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山田裕仁のスゴいレース回顧

【水戸黄門賞 回顧】吉田拓矢に“追い風”が吹いたシリーズ

2024/07/01 (月) 18:00 42

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが取手競輪場で開催された「水戸黄門賞(GIII)」を振り返ります。

水戸黄門賞で優勝した吉田拓矢(写真提供:チャリ・ロト)

2024年6月30日(日)取手12R 開設74周年記念 水戸黄門賞(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①吉田拓矢(107期=茨城・29歳)
②山口拳矢(117期=岐阜・28歳)
③脇本雄太(94期=福井・35歳)
④松本貴治(111期=愛媛・30歳)
⑤坂井洋(115期=栃木・29歳)
⑥芦澤辰弘(95期=茨城・36歳)
⑦小林泰正(113期=群馬・29歳)
⑧吉澤純平(101期=茨城・39歳)
⑨守澤太志(96期=秋田・38歳)

【初手・並び】
←⑦⑤①⑧⑥(関東)⑨(単騎)④(単騎)③②(混成)

【結果】
1着 ①吉田拓矢
2着 ⑨守澤太志
3着 ②山口拳矢

地元記念で勝ったことがない吉田拓矢

 6月30日には茨城県の取手競輪場で、水戸黄門賞(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは脇本雄太選手(94期=福井・35歳)、眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)、山口拳矢選手(117期=岐阜・28歳)の3名が出場。そのほかにも郡司浩平選手(99期=神奈川・33歳)や、近況絶好調の小林泰正選手(113期=群馬・29歳)などが出場。今年上半期の「最後」を締めくくる記念にふさわしい、強力なメンバーが揃いました。

山口拳矢(写真提供:チャリ・ロト)

 コマ切れ戦となった初日特選を制したのは、捲った眞杉選手を番手から差した坂井洋選手(115期=栃木・29歳)で、栃木勢のワンツー。3着には、郡司選手の番手からいい伸びをみせた守澤太志(96期=秋田・38歳)が入りました。眞杉選手はかなりデキがよさそうでしたが、残念ながら準決勝で敗退。守澤選手の末脚の鋭さには、久々にいい頃の“らしさ”が感じられましたね。

守澤太志(写真提供:チャリ・ロト)

 脇本選手は初日特選こそ5着に終わりましたが、二次予選と準決勝を連勝。準決勝ではバンクレコードタイを記録するなど、好気配です。いまの脇本選手は、持病である腰痛が「出ているかどうか」次第。このところは痛みが出ていないのか、なかなかいい状態で走れているように感じました。小林泰正選手は、またもや決勝戦まで勝ち上がってきましたが、さすがにやや調子落ちという印象です。

 地元・茨城のエース級である吉田拓矢選手(107期=茨城・29歳)も、二次予選と準決勝を連勝して勝ち上がり。ただし「抜群のデキ」といった印象は受けなかったですね。しかし同時に感じたのが、まだ地元記念を勝ったことがない吉田選手を応援したいという、関東や茨城の“仲間”からの強い気持ち。地元記念らしい番組面の有利さもあって、ここは関東の選手が5名も勝ち上がりました。

 しかも決勝戦は、この5名がひとつのラインで結束。先頭を任されたのは小林選手で、番手を回るのは坂井選手。吉田選手は3番手を回り、4番手には吉澤純平選手(101期=茨城・39歳)。そして最後尾を固めるのが芦澤辰弘選手(95期=茨城・36歳)と、地元の茨城勢が3〜5番手に並びました。普段は捲りが主体の小林選手ですが、ここは「先頭になったからには、やることはひとつ」とコメントしていました。

 関東勢以外でラインができたのは、脇本選手と山口選手の即席コンビだけ。中部・近畿の連係なのでべつに不自然ではないのですが、これまで中部以外の選手についたことが一度もない山口選手は、かなり迷った結果のようですね。とはいえ、「関東以外はすべて単騎」というレースでは対抗しづらいのも事実。脇本選手のスピードを番手で追走できるというのは、得がたい経験にもなるでしょう。

 守澤選手と松本貴治選手(111期=愛媛・30歳)は、単騎での勝負を選択。正攻法での勝負だと立ち回りが難しいレースになりそうなので、関東勢に付け入る“隙”を、どこかでうまく見つけたいところですね。関東勢は、主導権を奪っての二段駆けどころか「三段駆け」までありそうなメンバーと並び。関東勢に青写真通りのレースをされると、脇本選手ですら封殺される可能性が大いにあります。

関東勢が前受け、脇本は前からかなり差のある8番手

 それでは、決勝戦の回顧に入っていきましょう。レース開始を告げる号砲と同時に飛び出したのは6番車の芦澤選手で、その後に続いたのは2番車の山口選手。ここは芦澤選手がしっかりとスタートを取りきって、関東勢の前受けが決まりました。後から位置を取りにいった単騎の守澤選手が6番手、松本選手が7番手に入って、脇本選手は後方8番手からというのが、初手の並びです。

 先頭の小林選手は何度も振り返って確認しますが、青板(残り3周)周回では動きがなく、そのままの隊列で赤板(残り2周)を通過。そしてその直後から、小林選手は早々と前に踏み込み、全力モードに移行しました。ラインから優勝者を出すために、脇本選手を前に出させないことが最優先という走り。単騎の守澤選手と松本選手は離れず関東勢についていきますが、脇本選手は前からかなり差のある8番手です。

赤板付近。7番車(オレンジ)は小林泰正、 3番車(赤)は脇本雄太(写真提供:チャリ・ロト)

