2024/09/09 (月) 18:00 47
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが向日町競輪場で開催された「平安賞」を振り返ります。
2024年9月8日(日)向日町12R 開設74周年記念 平安賞(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①山田久徳(93期=京都・37歳)
②松谷秀幸(96期=神奈川・41歳)
③清水裕友(105期=山口・29歳)
④大森慶一(88期=北海道・42歳)
⑤窓場千加頼(100期=京都・32歳)
⑥松岡貴久(90期=熊本・40歳)
⑦武藤龍生(98期=埼玉・33歳)
⑧大槻寛徳(85期=宮城・45歳)
⑨脇本雄太(94期=福井・35歳)
【初手・並び】
←⑤①④(混成)⑨⑦(混成)②(単騎)③⑥(混成)⑧(単騎)
【結果】
1着 ⑨脇本雄太
2着 ⑤窓場千加頼
3着 ⑦武藤龍生
9月8日には京都府の向日町競輪場で、平安賞(GIII)の決勝戦が行われています。近畿地区の選手にとって、この記念が思い入れの非常に強いものであるのは、よく知られるところです。しかし、全面改修が予定されている向日町競輪場は、この後に長い開催休止期間へと入ります。ノスタルジーを感じさせる現在の姿が見られなくなるのは寂しいですが、いつまでも今のままとはいきませんからね。
リニューアルオープンは2029年度となる見通しで、敷地内には大型アリーナなども建設予定とのこと。どんな施設に生まれ変わるのか楽しみですが、現在の施設における「最後の記念」ですから、近畿地区の選手は例年以上に気持ちが入っていたと思いますよ。実際、勝ち上がりの過程はもちろん最終日の負け戦でさえも、見応えのあるレースが多かった。掛け値なしに、本当にいいシリーズだったと思います。
このシリーズに出場していたS級S班は、佐藤慎太郎選手(78期=福島・47歳)、脇本雄太選手(94期=福井・35歳)、清水裕友選手(105期=山口・29歳)の3名。そのほかにも、昨年の覇者である北井佑季選手(119期=神奈川・34歳)や、今年大ブレイクを果たした地元の窓場千加頼選手(100期=京都・32歳)などが出場と、締めくくりにふさわしい豪華メンバーとなりました。
初日特選は、北井選手の番手を回った和田真久留選手(99期=神奈川・33歳)が勝利。2着は荒井崇博選手(82期=長崎・46歳)で、人気を集めた窓場&脇本コンビは、叩かれたり捌かれたりで惨敗しています。近畿の両名にとって厳しい幕開けとなりましたが、脇本選手と窓場選手は、その後のレースではしっかり結果を出して勝ち上がり。脇本選手は、二次予選と準決勝で素晴らしいスピードをみせていました。
脇本選手のほかには、無傷の3連勝で決勝戦に駒を進めた大槻寛徳選手(85期=宮城・45歳)や、地元を代表する選手のひとりである山田久徳選手(93期=京都・37歳)、北日本の大森慶一選手(88期=北海道・42歳)といったベテラン勢も好調モード。残念ながら佐藤選手と北井選手は勝ち上がりを逃しましたが、それでも決勝戦は非常に面白いメンバー構成となりましたね。
注目すべきは、近畿勢の窓場選手と脇本選手が「別線」を選択したこと。窓場選手が先頭のラインは、同県である山田選手が番手を回り、最後尾を大森選手が固めます。脇本選手の後ろには、「一度はついてみたかった」という武藤龍生選手(98期=埼玉・33歳)がついて、即席コンビを結成。近畿勢が分かれてのガチンコ勝負で車券的には難しくなりましたが、レースの面白味は格段に増しました。
清水選手の番手には松岡貴久選手(90期=熊本・40歳)がついて、こちらも混成ラインに。そして単騎での勝負を選択したのが、大槻選手と松谷秀幸選手(96期=神奈川・41歳)の2名というのが、決勝戦のメンバーです。どのラインの先頭も輪界トップクラスの自力があるうえに、デキも上々。しかし、展開は読みづらいですよね。窓場選手がどういう走りをするか次第でも、展開はガラッと変わってきます。
ではそろそろ、決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始を告げる号砲と同時に飛び出したのは、スタートダッシュの速さに定評のある4番車の大森選手。外からは7番車の武藤選手も出ていきますが、ここは内の大森選手がスタートを取りきります。窓場選手が先頭に立ち、脇本選手は中団4番手から。単騎の松谷選手が6番手で、後ろ攻めとなった清水選手は7番手。最後方に大槻選手というのが、初手の並びです。
青板(残り3周)を通過してしばらくしたところで、後方の清水選手がゆっくりとポジションを押し上げ、先頭の窓場選手ではなく中団の脇本選手を抑えにいきました。単騎の大槻選手も、これに連動。しかし、脇本選手は引かずに位置を主張します。清水選手が脇本選手を抑え込んだ状態のままで、赤板(残り2周)を通過して1センターへ。脇本選手が下げないと判断した清水選手は、ここで前を斬りにいきます。
先頭の窓場選手は、ある程度は踏んで加速しつつ、清水選手を前に出して4番手にシフト。レースはここで打鐘を迎えますが、後方7番手となった脇本選手が動き出す気配はありません。ここで動いたのは、最後方にいた単騎の松谷選手。切り替えてまずは大森選手の後ろを取りにいって、打鐘後の2センターでは空いていた内をすくい、大槻選手の後ろの4番手を狙いにいきます。
