった平原選手のほうでしたね。北津留選手の番手から捲った嘉永選手が抜け出し、それを瓜生選手と松浦選手、平原選手が追いすがるカタチで、最後の直線に入ります。

 直線の入り口で、松浦選手を瓜生選手がブロック。松浦選手も負けじと応戦しますが、そこから伸びていくような脚はありません。外からは平原選手がいい脚で伸びてきますが、前で必死にもがいて逃げ込みをはかる嘉永選手の勢いは、最後まで衰えませんでした。そのまま嘉永選手が先頭でゴールインして、接戦となった平原選手との2着争いも、瓜生選手に凱歌。地元・熊本勢が、見事にワンツーを決めています。

北津留の男気に、嘉永がどこで応えるのか楽しみにしたい

捲りで強さを発揮する北津留翼(橙・7番)は気持ちの入った逃げで地元勢をアシスト。「THE競輪」を体現した(撮影:島尻譲)

 競輪の世界には「地元三割増し」という言葉がありますが、このシリーズはまさに、それを地で行く結果に。脇本選手の欠場に始まり、決勝戦での展開に至るまで、熊本勢に追い風が吹き続けていたように感じました。とはいえ、この強力なメンバーを相手に地元で記念初優勝を決めたのですから、嘉永選手は胸を張っていい。最後まで止まらず、後続を突き放しての完勝はお見事ですよ。

 2着の瓜生選手もいい競輪をしていましたが、最後に松浦選手と絡むカタチになったことで、優勝が遠のいた面があったかもしれません。でも、最後の最後まで踏ん張りきって平原選手の追撃を封じたことは、今後への自信に繋がりますよ。3着の平原選手はやはり、松浦選手と佐藤選手に入られて、6番手となったのが惜しかった。4番手から捲るカタチになっていれば、九州勢を捉えて優勝できた可能性があったと思います。

 そして…この結果の立役者は、なんといっても北津留選手。レース前のコメントなども「ここは熊本の選手のために走る」という気持ちであふれていましたからね。捲る競輪のほうが力を出せる彼が、果敢に先行する意志を見せている時点で、こういった展開になる可能性が高いのは読めていました。いやあ、なんというか…昭和の競輪でしたねえ(笑)。もっとも、昔はコレが“当たり前”だったんですよ。

 業界的には「男気先行からの二段駆け」のような“滅私の走り”をなくしたい方向なのだろうと思いますが、競輪が「人が走る競技」で、地域の仲間と繋がるライン戦であるかぎり、減ることはあってもなくなることはない。こういった部分こそが、競輪という競技の面白さであり、深みをもたらしていると個人的には思っています。次に繋がっていく面白さ、とでもいいますか。

 熊本のために走ってくれた北津留選手の“恩”に、嘉永選手がどこで報いるのか。次に彼らが大きな舞台で一緒に走るのがいつになるかはわかりませんが、その機会は必ず来ます。だから皆さん、今日のレースをしっかり覚えておいてください。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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