 そしてレースは打鐘を迎え、長い一列棒状で打鐘後の2センターへ。ここで、関東勢の直後につけていた守澤選手が、芦澤選手が少しだけ空けた内をしゃくって入り込みます。守澤選手と芦澤選手が内外併走のままで、最終ホームを通過。早くから飛ばした小林選手はここで力尽き、坂井選手が関東勢の先頭に立ちました。ここで、7番手にいた単騎の松本選手が仕掛けて、芦澤選手の外に並びかけます。

打鐘過ぎ2センター付近。9番車(紫)は守澤太志、6番車(緑)は芦澤辰弘(写真提供:チャリ・ロト)
最終ホームストレッチ。坂井洋(5番車・黄)が関東勢の先頭に(写真提供:チャリ・ロト)

 後方でじっと動かずにいた脇本選手は、最終ホームを通過した直後に捲り始動。一気に前との差を詰めて、松本選手の後ろに迫ります。そして最終1センター、守澤選手が外の芦澤選手をヨコの動きで捌きにいきますが、芦澤選手はバランスを崩して、一気にイエローライン付近まで吹っ飛んでしまいました。この煽りをモロに受けたのが、芦澤選手の外にいた松本選手と、その直後まで差を詰めてきていた脇本選手です。

最終1センター付近。守澤が外の芦澤をヨコの動きで捌く(写真提供:チャリ・ロト)

 落車こそまぬがれたものの、煽りをうけた脇本選手と山口選手は、外壁にぶつかりそうな勢いで大きく外に。脇本選手はここで失速してしまいますが、態勢を立て直した山口選手は自力に切り替え、バンクを駆け下りながら前を追います。前では関東の3車が飛ばしていますが、いずれも外帯線の外を回ってしまっている。4番手を追走していた守澤選手は、当然ながらその内を狙います。

 吉澤選手の内に潜りこんだ守澤選手は、最終バックでこれを捌いて、吉田選手の後ろのポジションを確保。後方からは、自力に切り替えて捲る山口選手が、素晴らしいスピードで前との差をグングン詰めてきます。前から離されたままの松本選手と芦澤選手は、この時点で勝負圏外に。先頭では坂井選手が踏ん張っていますが、先頭に立つのが早かったのもあって、余力はそれほどないはずです。

最終2センター付近。守澤が吉田拓矢(1番車・白)の後ろのポジションを確保(写真提供:チャリ・ロト)

 最終3コーナーで、山口選手は吉澤選手の外を回って追撃。しかし、坂井選手の番手でそれを確認してから踏み込んだ吉田選手は、余力が十分にありそうです。吉田選手の後ろからは、ここまで獅子奮迅の活躍をみせている守澤選手が差を詰めつつ、最終2センターを回って最後の直線へ。守澤選手に捌かれた吉澤選手は内の進路を狙い、山口選手は外から前を追いつつ、直線に向かいます。

 踏ん張っていた坂井選手は直線の入り口で脚が鈍り、それを差しにいった吉田選手が力強く抜け出して先頭に。それを守澤選手が追いますが、吉田選手との差が詰まりそうで詰まりません。その外からは山口選手もジリジリと伸びていますが、こちらも吉田選手を一気に捉えられるほどの勢いはなし。結局、直線の入り口で先に抜け出した吉田選手が、そのまま他を寄せ付けずに先頭でゴールラインを駆け抜けました。

吉田拓矢が地元記念初制覇(写真提供:チャリ・ロト)

吉田拓矢を優勝に導いた“追い風” 守澤太志にも拍手を

 僅差となった2着争いを制したのは守澤選手で、3着に山口選手。4着が坂井選手、5着が吉澤選手という結果です。吉田選手は、これが通算6回目のGIII優勝で、地元記念を制したのは今回が初。最後まで余裕が感じられる走りでの快勝だったとはいえ、小林選手や坂井選手の頑張りに応えられて、ホッとした気持ちのほうが強かったかもしれませんね。それに、この優勝にはさまざまな“追い風”も吹きました。

 その最たるものが、守澤選手が芦澤選手を捌きにいった「余波」で、脇本選手の捲りが不発に終わったこと。脇本選手の仕掛けたタイミングはバッチリで、仕掛けてからの加速も素晴らしいものでしたが、速度がピークに達するところで煽りをうけたことで終わってしまいました。タラレバになりますが、あそこで煽りをうけていなかった場合にどうなっていたのか…それが見たかったという気持ちはあります。

 あとは当然、このメンバー構成ですよね。ちゃんとしたラインが成立したのが関東だけで、しかも茨城3車の前を小林選手と坂井選手が買って出てくれている。地元記念を優勝するための「お膳立て」は整っており、あとは脇本選手の力を削ぐ展開をいかにつくり出すかという勝負だったといえます。赤板過ぎから全力という小林選手の走りには、脇本選手を絶対に前には出さないという強い意志を感じました。

 また、単調な展開となってしまう可能性もあったレースを大いに盛り上げてくれた、守澤選手にも拍手を贈りたいですね。レース後に「地元勢には悪いことをした」とコメントしていましたが、守澤選手を応援していたファンが求めていたことは、まさにコレですよ。間隙をついて関東勢の4番手と5番手を捌いて2着に好走した結果には、守澤選手本人も復調の手応えを感じたことでしょう。

 山口選手が自力に切り替えてからの伸びも素晴らしいもので、一瞬はあのまま前を飲み込むか…とさえ思いましたが、さすがに一気に乗り越えるのはキツかったですね。とはいえ、S級S班としての力は見せているし、デキもひと頃に比べるとよくなっていると思いますよ。「終わった」と思われたところで集中力を切らさなかったことを、素直に褒めたいですね。下半期には、もう一段階上の活躍を期待したいところです。

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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