2024/07/08 (月) 18:00 64
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小松島競輪場で開催された「阿波おどり杯争覇戦」を振り返ります。
2024年7月7日(日)小松島12R 開設74周年記念 阿波おどり杯争覇戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①犬伏湧也(119期=徳島・28歳)
②深谷知広(96期=静岡・34歳)
③新田祐大(90期=福島・38歳)
④小倉竜二(77期=徳島・48歳)
⑤嘉永泰斗(113期=熊本・26歳)
⑥山口敦也(113期=佐賀・26歳)
⑦佐藤慎太郎(78期=福島・47歳)
⑧山田英明(89期=佐賀・41歳)
⑨清水裕友(105期=山口・29歳)
【初手・並び】
←②(単騎)③⑦(北日本)①④(四国)⑤⑧⑥(九州)⑨(単騎)
【結果】
1着 ①犬伏湧也
2着 ⑦佐藤慎太郎
3着 ④小倉竜二
暮れのKEIRINグランプリを目指す戦いは、ここから後半戦に突入。7月7日には徳島県の小松島競輪場で、阿波おどり杯争覇戦(GIII)の決勝戦が行われています。7月に入っていきなり「猛暑」が到来したので、選手もコンディション維持が大変だったことでしょう。私は大垣競輪場にいたのですが、日曜日の最高気温はなんと38度でした。皆さんも、熱中症にはくれぐれもお気をつけください。
S級S班からは、佐藤慎太郎選手(78期=福島・47歳)と深谷知広選手(96期=静岡・34歳)、清水裕友選手(105期=山口・29歳)の3名が出場。そのほかにも、地元の重鎮である小倉竜二選手(77期=徳島・48歳)と、その弟子である犬伏湧也選手(119期=徳島・28歳)、新田祐大選手(90期=福島・38歳)に嘉永泰斗選手(113期=熊本・26歳)など、記念にふさわしい出場メンバーとなりました。
コマ切れ戦となった初日特選は、捲った新田選手の番手から内を突いて抜けた佐藤選手が1着で、後方から捲った深谷選手が2着。佐藤選手はいい頃の動きが戻ってきた印象で、この初日特選でもコース取りの巧さが光りましたね。言うまでもなく、佐藤選手は北日本にとって欠かせない存在。先日の取手競輪場で行われた水戸黄門賞(GIII)で復活の兆しをみせた守澤太志選手(96期=秋田・38歳)と同様、下半期の活躍に期待がかかります。
逃げた犬伏選手は、打鐘前からかなり脚を使っていたのもあって粘れず失速。深谷選手は後方に置かれる展開となるも、最後はいい脚をみせていました。この後も二次予選が1着、準決勝が2着で勝ち上がり。シリーズのなかで調子を上げてきた印象で、これならば決勝戦でも期待できそうです。また、準決勝の内容が非常に強かった清水選手も、当然ながら優勝候補の一角でしょうね。
有力どころが順当に勝ち上がった結果、決勝戦は初日特選の「再戦」ムードに。山田英明選手(89期=佐賀・41歳)と山口敦也選手(113期=佐賀・26歳)が勝ち上がってきた結果、初日特選では単騎だった嘉永選手が、唯一の3車ラインの先頭となりました。これで格段に戦いやすくなるはずで、積極的に主導権を奪いにくるケースもあるはず。相手は強力ですが、それでも九州勢はけっして侮れませんよ。
地元勢は初日特選と同じく、犬伏選手が先頭で小倉選手が番手という師弟ラインに。小倉選手は岸和田・高松宮記念杯競輪で落車して鎖骨を骨折しているのもあって、まだまだ本調子とはいえません。「限界値を超えている」「これが最後のつもりで走った」とコメントしていたように、気力でなんとかカバーしている様子。犬伏選手が思いきった走りをできるかどうかも含めて、取捨が悩ましい面がありますね。
北日本勢も初日特選と同様、先頭が新田選手で番手に佐藤選手という組み合わせ。新田選手も準決勝で通算400勝を決めたように、戦線復帰から少しずつ調子を上げてきている印象です。佐藤選手も、走り慣れた新田選手との連係は心強いはず。そして、深谷選手と清水選手は単騎勝負となりました。立ち回りの難しさはあるでしょうが、能力の高さは言うまでもなく、デキも上々。単騎でも軽くは扱えません。
単騎の実力者2名の動きを含めて、どのような展開になるかが読みづらい一戦。それでは、決勝戦の回顧に入っていきましょう。レース開始の号砲が鳴ると同時に、いい飛び出しをみせたのは2番車の深谷選手。ここがスタートを取って、その後ろには北日本勢がつけました。犬伏選手は4番手からで、後方6番手に嘉永選手。そして最後方に単騎の清水選手というのが、初手の並びです。
レースが動いたのは、青板(残り3周)周回のバックから。後方の嘉永選手がゆっくりと浮上し、最後方にいた清水選手もこれに連動。4車が外から先頭に並びかけ、赤板(残り2周)を通過して先頭誘導員が離れたところで先頭に立ちます。深谷選手は4番手に下げますが、そこで清水選手と併走に。中団に北日本勢、後方に四国勢という隊列に変わって、レースは打鐘を迎えます。
北日本勢や四国勢はまだ動かず、九州勢の先頭である嘉永選手が主導権の展開に。打鐘後の2センターで、4番手のインにいた深谷選手が空いていた山口選手の内をしゃくって、ポジションを奪いにいきました。深谷選手と山口選手が内外で激しく絡み合いながら、最終ホームに戻ってきました。清水選手は5番手を追走し、その後ろから新田選手が、最終ホーム通過の直後に仕掛け、捲りにいきます。
