2024/09/17 (火) 18:00 34
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが宇都宮競輪場で開催された「共同通信社杯競輪」を振り返ります。
2024年9月16日(月)宇都宮11R 第40回共同通信社杯競輪(GII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①眞杉匠(113期=栃木・25歳)
②古性優作(100期=大阪・33歳)
③郡司浩平(99期=神奈川・34歳)
④山崎賢人(111期=長崎・31歳)
⑤南修二(88期=大阪・43歳)
⑥恩田淳平(100期=群馬・34歳)
⑦荒井崇博(82期=長崎・46歳)
⑧北津留翼(90期=福岡・39歳)
⑨深谷知広(96期=静岡・34歳)
【初手・並び】
←①⑥(関東)②⑤(近畿)③⑨(南関東)④⑧⑦(九州)
【結果】
1着 ①眞杉匠
2着 ②古性優作
3着 ⑥恩田淳平
9月16日には栃木県の宇都宮競輪場で、共同通信社杯競輪(GII)の決勝戦が行われています。一次予選と二次予選が「自動番組編成」であるため、通常ありえないようなレースが組まれるのが、共同通信社杯競輪の大きな特徴。S級S班が優遇されるようなシード競走もなく、全選手が一次予選からスタートします。銘柄級の選手がコロッと敗退するようなケースが少なくない、予想の非常に難しいシリーズでもあります。
一次予選では、S級S班の新山響平選手(107期=青森・30歳)がまさかの敗退。S級S班が4名も出走する超ハイレベル戦となった2日目第12Rでは、脇本雄太選手(94期=福井・35歳)と清水裕友選手(105期=山口・29歳)が勝ち上がりを逃すなど、ビッグネームが次々に姿を消していきました。佐藤慎太郎選手(78期=福島・47歳)、松浦悠士選手(98期=広島・33歳)、山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)の3名も、二次予選で敗退です。
準決勝も激戦の連続でしたが、個人的にいちばん衝撃を受けたのは、中団から最終ホームで発進し最後まで粘りきった、眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)の走りです。番手に神山拓弥選手(91期=栃木・37歳)がつく地元連係だったとはいえ、500mバンクの宇都宮であそこから仕掛けて押し切るというのは、よほどデキに自信がなければできないですよ。じつに強気な、眞杉選手らしい走りでしたね。
北津留翼選手(90期=福岡・39歳)も好調モードで、1着こそ取れていませんが、速い上がりを連日マーク。オール2着で勝ち上がった古性優作選手(100期=大阪・33歳)は、腰痛を抱えてのレースだったようで、コメント通りにデキは芳しくなかったはず。そういうときでも、立ち回りの巧さで着をまとめることができるのが古性選手の強さで、この「崩れなさ」は本当に素晴らしいと思いますよ。
決勝戦に3名が勝ち上がった九州勢は、山崎賢人選手(111期=長崎・31歳)が先頭を任されました。番手を回るのが北津留選手で、3番手を荒井崇博選手(82期=長崎・46歳)が固めるという布陣。この“数の利”を生かすためにも主導権が欲しいところですが、タテ脚のある選手が並ぶ九州勢に対して、他のラインがそうは問屋が卸さない。車番的に後ろ攻めとなりそうなのも、九州勢にとっての課題となります。
南関東勢は、郡司浩平選手(99期=神奈川・34歳)が先頭で、番手に深谷知広選手(96期=静岡・34歳)という強力タッグ。このレースの2022年覇者と昨年覇者による、タイトルホルダー連係でもあります。暮れのKEIRINグランプリを見据えて、深谷選手の賞金をここで加算したいという思惑もあるはず。それだけに郡司選手は、かなり積極的なレースを仕掛けてくる可能性がありそうです。
地元の期待を背負う眞杉選手の番手には、特別競輪での初優出となる恩田淳平選手(100期=群馬・34歳)がつきました。恩田選手が勝ち上がりの過程でみせた走りは地味に強く、なかなか調子がよさそうでしたね。そして近畿勢は、古性選手が先頭で、番手に南修二選手(88期=大阪・43歳)という組み合わせ。普段から連係の多い同県ラインですから、結束力の強さはどこにも負けていません。
どのラインの先頭も機動力は文句なしですが、コマ切れ戦となったことで展開はかなり読みづらい。どのラインが初手でどの位置を取るかで、それからの流れはガラッと変わってきそうです。先手をとる可能性がもっとも高いのは九州勢でしょうが、特別競輪の決勝戦というのは、何が起きても不思議ではない。では、実際にどのようなレースとなったかを振り返っていきましょう。
レース開始を告げる号砲が鳴ると、1番車の眞杉選手、2番車の古性選手、3番車の郡司選手がそろって飛び出しました。ここは最内の眞杉選手がスタートを取って、関東勢の前受けが確定。古性選手は3番手からで、郡司選手は5番手から。そして後方7番手に九州勢の先頭である山崎選手というのが、初手の並びです。車番の通りですから、ここまではとくに意外性はありませんね。
後ろ攻めとなった山崎選手が動き出したのは、赤板(残り2周)周回の2コーナーから。ゆっくりと位置を上げていきますが、それに先んじて3番手にいた古性選手が動き、打鐘と同時に先頭の眞杉選手を斬りにいきます。その直後、今度は山崎選手が古性選手を斬って先頭に立ち、後方にいた郡司選手もこの動きに連動。古性選手は内、郡司選手は外から、中団のポジションを狙います。
