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山田裕仁のスゴいレース回顧

【善知鳥杯争奪戦 回顧】情報信ずべし、然も亦信ずべからず

2021/09/27 (月) 18:00 12

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが善知鳥杯争奪戦(GIII)を振り返ります。

北日本ライン3番手についた佐々木雄一(白・1番)が深谷知広(赤・3番)の追撃を振り切り優勝(撮影:島尻譲)

2021年9月26日 青森12R 開設71周年みちのく記念競輪 善知鳥杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①佐々木雄一(83期=福島・41歳)
②吉澤純平(101期=茨城・36歳)
③深谷知広(96期=静岡・31歳)
④坂本貴史(94期=青森・32歳)
⑤東口善朋(85期=和歌山・42歳)
⑥石毛克幸(84期=千葉・44歳)
⑦東龍之介(96期=神奈川・31歳)

⑧阿部拓真(107期=宮城・30歳)
⑨上田尭弥(113期=熊本・23歳)

【初手・並び】
←③⑦⑥(南関東)⑧④①(北日本)②⑤(混成)⑨(単騎)

【結果】
1着 ①佐々木雄一
2着 ③深谷知広
3着 ⑤東口善朋

各ラインに特徴があって予想が難しかった決勝戦

万全とはいえない中でも2着は確保した深谷。シリーズリーダーの意地は見せた(撮影:島尻譲)

 9月26日には青森競輪場で、善知鳥杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われました。ビッグレースの直後とあって、S級S班の出場はなし。確たる中心を欠く、難解なメンバー構成となりました。そんななか注目を集めたのが、追加あっせんで出場となった深谷知広選手(96期=静岡・31歳)。競走得点を見てもわかるように、混戦模様のここでは「断然」といえる力の持ち主です。

 とはいえ、深谷選手は8月末の小田原記念で落車して肋骨を骨折しており、ここは休養明け。骨折から1カ月も経過していないので、当然ながらダメージを抱えての出場です。練習量も足りず、万全のデキにはほど遠いはず……なのですが、それでもしっかり勝ち上がってくるのですからたいしたもの。逃げた準決勝は後続に4車身差をつける完勝で、力の差をまざまざと見せつけています。

 決勝戦では、深谷選手が南関東ラインの先頭を走り、そこに東龍之介選手(96期=神奈川・31歳)と石毛克幸選手(84期=千葉・44歳)がつくカタチ。そして、地元である北日本からは3名が決勝に駒を進めて、その先頭は阿部拓真選手(107期=宮城・30歳)に任されました。こちらは、青森がホームバンクである坂本貴史選手(94期=青森・32歳)が2番手、佐々木雄一選手(83期=福島・41歳)が3番手です。

 デキのよさが目立っていたのが、吉澤純平選手(101期=茨城・36歳)と東口善朋選手(85期=和歌山・42歳)の即席コンビ。東口選手の好調さは、このシリーズではきわだっていましたね。そして、機動力のある上田尭弥選手(113期=熊本・23歳)は単騎で勝負。こちらもデキは上々で、立ち回り次第では好勝負に持ち込めるはず。単騎だからといって、軽くは扱えません。

 この組み合わせだと、主導権を握るのは深谷選手か阿部選手で、おそらく中団は吉澤選手……と、展開は読みやすいんですよ。しかし、深谷選手が先頭を走る「格」の南関東ライン、地元の「意地」を見せてくれそうな北日本ライン、立ち回りが上手で「調子」も絶好である吉澤&東口の即席ラインに、機動力のある単騎の上田選手と、本当にどこからでも入れる。いやあ、予想はメチャクチャ難しかったですよ。

 さらにこのレースを難解なものにしていた「理由」もあるんですが、そちらについては後ほど。では、決勝戦の回顧に入っていきましょう。

意外と番手捲りから勝つのは難しい

 スタートが切られても、しばらくは誰も出ていかずに牽制が続き、押し出されるカタチで南関東ラインが前に。おそらく深谷選手は「前受け」を避けたかったでしょうが、他のラインは深谷選手が後方に置かれる展開にもっていきたいわけですからね。