主導権は清水選手のものとなり、ここから一気にペースアップ。しばらくは内外併走が続きましたが、窓場選手は内に潜りこんできた松谷選手を前に出して、5番手で最終ホームを通過します。後方8番手に置かれた脇本選手がついに仕掛けたのは、最終1センターの手前から。バックストレッチで大森選手の外に並びますが、その強烈なダッシュに武藤選手はついていけず、連係を外してしまいます。
ここで、中団の窓場選手も仕掛けて前を捲りに。こちらも素晴らしい加速で、あっという間に大槻選手の外まで進出します。仕掛けを合わされたカタチとなった脇本選手ですが、それでも前との差をさらに詰めて、最終バックでは山田選手の外まで到達。捲ってきた窓場選手を松岡選手が外に振って牽制しますが、窓場選手の勢いは殺せず、この隙をついた大槻選手がその内に潜りこみました。
先頭で粘る清水選手の直後に内から大槻選手、松岡選手、窓場選手が並んで、3列目には内から松谷選手、山田選手、脇本選手が並ぶという隊列で、最終3コーナーへ。脇本選手との連係を外してしまった武藤選手は、腹をくくって内に突っ込み、コースを探します。清水選手の直後では大槻選手と松岡選手が激しくぶつかり合いながら、9車が一団となって最終2センターを回ります。
しかし、最後の直線に向く直前でアクシデントが発生。進路の狭さと接触により、大槻選手がここで落車してしまいました。これに巻き込まれないように避けた松岡選手の動きで、その外にいた選手は大きく外を回らされることに。窓場選手、山田選手、その直後につけていた武藤選手はイエローライン付近を。そして脇本選手や大森選手は、さらにその外を回りながら直線に向きました。
先頭で踏ん張っていた清水選手はここで力尽き、その後ろから松岡選手が差しにいきますが、この両者を窓場選手が外から抜き去ります。窓場選手の直後は、内から松谷選手、武藤選手、山田選手、脇本選手がズラッと横並びになるも、外の脇本選手がそこからグイグイと伸びて接近。その後ろからは、脇本選手のスピードに乗った大森選手もいい伸びをみせています。
そしてゴール直前では、内の窓場選手と外の脇本選手によるハンドル投げ勝負に。ゴールの瞬間はまったくの横一線にみえましたが、スロー再生された映像ではほんのわずかだけ、外の脇本選手が前に出ていました。ゴール後、大槻選手の落車について3選手が審議対象となりましたが、失格者はなく到達順位のとおり確定。これで脇本選手は、2021年と2022年に続く「出場機会3連続優勝」達成となりました。
2着が窓場選手で、3車が横並びとなった3着争いは武藤選手が競り勝っていましたね。地元地区である近畿のワンツーではありますが、3連単は11,560円と高配当となりました。これで脇本選手は通算16回目のGIII優勝を決めたわけですが…このレースの感想をひと言でいうならば「唖然」でしょうか。窓場選手もレース後にコメントしていましたが、まさかあそこからひっくり返されるとは思いませんよね。
捲りが決まりづらい向日町バンクで後方8番手に置かれただけでも厳しいのに、勝負どころでは大槻選手が落車した影響で、イエローラインよりも外を回らされている。私の経験上、あんな位置からでは捲りきれないし、あんなコースでは伸びないはずなんですよ。しかし脇本選手は、そこから捲りきってみせた。しかも、逃げたのは清水選手で、捲り合いの相手は窓場選手ですよ。凄いモノを観たという思いが強いですね。
僅差2着に敗れた窓場選手は、文句なしに強いレースをしている。脇本選手を後方に置いて中団から捲るというのはプラン通りのはずで、初手での前受けからゴールの直前まで、ほぼ理想通りに運べているんですよ。窓場選手には「前受けからの突っ張り先行」という選択肢もありましたが、自分も優勝を狙えるカタチで脇本選手とガチンコ勝負となると、今回の展開が理想的でしょう。
しかも、主導権を奪ったのは清水選手で、最後の直線に入ったところで力尽きたとはいえ、かかりのいい逃げをみせている。脇本選手にとって「追い風」となる要素など、この展開では皆無だったわけです。であるにもかかわらず、脇本選手は窓場選手との捲り合いを制して、1着まで突き抜けてみせた。こんな尋常ならざる走りができるからこそ、脇本選手は“最強”と呼ばれているわけですが…それにしても凄かったですね。
それだけに、2着に敗れた窓場選手は、地元記念を獲れなかった悔しさはあっても、自分の走りに対する悔いはないはず。普段は直接対決することのない脇本選手との勝負で、この世界の“頂き”までの距離を実感できたのは、大きな収穫でしょう。個人的には、窓場選手の強さに驚かされたという面もある。もう彼は、特別競輪のタイトルが獲れて不思議ないレベルにまで成長していますよ。
脇本選手については、この素晴らしいデキをぜひ維持して、共同通信社杯競輪(GII)に臨んでもらいたいもの。宇都宮競輪場の500mバンクは、脇本選手の卓越したスピードを存分に生かせる、最高の舞台であるはずです。今の調子のよさを維持できれば、トップクラスの選手が束になってもかなわないような、あの理不尽なほどの強さをみせてくれるかもしれませんよ。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。