打鐘後の2センターで、郡司選手は山崎選手を叩くべく、北津留選手の外まで進出。内では、古性選手が荒井選手のインに潜りこんでこれを捌き、北津留選手の後ろを確保しました。捌かれてしまった荒井選手は、南選手の後ろに切り替えます。郡司選手は最終ホーム手前で山崎選手の前に出て、先頭を奪取。叩かれた山崎選手はその後も2番手のインで踏ん張り、深谷選手と内外併走で最終1センターを回りました。
しかし山崎選手は、バックストレッチに入ったところで力尽きて後退。それと時を同じくして、後方8番手に置かれていた眞杉選手が始動し、前を捲りにいきます。間髪を入れず、今度は3番手にいた北津留選手が発進。どちらの捲りも素晴らしい加速で、北津留選手は一気に前を飲み込みそうな勢い。眞杉選手は荒井選手をパスしてから進路を内にとって、最短距離で前との差を詰めにいきます。
最終バックでは一団がギュッと密集し、北津留選手は郡司選手の直後まで進出。その少し後ろには古性選手がつけて、仕掛けるタイミングをうかがいます。後方から内を突いた眞杉選手は、ここで南選手の内まで差を詰めてきますが、連係する恩田選手はその加速についていけず、少し口があいてしまいます。それでも恩田選手は諦めず必死に食らいつき、前との差を詰めにいきました。
最終3コーナーで北津留選手が先頭の郡司選手を捉えると、同時に古性選手が仕掛けて深谷選手の外まで進出。深谷選手もここで前に踏み込みますが、勢いがいいのは外の古性選手のほうです。古性選手の直後まで迫っていた眞杉選手は、ここで外の南選手を捌いて番手を奪い、前を射程圏に入れます。この眞杉選手の動きで空いた内に、眞杉選手の後を追っていた恩田選手が突っ込んでいきます。
先頭に立った北津留選手を古性選手が直後から追う態勢で、最終2センターを通過。古性選手の後ろは内の深谷選手と外の眞杉選手が併走状態で、さらにその後ろに恩田選手と南選手という隊列です。最終4コーナーでは恩田選手がさらに差を詰めて、最後の直線の入り口で眞杉選手の番手に復帰。先頭で粘る北津留選手の外から、古性選手と眞杉選手が迫るというカタチで、長い最終直線に突入します。
北津留選手もいい粘りをみせますが、古性選手と眞杉選手が外からジリジリと差を詰めて、30m線では3車がほぼ横並びに。その後ろから深谷選手も前を追いますが、勢いがいいのはイエローライン付近を伸びる恩田選手のほうです。北津留選手を捉えた後も古性選手と眞杉選手のデッドヒートが続くかと思われましたが、最後のひと伸びをみせた外の眞杉選手がジワッと前に出て、先頭でゴールラインを駆け抜けました。
最終周回の2コーナーを回ったところでまだ後方8番手という、絶望的なポジションから勝利をもぎ取った眞杉選手。走り慣れたホームバンクで、仕掛けてからまったくロスなく前との差を詰められたという“運”に恵まれた面もあったとはいえ、あの位置から捲りきったのは驚異的ですよ。レースの組み立てとしては失敗で、惨敗していてもおかしくない展開だったと思います。
このレースで眞杉選手がみせた気持ちの強さは、地元ビッグに向けて作りあげてきた「デキの確かさ」に支えられてのもの。準決勝でみせた圧巻の走りは、大きな自信に繋がったことでしょう。松戸・サマーナイトフェスティバル(GII)に続くビッグ制覇によって、獲得賞金ランキングは6位にまで上昇。怪我の影響もあって出遅れていた今年でしたが、これで2年連続でのKEIRINグランプリ出場がみえてきましたよ。
2着は古性選手で、このシリーズはオール2着という結果に。この決勝戦でも、レース展開を読んで素晴らしい立ち回りをみせているのですが、いかんせんデキがともなわなかった。好調時の古性選手であれば、この展開ならばあっさりと北津留選手を捉えて、眞杉選手の追撃もギリギリ封じていたように思います。眞杉選手が絶好調といえる状態で臨んでいただけに、その差は大きかったですよね。
惜しみない称賛を送りたいのが、北津留選手に競り勝ち3着に食い込んだ恩田選手です。眞杉選手の番手を回るとはいえ、この強力なメンバーにあって、ファンの評価は正直なところ低かったと思います。しかし、眞杉選手に必死に食らいつき、口があいてからも最後まで諦めずに追いすがり、最終的に3着という結果を出した。相手関係や展開を考えれば、眞杉選手に勝るとも劣らない“力走”だったといえます。
果敢に主導権を奪おうとした九州勢や、それを強気な走りで叩きにいった郡司選手など、他のラインも「優勝のためにやるべきこと」をしっかり果たしている。残念ながら好結果こそ得られませんでしたが、どのラインや選手を応援していた人であっても、相応の納得感が得られたのではないでしょうか。全員が勝つために死力を尽くした、特別競輪の決勝戦にふさわしい熱戦でしたね。
そして…この結果でがぜん面白くなったのが、KEIRINグランプリの出場権争い。弥彦・寛仁親王牌(GI)と小倉・競輪祭(GI)を残しているので、賞金ランキングの7位につけている脇本選手や9位の新山選手は、このままだとかなり危うい。現在10位以下の選手もタイトル獲得での出場権獲得を狙ってきますから、ここからの戦いはさらに熾烈なものとなることでしょう。さらなる盛り上がりに、ぜひ期待したいですね!
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。