先頭の嘉永選手が飛ばし、番手の山田選手は前との車間を少しきって追走。最終1センターを回ってバックストレッチに入ったところで、新田選手は清水選手の外まで進出しました。清水選手も合わせて前に踏み込みますが、いい伸びをみせるのは外の新田選手のほう。最終バックでは、いまだに併走が続く深谷選手と山田選手の外まで上がってきます。後方の犬伏選手も始動し、前との差を詰めてきました。
その後もグングン伸びる新田選手は、一気に前を飲み込みそうな勢いで、最終3コーナーで山田選手の外まで到達。後方から仕掛けた犬伏選手も素晴らしい加速をみせて、佐藤選手の直後まで一気に進出します。その内にいる清水選手は伸びがなく、山口選手とずっと併走していた深谷選手は、ここでポジションを下げて山口選手の後ろに。そして、新田選手が捲りきるか…と思われた瞬間、山田選手が外の新田選手をブロックにいきます。
このブロックで、山田選手と新田選手はイエローラインよりも外に。ここで冷静な立ち回りをみせたのが新田選手の番手にいた佐藤選手で、内に戻る山田選手の後ろに切り替えて前を追います。そして、このブロックのあおりを受けて、大外を回らされることになったのが犬伏選手。普通であれば、これで止まってしまってもおかしくないほど大きなロスだったと思います。
しかし、犬伏選手はこれを乗り越えてさらに加速。犬伏選手のダッシュについていけず離れていた小倉選手は、必死で食らいついて進路を内にとり、内の狭いところをこじ開けにいった佐藤選手の直後を狙います。先頭ではまだ嘉永選手が踏ん張っていますが、最内から再び差を詰めてきた深谷選手や、外に出して差しにいく山口選手や山田選手、その後ろから虎視眈々の佐藤選手など、一団で最終2センターを回りました。
小倉選手は進路を確保するため外に動いて、山田選手の後ろにシフト。犬伏選手は、イエローラインよりも外から「山おろし」で加速して前を追います。そして最後の直線、先頭の嘉永選手がなんとか踏ん張ろうとするところを、大外から次元の違う脚で犬伏選手が強襲。一気に先頭集団を捲りきって、先頭に立ちました。内では嘉永選手、山口選手、山田選手が並んでの大混戦です。
このごった返す内を一瞬でこじ開け、山口選手と山田選手の隙間から並んできたのが佐藤選手。外の山田選手も負けじと伸び返しますが、内の佐藤選手がゴール直前にグイッと伸びたところに、外から小倉選手も伸びて、この争いに加わってきます。しかし、先頭は完全に犬伏選手。後方からの豪快な捲り一発で、後続に1車身以上の差をつけて、先頭でゴールを駆け抜けました。
3車が僅差で並んだ2着争いを競り勝ったのは、絶妙なコース取りで抜けてきた佐藤選手。3着は外からよく伸びた小倉選手で、ここは巧みな立ち回りをみせたベテラン勢が存在感を発揮しています。4着は山田選手で、最終3コーナーでの押し上げが審議対象となりましたが、ギリギリセーフでしたね。人気を集めた単騎の清水選手は7着、深谷選手は8着と、こちらはいい結果を出せずに終わっています。
いやあ、それにしても…すごいレースでした。ゴール直後は思わず言葉を失ってしまうほどで、どのライン、どの選手を応援していた人でも手に汗を握り、結果にも納得できたのではないでしょうか。これほどのレースをアレコレ解説するのなんて、もう「蛇足」でしかないですよ。ぜひ、レースリプレイを何度も見直して、各選手の動きを噛みしめるように確認してほしいと思います。
二度目のGIII制覇が、うれしい地元記念初制覇となった犬伏選手。「自分のことは気にせず、得意のカマシや捲りで一発を狙え」というのが、師匠である小倉選手の指示だったようですね。小倉選手は地元記念を勝てていませんが、小松島では2001年のふるさとダービー(GII)を、「私の番手」から抜け出して優勝していますからね。それもあって、気兼ねなく獲りに行け!と言いやすいのでしょう(笑)。
その小倉選手も、犬伏選手に離れてからも諦めずに、最善手を打ち続けての3着好走。鎖骨骨折だけでなく親指なども痛めている状態とは思えない力走で、まさに「気持ちで走った」結果だと思います。犬伏選手が勝つ場合、2〜3着には小倉選手がいないという前提で車券を買っていた人も多いはず。そういった下馬評を覆す力走でもあり、よくぞあそこから巻き返した…と感嘆しましたよ。
そして、2着の佐藤選手も素晴らしかったというか、すごかったというか。山口選手と山田選手の狭い隙間を、無理やりこじ開けるという感じでもなくスルッと抜けてきたのに、本当に驚かされました。山田選手が新田選手の捲りを受け止めきったことが、犬伏選手の優勝につながったというのは、佐藤選手のレース後コメントの通りでしょう。あおりを受けたのが大きなロスだったとはいえ、それがプラスに働いた面もありますからね。
嘉永選手の逃げもかかっていたし、番手の山田選手も審議になったとはいえ、いい仕事をしている。好結果こそ出せませんでしたが、深谷選手や清水選手も単騎ながら前々のポジションを取りにいって、積極的なレース運びをしていました。そんな選手たちをねじ伏せた、犬伏選手のあの力強い捲り! 猛暑による気温以上の「熱気」が、小松島バンクに満ちているように感じたのは、私だけではないでしょう。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。