 4番手に阿部選手、7番手に吉澤選手、そして最後方に上田選手というのが初手の並び。まずは赤板(残り2周)のホームで、後方にいた上田選手が先頭の深谷選手を「切り」にいきますが、そのさらに外から、単騎の上田選手が積極的に動いて先頭に。阿部選手は5番手の外で様子をうかがい、深谷選手は突っ張らずにポジションを下げます。

 2コーナー過ぎから、中団にいた阿部選手が進出を開始。カマシ気味に一気に踏んで、打鐘で北日本ラインが早々と先頭に立ちます。上田選手が4番手、吉澤選手が5番手、そして深谷選手は後方7番手に置かれるカタチ。そのままの一本棒の態勢で最終ホームも通過して、レースは最終周回に突入しました。

 最終2コーナーからバックに入ったところで上田選手が捲りにいきますが、北日本ライン3番手の佐々木選手がこれをブロック。ほとんど同じタイミングで、坂本選手が番手捲りを打ちます。上田選手は佐々木選手のブロックで勢いが止まりましたが、仕掛けるも伸びを欠いた吉澤選手から切り替えた東口選手がインから、そして後方から捲った深谷選手が外から強襲します。

 そして直線。必死に逃げ込みをはかる坂本選手が力尽きたところを、佐々木選手が差して先頭に。東口選手もいい伸びを見せましたが、前を捉えるまでの勢いはありません。そこに外から一気の脚で伸びてきたのが、後方から捲った深谷選手。1着まであるか……という勢いでしたが、最後までしっかり伸びた佐々木選手がしのぎきり、見事に先頭でゴールラインを駆け抜けました。

 キャリア22年目にして、初の記念優勝を果たした佐々木選手。本来は逃げるタイプではない阿部選手の果敢な逃げと、その番手から捲った坂本選手がつくり出した絶好の展開を、しっかりとモノにしましたね。地元の坂本選手にとっては悔しい結果になりましたが、番手捲りで勝ちきるというのは、簡単そうに見えてじつは難しい。北日本ラインから優勝者が出たことで阿部選手の気持ちに報いることができて、ホッとした面もあるのではないでしょうか。

デビュー22年目の佐々木雄一は嬉しい記念初制覇(撮影:島尻譲)

万全なら深谷だったが…準決勝の結果だけに騙されてはいけない

 深谷選手は、あの展開でよく2着まで来ましたね。じつは私、南関東ラインが前受けとなった時点で「これは後方に置かれて捲れず大敗まであるか」と思っていたんですよ。というのも、深谷選手の調子がいいとはまったく思えなかったから。本人もコメントしていたように本調子にはほど遠いデキで、勝ち上がりの過程で見せたレース内容も、それほどいいとは思えませんでした。

 後続に4車身差をつけた準決勝にしても、カマシたときに番手の岡村潤選手(86期=静岡・39歳)が離れてしまったのが圧勝の理由。上がりが12秒2だったのを考えると、番手がついていける選手であれば、最後に差されていた可能性すらあります。各メディアがさかんに「深谷で万全、文句なし!」といった論調ではやし立てていましたが、実際はけっこう危なっかしいぞ……という印象だったんですよ。

 万全のデキでこの相手ならば、これはもう文句なしに深谷選手が中心です。しかし、今回はそうではなかった。本調子の彼を知っている人ならば、今シリーズの走りに疑問符が付いていたことでしょう。それでも、メディアというのはわかりやすい“主役”を作りたがるので、車券もえてして、それに引きずられてしまう。信じるべきは「自分がどう感じるか」だなあと、再確認した次第です。

 もっとも、深谷選手のデキを疑問視できたからといって、波乱となったこの決勝戦の車券が当たるわけではない(苦笑)。展開まで読めていたというのに、それでも手が届きづらい結果でしたから。「深谷選手の2〜3着付け」で、そこにデキ絶好の東口選手を絡めて勝負する手もあったかと思いましたが、それでも佐々木選手を1着で狙うのは、かなり難しい。難しいからこそ、競輪も車券も面白いんですけどね!

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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